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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 二回戦

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共利共生

 部長が「ちょっと頭冷やしてくる」と、私たちに背を向けて控え場所の隅。


人気(ひとけ)のない方へと歩いて行った。


その広い背中からは、先ほどの後藤選手との試合の激闘の疲労と、そして、彼が抱える過去の出来事からくる、言葉にならない複雑な感情が滲み出ているように見えた。


普段の彼なら、試合後すぐに次の対戦相手の分析だ、とか騒ぎ立てるはずだが、今は明らかに様子が違う。


 部長の背中が控え場所の雑踏に消えた後、私とあかねさんの間には、先ほどの重い会話の余韻が残っていた。


体育館の喧騒が、まるでフィルターを通したように遠く聞こえる。


「…ねえ、しおりちゃん」


 あかねさんが、私の顔を覗き込むようにして、少しだけ声を潜めて言った。


その呼び方は、すっかり定着し、私自身もそれに対して「訂正の必要なし」と判断している。


「部長先輩さ、あんなこと抱えてたんだね…。私、全然気づかなかったよ。いっつも元気で、大きい声で、私たちを引っ張ってくれてたから…。」


 彼女の瞳には、部長への純粋な心配と、そして知ってしまった彼の過去への痛みが滲んでいる。


彼女の纏う靄は、優しい共感の色を帯びて、微かに揺れていた。


「…部長の普段の行動パターンは、高いリーダーシップと責任感、そして仲間への強い帰属意識を示しています。しかし、過度な自己犠牲や、過去のトラウマに起因する可能性のある、特定の状況下での感情的な脆弱性も、今回の事象で観測されました」


 私は、収集したデータを元に、客観的な分析を述べる。それが、今の私にできる、唯一の応答方法だった。


「そっか…。しおりちゃんは、そうやって見てるんだね」


 あかねさんは、私の言葉を意外なほど素直に受け止めた。


以前なら、私のこの分析的な物言いに、少し戸惑ったり、あるいは「もっとこう、気持ちとかさ!」と感情的な反応を求めてきたりしたかもしれない。


だが、今の彼女は、私の言葉の奥にある何かを、静かに探ろうとしているように見えた。


「でもさ、部長先輩が『今度こそ守る』って言ってたの、しおりちゃんも聞いてたでしょ?あれ、きっと私たちのことも、そして、しおりのことも、本気で守りたいって思ってるんだよ。私そう思うな。」


 彼女の言葉には、確信があった。そして、その言葉は、私の思考ルーチンに、新たな、そして少しだけ予測不能な変数として入力される。


 …守る? 私を? 合理的な判断とは言えない。私は、自己の防衛能力と状況分析によって、危険回避を最適化している。他者による庇護は、現時点では不要な介入であり、新たな依存関係を生むリスクを伴う…はずだ。


「……私を守るのは、……手遅れでしょうけど」


私は無意識のうちに、小声で話していた。


「……しおりちゃん、それはどういう…、いや、なんでもないや、ごめんね」


なにかを察したようにあかねさんは言葉を引っ込める。


 中断した思考を再び起動しようとしたが、その論理的な思考の隅で、ほんの僅かに、胸の奥が温かくなるような、あるいは、堅く閉ざしていた何かが、ほんの少しだけ緩むような、奇妙な感覚が芽生えていた。


それは、「不快ではない」と分類される、新しい種類の感情データ。


「…部長の行動原理については、継続的な観察とデータ分析が必要です」


 私は、あくまで冷静に、そして感情の揺らぎを悟られないように答える。


「それよりも、あかねさん。私たちは、次の試合に向けて、より精度の高い対戦相手の情報を収集し、戦術的なサポートを行うべきです。それが、現時点で最も合理的かつ効果的な『支援』となるでしょう。」


「うん、そうだね!」


 あかねさんは、私の言葉に力強く頷いた。


「部長先輩が安心して試合に臨めるように、私もしっかり頑張らなきゃ!しおりちゃんの分析は本当に頼りになるし、私も、他の学校の子から情報集めたり、全力で応援したりするよ!」


 彼女の瞳には、迷いのない、仲間への献身的な思いが輝いていた。


 …三島あかねさん。


感情の起伏は大きいが、他者への共感能力と、そこから生まれる行動への転換速度は、やはり注目すべき特性だ。


彼女の存在は、チームの士気という、数値化しにくいが重要なパラメータに対して、有意な正の影響を与える可能性が高い。


 私は、あかねさんのその純粋なエネルギーを分析しながらも、内心では、その「熱」が私の「静寂」に与える影響を、まだ完全には測りかねていた。


「さて、と」私は、思考を切り替えるように、トーナメント表の方へ視線を移す。


「まずは、私の次の対戦相手の確認と、部長が勝ち進んだ場合の、その先のブロックの分析を進めましょう」


「うん!行こう、しおりちゃん!」


 あかねさんが、私の腕を軽く取り、自然な仕草で歩き出す。


彼女の私に対する距離感は、明らかに変化している。そして、その変化を、私もまた、拒絶することなく受け入れている。


 この、言葉にはならない、しかし確かな関係性の変化。


それが、私の「異端の白球」に、そして私自身の「感情」という未知の領域に、どのような影響を与えていくのか。


 もう一度、過ちを繰り返す気か?


 私の探求は、卓球台の上だけでなく、この、人間という複雑なシステムの分析においても、新たな段階に入りつつあるのかもしれない。

お読みいただき、ありがとうございました。


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