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第一話

――こんな仕事しといて、こんな子いるのかね。わざとなら下手すぎるし、偶然ならちょっとお間抜けだ。目の前で落ちたものをつまんで拾い上げ、追いかける。

「お嬢さん、落としたよ」

すぐ背後にたどり着いて、気づく。思ったよりちっちゃい。歩幅が違う。

「……ぁ、え!?」

振り返ったところにキーホルダーを差し出すと、彼女はショルダーバッグを慌てて手で探った。「ほ、ほんとだ」とこぼして受け取ると、警戒心むき出しのままこちらを仰ぎ、控えめに礼を言った。

「いいえ。大事なもの?」

「わからない……けどまぁ、……かわいいから」

かわいい。……かわいい、のか。ボールチェーンを通して金具につけ直された、とぼけた顔のリスのキャラクターが。

不思議に思ってそれをなんとはなしに見ていると、彼女はじりじりと居心地が悪そうに一歩後ずさった。別に、まだ何もしないのに。手入れされてない髪も相まって毛が逆立った仔猫みたい。

「ふふ、…………あー」

そのとき腑に落ちた。これがかわいいって気持ちなんだって。

最近後ろを着いてくる消しきれていない気配にも、ほんの僅かな殺気にも興味があった。興味があるだけだと思っていた。

軽く調べて顔やら所属やらを把握して、その後。俺はどこの誰の差し金かよりもずっとそんなことが気になっていたんだろうか。

まさか自分にそういう感情があったとは。ふうん。


「ねえ、名前はなんていうの」

「っ……。モモ……」

あだ名か識別名か。くりくりの荒んだ目が明らかに泳いでる。……はは、かわいい。もうちょっと見ていたいな。

「俺ね、咲(さく)。ご飯食べようよ」


ーーー


「なんで、ここ」

ハンバーガー店の喧噪。彼女は安っぽいプラスチックの椅子に、やたら所在なさげにちょこんと座っている。かわいい。

「嫌?」

ちいさく首を横に振り「……初めて入った」とこぼす。じゃあ嫌も何もないね。彼女は目の前の包み紙を剥がすこともせず視線を下に落としている。

「食べないの」

「……ぅ」

ばつが悪そうにそれを手に取ると、俺の手元をほんの一瞬ちらりと見て同じように開いた。わからなかったのかも、食べ方。俺が視線を逸らすそぶりを見せて、そうしたら隙を見つけたみたいにハンバーガーにかぶりついた。大丈夫、合ってるよ。

「ももちゃんはさ、」

「ももひゃん?」

驚いたらしい。口にまだものが入っているのに聞き返して、目を見開いている。咀嚼を再開して飲み込むのを待って、「モモって名乗ったよね」と続けてみた。

「……そう、モモ。なに……?」

「俺みたいなの、苦手?」

「や……別に」

「緊張してるから、ずっと。それとも男が苦手とか」

「あたし今、初対面の人間と、入ったことない店で、ごはんなんだけど」

「……ふ、緊張するかぁ。普通」

一人称はあたしか。ちょっと粗雑な感じがしてかわいいな。意図的か否か軽い会話で肩の力は抜いたようで、二人でもぐもぐと食べ進めていく。膨らむ頬がちょっとさっきのリスに似ていた。


「ももちゃん、飲み物何にしたんだっけ」

「つめたいお茶」

質問の意図がわからないのだろう、彼女は首を傾げた。「俺のはあまいやつ」こちらのコップを持ち上げて、のびるストローを向けてみる。

「飲む?」

「なに、甘いやつって……」

ちょっと怯んで、また警戒の色を瞳に滲ませる。何も入ってないったら。今飲んでたんだから。彼女はソースで少し汚れた唇でぱくりと自分のストローをくわえ、拒否の意を示した。

そう、まあいいけど。

「スプライトだよ」

「……名前は、知ってる」

彼女が目を伏せてぽそりと呟いた。じゃあ、味は知らないのかな。

コップの汗で手が濡れてしまったので、紙ナプキンをつまみあげて拭く。ももちゃんはその指を目で追っている。動くものを追うのか武器の有無を見るのか、いずれにせよ癖なんだろう。見てても今はポテトのゴミを潰すくらいしかしないよ。

「ももちゃんついてる、ソース」

「んぇ」

自分の顎を指さしながら伝えると、彼女も指の背で拭った。まだ残っている。

危ない物は仕込んでないよってつもりで、でも自然に袖をまくってみせる。そのまま右手を顔に近づけようと向けた。

彼女はふと息を詰めたけど、それを目視してか逃げることも止めることもしなかった。手を伸ばす。逃げられるように、ゆっくり。


「ほら」


そのまま親指で拭き取った。

なるほど。この子は気づいてない。俺が彼女の素性や目的を知ってること。知ってたら逃げるでしょ。

「……ありがとう……」

なんてきまり悪そうに感謝するのだろう。面白くて見つめていたら、耳がちょっと赤く染まっているのに気づいた。

「とんでもない」

しばらくして、彼女はハンバーガーの最後のひとくちを飲み込んだ。「アップルパイ、半分いる?」と聞くと、今度はあまり悩まずに、本当に小さな声で承諾した。かわいい。かわいい君に全部あげたっていいんだけど。はんぶんことかさ、俺がしてみたくなったんだ。

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