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4-27 Sacrifice of gross error


 パタタ、と赤い血液が畜舎前の街道に落ちた。

 華奢(きゃしゃ)な腕に巻かれた包帯(ほうたい)から垂れてくるその赤が、双剣を握る感触にぬめりを与える。

 ネピテル・ワイズチャーチは(つか)を握りなおしつつ、横目に同じくボロボロの学ランの少年を映す。


「はぁ、はぁ、『気高(けだか)(みこと)よ』――」


 悠太はしばらく『治癒(ヒール)』しか唱えていない。

 それほどまでに、畜舎の(あか)りを後光に立ちはだかる大狼(おおかみ)の攻撃は苛烈(かれつ)であった。

 また狼の身体は氷でできており、空気中の青いマナを凝固(ぎょうこ)させることで再生する。

 悠太がステータス画面で割った前脚(まえあし)も、既に完全修復されてしまった。


「ユータ、また来るよ……!」


 知れば知るほど嫌になる強敵の仕様に辟易(へきえき)とする二人に向けて、巨体がサマーソルトの要領(ようりょう)でバック宙をしながら長い尾で地面をえぐる。

 街道の小石や魔物の体毛が巻き上げられ、それらは青い光を(まと)って氷の散弾と化し二人に迫る。


「く、コール『治癒(ヒール)』!」


 少年は攻撃を見えない壁――ステータス画面で防ぎながら緑の光を少女に向ける。

 少女は血の止まった腕を振るい、襲い来る飛来物を片っ端から叩き落す。


「またボクに……! ユータいい加減自分の回復しろ!」


「大丈夫……! まだ俺のHP結構残ってるから」


 どうもステータス画面で確認できるらしい自分の体力を根拠にしているらしいが、なおも少女の苛立ちは(つの)った。


 ――ネピテルは、(かば)われることが嫌いである。


 それで親しい人間が傷つくなら尚更。

 自分の力不足が原因などもっての他。

 だから苛立ちの根源を倒すべく、力強く踏み込む。


「いい加減、くたばれ馬鹿犬!」


 身を低く突進し、舞い散る体毛を()(くぐ)り、スライディングしながら巨体を支える前脚に斬りかかる。

 氷で構成された巨体は生きているかのようにしなり、夜空高く跳躍して斬撃を避けた。


「まだまだぁ!」


 少女はすかさず双剣の両()(さき)を夜空へと向け、並行に突き出された刀身の間に黒い雷を発生させる。

 魔王の双剣には黒雷を大砲のように撃ち出す技がある。

 命中すればかの魔物の身体を丸ごと吹き飛ばせるほどの威力であるが、敵もすんなりと撃たせてはくれない。


「こいつ、また……!」


 月を背景にキリグイは白いブレスを吐き出し、攻撃すると共に照準を白く煙に巻く。

 そのブレス自体にも氷結の効果があるため、少女は狙いを定めるどころではない。

 回避してなおも皮膚を凍らせてくる攻撃から飛び退きながら、少女は悪態をついた。


「くっそ、これ以上の追撃は……」


 そして、悪態をついた口が、二ッと弧を描く。


()()()()()()無理だね……行けユータ!」


 月下、キリグイの側面に回り込んだ少年が、右腕の篭手(こて)を突き出して吠える。


「任せろ……! 『四蔦縛(しちょうばく)』!」


 悠太の持つ魔導具『大蔦豚(おおつたぶた)篭手(こて)』は、マナから作ったツタで対象を絡めとることができる。

 黒の篭手に緑の蛍光ラインが走り、それらは四本のツタとして実体化すると、着地するキリグイの四足へと伸び、巻き付いた。


 ツタはビンっとまっすぐ張り、互いの距離を縮めんとする。

 悠太はツタの繋がる篭手をグイと引っ張り、空いた逆の手で宙にステータス画面を浮かべるとそれをがっしり抱え、自らの身体を固定する。


 『四蔦縛』はツタで繋いだ相手を引き寄せる技である。

 力を込める少年が食いしばった歯の間から、フゥゥと息を吹き出す。


 マナで作られたツタがギリギリと縮む。

 少年のみが影響を受けるレベルという概念で強化された腕力が、ズリと狼の足を引きずった。

 歯の間から漏れる息が、低い(うな)り声となった。


 人智を超えた力に引かれ、四肢を拘束されたキリグイがぐらりとよろめいた。

 少年の唸り声が、猛々しい咆哮(ほうこう)となった。


「おぉぉぉらあぁぁぁ!」


 ツタの縮小に合わせ、腕を一気に振り上げる。

 するとなんと引きずられていた巨体が浮き、繋がれた遠心力に従い夜空に()を描いた。


「割れろぉ!」


 キリグイの身体が悠太の頭上を越して――ガシャァンと氷が砕ける音――街道の反対側、側溝(そっこう)へと叩きつけられた。

 土埃(つちぼこり)と共に、側溝脇に積まれた(わら)やら木柵やらの残骸(ざんがい)が飛び散って、破片が肩で息する少年の足元にまで転がってきた。


 同じく肩を上下させるネピテルが呆れたように笑みを浮かべた。


「……はは、あいつぶん投げやがった。レベルってのは、なんの反則なのかね……」


「……やったか?」


「やってなきゃ、困る」


 (ほお)やら肩に凍傷を負った少女が並び立ち、収まる土埃の中にキリグイの姿を探す。

 そして、緩慢(かんまん)に身を起こす姿が原形をとどめているのを確認すると、再び構えた。


「マジ、困るってば……」


 ガクガクと壊れた機械のように立ち上がったキリグイは、その身体の至る所が割れていたが、尚も青い光を傷口に集めて再生を続けていた。


「流石にもう、きつい、な……」


 キリグイは四肢を広げて踏ん張り、身を伏せて長い尾を振り上げる。

 全身から漏れ出していた青い光の粒子が、尾を包むように収束し、青く輝く柱となった。

 尾がしなり、ひび割れた氷の身体が前脚を軸に(ひね)られる――()()()()()()()()()


「伏せろぉ!」


 互いに叫びあって冷たい砂利の道に平伏(へいふく)する。

 横薙(よこな)ぎの尾に集まった光が数十メートルにも及ぶ刀身となって、二人の頭上を風鳴(かざな)りと共に通過した。


 轟音――振り向けば、畜舎が横一閃に両断され、ガラガラと倒壊していた。


 大刀を振るい終えたキリグイは、身体の再生を続けつつ動きを止めた。

 尾の光を散開させ、じっと、畜舎の方角を見つめている。

 悠太は最後の力を振り絞って足を踏み出した。


「動きが止まった……今の内に!」


 対する少女は、キリグイの視線を追った。


「なんだ、何を見て……?」


 氷細工の獣が凝視する先には――倒壊した畜舎――その手前で腰を抜かす銀髪の青年がいた。


「――ブラン!?」


 畜舎が倒壊したにもかかわらず、家畜の羊たちは下敷きを(まぬが)れていた。

 青年は、裏手から家畜たちを牧場へと避難させていた。


 家畜は財産――調教師ギルドマスターの言葉から、自分なりに考え、戦闘に影響がないように、間違えないように……少しでも悠太とネピテルの役に立ちたくて、この場にやって来た。


 ――残念。


 ――間違い。


 キリグイが駆け出した。

 悠太は急に明後日の方向――畜舎に向かった魔物に足を止めた。


 そして振り向いた先に、ブランの姿を認め、思考が止まった。


「なんでブラ……しまった!?」


 ひび割れた白い身体は一直線に疾走し、腰を抜かした青年に迫る。

 (ひたい)に青い粒子(マナ)を集め、殺意を宿して。


 ――青年は、迫る獣の巨体を前に、瞬きすらできずに硬直していた。


 嗚呼、やはり間違えた。

 結局自分は誰の役にも立てないままであった。


 しかし、実のところ今回はそこまで悔しくはない。

 自らの過ちによって損を被るのが自分であれば、納得である。


 多くの人に迷惑をかけてきた自分に相応しい最期と思える。

 心の中で、老兵とメイドに()びた。

 やはり、自分は王の器ではなかった。

 この世にいても迷惑しかかけない、役立たずであった。


 だから、青年は、(いさぎよ)く死を受け入れようとした。

 これでもう、誰にも迷惑をかけずに済む。


()は……」


 ――残念無念。


 ――大間違い。


 青年とキリグイの間に、黒い影が(おど)り出た。


「ネピ……!?」


 それは大間違いの代償(だいしょう)


 ――青く光る一角(いっかく)が、少女を貫いた。


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