野次馬おっさんと馬車
王都から放射状に広がる主要5街道のうちでもっとも険しいと言われる南西へ向かうダーリシタ街道、王国南西部には隣国との間を隔てるディープモーリの大森林が広がるために開拓が進んでおらず、先へ進むにつれ歩むものが減り道幅もだんだんと減少して行く。
緑豊かで肥沃と言えば聞こえはいいが、人の手の入っていない鬱蒼とした森やモンスターが多く出没する区間も他の街道に比して多く、目ぼしい商材も存在しない。そのために利用者が少なく、結果的に街道の整備も後回しになってしまうと言う悪循環に陥っている。
とは言えそれは王都から大きく離れ辺境へと近づくにつれての話、現在おっさんが進む王家直轄の中央領の隣に位置するセンスト伯爵領であれば道幅は馬車2台が余裕を持ってすれ違えるだけのものを確保しており、森のど真ん中を切り開いた道も見通しは決して悪くはなく、森を切り開いてこれだけ見通しの良い街道を整備できる伯爵家の権勢を窺わせる。
くすんだ色合いのシャツとズボンへと装いを変え、腰にはロングソード金属製の胸当てと手甲脚甲を装備していっぱしの冒険者風の格好で街道を歩くおっさん。意外にも順調な冒険者生活を送り、現在ではハゲ頭の兄ちゃんことゲーツと同じCランク。登録から1月半でのCランク到達はギルド史上屈指の記録であり、おっさんが登録したビファインデルムの冒険者ギルドではやはり只者ではないとか、元はどこかの貴族家に仕える騎士だったのではないかとか、武の頂を目指す旅の途上で路銀のために登録したのではないかとか様々な憶測が本人の知らぬところで飛び交っている。
そんな事は露ほども知らずに冒険者生活を続けるおっさんは、ジーナから借り受けた資金を返しても十分なほどの資本が用意できたために、その行く末を期待の眼差しで見つめる人々の視線を背にビファインデルムを後にし、一路ジーナの暮らす辺境の開拓領ウェンド男爵領に向かうのであった。
そんなわけで入念に準備をしてダーリシタ街道を悠然とすすむおっさん、目指す先は街道の果て、まだまだ長い旅路は始まったばかりである。やっと王家の直轄領からセンスト伯爵領へと入ったばかりの森のなか。
まっすぐ街道を歩けば楽ではあるのだが、そこは抜け目のないおっさんである、何か面白いものはないかと街道から大きく反れない程度に森の中を歩き回っている。
「一度これやってみたかったんだよなあ」
そう呟きながら木の枝から枝へと飛び移り木立の中を駆け抜けていくと何やら生き物らしき塊が蹲っているのが目に入る。
男の父親は村一番の狩人であった。幼い頃より父に同行して森に入るのを許され、自分も大人になったら父と同様に村一番の狩人になって気になっている幼馴染を嫁に迎えて慎ましく平凡ながらも幸せに暮らしていくのだとそう考えていた。
それがどれほど儚い夢だったかを思い知らされる事になったのは数ヶ月前の話。新しく赴任した代官により、それまで村にかけられていた税は作物で納める事が許されていたのだがこれからは現金で納める事が告げられ、その上作物を買い付ける商人はそれまで村に回ってきてくれた人の良い行商人ではなく代官が紹介してきたアコーギー商会の商人。
他に売り手が無いために買い叩かれ、足りぬ分は人を売ってでも金を作れと言われる始末。このままでは次の年には嫁にと望んでいた幼なじみが件の商会に身売りをする事になってしまう。
どうしたものかと悩んでいた男に声を掛けて来たのは伯爵家に仕える、ウーサンと名乗る禿頭で人相の悪い家臣であった。
この家臣曰くには「伯爵家の重臣の1人トクシーが、当主様が病身で伏せっているのを良い事に専横を行なっている。かと言って領軍や役人の多くが押さえられているために表立って拘束する事が出来ない」だそうである。
そこでこの家臣は男にこう持ちかけたのだ。件の商会の馬車に乗ってお忍びで出掛けるトクシーを秘密裏に拘束するために、馬車を引く馬を射て欲しいと。この重臣さえ拘束してしまえば税も以前のように物納に戻せると。
もちろん直接人に危害を加えるわけではないが男は当然躊躇した。しかし伯爵の巡幸に同行するほどの家臣に正義のため、村のためと言われては、幼なじみを助けたい自分としてもきっと正しいのだろうとそう割り切る事にしたのだ。
正確に言えば割り切ったはずだった。
藪に潜んで鹿を狙うのも森に潜んで馬を狙うのも変わらない、自分にそう言い聞かせて木の上で気配を潜ませ木々のざわめきに同化させて行く。未だに決心が決まらないながらも矢をつがえ、弓を引き絞る腕に知らず必要以上に力がこもる。
「あー、だめだよそれじゃあ。そんなに力が入ってたら当たるもんも当たりゃあしないって」
突如背後から掛けられた声に驚きそちらを振り返る男。
「まさかトクシーの手勢か!?」
「トクシーだかタクシーだか知らんけどおっさんは小山内治、気軽におっさんって呼んでちょーだいよ」
剣呑な雰囲気で誰何する男にいつもの調子で応えるおっさん、およそ緊張感とは無縁である。それどころか腹の中では、おっさんの独断と偏見ではいかにも善良だが事情があって悪事に加担しなければいけなくなった若者と言った雰囲気の青年を前に自分の出番かとはしゃいでいる始末である。
「お兄ちゃんね、人が名乗ってんだからそっちも名乗るのが礼儀ってもんでしょ」
未だに警戒こそ解かないものの、おっさんのあまりの剣幕に押し切られ思わず、「フッツ、ウーノ村のフッツだ」と名乗ってしまう。
「ふーん、で弓のお兄ちゃんはなんでこんな所で弓を構えてんの。鹿やら熊やらを狙ってる様には見えないけど」
名前を聞いておいてこれである。とにもかくにも事情を抱えていそうなおっさん、グイグイとフッツ青年に迫っていく。
「そ、それは……」
これから悪い役人を襲う手助けをしますなどと見知らぬおっさんに言えるはずもなく言葉に詰まるフッツ。自称営業畑一筋50年、現場叩き上げのおっさんにかかれば何か後ろめたい事情があるであろう事はお見通しである。ちなみにこのおっさん、現在48才なのだが。
「まあ人生色々あるわな、時には他人に言えない事情もあるだろうよ。でもな兄ちゃん、後ろめたい事やってさ、それで誰かを傷付けて胸を張れるかい?」
「お、俺は……」
馬車が迫る中答えられないフッツ。おっさんはどうとでも解釈できるフワッとした良いセリフっぽいものを言えて満足したのか、ニカリと笑い「矢ってのは心で射るんだ、迷った心じゃあ打った矢も迷子になっちまうんだわ」と追加の名言っぽいものを加えてその場を立ち去る。なにせおっさんの視界には馬車に迫る賊らしき集団と、馬車を守ろうと立ち塞がる若い冒険者の一団といういかにも何かありそうな状況が見えたのだから。
通りすがりに気配を殺しナイフを構えて潜んでいた暗殺者らしき男を偶然見つけ「あーあー、殺気がダダ漏れだよ。素人じゃないんだからさ」と軽く強者ムーブを決めてご満悦での乱入である。ちなみにこの暗殺者は失敗を勝手に悟って撤退した。
馬車を守るように囲む若き冒険者の一団、その中の短剣を構えた少年が長剣を構えた少年に声を掛ける。
「おいフリッツ!ここからどうすんだよ!」
「どうもこうもないよ!とにかく馬車を守らなきゃ!」
駆け出しの冒険者であるフリッツ一行はモンスターとの戦闘こそ慣れてきたものの対人戦の経験はこれが初めて。依頼料に釣られて引き受けたものの、いざ襲撃を受けてみれば人を切ると言う覚悟が決められずにいま一歩踏み込めずにいる。
見るからに戦い慣れていなさそうな力の入った構えを取る一団に、対人戦の素人である事を感じ取った賊の集団がジリジリと距離を詰めていく。そこへ馬車の中から見目麗しい美少女が扉を開けて現れ声を掛ける。
「逃げて下さい、狙われているのは私です。そちらの方々は私さえ拘束できれば引いてくださるでしょうから」
慈愛に満ちた顔でそうフリッツ達に告げる少女。フリッツはその表情を見て、綺麗な人だなと場違いなことを思わず呟いてしまった。
「抵抗は致しません、ですから彼らだけでも見逃していただけませんか?」
馬車を降り賊の一団に歩み寄る少女、それを歯噛みして見送るしかない自分に腹が立つ。より強く剣を握りしめて賊の一団を睨みつけるも足はすくんで前に出てくれない。
このままこの人をいかせてしまうのか、そう弱気になりながらも、それでも構えを解く事はしない。
あと一歩で少女がフリッツよりも前に出る、と言うところでその場にそぐわない緊張感のない声が響く。
「おお、若い冒険者が貴族のお嬢様を助けていい感じになるパターンの奴だな。少年はこっから成り上がるんだろうなあ」
そうだいぶボリュームの大きい独り言を呟きながら、声に輪をかけて緊張感のない表情のおっさんが空中から落下してくる。
「よいしょっと。あーあー、そんなんじゃあダメだよ。そこの少年、人斬りは初めてかい?そんなに力んでちゃあ人は斬れないぞ」
これでも中学時代は剣道に打ち込んでいたおっさんである、両刃の剣と竹刀ではだいぶ勝手が違うとは言え、そして1週間の体験入部だけだったとは言え剣の扱いには一家言あるのだ。
「いいかい少年、切るってのは力じゃなくて技術なんだわ。力は剣を振り回せる程度にあればいいの、あとはちゃんと狙って綺麗に刃を当てんのよ。無駄に力んじゃあ狙いが逸れてどんな名剣だってなまくらになっちまう」
「なんなんだキサマは!!」
想定外の闖入者に襲撃者のリーダーが声を荒げる。
「うるさい!今はこの少年と話してんの!アンタはあと!!」
いかにも荒くれ者と言った風体の男を相手に一歩も引かずに後回し宣言をするおっさん、と言うかあの荒くれに一体何を話すつもりなのか。
「でだ、少年。何かを守るって事は時には他の何かを傷付けるって事なんだよ。守りたいって思える大事なもんがあんなら、傷でも十字架でも背負う覚悟で戦わなきゃあダメなんだよ、男ってやつぁさ」
先程、誰かを傷付けて胸を張れるかと言った口でこれである。もちろん気分が乗るままに言葉を口にしているのだ、そこに深い意図などない。おっさんとは過去を振り向かないものなのである。
「守りたいものは傷を負ってでも十字架を背負ってでも守る……」
「そうだ、それが男ってやつよ」
おっさんの言葉を噛み締める様に呟くフリッツに満足げなおっさん。律儀に順番を待っていてくれた襲撃者のリーダーへくるりと向き直り、今度はそちらに歩み寄る。
「で、お兄ちゃんだか青年だかわかんないけど、見るからに怪しいアンタらはなんなの」
どこの世界にそれを問われて答える怪しい者がいると言うのか。
「我らはセンスト伯爵家の家臣、ウーサン・クーサイ様の配下!」
ここにいました。
「その胡散臭そうな名前の奴の配下が、こんなお嬢ちゃんを寄ってたかって襲ってなにしようってえのよ」
アコーギー商会の馬車に乗せたミレイナを拘束し伯爵を脅迫、誘拐の罪をそこの冒険者どもに被せて始末した上でウーサン様が救出を行い病床の伯爵から信を得る作戦を邪魔などさせんぞ!!」
だいぶ素直な襲撃者の発言に当のリーダーとおっさん以外が唖然とする。
その虚を好機とみたか、リーダーが懐に忍ばせた短剣を振りかぶりミレイナへと駆け寄るその刹那、ヒュっと音を立てて矢が飛来し短剣を弾き飛ばす、それに続いてフリッツが体当たりでリーダーを押し倒す。
「まだ覚悟は決まらないけど、俺はこの人を守るって決めたんだ!」
そう腕を上げ高らかに宣言するフリッツとそれを囃し立てる彼の仲間、そしてほのかに頬を染めるミレイナ。おっさんは遠巻きに眺めて満足げにうんうんと頷いている。
フリッツが腕を上げた隙を突いてリーダーが拘束を脱し「おのれ覚えておれ!!」と言う捨て台詞を残して配下と共に逃走してしまう。
お手本のような捨て台詞に満面の笑みのおっさん、傍からは意味深な笑みに見えるようで、木立から出てきたフッツに「アンタは一体どこまで知ってるんだ?」と問われるも「さあてね」と意味ありげに返す。実際何がなんだかさっぱりなのだが。
「どこのどなたかは存じませんが、危ういところをありがとうございました」
「なあに、礼を言われるようなことぁしてないさ」
事実適当な事を言ってただけで、本当に礼を言われる事は何もない。
「俺、決めたよ。ミレイナを守る覚悟をさ!」
口々におっさんに声を掛け再び出立する面々。最後に残ったフッツが「何が正義かは分からん。だけど俺は胸を張って生きられるために戦うと決めたよ」と、晴々とした顔で声を掛けて立ち去る。
結局何も事情はわからないが、言いたい事は言ったし、面白いものも見られたのでまあいいかと出立する面々を見守るように送り出す。
後に伯爵家どころか応急すら巻き込んだ陰謀へと発展し、その渦中で活躍する若き冒険者と伯爵家の令嬢、そしてそれを支える影の矢と呼ばれる弓の名手の逸話が王国史に刻まれる事になるのだがそれはまた別のお話。
そんな未来の結末などつゆ知らず、おっさんも一路目的地に向けて足を踏み出す。進行方向が一緒なせいですぐに再会しておっさん以外が微妙な雰囲気になるのもまた別のお話。




