4-19 あなたがぶっ飛ばしたのはチビの親父ですか? ノッポの親父ですか?
黒髪の少女を除き、ステータス画面はその場の全員の度肝を抜いて見せた。
水晶のドームを構成していた粒子が雪のように降る中、悠太の背におぶられたマイクが驚嘆の声を上げた。
「……坊や、君は一体」
「いや、はは、話せば長くなるんで……」
再び顔に貼りつこうとするファフニーナの子供を指でくすぐりながらはにかむと、悠太は視線を正面――すっかり地味な色になってしまった鏡遠影の母親に向けた。
「マイクさん、それじゃまずファフニーナに『調教』、してもいいですか?」
丁度ファフニーナの身体に走っていた黒い雷が弾けて消えて、ギョロリとした目玉の視線は少女から逸らされた。
ファフニーナの注意を引いていた少女は自分の役割の完遂を感じとるとドカッと地面に座って天を仰いだ。
「やぁっと解放……疲れたぁ」
「ネピテル殿! 良かった無事で……」
駆け寄っていく銀髪の青年を横目に、ファフニーナの巨体はドシドシと足踏みして頭の向きを悠太へと定める。
翻っていく寸胴な身体には、林の奥で出会った時のような映像はない。
前脚が一歩、悠太に向かって踏み出された。
マイクは唖然とした表情から立ち返って、思い出したように悠太の問いに頷いた。
「だ、大丈夫だ、道中話した通りファフニーナは頭がいい。
今この子たちが懐いているのか囚われているのかくらいはわかっている。
このまま近づいて、額に『調教』で触れるんだ」
首都の習得イベントでは一瞬の隙をついて叩き込んだ魔法だが、今回はどうやら受けて立ってもらえるようである。
悠太は緑の集歌を唱えながら、鏡遠影へと足を踏み出す。
しかしその時、脇で腰を抜かしていた密猟者たちが我に返った。
「待ちやがれ! しゃしゃり出たガキが……!」
「俺たちを無視してんじゃねぇ!」
チビのポーはまさかりを、ノッポのチャーズは水晶の軍配を、それぞれ振り上げて悠太に跳びかかった。
しかし少年は、横目の視界に小柄な影が躍り出たので、集歌を止めることはなかった。
黒い長髪が靡き、金色の瞳が余裕の笑みを浮かべる。
「そういや忘れるとこだった、さっきはどうも……お礼を申し上げよう」
まさかりが「邪魔だ!」と地面を叩き、軍配が「退け!」と空振る。
直後。
薙いだ刀身の峰が「よっ」とノッポの顎を打ち抜き、勢いのまま回転して繰り出した後ろ回し蹴りが「ほっ」とチビの丸顔に埋まった。
片やよろめき、片や悶絶する兄弟の前、少女は双剣の一振りで肩を叩く。
瞳には先程まで浮かべていた憎しみの色は残っていなかった。
それは少女自身も気づいていない、少年との出会いがもたらした変化である。
「本来はこんなんじゃ足りないんだけど……まあ気分乗らないしそれで済ませたげる」
一方、緑色のマナを集めた少年はカメレオンの大きな頭の前まで進んで、略令歌を唱えた。
「コール『調教』」
マナは強く輝き宙に浮かぶ緑光の玉となり、少年が触れるとその拳に付与された。
拳を一握して想いも込めると――悠太は目の前の巨大なカメレオンの顔を見上げ、背伸びしてざらついた質感の額へと突き出す。
「……頼むよ、力を貸してくれ」
カメレオンは拒むことなく、しかし額を差し出すこともなく、変わらず目玉以外を静止させて受け入れた。
緑の光が強まって、拳に宿ったマナが鏡遠影の脳に「山田悠太」という存在を送りつけた。
――見たこともない世界で育ち、理不尽に異世界に辿り着き、迷い、葛藤し、戦い、勝利し、恋をし、旅立ち、出会い、踏ん張り、諭し、頑張ってきた少年。
自分と渡り合える強さを持ち、友と呼べる人間を助け、子供たちに慕われ……そして自分を牢から助け出した。
――いいでしょう。
カメレオンの額が眩い光から解放される頃、そこには緑に輝く紋章が刻まれていた。
「おお、調教成功だ」
マイクが感心した声を上げると、鏡遠影の大きな顔が悠太の顔に擦りつけられた。
顎を撫でる少年の腕と頬ずりの上の頭を通って、子供たちが母の背に戻っていく。
「うお、おお、くすぐったいって、ありがとな。少しの間だけでいいんだ、力貸してくれな?」
身を反らし笑顔を向けると、不思議と無感情なカメレオンの顔が微笑んで見えた。
「よし、それじゃあ早速……」
街へ引き返そうとする悠太の前に、ふらつく二人の人影が再び立ち塞がった。
「ぐ、やってくれたなガキ共……」
「アットホームな雰囲気作りやがって」
まさかりを杖に靴跡のついた赤い顔で眉を吊り上げるチビの親父と、頭を押さえて青筋をこれでもかと浮かべているノッポの親父。
悠太とマイク、ファフニーナの下に呆れ顔のネピテルと及び腰のブランが合流して、陣営ははっきり分かれた。
「まだ立つんだ? もう逃げとけばいいのに」
「そ、そうだそうだ余は暴力反対だ!」
怒りの色を滲ませる密猟者がひと睨みすると、銀髪の青年は「ひっ」と少女の陰に隠れる。
青年の臆病さに起因するところも大きいが、彼らの迫力にも闇社会で生きてきただけの貫禄は見受けられた。
「ほざけガキが……こちとら密猟に命懸けてんだ。おい兄弟、軍配の充填は?」
「ばっちり……とはいかねぇがあっちの御技なら使えるぜ兄貴」
「やれ、悪いがギルドにチクられるわけにゃいかねぇ!」
「がってんだ、ボコボコにしてやらぁ! 『晶亀六甲』!」
橙色の光が六つの水晶の甲羅を作り出し、それらがグルグルと兄弟の周囲を回り始める。
遠心力を増し続けるそれらの中、ノッポの弟が持つ軍配が振り上げられ、悠太たちに向けて号令をかけた。
「行け甲羅たちよ! あのガキを狙え!」
狙いはマイクをおぶった悠太であった。
自在に操られる鈍器と化した六つの甲羅は、あるいは上空から、あるいは地を這うように、あるいはカーブしてそれぞれ標的に迫る。
「ブラン、おじさんを頼む」
青年に足を挫いたマイクを預け、悠太はレベルにより強化された身体能力で甲羅の内2つをガシガシとキャッチした。
そして両手の先にそれぞれ光る板をイメージする。
顕現したステータス画面とイクイップ画面は、先客の甲羅をバラバラに破壊した。
「さてボクももう少し頑張るかね」
少女は迫りくる甲羅を二つ、双剣でそれぞれ叩き落す。
広場の地面に転がったそれらがしつこく浮き上がろうとしていたので、剣の両切っ先を揃えて向けた。
刀身の間に黒い稲妻の球体が浮かび、少女の唇が「『砲雷』」と命じると黒雷となって撃ち出され、甲羅を消し飛ばした。
――そして最後に、上空から迫る残り二つの甲羅が連弾の火球に焼き尽くされた。
表情の読めない爬虫類然とした顔が、大口を閉める。
「く、くそがくそが! 魔物風情が人間に肩入れしやがって!」
「馬鹿な……魔導具の御技が、こんなあっさり」
密猟者としてあらゆる手を使い魔物を捕らえ、売りさばいてきた兄弟であったが、今回ばかりは相手が悪かった。
ズン、と一歩前に出たのは、鏡遠影ファフニーナである。
どこか雰囲気で「ここは任せろ」と言われている気がして、悠太は首を傾げた。
初々しい主従の関係に、ブランに肩を貸されたマイクが教えてやる。
「任せてやってくれ、恐らく半分は新しく『調教』を結んだ主の役に立ちたいのだろうよ」
「マイクさん……もう半分は?」
問われた水晶林の管理人は、ニカッと笑って答えた。
「単純にあいつらぶっ飛ばしたいってとこだ」
それなら止める理由はないと、少年はざらついた胴体をポンと叩いて言った。
「よし、じゃあ……行けっ! ファフニーナ、さん! やっちまって下さい!」
「何でさん付け?」
「一応四児の母親だし呼び捨てはちょっと」
「相変わらず変なところで律儀であるな……」
行き交う軽口に、コケにされた密猟者の絶叫が割り込む。
「畜生! こうなりゃガキの一匹だけでもぶっ殺してやらぁ! くらえ!」
もはや破れかぶれに投げつけたまさかりは一直線に悠太に迫るが、立ちはだかる巨体がそれを許さなかった。
カパリと開けられた大口は、空色のマナを煌々と充填し、吹き荒ぶ暴風の風玉を作り出す。
風に煽られたまさかりはあえなく吹き飛ばされ、兄弟の後方の地面に突き立てられた。
そして万策尽きた兄弟に向かって――ファフニーナは容赦なく風玉を撃ち出した。
迫る暴風に、兄弟は途方に暮れる。
「チャーズ……こりゃまるで」
「ああ兄貴、俺らまるで……」
――バビルーザに撥ね飛ばされたモンキーゴブリンだ。
風玉は兄弟の足元に着弾すると、爆ぜて天高く渦巻く竜巻となった。
巻き上げられた人影二つを見上げて、手を日よけに天を仰いだ少女が呑気な声を上げた。
「おー、飛んだ飛んだ」
「つ、つくづく調教が成功してよかったのだ……」
同じように上を向くブランに苦笑しつつ、悠太は「お疲れ様です」と鏡遠影の胴を撫で、その腕に装備した篭手を上空に向ける。
その『大蔦豚の篭手』は、拘束に特化したツタを伸ばすことができる魔導具であった。
「ま、これにて成敗完了ってことにしてやりますか」
竜巻が収まる。
流石に地面に叩きつけられてはひとたまりもないだろうと受け止めの体制だけ作り、彼らが悲鳴と共に落ちてくるのを待つ。
「……あれ」
――しかし、天高く放り出された兄弟の影は、遠い悲鳴をあげるばかりで一向に落ちてくる気配がなかった。
何やら、空中に留まって浮いているように見える。
「な、なんだ?」
構えていた篭手を下ろして眉をひそめると、兄弟の影は上空を飛んできたもう一人の影と合流して、ゆっくりと降下してくる。
風に揉まれて人形のように回転しつつ降りてきた兄弟はいつしか悲鳴も途絶え、地上に降ろされた時には完全にグロッキーになっていた。
彼らを地上に運んだその幼い少女は、どこか猫を思わせる青のナイトキャップとパジャマに身を包んでいた。
衣装は眠たそうだが、そのサファイヤのようなぱっちりお目めは爛々と光っている。
「やっほーにゃ! ヤマダ! ヤマダが吹っ飛ばしたのは小さなのおっさんにゃ? それともノッポなおっさんにゃ?」
「そんな金の斧銀の斧みたいな……それよりお前、サマーニャ? 何でこんなとこに?」
少女の名前はサマーニャ・ヒューバートという。
幼い見た目に反して年齢不詳、天真爛漫かつ人懐こい不思議な少女である。
悠太が初めての首都で道に迷っていた折りに出会い、街案内をしてもらった。
また、後日判明した事実によれば、なんとこの成り、この性格で首都に拠点を置く衛生士ギルドのギルドマスターなのだという。
事実を知ってなお、悠太とネピテルは半信半疑のままである。
「まあまたボクたち尾行してたんじゃない? どうもボクも君も監視対象とやららしいし」
「ギクにゃ」
「いや別にギクつくことないだろ。こっちも承知してるんだし」
首都に身を置く悠太とネピテルは、それぞれ特別な力を持つが故に、ギルドマスターによる監視下に置かれている。
特に厳重な監視体制ではなく、二人とも承知の上のことであるため、幼女の狼狽えた表情が気になった。
「それとも何? 他についてきてた理由があるわけ?」
黒髪の少女は勘が良かった。
「ないにゃ! 全然ないにゃ! ミーは極秘任務でついてきただけにゃ!」
そして青い幼女は嘘が下手であった。
「決してそこの銀髪さんがどっかの王子様でジナ何とかで悪い人に狙われてるかも知れないから監視してたわけじゃないにゃ!」
「ブランが」
「どっかの王子様?」
二人の視線がブラン・シルヴァに注がれた。
視線を集めた青年は、文字通り降って沸いた真実の疑惑に大いに慌てた。
「なっ!? 初対面で何を言っているのだこの子は! 余は決してそんな身分ではなくだな……」
取り繕う青年のさらりとした銀髪は、どこか高貴である。
端正な褐色の顔と赤い瞳にもどこか品があり、尖った耳は垂れ下がっている。
ローブの胸元から覗く懐中時計はなかなか高級そうである。
そして彼の纏う雰囲気は……オドオドと頼りない。
「……なぁサマーニャよ、それは流石に無理があるんじゃないか? 王族ってもっと凛として威厳があるもんだと思うんだ」
グサリ。
「そうだよ、こいつ身体も心も弱いし、えばりくさった様子がないどころか自己否定の塊だし、王族の器じゃないでしょ」
ザクリ。
「ほっ、だからそう言ってるにゃ。その人全然王子様なんかじゃないにゃ。ただの一般人にゃ、もやしにゃ」
そこまで言わなくても。
安心とか悲しみとか、そこら辺の感情が混じった涙がしくしく流れる頬を、銀髪に飛び乗った子ファフニーナがその舌で舐める。
事態を呑み込めないマイクが「とりあえずコテージに戻るか」と提案して、本日はどうやら一件落着である。
見計らったように、水晶林には茜が射し始めていた。





