4-11 蝮女樹の呪珠
その夜、少年たちは怪事件に立ち向かうこととなった。
「ドリマン、例の物を」
軍服のサーバは小太りな男を顎で使って、鉄檻の飼育小屋脇まで何かを取らせにいった。
やっと鞭の束縛から逃れることができた悠太、ネピテル、ブランは、それぞれの身体についた締め痕を擦って疲れた顔をする。
見上げれば空には青い月が浮かんでいて、少し気温も冷えてきた。
「サーバ様、お持ちしました」
「よし、配れ」
戻ってきたドリマンは胸いっぱいに茶色い布――どこか、推理小説の表紙で見たような衣装を抱えている。
「なにこれ」
黒髪の少女には茶色の羽織りコート。
「キセル……?」
銀髪の青年には黒塗りのキセル。
「……これ、シャーロック……」
悠太には茶色の鹿撃ち帽子。
少年は、これらの衣装が誰のものかを知っていた。
「そう、かの有名な私立探偵、シャーロップ・ホーマンタイの衣装だ」
違う人であった。
「これから事件を追ってもらうのだ、形から入るのも悪くあるまい」
得意げに言う軍人コスプレ女の手前、そういうものだろうかと、それぞれ貰った衣装を身に着けてみる。
とはいえ一式をバラバラに手渡されただけなので、ネピテルは羽織るだけ、ブランは咥えるだけ、悠太は被るだけになってしまっている。
意外とサイズ感が丁度よく似合っている少女が、スンスンと鼻をすすった。
「……なんかこれ、臭くない? 雑巾みたいな……」
不信の眼差しを恰幅の良い男に向けると、ドリマンは汗を拭いながら説明をした。
「ええ、少し臭うかも知れませんねぇ、何分サーカスのモンキーゴブリン君の衣装でして」
全員で衣装を地面に叩きつけた。
「んなもん着せんじゃねぇよ!」
見事にハモった悠太とネピテルの怒号に、男は口ひげを擦りながら眉を下げる。
「やはり臭いましたか……お昼の公演ではしこたま働かせ……ではなく熱演していましたから……」
口振りからして洗っていない。
「う……余、咥えて……」
ブランが崩れ落ちた。
「ふむ、贅沢な奴らだ。ドリマン別の衣装を――」
「形から入らなくていいから! 早く話を進めましょう!」
懇願に憎たらしくも肩を竦ませる軍服の女は、ドリマンに指示を出して今度はパルプ紙のノートと木の机を持って来させる。
机の上で開くと、そこには霧喰事件の要点がまとめられているようであった。
さっさと出しとけと不満たらたらのまま、悠太とネピテルはそれぞれの獣臭さを手で仰ぎながらノートを覗き込む。
ブランの復帰は口をすすいでからとなった。
◇◇◇◇◇
「とりあえず、状況を整理しましょうか。ええと――」
五人が覗き込むノートには事件のおさらいが記載されていた。
一つ、キリグイが現れるのは夜間、人の寝静まった畜舎。
二つ、キリグイが一晩で襲うのは家畜1頭のみ。
捕食した形跡はなく、今のところ人を狙ったり家畜たちを根絶やしにすることはない。
三つ、畜舎内には大型の魔物の足跡は残されているが、畜舎から外に足跡は残されていない。
四つ、キリグイの姿は誰も見たことがない。
傭兵やサーバの警備等、人目のある畜舎には現れていない。
「――で、どう見る? ネピテル」
考えてもさっぱりわからない学ランの少年が、当たり前のように黒髪の少女へと発言権をパスする。
「なんでボクに振るのさ」
「お前こういうの凄く鋭いじゃん」
なんだかんだ言って三人の中では一番場数を踏んでいるのは彼女である。
五年も逃亡生活を続けてきた経験は侮れない。
だから最初に見解を聞くのは悪くないと考えた。
少年は少女の知識と思慮には全幅の信頼を置いているのであった。
「……まあ、普通に思ったこと言うだけなら」
金色の瞳が逸らされるのは少女が照れている証拠である。
頼られてやぶさかではないらしい。
少女は再びノートのメモに簡単に目を通すと、小さな顎を人差し指と親指でさすり見解を述べた。
「本当に思ったこと言うだけだよ?
ええと、一つ目、夜だけ出るってのと、四つ目、人目を避けるってのはほぼ同義だね。キリグイは人に見られたくないんだ。
二つ目は見当もつかない、わざわざ一頭だけ狙う意味はわからないや。何かのポリシーじゃない? 殺すのに食わないってのは何かこだわりめいてるし」
これには場の全員が首を捻った。
「三つ目は簡単だね」
「え」
思わず悠太は声を漏らした。
足跡を残さない謎は、その他の謎同様に想像がつかなかったからである。
「そういう魔法か魔導具を使えばいい」
聞いてみれば何てことはない超常現象任せの推測であり、悠太は肩透かしをくらった気分であったが、腕を組む軍服の女は一定の理解を示した。
「……ふん、悪くない着眼点だ。そういった魔導具には自分も心当たりがある。
しかし魔導具ギルドが把握している中に盗まれたものはない。そこは魔導具ギルドマスターに問い合わせ済みだ」
「じゃあ言い方変えるよ。その魔導具が新しく持ち込まれたんだ」
「そこは譲らないんだな」
「そりゃそうだよ。魔導具なんて世界にゃわんさかあるんだ。
入団祭の時みたいなコウモリを召喚できる魔導具があるんだからさ、キリグイ、だっけ?
そいつを召喚する方法くらいあるでしょ」
先日行われた入団祭のメダル争奪戦では、冒険者ギルドの運営が小さなコウモリを大量に召喚して各参加者のお目付け役とした。
確かに魔導具には不気味で面妖で、大規模な出来事を引き起こす力がある。
「だがそうだとして、結局はどのような魔導具なのか、それとも魔法なのかもわからぬのだ。探りようがないのではないか?」
真っ当なブランの疑問に、ネピテルはあっさり「そだね」と答えた。
「そんなわけだから、ひとまず欲しいのは四つ目の情報だよね。
結局はわからない尽くしじゃ真相なんかわからない。
今一番欲しいのはキリグイの外見情報だよ。それさえわかれば新しく見えてくることもあるだろうさ」
「ふむ、しかしその姿を見ようとしても、キリグイは人の目のある場所には現れぬ……いだだ!? ネピテル殿! 頭ぐりぐりやめ……!?」
少女は再度真っ当な疑問を口にしたブランの背に飛び乗って、銀髪の両脇から拳で万力をかける。
「さっきから否定ばっかでお気楽だぁねぇ、自分でも考えて案出しなよ……!」
考えるどころではないブランと頭グリグリにご執心なネピテルは放置して、残る三人は頭を悩ませる。
キリグイの外見的特徴を知るためには。
「そうだサーバ様、現場に残されていた足跡の鑑定結果は……」
「冒険者ギルドにあたらせたが過去の記録に一致するものはなかった」
唯一場に残っていた証拠も空振りとなると、いよいよ直接犯行現場を抑えるしか手はなくなってきた。
しかし、キリグイは人目のあるところには姿を現さない。
更に悠太は頭を捻った。
平和そのものな悠太の世界は、どのようにして平和を維持しているのだろうか。
その問いの先に、光明はあった
「外見、か……犯行現場を抑えられる、防犯カメラみたいなものがあればいいのかな」
諦めがてら、この世界には絶対に存在しないであろう機器をぼやいてみた。
誰もが思案中であったので、ぼやきは全員の耳に行き渡り、聞きなれない単語に全員が首を傾げた。
「防犯」
「カメラ?」
意図せず気を持たせてしまったことに焦る悠太は、取り繕ってこれはあくまで自分のいた世界の設備なんだと補足した。
「あ、いや、俺の元々いた世界にあった道具なんだけど、なんていうか、こう小さな装置を置いておくと、その装置から見える映像が遠くでも見れるんだ。あれだ、あの入団祭の時のコウモリみたいな感じ」
ついさっきも思い出した魔導具なのに、防犯カメラとしての活用は例えてみて初めて思い至った。
あるではないか、防犯カメラのようなもの。
サーバが感心したように思案顔をノートに向ける。
「なるほど……『蝙蝠の洞杯』か。
確かにコウモリの体躯であれば、気づかれることなく現場を抑えられる」
「じゃあ早速それ借りに」
しかし、その魔導具の使用自体には待ったがかかる。
「だが洞杯は貴重だ。この街で所持しているのは冒険者ギルドと逢王宮に一つずつのみ。
冒険者ギルドのものは入団祭で使ったばかりで今は充填時間中だ。確かあれは再充填に二月はかかる」
なんて無駄なイベントに使ったのであろうか。
「逢王宮のは?」
「緊急時用だ。効果も定かでない調査では使用許可が下りんだろう」
「ぐ、じゃあどうすれば」
良い案だと思ったのにと肩を落とす悠太の前で、軍服の女は人差し指を立て、思案を続け――とある魔物を思い出した。
「……多少性能は落ちるが、似たようなことができる魔物がいる」
呟いて、それっきり思案顔のサーバであったが、徐々にその口元が吊り上がり、邪悪な笑顔を浮かべた。
「くくく、そうだな、それがいい。貴様ら、ついて来い」
なんと、彼女は胸元からまた新たに鞭を取り出したではないか。
「ちょ、それって……待っ」
捕縛は一瞬にして成功した。
なんとなんと三つ又の鞭である、三人は同時にまた見事に縛り上げられる。
「いちいち縛んな! ほどけぇ!」
そう言う少女を全く無視して、サーバは三つ又の鞭を肩にかけザッザッと歩き始める。
当然、繋がって縛られている三人もズリズリ引きずられることとなる。
「引きずんな! ってか移動するならやっぱりほどけよ!」
「痛っ、これ小石とか気を付けないと怪我するな」
「ゆ、ユータ殿、どこに連れて行かれるかもわからぬのに、随分と落ち着いているな」
「何となくわかってきたんだ、ギルマスってのはな、自然の摂理と同じなんだよ。逆らっても意味ないんだ」
「……ユータ殿、目の光が……」
失せていたであろうか。
「では、邪魔をしたなドリマン。自分はもう行く」
「はい、サーバ様もお気を付けて。そろそろ傭兵も来る頃ですのでこの周辺は狙われないと思いますが……」
「ああ、今日は西を巡回することにする。ついでに、こいつらに叩き込みたいこともできたしな」
◇◇◇◇◇
ドリマンの畜舎を出て引きずられること十数分。
辿り着いたのは街門を出た先、人気のない草っぱらの区画。
月下のサーバは悠太たちの鞭をほどき、伸縮自在のそれを手元でピシっとまとめた。
「さて、ここで良いだろう」
解放された三人は心底げんなりした表情で身を起こした。
引きずられすぎて服はクエスト帰りよりボロボロである。
「マジいつか覚えてろ……」
唸り声をあげる黒髪の少女の隣で、悠太は土埃を払って軍服の女に目を向けた。
「そ、それで、何を始めるんです?」
彼女は肩に鞭を垂らし、流し目と不敵な笑みを寄こした。
「今から貴様らに一つ、魔法を叩きこんでやる」
「魔法? サーバさんが?」
調教師ギルドのマスターからの申し出は、意外にも魔法の修得であった。
「ああ、『調教』の魔法だ。知っているだろう?」
知らないと舌を出す少女、首を傾げる少年、そして回答はおずおずと口を開く青年からなされた。
「た、確か動物を手懐けるための魔法と記憶しているが……」
サーバは頷くと、胸元から今度は魔導符の束を取り出した。
「貴様らには今からこの魔法を覚えてもらう。そして霧喰事件解決のカギを握る魔物を捕えに行かせる」
問答無用の命令にはもうある程度慣れたので、悠太はため息だけついて不満を示し、辺りを見渡した。
「まぁ、話はわかりましたが、何だってこんな場所に?」
「そうだよさっきの畜舎で教えてくれりゃいいじゃん」
広がるは青く照らされる草原のみ。
聞こえるのは夜風によるざわめきと、名前もわからない虫の鳴き声だけである。
「まあ色々と理由はあるが……そうだな、最も大きい理由は、ここなら多少騒がしくとも迷惑がかからないという点だろうか」
「それってどういう……」
「実際にやってみた方が早い。見ていろ」
そう言ってサーバはまたも胸に腕を突っ込み、何やら禍々しい数珠が巻き付いた肉塊を取り出した。
「胸の中、どうなってるん?」
数珠の一つ一つは何やら植物の種子のような見た目をしており、根のようなもので繋がっている。
「マナの波動を感じる……?」
サーバはくすりと笑うと、肉塊の球を星空高く放り投げる。
そして――技名を唱えた。
「復活せよ――『魔魂種牢』」
すると天より夥しい緑の粒子が集まってきて、種子に纏わりつく。
やがて夜空に輝く光はその光量を増して、変形していく。
太い腕が、強靭な脚が形作られていき、光が弾けるとその巨体は草っぱらを揺るがす両脚で着地した。
――それは、見上げるほど巨大な白い魔物であった。
蹄のついた二脚で体重を支え、巨拳を握るとはち切れんばかりの上腕二頭筋が隆起する。
月明かりを受けて白い短毛が輝き、その神秘的な印象と真逆な禍々しい馬の顔が咆哮を轟かせた。
「こいつは……」
ビリビリと震撼する空気に圧し負けぬよう、悠太とネピテルは身構える。
ブランは二人の陰に隠れて震え出した。
「なな、何なのだこやつは!?」
「魔物を召喚する魔導具には心当たりがあると言ったろう――これは『蝮女樹の呪珠』。
魔物の心臓をその根で縛った魔導具だ。この通り、『魔魂種牢』と唱えてやれば周囲のマナを媒体に魔物として息を吹き返す」
悠長な説明をしている間に、彼女を背後から見下ろす魔眼が……怒気を孕んだ。
筋骨隆々な腕を振りかぶり、魔物は拳を躊躇いなく振り下ろした。
「サーバさん危ない!」
叫ぶ悠太を気にした様子もなく、サーバは鞭を抜き、振り向き様に振るった。
ビシィと厳しい音が響き、魔物の拳と鞭の先端がぶつかると、互いに衝撃で弾かれる。
体勢を崩した魔物は一歩後ずさり、血走る眼に宿す怒りを強めた。
「このとおり召喚した魔物は野生の状態だ。こいつの名は『ピリカ獣』という。
多くの北方部族を滅ぼし、数多の格闘道場を襲い、名のある武術家たちを葬り去った悪辣非道な獣だな」
ブランがガタガタ震えた。
「今からこいつを調教する」
サーバが一枚の魔導符を構える。
「『気高き尊よ、連れ子と流れ、烏兎流れ』――この程度で良かろう。コール『調教』」
集歌を途中で切り上げ、ハンドボール大に集まったマナに、略令歌を唱えつつ鞭を振るう。
すると緑の光は、浮遊する光の玉となって宙に留まる。
「さあ付与せよ」
サーバの腕がぶれるように動き、鞭が振るわれた。
その先端が緑光の玉を叩くと、光は付き従うようにエンチャントされた。
丁度その時、白い魔獣は再び獰猛な咆哮を上げ、空色のマナを身体に纏った。
「風の、魔物?」
マナは四肢へと集まり、手足に纏わる風の刃となった。
次の瞬間、魔物はまるで重量を感じさせない身のこなしで飛び上がる。
両碗でサーバを叩き潰すべく、跳びかかったのである。
「――ふん」
彼女はまるで気圧されることなく、夜空から迫りくる巨体に向かって鞭を振りかぶった。
そして思いっきり振るう。
先端に付き従う緑のマナが、星空に一筋、緑のラインを引いた。
銃声のような破裂音が響いて、巨体は撃ち落された。
仰向けに落下した魔物は、しばし痙攣したまま横たわり、やがてその上半身をむくりと起こす。
馬面の額には……鞭で打ち抜かれた痕と、緑の紋章が刻まれていた。
サーバが鞭を鳴らすと、巨体は慌てた様子で尻もちをついた姿勢を正し、彼女に跪いた。
「調教完了だ」
向き直る彼女はどうしようもなく自信に溢れた眼で悠太たちを射すくめる。
凄いの「す」の字も出ない悠太たちに向かって、彼女は続けて信じられないことを言い放つ。
放り投げられたのは、魔導符の束であった。
三人の前に落ちたそれらには、同じ紋様の魔導陣が描かれているようであった。
「見本は示したぞ。さあ貴様らの番だ」
何か信じられないことを言われたようで、三人の頭上には大きくハテナマークが浮かぶ。
「やれ」
指示は、背後に控える魔物に対するものであった。
跪いていた白い巨体が、再び四肢に風を纏い、一歩を踏み出す。
「やれって……」
「これはもしかして」
「もしかしなくても」
ギルマスってこんな人ばっかり。
「見事自分の調教を上書きしてみせよ」
許しを得た巨体が咆哮と共に夜空を舞った。





