表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
準男爵家の二男だが、合理で戦場を支配したら公爵令嬢と侯爵令嬢に選ばれた件  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/90

12話:認定



夕刻の光が、長く伸びた影を戦場に落としていた。


森の境界線付近。そこには、アルト・フェルディスが構築した「防衛システム」が静かに稼働している。

村人たちは指示された持ち場で、手に馴染み始めた武器を構えていた。彼らの瞳にあるのは、盲目的な狂信でも、打ち震えるような恐怖でもない。ただ、アルトが提示した「手順」への信頼だ。


その最前線、木柵の僅かに外側に、エルディアは立っていた。

背負った大剣はまだ抜かれていない。だが、彼女の周囲の空気だけが、極低温に冷え切ったかのように張り詰めている。


(……来る)


アルトの鑑定スキルが、森の奥に潜む魔力の波形を捉えた。

「個体識別、フォレスト・ウルフの変異種。数は六。速度に特化している。……全員、呼吸を三割落とせ。反応速度を維持しつつ、余計な震えを排除しろ」


アルトの声は、無線機のように正確に村人たちの耳に届く。

その指示の合間を縫うように、エルディアが音もなく地を蹴った。


「エルディア、先行しすぎるな。ラインの右翼が空白になる」


アルトの制止は、しかし彼女の動きを制限するためのものではなかった。

エルディアは空中で体を捻り、アルトの指摘した「右翼の空白」を埋める位置に、吸い込まれるように着地した。


(……修正完了。配置、完璧だ)


アルトは瞬時に戦術をアップデートする。

「弓兵、1番から3番。先行する三体の進行方向、二メートル手前に威嚇射撃。……今だ」


矢が地面を叩き、魔物たちの突進がわずかに乱れる。その瞬間、エルディアの大剣が鞘から解き放たれた。

銀色の軌跡が夕闇を切り裂く。

一閃。

先頭の一体の首が、抵抗もなく宙に舞った。


「次、三秒後に後続。左、三体回る」


「理解している」


エルディアの短い返答。

彼女は倒した魔物の返り血を浴びることなく、バレエのような足捌きで次なる獲物の死角へ滑り込む。


アルトも同時に動いた。

身体強化アクセル・出力20パーセント。筋肉強化マッスル・全解放」


アルトの肉体が、物理法則を無視した加速を見せる。

彼はエルディアが「削り」残した二体の中間に割って入った。

一撃。

正確に心臓を貫く。

二撃。

返す刀で背後の一体の脊髄を断つ。


二人の動きは、まるでお互いの未来位置を計算し合っているかのように、一分子の無駄もなく噛み合っていた。

エルディアが敵の注意を引き、アルトがその急所を狩り取る。

あるいはアルトが敵の進路を限定し、エルディアがその一点に最大火力を叩き込む。


(個体能力の合算ではない。これは相乗効果シナジーだ)


村人たちは、その光景をただ呆然と見守るしかなかった。

彼らの前で行われているのは、凄惨な殺し合いではない。

それは、極限まで磨き上げられた二つの知性と武力が、一つの「生存」という目的のために最適化され、旋律を奏でているような――一種の芸術だった。


最後の一体が、逃走を試みて背を向けた。

エルディアは追わない。代わりに、アルトが指先を向けた。


「ウォーターバレット・収束」


超高圧に圧縮された水滴が、音速を超えて魔物の後頭部を撃ち抜いた。

泥を叩くような鈍い音が響き、すべてが静止した。


静寂。


森を吹き抜ける風が、血の匂いを遠ざけていく。

アルトは剣の血を払い、鞘に収めた。

エルディアもまた、大剣を一振りして汚れを落とし、背へと戻す。


二人は、重なり合う魔物の骸を挟んで対峙した。


「……計算通りだ」


アルトが口を開く。

「お前の動きは、俺の指示を前提とした最適解に遷移している。……エルディア、お前の適応能力は、俺の予測値を五パーセント上回った」


エルディアは、ふっと薄く笑った。

その表情には、これまでの冷徹な戦士の仮面の下に隠されていた、純粋な武人としての悦びが滲んでいた。


「五パーセントか。……妥当だな。貴様の指示も、私の剣筋を邪魔しない位置に常にあった。……アルト、貴様は単なる策士ではないな」


彼女は一歩、アルトに歩み寄った。

その距離は、もはや「警戒」の範疇を超えていた。


「使える」


エルディアの口から漏れたのは、最大限の賛辞だった。

「貴様は、私の背を預けるに値する。……戦場で並び立つことを、私が認定してやる」


アルトは肩をすくめた。

「認定か。……俺にとっても、お前はシステムの信頼性を劇的に向上させる重要パーツだ。……契約は更新された、ということでいいな」


「ああ。……面白いな。合理だけでこれほどまでに『合う』とは」


背後では、リュミエラが駆け寄ってきて、負傷者がいないことに安堵の息を漏らしていた。

村人たちも、ようやく緊張を解き、二人の英雄に畏敬の念を込めた視線を送る。


夕刻の赤い光が、二人の影を長く、強く結びつけていた。


アルト・フェルディス。

エルディア。


異なる強さを持った二つの個体が、今、一つの確固たる「意思」として統合された。

それは、辺境の小村に訪れるであろうさらなる巨大な嵐に対する、最も合理的で、最も強固な盾。


「後片付けに移るぞ。リュミエラ、洗浄の準備を。エルディア、お前は解体を手伝え。……効率を上げるぞ」


「……ふん。最後までそれか。……いいだろう、付き合ってやる」


第12話、認定。

信頼は言葉ではなく、結果によって刻まれた。

戦火の中で結ばれたその絆は、どんな誓いよりも深く、冷たく、そして力強かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ