4-10 キリグイ
「――さて」
鞭でぐるぐる巻きに縛られた三人は藁が散らばる冷たい土の上に転がったまま、軍服の女を睨みあげた。
対するは月を背景に鞭を引き絞り、黒タイツの長い足で仁王立つ軍服の女――サーバ・ベンディンガー。
とても涼しい表情である。
時はもう暮れた後、場所は引き続き七時街。
もはや畜舎より監獄と呼んだほうが適切な、重ねられた鉄檻の飼育小屋がぐるりとドーナツ状に配置された施設。
各檻の中からは様々な家畜たちの鳴き声が、気持ち猛獣多めで聴こえてくる。
「何だっけこういうとこ……一望監視施設って言うんだっけ……?」
いつかテレビで見た監獄の一種に似ていると呑気に思う悠太が転がっているのは、そんな監獄のような動物園のような施設の中庭にあたる土の広場である。
「それでは諸君、依頼についてだが……」
「依頼する態度じゃないだろ馬鹿鞭女!」
わめくネピテルの顔のそばの土にビシッと鞭が打ち付けられる。
「態度? 何故だ、自分はやろうと思えば貴様らを更にきつく縛り、キリで爪を剥がし、焼き印を入れ鞭打つ拷問もできるのだ。これは誠意を持って用意した面接の場である」
物理的圧迫面接。
「ギルマスってまともな奴いないのかな!?」
黒髪を逆立てる少女が吠える。
普段の少女の常識のなさも相当であるが、確かに赤髪の軍服女の行動は常軌を逸している。
「余、怖い。この街が……怖いのだ」
左隣で転がる褐色のエルフ族の青年――ブラン・シルヴァが泣き出しそうな声で呟く。
同様に縛られた学ランの少年は彼を首都に連れてきたことを少し後悔した。
「ユータは何で大人しく縛られてんのさ! さっさとステータス何たらで抜け出しなよ!」
右隣で喚く大声に悠太は顔をしかめつつ、後ろ手に縛られた手首に力を入れる。
縛り上げられ固定された自らの腕はびくともしない。
「……無理。手首が固定されてて縄に上手く画面当てられない」
悠太がこの世界で手にしたステータス画面には、出現場所に既にあるものを破壊する効果がある。
しかしその出現位置は手の平をかざした先の15センチ程と決まっているため、手首を固定されると思う方向に出すことができない。
すっかり観念した悠太は、とりあえず話を聞くことこそがここから抜け出す最善の行動だと、軍服の女に話を進めるよう促す。
「と、とりあえずサーバさん、でしたっけ。このままでいいので、ええと、探偵? について話を聞かせ……」
悠太の顔の横にも鞭が振るわれた。
「囀るな。貴様らは自分の依頼を黙って聞き入れれば良いのだ」
「……はは、確かに依頼する態度じゃねぇ」
諦めの言葉を最後に三人がそれぞれ不服そうに沈黙すると、サーバは軍靴をザッザッと鳴らして歩きながら依頼内容を口にする。
「貴様らには、『霧喰事件』の解決に当たってもらう」
まず語られたのは、聞き覚えのない事件の名前であった。
「きり」
「ぐい」
「じけん?」
三者が首を捻るとまた鞭が広場の土を叩いた。
「ああ、そうだ。おいドリマン、『ドリマン・ルバーカス』よ、出て来い」
サーバが檻と檻の間の通路へと声を向けると、その奥から小太りに口ひげ、シルクハットの男が恐る恐る縮こまりながら登場する。
この光景に怯えているのか、この光景を作り出した本人に怯えているのか、酷く及び腰のようである。
また鞭が鳴ると小走りで寄って来た。
「こいつはこの畜舎の主だ。ここは七時街の中でもかなり大きい総合畜舎でな。
夜盗対策に『調教』したウルフを配備している。防衛という観点から見れば右に出る畜舎はない」
見渡すと、ぐるりと周囲を囲む飼育小屋の傍らに、何頭か大人しくおすわりをするウルフがいた。
ウルフは首都近辺にも生息する犬型の魔物であり、悠太自身もクエストの中で幾度となく命のやり取りをしてきた相手である。
しかしここにいるウルフからは襲ってくるような気配は感じられず、耳をピンと立て背筋を伸ばしたおすわりのポーズからは忠犬めいた実直さが伺える。
時折退屈に負けて後ろ足で耳元をかく仕草が愛嬌満載で、可愛くすら思える。
「注目!」
鞭が鳴る。
ウルフにほっこりしていた三人の視界は、軍服の女とその横の小太りな男へと戻された。
「さて、ではドリマンよ、話してやれ。事の始まりをな」
粗末に振られた話題をドリマンはたどたどしく引き取った。
太鼓腹には少々サイズが合わないチョッキからハンカチを取り出し、汗を拭きながら事件の供述を始める。
「え、ええ、確かあれは、四日ほど前の出来事でございます。
私は毎朝、私の持つ畜舎を巡回するのですが……その日も朝起きて各畜舎の様子を見に参りましたところですね、その、一頭の雲鼠が、ですね、その……何者かに惨殺されておったのです」
言いにくそうな声から、いきなり物騒な文言が飛び出した。
自然と視線は飼育小屋の一つ、檻の中で身を寄せ合い眠る熊程の大きさもある鼠たちに向けられる。
「ざ、惨殺って……」
「はい、檻を壊され、ズタズタに、引き裂かれて……」
「ず、ずたずた……」
早くも震え始めるブランを更に怯えさせるように、サーバが証言を肯定した。
「偽りない表現だ。盗まれたでもなく食い荒らされたでもなく、雲鼠は惨殺されていた。
騒ぎを聞きつけ、自分も現場を確認している。ミルキー便のために調教していた黒毛の雲鼠だった」
「魔物に食われた、のではないのか?」
鞭が鳴り、ブランが引きつった声をあげる。
「食い荒らされたわけではないと言っている」
「そ、それが不思議なのです。首都は壁で囲われておりますので、通常、野生の魔物が入り込むことは考えづらいのですが……畜舎内にだけ、大型の魔物の足跡が残されていました」
「畜舎内だけ?」
「ええ、七時街は街道のほとんどが土の馬車道なのですが、そこには何の痕跡も残っていないのです。それに……」
「それに?」
「サーバ様に検証していただいたところ……本当に、食われていないのです」
視線が軍服の女に集まり、彼女は口元に指を当て思案顔をした。
その鋭い吊り目には、真相を追い求めるギラついた光が宿っている。
「激しく引き裂かれた死体は、肉片から臓物、血液まで可能な限り集めた。
食われたならいずれかの部位は何者かの胃に消えて欠損しているはずだ。少なくとも……パズルが完成することはなかった」
「うへぇ、そこまでやる?」
うんざりした様子の黒髪の少女が嫌そうな顔で舌を出す隣で悠太は考える。
サーバの言う通りであれば、謎の魔物は捕食のために雲鼠を襲ったわけではないことになる。
「どうにも不可解な出来事でしたが、まだ初回だったこともあり、その時はサーバ様から調教されたウルフを追加でお借りして警備を強化することにしたのです」
「……だが、事件は再び起こった」
「……はい、その翌日でございました。強化した警備をあざ笑うかのように……また雲鼠が一頭、殺されていたのです。ウルフたちは、酷く怯えた様子でした」
三人は揃って眉を歪める。
「私も怖くなりまして、その日の内に傭兵ギルドに依頼をかけ、ちゃんと人の目で見張って頂くことにしたのです。その効果あってか、次の日、私の畜舎が襲われることはなかったのですが……」
歯切れの悪い言葉は事件が未解決であると告げていた。
「ふん、その後も事件は繰り返されることとなる。
次は街の西端、リアリスという別の持ち主の畜舎が現場となった。同じように馬が一頭、殺されていた。
そいつはこの成金と違い傭兵を雇えるほどの金がなくてな、あくる日は自分が直々に見張ってやった」
当たり前のように語る内容が意外にも人情深い。
横暴の化身のような女だが、こと自分のギルドの件に関しては親身に対応しているようである。
そんな女の細眉が恨ましげに歪んだ。
「だが、事件は畜舎を変え……昨日も繰り返された」
そこまでしても解決しない。
それどころか犯人の正体すら掴めていない。
ようやくこの事件の不穏さ、不審さが実感できてきた黒髪の少女が目を鋭くして一言、問いかける。
「今も?」
首は縦に振られた。
「ああ、恐らく今夜もだ。一晩につき一頭のみ、いずれかの畜舎で必ず犠牲が出る」
ごくりと唾を呑んだ。
「誰にも正体を見せず、霧のように現れ獲物を狩りながら、肉を喰らわない何者か……我々は奴を『霧喰』と名付け、正体を探ることにした」
不気味な事件の概要が明らかとなって、悠太は考えられる対策を考えた。
現代日本でのほほんと暮らしていた少年は当然のように事件というものとは無縁であったが、もし遭遇したらどうすれば良いか、その一般的な心得は幼稚園の頃から習っていた。
まずは警察に通報、である。
「ええと、この国の兵……『逢王兵』でしたっけ。そういう人たちは動いてくれないんです?」
「申請はしている。しかしまだ部隊の編制に数日かかる。
被害はあくまで家畜のみ、人的被害は出ていないが故に緊急性がないとされている。
また、奴らは怪しい事件が起きるとまず逢王宮の警備を優先して手厚くするからな、現場はどうしても後回しになる」
所謂大人の事情が絡んだ対応の遅さが原因らしい。
国家権力が宛てにならないとすると、その先の一般的対応というものは悠太が高校生になった今でも聞いた試しがない。
「……ふむ、現時点で打つ手なしではないか」
悠太の気持ちを代弁するブランの感想に、軍服の女はあっけらかんと見下してきた。
「だから貴様らに依頼している。解決しろ」
「んな無茶な……」
何となく話が見えてきて、この牧歌的な街に探偵募集の貼り紙があったことが繋がった。
彼女のずれているところは、相談先に専門知識もない少年少女を選んでいる点である。
その癖、話だけは強引に進めてくるのだから始末が悪い。
「聞いたぞ。貴様ら負債を抱えて料理人ギルドマスターの下僕をしているのだろう?
解決のあかつきには報酬としてその負債のいくらかを肩代わりしてやってもいい」
「ぐ……」
借金のかたに下働きをさせられているネピテルが凄く揺れた目をしている。
「そっちの貴様は働き口を探していたな?
本件を断ることは構わんが、その代わり今後貴様の雇い先はこの自分直々に廃業に追い込んでくれる」
「ひ……」
最悪の嫌がらせ宣言にブランの顔が青ざめ、鋭い耳が垂れる。
人を使うには飴と鞭とよく言うが、なぜか飴と鞭は別々に与えられた。
せめて逆にしてあげてほしいと悠太は思った。
「あと貴様は……人が良さそうだからこやつらが首を縦に振ればついてくるだろう」
「……俺、そんなちょろいんだろうか」
呟きは後の自分の行動が肯定することとなる。
残り二人がしぶしぶ首を縦に振ると、それを見捨てられない少年も依頼を受けざるを得ない状況になった。
しかし、引き受けた理由は単に付き合いに流されただけ、というわけでもない。
――軍帽の鍔を摘まみ、その陰で紫の瞳が強い意志を宿したのが見えた。
「調教師ギルドにおいて、家畜は財産だ。その命は命を繋ぐために使わねばならない。
悪戯に、無意味に殺されてはギルドの名折れだ……キリグイの正体は必ず暴く」
誰に限定して言うでもないその声色が真剣であり、信念の一端が伺い知れたことも、悠太が依頼を承諾する一因となった。





