第22話 フランツの視点4
それから数ヶ月はこのラドレス公爵家にきて初めてというくらい、穏やかな日々だったと思う。
けれど、そんなある日、サリエルは表情をパタリとなくした。
瞳に光を宿していないというか、魂がぬけているというか、どこか遠くを見ているような顔。
もうすぐサリエルが4才になろうという時だった。
メアリーが突然、慌てて僕の部屋にサリエルを抱きかかえて尋ねてきたのだ。
その日はラドレス公は仕事で暫く隣国へ。
リリアスは子供の世話は使用人に任せて旦那であるラドレス公不在の間泊まりがけで遠出していたときだった。
「フランツ様、大変なんです。
サリエル様が…っ」
あまりのメアリーの取り乱しように、机に向かい勉強していた手を止めて椅子を引き、立ち上がる。
サリエルの表情を覗き込むと、僕の顔が見えた瞬間、見開かれたまま瞬きをしていなかった大きな紅色の瞳から、一筋の涙が小さな頬をつたい
やがては次から次へと涙の粒が溢れ出てきた。
けれどサリエルは一言も声を出さず、無表情で静かに泣いている。
「…いったい、何があったんだい?」
その問いかけにメアリーはただ、「わからない」と首を横に振った。
「メアリー、気付いた時の状況は?」
「こうなる直前まで関わっていたのは私で、児童書の読み聞かせをしていました。
気付いたときの記憶をお見せしたいのですが、魔法を使ってもよろしいですか?」
その問いかけに、僕は部屋の前に人がいない事を確認して頷いた。
「あぁ、許可しよう」
メアリーは僕の額に手をかざし、僕はいったん目を閉じた。




