ノイズ
─────バキッ。
教室に、場違いな破砕音が響いた。
ハッとして手元を見る。
私の手の中で、プラスチック製のシャープペンシルが、無惨にへし折れていた。
指先が白くなるほど強く握りしめすぎたのだ。
折れた先端が、ノートの上に転がり、黒い芯の粉を撒き散らしている。
「……あ」
小さな声が漏れた。
周囲の数人が、何事かとこちらを振り返る。
その視線が、針のように肌を刺した。
……。
「完璧な生徒」の仮面が、一瞬だけ剥がれた。
動揺を見せてはいけない。
ただの文房具の破損だ。
よくある物質疲労による事故だ。
そう、処理しろ。
「……失礼しました」
私は表情筋を総動員して「無表情」を作り出し、小さく頭を下げた。
教師は怪訝そうな顔をしたが、授業を止めるほどではないと判断したのか、すぐに黒板へと向き直った。
私は折れた残骸を筆箱にしまい、新しいペンを取り出す。
手は震えていなかった。
よし、制御できている。
私はまだ、壊れていない。
キーンコーンカーンコーン……。
救いのようなチャイムが鳴り、昼休みを告げた。
張り詰めていた教室の空気が、一気に弛緩する。
あちこちで机を動かす音、弁当箱を開ける音、笑い声が湧き上がる。
私は逃げるように席を立った。
ここにいてはいけない。
この「平和な日常」の空気は、今の私には猛毒だ。
少しでも気を抜けば、昨夜の記憶がフラッシュバックして、またあの「弱さ」に飲み込まれてしまう。
どこか、一人になれる場所へ。
図書室か、屋上の階段か。
とにかく、誰の体温も感じない場所へ。
早足で教室を出ようとした、その時だった。
「――あら、静寂さん」
心臓が、早鐘を打った。
聞きたくなかった声。
一番聞きたくて、一番拒絶しなければならない声。
廊下の向こうから、小笠原さんが歩いてくるのが見えた。
彼女はいつものように凛とした立ち姿で、取り巻きの女子生徒たちと何か話していたようだが、私を見つけるなり、こちらへ視線を向けたのだ。
……来るな。
私の警報システムが最大音量で鳴り響く。
今朝、私は彼女に言ったはずだ。
『昨夜のことは忘れてください』
『これ以上踏み込むなら、あなたを敵とみなします』と。
だから、彼女は私を無視するべきだ。
軽蔑するか、怒るか、あるいは呆れて離れていくのが「正常」な反応だ。
それなのに。
「お昼、ご一緒しない? あなたに渡したい資料があるのだけれど」
彼女は、何事もなかったかのように。
昨夜のあんな無防備な私など、まるで知らなかったかのように。
平然と、涼しい顔で、私に話しかけてきたのだ。
……この人はなんなんだ。
私の「警告」が聞こえなかった?
それとも、私の必死の拒絶なんて、彼女にとっては取るに足らない戯言だったというの?
彼女の瞳を見る。
そこには、同情も、優越感もない。
ただ、当たり前のように私を「仲間」として認識している光だけがあった。
それが、どうしようもなく恐ろしかった。
その「普通」が、今の私を焼き尽くそうとしている。
「……お断りします」
私は、喉から血が出るような思いで、冷徹な声を絞り出した。
「一人で過ごすのが、私の最適解ですので」
私は彼女の横をすり抜け、逃げ出した。
背中に感じる彼女の視線が、まるで物理的な熱を持って私を焦がすようだった。
古い傷が、また痛み始めた。




