①眩しい
「センセー!はやくきてー!」
第一小学校3年2組担任の海老名は、子どもに手を引かれながら昇降口を出る。眠気覚ましに飲んだコーヒーのせいで、車酔いのように気分が悪い。
外に出ると、昼前の日差しが顔を突き刺す。
「センセー、今日は鬼ごっこね!」ハヤトが振り向き様に全快の笑顔で言う。学級委員のハヤトはいつも休み時間の遊びを考え、クラスをまとめ、海老名も遊びに巻き込もうとする。
「じゃんけんで負けた人が鬼ね!今日は鬼を2人にしよ!」
ハヤトが仕切ってじゃんけんを始める。
クラスの半数が一同にじゃんけんをするので、何度もあいこになる。それを海老名は黙って見ていた。同じことの繰り返しに疲れた子どもたちが海老名の方を見ているのに、ハッと気づいた。
「じゃあ、先生に負けた人が鬼ね。いくよー。最初はグー、、」
海老名が仕切り、2人の鬼が決まった。鬼ごっこが始まる頃には、20分休みの半分が終わっていた。
鬼になった子が10秒数える間に、子どもたちは散り散りに走っていく。海老名も本気で走っているふりをしながら、サッカーゴールの裏まで走った。
(汗はかきたくないなー。この後の授業でベタベタするし。足も臭くなるんだよな)
鬼になった子が走り出して、鬼ごっこが始まった。2人とも海老名に向かって走ってくる。グラウンドを大回りするように、汗をかかない程度に逃げて、捕まる。海老名を捕まえたケイトは、嬉しそうに逃げて行った。
鬼になってしまった以上、サボることはできない。誰を狙おうか周りを見渡すと、前から声がした。
「センセー!勝負しよ!」
ハヤトが挑んでくる。サッカーのクラブチームに入っている彼は、3年2組で一番の俊足だ。
見渡すと、鬼ごっこに参加しているほぼ全員が海老名のことを見ている。先生と学級委員の対決にワクワクしているのだ。
「よし、いくぞー!」
海老名は全力で走る。中学生時代は部活でバレーボールに打ち込んでいたが、高校の途中で退部してからはほとんど運動していない。子どもたちと外で遊ぶ時間が唯一の運動の機会である。
必死でハヤトを追いかけながら、自分の子ども時代を思い出す。足の速さで活躍したということはただの一度もなかった。
グラウンドの端にたどり着く手前でハヤトを捕まえた。子どもたちの騒ぐ声が聞こえる。
「すげー!センセーがハヤトくんを捕まえた!」
「センセー、足速いんだ!」
心臓の激しい鼓動を感じながら、達成感を覚える。小学校3年生相手に本気で走り、勝ったことに喜んでいる自分がおかしい。それでも嬉しさは消えなかった。
ハヤトはすぐに次の子を捕まえて、鬼ごっこは途切れることなく続く。海老名の勇姿は、すでに子どもの頭から消えてしまったようだ。心臓の鼓動が落ち着かない海老名は、鬼の子どもの視界に入らないように、こっそりと立っている。
休み時間が残り3分となったことを告げるチャイムが鳴る。
「ほら、教室に戻るぞー!」
グラウンドの子どもたちが全員教室に帰るのを見守りながら歩く海老名の顔からは汗が滴っていた。




