エピローグ
エリオスは帰宅後、まっすぐにライラの居室へと向かった。
昼間、ランスに言われた言葉が頭の中で何度も繰り返される。
ランスは感情の全てを吐露しろ、と言ったわけではない。あくまでも『納得する終わりかた』をしろ、そう言っただけだ。まさに大人の対応。正しい態度。理想の結末。
ーーただ、それが無理だと分かっていない。
(姉上……)
ライラは女性として王妃、王女に次ぎ、大公女として第三位の身分を持つ。となれば否が応でも、誰かに嫁がなければならない。あと数年のうちに、誰かのものになるのだ。
そうすれば、自分の心は壊れるだけ。
では、自分の感情を全てライラにぶつけたら?
きっとライラは困惑し、でも優しいから自分を受け入れようとしてーーけれど出来なくて、最後に拒絶するだろう。
そうして、やはり自分の心は壊れるのだ。
ライラを自分のものにーー妻に出来る手段がない以上、エリオスの苦悩に出口はない。
ーーその方法を何度考えたことだろう。例え姉でも、その女性が養子ならば、兄弟が妻に迎えた例もある。
けれどライラは、双子の姉だ。誰が見ても間違えないほど瓜二つの、己の半身だ。
誰もがエリオスを許さない。父も、亡き母も、ランスも、そしてライラも。
「姉上、入ります」
ライラは三日後には王都を離れ、大公領に戻ることが決まっている。またしばらく会えない日々が続くのだ。
だからエリオスは、最愛の人に、必ず伝えたい言葉を探してきた。
「あら、エリオス。もう仕事は終わったの? 昨日の今日だもの、大変だったでしょう」
「ええ。ですが皆の頑張りで、一段落つきました。ーー姉上」
「なあに?」
エリオスはライラの頬に手を伸ばす。その体温を感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「大公領でもお身体にお気をつけ下さい。あれだけの事があったのですから、しばらくはゆっくりと養生なさって下さい」
「ええ、そうするわ。ありがとう、エリオス」
「いえ。帰ったら、様子を知らせる手紙を下さい。私も帰りたいけれど、なかなか休めないから……」
「ええ、任せて!」
ーー苦しむのは、自分だけでいい。この独り善がりな感情のせいで、誰も傷つけたくない。
(だから笑って下さい、姉上。俺ではなく、他の誰かのそばでもいいから、笑って)
それならば、自分は独りでも闇に沈んでいけるーー。
ライラの気持ちを知ろうともしないまま、エリオスは己の恋情に何重にも鍵をかける。いや、かけようとする。
それが正しいことなのだと、何度も己に言い聞かせて。
その晩、屋敷の一角で一人酒を飲むアドルフの姿があった。
「ユノ、ファーラ……」
口の端にのぼるのは、愛しい人の名前。そして、忘れてはいけない人の名前。
過ぎ去った昔にいた彼女たちのことは、今でも鮮明に思い出せる。
「……お前たちの子供は、健やかに育ってるぞ」
――それはアドルフ以外知ることのない、些細で巨大な、秘密の欠片。
第一部、完。
王都で絡んでもつれた物語の糸が、次はライラの領地でよりあっていきます。
エリオスの恋をこえた愛は、この先で思わぬ展開を迎えることとなります。
全ての構想を吐き出すまでには長い時間がかかりますが、時々思い出しながら、ぼちぼちお付き合い下さい。