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恋したっていいじゃない②

「なんでじゃまするんですか。彼、命の恩人なんですよ!」

 レンカとサハラにはさまれ身のおきどころがなくなったのか、サシミはクエスト完了の明細だけ受け取ると帰ってしまった。

「せっかくお礼を言いたかったのに」

 

 オアシス村でランスヘッドバイパーから救ってもらった一件を話したが、サハラはそのヒーローがサシミだとは思っていないようだ。


「きみを憶えてなくとも、モンスターを忘れるスレイヤーはいない。そもそもここの素体はみな似たようなものだ、別のキャラクターだろう」

 

 確かに人格もビジュアルもオアシス村の彼とは違う。

 しかし根拠はないが、レンカには確信があった。


「わたし、男性キャラクターはパーツであっても憶えてるんです」

「一生役に立たんスキルだな。まあいい、その調子で業務も覚えてくれ。そら来たぞ」

 

 とたん、天板にどんと何かが投げ出され、びくりと飛び退る。

 目の前には、ひと抱えほどもある肉のかたまり。

 よく見ると爬虫類のしっぽのようだが、丸太ほど太い。本体の大きさを想像すると、気が遠くなる。


「……何これ?」

 醜怪な私物を持ち込んだのは、大剣をかついだ強面の狩人だった。

 彼はN P Cノンプレイヤーキャラクターのスレイヤーだが、ここでは客である。


「じゃ、よろしく」

(よろしく、とは?)

 横目で助けを求めると、サハラは小声で『サンドオオトカゲ・尾先』と表示のある値段表のシートを見せてきた。


「獲った戦利品はここで換金する。ほら、値段これね」

「でもサシミさん(変な名前)──ていうかプレイヤーは換金に来なかったじゃないですか」

「直接戦利品を道具工房に持って行って、装備や武器に変えるやつもいるんだ」

 

 プレイヤーの設定を見ると、確かに防具がレベルアップされている。素材と報酬で強化したらしい。

「早くしたまえ」

 

 だが、まだぴくぴくと動いているブツはレンカにとって恐怖でしかない。

 獲物をまともに直視できず、硬貨を数える手もとがカタカタとふるえる。

 

 サハラは嘆息すると、タイムアップと判断し交代した。

 眉一つ動かさず、冷静にしっぽを加工場のスタッフに流しながら指導が入る。


「この工程に慣れてもらわなきゃ困るな。獲物の換金が仕事の大半だ」

(こんなの、わたしの知ってる受付と違うもん)

 解せずにレンカは胸中で文句を唱えた。

 

 正直、受付嬢なんてちょっと愛想をふりまいてさえいればいいと思っていた。

 キャラクターは、ゲームが作られたときに生まれ落ちる。 

 自分の作品はコンプリートずみだが、レンカはほかのゲームのルールなど知らない。

 

 そう憂える間にも、次々と活きのいい猟獣のドロップが運ばれ、また卒倒しそうになった。

 

 そんなレンカを、サハラは絶望的な目で見下ろした。

「想像以上に使えんな。きみ、自分のゲームでは何をしていた?」

「王女です……」

「あいにくその役職はうちにはなくてね」

 

 ストレートな皮肉はむしろ新鮮さすら感じる。

 ストーリーの一環として(おもにスピネルに)蔑まれることはあったが、実際に本気で謗られることはなかった。


「とにかく、きみには急いで業務を覚えてもらうよ。はいこれ」 

 サハラは、どさどさと分厚い資料を何冊もカウンターに積んだ。


「なんですかこれ」

「全モンスターファイルだ。素材ごとの値段を暗記しろ」

「無理です、こんな」

 とても短期間で頭に入る量ではない。

「忘れたのかね? 我々は取引をしたのだ、任務は果たしてもらわねば困る」

「……」


「ハードモードのルートだと思え」

 眼鏡の奥がキラリと光り、異論を許さぬ口調にレンカは黙るしかなかった。


 プレイヤーがログインするまではN P Cノンプレイヤーキャラクターたちもクエストを楽しみたいのか、カウンターには長い列ができる。


「おつり足りないぞ」

「両替えしたいんだけど」

「おれが申し込んだクエスト、これじゃないよ」

「演習の予約頼める?」

「○△×※△~」

  

 明らかに種族の違うキャラクターまでおり、てんてこまいだ。

 始めにビジュアルをほめられたせいもあり、もっとちやほや扱ってくれるものと期待していたのだが、仕事は別らしい。

 

 ここでは主役ではないのだとわかっていても、紅一点のこれまでの自分の立ち位置を考えると釈然としない。

 レンカは、がまんできずサハラに訴えた。


「監査はさておき、通常業務だけで仕事の幅があり過ぎなんですけど」

「そりゃきみのとこは、もともと用意されたタスクだからシンプルだろう。ルートはあれどシナリオは決まっているからな。でもうちはそういうのないから。臨機応変に対応して」

 

 譲歩は期待できないがあきらめない。

「言葉がわからないお客さんもいるんです」

「ここの舞台は砂漠だ、いろんな民族がいるさ。受付は、すべての客と対話するスキルが必須なのだ」

 

 聞いてない、という意見も無視され、山積みの資料にさらに言語辞典が追加される。これまでの流れから、抗っても無駄な気がした。

(く……これも新しいプレイだと思えば)


 やっと昼の休憩に入れたときは、処理機能はパンク寸前だった。

 この作業がいつまで続くのかと思うと胃が重くなる。

 それでも何か摂らねばLPが持たなさそうで、レンカは教えられた食堂へ向かった。

 

 厨房の温度かスレイヤーたちの食欲か、店は熱気であふれ返っていた。


「砂竜のステーキあがったよ!」

「おれのが先だぞ」

「どいてどいて!」

「こっち、サソリの唐揚げまだ?」

 

 狩場でもないのに戦場さながら殺気立っており、到底ものを食べる雰囲気ではない。

 口を挿むすきもないし、野性味あふれるメニューにもさっぱり食欲が湧かない。

 レンカはげんなりし、なおさら疲労感が増した。


『憂国のシンデレラ』では、舞台の一つのレストランで、毎日出演者を交えて楽しく食事することができた。


(チキンのフリカッセ、白身魚のベルガモットソース、空豆のポタージュ……)

 カボチャの馬車を解体して、みんなでプティングやパイを作ったこともある。

 

 思い出すとお腹がへってきて、どこからか聞こえてきた会話を耳がひろった。

「今日はおれ、パスタにするかな」

 レンカもパスタなら好きだ。

 

 見るとここには『散策するボロネーゼ』という謎の種類しかないが、

(きっと絶望のスパゲティみたいなネーミングね)

 この際食べられればなんでもいい。

 それより今頼まなければ食いっぱぐれると思い、急いで便乗し注文する。


「あの、わたしもパスタ……」

 だがその場の豪傑笑いにまぎれ、声はすぐに消されてしまう。

 ぴょんぴょんとジャンプしても、男たちの壁のせいでなかなか厨房には気づいてもらえない。


(もういいや、ロビーの売店でなんか買おう)

 すごすごとあきらめてもどろうとしたとき、レンカは駆け込んで来たスレイヤーの集団とぶつかった。

 そのまま嵐の小舟のように、あれよあれよと彼らの波に巻き込まれる。

 こんな粗雑な扱いは受けたことがない。


(仮にも主役なのに……ていうか苦しっ……!)

 大きなうねりにつぶされるかと思ったが、ぐいと強い力がレンカの腕を引き抜いた。

 顔を上げると、褐色の青年が立っている。


「サ、サシミさん!」

「空腹時の彼らは我を忘れてるから気をつけて」

「は、はい!」

 

 元気よく答えたが、窓ガラスに写ったよれよれの自分に茫然とした。

 危機的状況だったとはいえ、サハラに髪を切られてから整えるひまもなかったので頭はぼさぼさだ。

 

 だがサシミはにっこり笑うとレンカの手を引いた。

「──じゃ、行こうか」

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