RPGとお茶会と②
「どこから来たのかな?」
「見たことがないキャラだね」
「素材をひろいに行ったら、溺れていたんだよ」
遠くから楽しげな声が聞こえる。
意識がはっきりともどってきたとき、たくさんのかわいらしい動物たちが、ずぶぬれの自分を見下ろしているのに気づいた。
その中には、さっきのねこのキャラクターもいる。
身を起こし、まだぼんやりとする視界で見回せば、辺りは簡略化されたタッチの絵本のような村の風景。
奥に見える砂漠と畑で、『エピックオブドラグーン』とは違う場所にいるのがわかった。
「ここは『オアシス村物語』、村おこしのゲームだよ!」
のどかなBGMが流れる村のあちこちで、愛嬌のあるキャラクターが農作や狩りに勤しんでいる。
危機続きで荒んだ心が洗われるようだ。
(なんて平和なの)
向こうでは、動物たちが何か準備をしている。
「お茶会が始まるよ、こっちにおいでよ」
(お茶会……)
悪夢のような既視感が過ったが、まさかこんなかわいい動物たちがLPをよこせとは言わないだろう。
レンカは呼ばれた水辺のテーブルについた。
動物たち用のコンパクトな椅子なので、壊さないようそっとすわる。
ティーセットも、ままごとのおもちゃのようでかわいい。
「お菓子をどうぞ」
出されたカラフルなカップケーキはデコレーションがいびつだったが、彼らが小さな手で作ったのだと思うとほほえましかった。
「いただきまーす」
(うん、おいしい。クリームもしびれるくらいあまくて……え、しびれ?)
とたんに躰ががくがくとふるえ、椅子ごと倒れる。
(あ……あれ?)
起き上がろうとするが、なぜか躰が動かない。
見上げると、動物たちがひっくり返った自分を取り囲んでいる。
(これってどういう状況……?)
「やっぱり土ナマズの毒は効くね」
「この子、しっぽはあるかな?」
「きれいな爪してる」
「まずは皮を剥いじゃおうよ」
「目玉が先さ」
めいめい斧や槍を手に持ち、えぐい内容をにこやかに談笑している。
「いい素材、見つかったね……」
見下ろす何対ものまるい瞳が逆光に妖しく光るのを見て、レンカの背に悪寒が伝い下りた。
(いやァァァ! わたしは素材じゃないわァァァ!)
思い切り暴れたつもりだったが、実際はしびれのせいで、打ち上げられた魚のようにビタビタとバタついただけだった。
(アンバー、スピネル、カイヤ! 助けて!)
だがレンカがこのゲームにいることは、いっしょに出かけたアンバーですら知らないのだ。
(これじゃLPを分けるほうがまだマシ!)
「せーのぉ……!」
いくつもの武器がふり上げられたそのときだった。
彼らの動きがぴたりと止まった。
背後から響いて来るギリギリという不快音に、みないっせいに青くなる。
レンカの耳にもはっきりと聞こえた。
(何? このノコギリのような、壊れたヴァイオリンみたいな音は……)
「なんであいつが村に?」
「砂漠にいるはずだよ!」
「あんなところに卵がある!」
首を起こしふり返れば、確かに黄色のまだら模様の卵が畑から頭をのぞかせている。
誰がこんなところに埋めたのか、不気味なうえやけに大きい。
それにこのサイズの卵の主となると……
「シャァァァーッ!」
「キャーッ!」
巨大な金の大蛇が鎌首をもたげ、あの異様な音を出して威嚇していた。
胴体が不自然にふくらんでいるところを見ると、すでに動物の数匹は腹の中らしい。
「ラ、ランスヘッドバイパーだァァァ!」
彼らは武器を放り出し悲鳴をあげて逃げて行った。
残されたのは、身動きの取れないレンカひとり。
鋭い瞳孔の蛇目に睨まれ、まるで捕食寸前のカエルだ。
(こんなバッドエンド、いや過ぎる……!)
じわりと涙で視界がゆがんだレンカだったが、突如ざばりと頭から何か液体を浴びせられ、一気に涙は流された。
「な、何? ていうか……すっぱ!」
液体はちくちくと刺激があり目が開けられない。
加えて、大蛇がいつ襲って来るかもしれない恐怖。
ふいに目の前に何かの気配を感じ、
「ひっ!」
力をふりしぼって思い切り蹴り返した。
だが、何も反応がない。
しみる片目をこわごわそっと開くと、色褪せたマントを羽織った青年が腹をおさえ呻いている。
「ぐふっ……」
「あっ、ごめんなさい……」
青年はよろめいて立ち上がった。
辺りには大蛇の姿はない。どこへ消えたのか。
「ランスヘッドバイパーは逃げた。やつはビネガーの匂いが苦手なんだ」
「そ、そうですか……」
レンカは酢にまみれたまま、呆けたようにつぶやいた。
どうやら彼が追い払ってくれたらしい。
青年は水際のサボテンの葉を折り、中身を取り出し小皿に移している。
「飲め、毒消しだ」
「え、でもサボテンは有毒で……」
カイヤルート第六章で、彼が皇太后に毒を盛るシーンに使っていたのを思い出す。
それはもう邪悪な顔で。
「しびれたままでいいなら無理にとは言わない」
それはいやだった。
「このサボテンは猛毒ではない。毒をもって毒を制すと言うだろう、だまされたと思って飲んでみろ」
しかし、これまで二回もだまされたので簡単には受け取れない。レンカがためらっていると、
「めんどうくさいな、これでいいか」
青年は小皿をあおり、みずからサボテンの果肉を飲み込んだ。
砂のついた指がサボテンの欠片をつまんで、レンカの口もとへ近づいて来る。
(こ、これはまさか「あーん」?)
アンバールート第二章で演じた定番のシーンだが、シナリオ以外で他人にされると気はずかしい。
(しかも、砂で汚れてるしこの指……)
「むぐっ……」
迷っているうちに勝手に口におし込まれた。
あまりときめくシチュエーションではない。
サボテンはおいしいものではなかった。
顔をしかめながら噛み砕くと、彼は意地悪く笑いながら腹下しの副作用があるとつけ加えた。
「余計なことに首を突っ込まないほうがいい。この先が出口だがここへはもう来るな」
青年はゲートの方角を指さすと、ゲームへとまた去って行く。
来いと言われても二度と行く気はなかったが、彼の後ろ姿にレンカは胸に砂が入ったようなざらつきを覚えた。
自分と同じ、デフォルメされていない頭身のある人間だった。
『オアシス村物語』の住人ではないのだろう。
地味な砂色の短髪に砂色の瞳だが、きれいな目をしていた。
ニヒルな笑い方が、少しスピネルに似ているとも思った。
だけども、何を考えているのかわからない。
タイプ──カテゴライズ不能。
キャラクターデザインは、なんの装飾もされていないただの素体。
(完全にモブだ)
そんなことを考えながら、はっとふり返る。
「わたし、お礼も言ってない」
しかし砂丘のどこにも、もう彼の姿は見えなかった。




