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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 二回戦

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熱血漢と幼馴染み

 先ほどまでコートの向こう側で肩を落としていた後藤選手が、ゆっくりと、しかし確かな足取りで部長の元へ近づいてきた。


 その表情は、試合の敗北による悔しさだけではない、何か別の、もっと深い感情を湛えているように見えた。彼の仲間たちは、遠巻きにその様子を見守っている。


「…赤木」


 後藤選手の声は、低く、静かだった。


「いや…今は部長、か」


 彼は、かつての呼び名を使った。


 試合前の彼の「帰ってきたか、赤木。待っていたよ」という言葉が、私の記憶に蘇る。


 部長は、後藤選手のその声と表情に、一瞬、いつもの快活さを潜め、真剣な眼差しを向けた。


「…後藤。お前も、変わったな」


 二人の間に、ピリリとした、しかし単なる敵対心とは異なる空気が流れる。


 あかねさんは、事態が飲み込めず、不安そうに二人を見比べている。


「ああ…色々あってな」


 後藤選手は、自嘲気味に小さく笑った。


「お前こそよく戻ってきた。二年の時、お前が大会に出るのをやめたって聞いた時は…正直、驚いたし、少し、がっかりもした。」


 部長の表情が、わずかに曇る。


「…あの時は、卓球どころじゃなかったんだよ」


 その声には、普段の彼からは想像もできないような、深い痛みと後悔の色が滲んでいた。


「…風花のことか」


 後藤選手が、核心を突く。


 その名が出た瞬間、部長の肩が微かに強張ったのを、私は見逃さなかった。


 あかねさんも、息をのんだように部長を見つめている。


 風花…? 新しい情報。部長と後藤選手の共通の過去。


 そして、部長の感情を大きく揺さぶる存在。


 私の思考は、高速で情報を処理し、新たな関連性を探り始める。


 部長はしばらく黙って俯いていたが、やがて、絞り出すような声で、私に語りかけるように話し始めた。


「…ああ。第五中学の一年の大会が終わった後だ。風花が…あいつが、一部の奴らからのくだらねえ誹謗中傷で…学校に来れなくなっちまった」


 その言葉は、重く、体育館の喧騒の中でも、私たちの周りだけ時が止まったかのように響いた。


「俺と、風花と、そしてお前は、ガキの頃からの幼馴染だった。なのに、俺は…あいつが一番苦しい時に、何もしてやれなかった。なにかできたはずなのに、守ってやれなかった…!」


 部長の拳が、強く握りしめられる。


 後藤選手は、静かに頷く。


「…俺もだ。何もできなかった。結局、俺は…あの場所から逃げた。風花を残して、別の学校に転校して、新しい生活を選んだ。それが、俺なりの…ケジメのつもりだったのかもしれない、だが逃げても、あの泣きそうで、でも平気なふりをしている顔が、頭から離れないんだ…!」


 彼の声にもまた、深い後悔と、拭いきれない痛みが込められていた。


 …第五中学でのいじめ事件。被害者は風花さん。


 加害者は…? そして、その結果、部長は精神的な理由から二年の大会への出場を辞退。後藤選手は転校を選択。


 三人の幼馴染の関係は、この事件によって大きく変わってしまった。


 これが、試合前の、あの意味ありげな会話の背景…。


 私の脳裏に、断片的な情報が繋がり、一つの悲しい物語の輪郭が浮かび上がる。


「だから、俺は決めたんだ」


 部長が顔を上げた。


 その瞳には、涙こそないものの、強い決意の光が宿っている。


「もう二度と、あんな思いは誰にもさせねえ。俺が強くなって、俺が守る。しおりが、俺にまた卓球をやる意味をくれた、火を着けてくれた、こいつの…しおりの強さは、勝利への執念は、本物だ。しおりとなら、きっと…風花が立てなかった、あの全国の舞台に…!」


 部長の言葉に、後藤選手は目を見開いた。


 そして、何かを理解したように、ゆっくりと頷いた。


「…そうか。お前は、まだ戦ってたんだな、赤木」


 彼はふっと息を吐き、そして、どこか清々しい表情で部長に手を差し出した。


「今日の試合、完敗だ。お前のその決意、そして…その後輩の強さ、本物みたいだな」


 部長も、力強くその手を握り返す。


「ああ。だから、お前も、お前の場所で頑張れよ、護」


「…ああ。また、いつか、どこかの大会でな」


 二人は短い握手を交わし、そして静かに別れた。


 後藤選手は、仲間たちの元へ戻り、静かに会場を後にする準備を始めた。


 あかねさんは、目に涙を浮かべ、言葉を失っている。


 部長の過去、そして彼の今の決意の重さに、彼女もまた心を揺さぶられたのだろう。


 私は、ただ静かに、その一部始終を観察し、記録していた。


 赤木部長の「熱血」と「仲間想い」の根源に触れたこと。


 そして、いじめという悪意が、人の人生をどれほど深く、そして残酷に狂わせるのかという事実。


 それは、私の「異端の白球使い」としての戦いと、そして、いずれ向き合うことになるかもしれない、もう一つの物語とも、深く共鳴するデータだった。


 私の「静寂な世界」に差し込んだ「熱」は、ただ温かいだけではない、人間の持つ痛みや、後悔、そしてそれを乗り越えようとする強い意志の色を帯びている。


 それは、私の分析モデルを、さらに複雑で、予測不能なものへと変えていくのかもしれない。

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