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準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


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26話:ワイバーン来襲

白昼の静寂を切り裂いたのは、鼓膜を震わせる暴力的な風切り音だった。


雲一つない青天から、巨大な死の影が村を覆う。

「――個体識別、ワイバーン。飛行高度300。降下速度、秒速15メートル。……不確定要素、風向の変化。補正完了」


アルト・フェルディスの網膜には、すでに敵の飛行曲線が幾何学的なラインとして投影されていた。

これまでの地上戦とは次元が違う。高度の利を活かした死角からの蹂躙。対空手段を持たない辺境の村にとって、それは文字通りの「天災」だった。


「ひ、ひいぃ! 矢が届かねぇ!」

村人たちが放つ矢は、ワイバーンの生み出す強烈な気流に煽られ、その硬質な鱗に触れることすら叶わずに空を舞う。


「……計算外の高度ね」

アンジェリカは唇を噛み、上空を旋回する巨躯を睨み据えた。

ヴァルクレイア公爵家に伝わる戦術論にも、対空防衛の項目は存在する。しかし、それは精鋭の魔導師部隊や、大型の対空弩砲バリスタを前提としたものだ。この設備、この人員で、上空の捕食者を撃ち落とす「式」は、彼女の脳内には存在しなかった。


「アルト、指示を! 防壁を捨て、地下か石造りの教会に避難させるべきだわ。今の配置では『的』になるだけよ!」


アンジェリカの叫びは、極めて合理的な「損害回避」の提案だった。

だが、アルトは動かない。

避難すれば、復興途中のインフラが完全に破壊される。それは村の生存率を長期的に15パーセント低下させることになる。


「避難は却下する。……リソースの損壊を防ぐため、ここで『排除』する」


アルトは一歩、前に出た。

彼が掲げたのは、昨日リュミエラに見せた「水魔法」の応用発展形。


「空なら、落とせばいい。……単純な重力演算の問題だ」


アルトの手の中で、水が異常なまでの高密度に圧縮されていく。

通常、水魔法は「癒やし」か、あるいは「面」での物理打撃に使われる。だが、アルトが構築しているのは、一分子の無駄も排除した、超高圧の「針」だ。


「リュミエラ、俺の魔力に同期しろ。お前の魔力を『冷却材』として、この圧縮熱を抑制する。……エルディア、着地を狩れ。羽さえ叩けば、あとはお前の領域だ」


「……あ、はい! 同期、開始します!」

「くく、承知した。墜ちてきた獲物を料理するのは得意だ」


アルトの身体を、青白い燐光が包み込む。

身体強化アクセル・出力150パーセント。筋肉強化マッスル・全解放」


ワイバーンが再び旋回し、急降下を開始した。

それは時速100キロを超える肉体の砲弾。獲物を確実に仕留めるための、必殺の突撃。


「――物理演算、臨界」


アルトが地を蹴った。

垂直方向への爆発的な跳躍。

同時に、指先から圧縮された水が放たれる。


「ウォーターバレット・超高圧貫通射ハイドロ・ジェット


それはもはや魔法というより、工業用のカッターに近かった。

音速を越えた水の針が、ワイバーンの左翼の基部を正確に貫く。どれほど硬質な鱗であっても、一点に収束された「理」の前ではバターのように裂けた。


「ギャアアアッ!?」


咆哮が悲鳴に変わる。

翼の揚力バランスを失ったワイバーンが、空中で独楽のように回転しながら墜落してくる。


「墜ちるぞ。……座標、120-40。誤差、2メートル以内」


アルトは空中で反動を利用して着地し、冷徹に告げた。

そこには、大剣を構えたエルディアが既に待ち構えている。


「――お出ましだな、トカゲ野郎!」


轟音と共に地面が爆ぜ、墜落したワイバーンが土埃を上げる。

エルディアの斬撃が、その長い首を一撃で切り裂いた。

完全な、そして一方的な「処理」。


アンジェリカは、目の前で起きた事象に言葉を失った。

対空兵器もなく、魔導部隊もいない。

ただ一人の男が、「理屈」という名の武器を手に取っただけで、天空の王者がただの「墜落死体」へと変わり果てたのだ。


「……ありえないわ」


アンジェリカの手が、ドレスの裾を強く握りしめる。

彼女が「見下して」いた、現場止まりの男。

だが、彼は彼女が「不可能」と断じた天災を、あらかじめ用意されていた手順のように淡々と排除してみせた。


アルトは、息も乱さずにアイテムボックスを起動させた。

「ワイバーンの翼膜は、撥水性の高い建材になる。骨は矢の素材として最適だ。……リュミエラ、解体の手伝いを。アンジェリカ、お前は落下の衝撃で破損した柵の修理工数を算出しておけ」


「……わ、私に……計算をしろと言うの?」


「お前の『選別眼』があるなら、優先順位の策定は容易なはずだ。……リソースを無駄にするな、公爵令嬢」


アンジェリカは、否定することも、反論することもできなかった。

彼女の誇りは、今、アルトが示した圧倒的な「結果」の前に、粉々に砕け散っていた。

だが、その破片の中から、言葉にできない熱い何かが湧き上がってくる。


(この男……どこまで先を見ているの?)


ワイバーンの襲来。

それは、アルト・フェルディスという存在が、地上の理屈すらも超越していることを証明する「認定試験」となった。


第26話、ワイバーン来襲。

空を墜とした男の横顔に、公爵令嬢は初めて、敗北という名の「悦び」を予感していた。

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