2話・銭ゲバスライム ②
現場は、第1層南西部のとある通路だった。
この『翡翠迷宮』は、層の深さが深くなればなるほど空間も比例して狭くなっていく。
すなわち、この第1層はこの『翡翠迷宮』で1番広い。
誰も測った者はいないが、おそらく1km四方はあるだろう。
ちなみに現在の攻略最前線である第32層でも900m四方はあるらしい。
どんだけ深いんだよ….
「さてと….とりあえず現場保全から….」
俺はいそいそと懐から黄色いテープを取り出す。
「….しないといけないのに、君はそこで何をしているのかね?アメリア君。」
一緒についてきたアメリアは、ちらちらと周囲を見渡していた。
「っえ??け、決して宝箱を探したりとかはしてないわ。本当よ?」
聞いてもないのに『自白った』アメリア。
「最近経費が色々とかさんでるんだよね〜(棒)」
「わかりました!わかりました!真面目にやりますから減給だけはご勘弁を!!」
すったもんだしながら2人でテープをはりおえる。これでひとまずここには一時的に誰も入れないようになった。
俺たちは、何か証拠や痕跡が残っていないか捜査を始める。
それから30分後。
「痕跡がまったくないなぁ….」
いやはや、なかなかプロの窃盗犯である。
緑色をしていたという体の組織一分たりとも残っていない。
「やっぱり、かなりそのスライムは犯行に手慣れてるわね….。逃走経路にも痕跡は期待できそうにないわ….」
アメリアも無念そうに呟く。
「しょうがない、別の面から探ってみるとするか….」
俺はそう方針を転換した。
---------------------
「とりゃっ!!」
青い長髪の少女が、「迷宮鼠」に斬りかかる。
しかし、迷宮鼠は馬鹿にしたようにチューチューと鳴き声をあげながらそれを避ける。
「んもう。私のせっかくの初陣なんだから、何か成果を残したいのにぃ…!」
そういって外した剣を再び構えながら歯ぎしりをする少女。
彼女の名前はマリン。今日人生初めて迷宮にはいった初心者冒険者だ。
「チュー!チュー!」
見てくれはそれなりに可愛らしい迷宮鼠がマリンを睨んで威嚇する。
迷宮鼠はこの『翡翠迷宮』においてもスライム、骨人と並ぶ雑魚魔物である。
そんな30センチほどの鼠と、マリンはいま死闘を繰り広げていた。
「よし….もう一回!」
彼女がもう一度突入しようと決意した瞬間、目の前にいる迷宮鼠が視界から消える。
「へ?」
気の抜けた声をあげるマリン。
「やったわ!困っていた冒険者を助けたわ!さすが正義の警察官の私!」
突然目の前で迷宮鼠を蹴りで吹っ飛ばした栗色の髪の少女。
その後ろからゆっくりと歩いて来た黒髪の青年がピンッとデコピンをその少女にかます。
「いったーーい!!」
「….あのな、迷宮で他人の獲物を倒すのは御法度なんだぞ。」
「だって….」
「….これはやっぱ減給….」
「なんてそんなこと思ってやるわけないじゃない!足がついつい滑っちゃったのよ!」
「….反省文も追加….」
「わかった!わかったわよ!私が悪かったのよ!ついついやっちゃったのよ!」
マリンの前で漫才めいたやり取りを繰り広げる2人に対し、マリンは依然呆気にとられたままであった。
青年が漫才を中断し、マリンの元に近づく。
「こいつがほんとすみません。あー、我々こういうものなんですけど….」
そう言ってその青年が差し出したのは黒い折り畳み式の身分証明書のようだった。
「ケイサツカン?」
マリンが疑問の声をあげる。
「あー、まあ説明しにくいんだけど….」
「正義の味方だと思ってくれればいいわ!」
青年の話をぶった切り、そう言って胸を張る少女。
「まあそんなもんでいいか。」
青年も納得したらしい。
「ところで、この辺でこんなやつ見たことない?」
青年が話を変えてマリンに見せたのは1枚の絵であった。
そこには緑色のスライムらしき絵が描かれている。
「やっぱりソラは絵が下手ね….。私が描いた方が良かったんじゃない?」
「はいはい、筆を持つと紙より自分の顔の方に色をつけちゃう人は黙っててくださいね。」
「んなっ!そ、そんなことは….」
青年の反撃に顔を真っ赤にしながら口ごもる少女。
どうやら図星のようだ。
そのやり取りを無視して、マリンが答える。
「いえ、見たことありませんけど….」
「そうか、それならよかった。こいつ、人が手に入れた戦利品を盗むから気をつけて。」
マリンに絵を示しながらそう言うソラという青年。
「それでは、よりよい迷宮ライフを。というか、出来るだけパーティで行動した方がいいと思うよ?ぱっと見初心者っぽいしね。あと迷宮鼠は尻尾が弱点だから。」
そう青年は言い残し、2人は去っていった。
静かになった部屋の中、未だマリンは立ちつくす。
そして、息を大きく吸う。
そして、おもむろに口を開く。
「….今更そんなこと言われても遅いわよーーーーーー!!!!!」
その声に驚いてでてきた迷宮鼠の大群に、一日中マリンが走り回されることになったのはまた別の話である。




