1話・銭ゲバスライム ①
「銭ゲバスライムだってぇ?」
俺、ソラは思わず素でそう問い返す。
今俺がいるのは、『迷宮前交番』の相談窓口。
いつものように業務を始めてから数分後、はじめに来た男から持ち込まれたのは、そんな奇怪な言葉だった。
敬語を忘れてしまっていたことに気づき、俺は慌てて問い直す。
「ゴホンゴホン。….えーっと、銭ゲバスライムというのは、どんなスライムなんですか?」
「低層だからって、油断してた俺もまずかったんだが….。あいつにはほんと驚かされたよ….」
そう言うと、フーっと息を吐く男。
彼が語った内容は、さらに奇妙なものだった。
低層での小銭稼ぎをメインに活動している彼は、今日もいつものように第1層で魔物を狩っていたらしい。
もうぼちぼちしまいにしようか。
彼がそう考え始めた時、目の前に黄金に輝く骨人が現われたという。
この骨人、名を黄金骨人と言い、ごく稀にしか出現せず、そして倒した時のドロップアイテムが純金だという冒険者にとっては垂涎の的な存在である。
彼は喜びに震えながらもその黄金骨人を無事倒し、目の前に純金の塊がポップしたまさにそのとき、そいつが現われたらしい。
彼が拾おうと近づいた瞬間、物凄いスピードで目の前を何かが通り過ぎる。
数秒後、彼の前にあった純金の塊はきれいさっぱりなくなっており、かわりに数m先に一体のスライムが、彼の戦利品袋もちゃっかり奪って体内に沈めながら猛スピードで去って行くところだったという。
「普通スライムは青色だろ?でもそのスライムはどうしてか緑色ぽかったんだ。しかもさりげなく純金だけでなく、俺の戦利品が入った袋までもっていきやがった。しっかり腰に巻いていたはずなのに….」
彼はそう述懐する。
彼はすぐに追いかけたがそのスライムは恐ろしく足が速いらしく、すぐに見失ってしまったという。
….ていうか、たぶん同じようなことを気づかれぬうちにそのスライムはやりまくってるから、体に金の色が染み込んじゃったんじゃね?
俺はそう冗談交じりに思ったが、憤慨する男の手前、そっとそれを心に留めておいた。
「….状況はわかりました。窃盗の案件ですね。とりあえず、こちらに色々と今話したことを書いていただけると….」
俺はそう言って一枚の紙を差し出す。
「なんじゃこりゃ?」
男がそう間抜けな声を漏らす。
俺が彼に渡したのは、「被害届」と書かれた書類だ。
俺は彼にひとまず被害届について説明し、書いてもらっている間、後ろでいまかいまかと目を輝かせながら控えていた少女と仕方なくヒソヒソ話をする。
「なかなか大物がつれたんじゃない?これはワクワクするわね〜。これを私が捕まえれば、ボーナスも….」
そう言ってもう目を爛々とさせる少女。
彼女の名を、アメリアという。
長い栗色の髪を後ろで纏め、俺と同じような薄い青色のシャツに、紺色のスカート。
容姿は可憐で、美人といっても良い部類なのだが、なにぶん犯人逮捕の熱のベクトルが変な方向にいってしまっている。
どっちが銭ゲバだよと、内心突っ込みながら俺はアメリアをたしなめる。
「….あのな、いくら犯人捕まえたって、ボーナスの給金は上がらんからな。」
「ぐっ….。で、でもそのスライムを捕まえれば、もしかしたらあそこで被害届を書いている方からお礼を貰えるかもしれないわ…!」
そう言って一度曇らせた目を再び輝かせ始めるアメリア。
….お礼を貰うのも禁止だけど、これ以上言うとアメリアのやる気を削いでしまうかもしれないから、一応黙っておくか。
俺が心の中でそうひとりごちていると、どうやら男が被害届を書けたらしい。
「書けたぜ〜!」
そう言って紙をひらひらさせる男に対して俺はアメリアとの話を中断し、その男から紙を受け取った。
「これで大丈夫です。あとはお任せください。」
「….でもよ、俺はここを初めて使うんだが、本当になんとかしてくれるのか?ここにきといて申し訳ないんだが、兄ちゃんたちがどうにかできるようには見えないんだが….」
そういって疑問を呈する男に対し、ここぞとばかりにニヤリとする俺。
「大丈夫ですよ。そんな悪党は我々」
そう言って一旦息を吸うと、
「正義の警察官にお任せあれ!」
そう言ってドヤ顔を決める俺。
よし。きまったぜ。
「私も人のこと言えないけど、ソラのそれも大概趣味悪いからね。というか、多分向こうも意味わかってないと思うし….」
後ろでボソボソとそう言うアメリア。
何言っているんだ。
男が感激で口を大きく開けているじゃないか。まったく心外である。
とにもかくにも、まずは現場検証から捜査を始めるとしますか!
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