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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 一回戦

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異端者の一回戦

 静寂 4 - 4 高橋


 カツン、という乾いた音と共に、私の放ったボールがネットインし、さらに相手コートのエッジぎりぎりに落ちて消えた。


 高橋選手の体が、完全に反応できずに固まっている。彼女の纏う靄に、先ほどよりもさらに濃い、驚愕と焦りの色が浮かび上がった。


 観客席からも、理解不能なプレーに対するどよめきと、ほんの少しの静寂が訪れる。


 …デッドストップ・サイドスピン


 部長との練習で掴みかけた、あの感覚。この土壇場で、ほぼ完璧に再現できた。だが、これはまだ、私の持つ「カード」の一枚に過ぎない。


 高橋選手は、まだ信じられないといった表情で、ボールが落ちた場所を見つめている。


 彼女にとって、これまでの卓球人生で経験したことのない種類のボールだったのだろう。


 回転があるのか、ないのか。短いのか、横に切れるのか。その全てが、一瞬の判断を狂わせる。


 私のサーブ。私は、あえて先ほどと同じ、裏ソフトの面を相手に見せる構えを取る。


 高橋選手の視線が、私のラケット面に釘付けになっているのが分かる。


 彼女は、次に何が来るのか、極度の警戒心を持って予測しようとしている。


 …彼女の思考は、今、私の「ストップ」に集中している。ならば…。


 私は、モーションの開始はショートサーブと同じように見せかけ、しかしインパクトの瞬間に、ラケットを裏ソフトのまま、手首を鋭く使い、彼女のフォアサイド深くに、強烈なトップスピンをかけたロングサーブを叩き込んだ!


 それは、マルチプル・ストップ戦略の裏をかく、意表を突いた攻撃的なサーブ。


「なっ!?」


 高橋選手は、完全に短いサーブを予測していたのだろうか、一瞬反応が遅れた。


 慌てて後ろに下がりながらラケットを出すが、ボールは彼女のラケットを弾き飛ばし、コートの後方へと勢いよく飛んでいった。


 静寂 5 - 4 高橋


 …成功。相手の思考を読み、その裏をかく。これもまた、私の戦術。


「し、しおりさん、今のサーブ…!」


 控え場所で見ていたあかねさんの、小さな、しかし興奮した声が聞こえた気がした。部長も、腕を組みながら、何かを納得したように頷いている。


 ここから、試合の流れは明らかに私の方へと傾き始めた。


 高橋選手は、私のサーブやレシーブに対して、常に複数の可能性を警戒しなければならなくなり、思い切ったプレーができなくなっている。


 彼女の持ち味である安定したフォアハンドドライブも、私のスーパーアンチのナックルブロックや、予測不能な持ち替えからの変化球によって、その威力を半減させられていた。


 私が裏ソフトで強打を仕掛ければ、彼女はブロックで対応しようとするが、そのブロックが甘くなれば、すかさずスーパーアンチでネット際に落とす。


 彼女がナックルを警戒してループドライブで持ち上げようとすれば、私はそれを裏ソフトでカウンタードライブ。


 …彼女の思考パターン、返球コースの確率、そして精神的な動揺の度合い。全てが私の分析通りに推移している。


 時折、私は再びデッドストップ・サイドスピンを試みる。成功率はまだ8割は越えない、といったところか。

 成功すればエース。失敗すれば、ネットにかかったり、チャンスボールになったりする。


 しかし、そのムラさえもが、相手にとってはさらなる混乱の元となっているようだった。


「何なのよ、あの子…!全然、普通じゃない…!」


 高橋選手のコーチらしき人物が、ベンチで悔しそうに声を上げているのが聞こえる。


 …普通ではない。それが、私の卓球だ。


 私は、淡々とポイントを重ねていく。感情の起伏はない。ただ、目の前の相手を分析し、最適な手段で勝利を手繰り寄せるだけ。


 第一セットは、結局、11-6で私が取った。


 セット間の短いインターバル。私は、タオルで汗を拭いながら、三島さんから差し出されたドリンクを一口飲む。


「しおりさん、すごい! あのストップ、本当に相手の人、全然読めてませんでした!」


 あかねさんは、興奮を隠しきれない様子で話す。


「…まだ、課題はあります。ですが、有効な戦術であることは確認できました。」


 部長が、隣で腕を組みながら言った。


「静寂、お前のその『何でもあり』の卓球は、初見の相手には相当効くな。だが、相手も次のセットは対策してくるぞ。特に、お前のスーパーアンチの球筋には、少しずつ慣れてきてるように見えた。」


 彼の指摘は的確だ。高橋選手も、このまま黙ってやられるような相手ではない。


 第二セット。


 やはり、高橋選手は戦術を変えてきた。彼女は、私のスーパーアンチのボールに対して、無理に強打せず、より回転をかけたループドライブで繋ぎ、ラリーに持ち込もうとしてくる。


 そして、私が裏ソフトに持ち替えて攻撃してきたところを、カウンターで狙うという、より慎重で、かつ攻撃的な戦術だ。


 一進一退の攻防が続く。


 私が「反転ブロック」で彼女のドライブの回転を利用しようとすれば、彼女はそれを読んでコースを変えてくる。


 私がドライブで意表を突こうとすれば、彼女は驚異的な反応でそれに食らいついてくる。


 …彼女の適応能力は高い。そして、私のムラのある技は、まだ安定して彼女を崩すには至らない。


 スコアは、8-8。デュースにならないように、突き放したい。


 ここで、私は、もう一つの賭けに出ることを決意した。


 それは、まだ一度も実戦で使ったことのない、そして成功率は五分と分析している技――スーパーアンチでの予測不能なコースへの流し打ち。


 高橋選手のサーブ。


 私のフォア側への、速いナックルロング。


 私は、そのボールに対して、フォアハンドで強打するような大きなモーションに入った。彼女の体が、強打を警戒してわずかに下がる。


 その瞬間――私は、インパクトの直前に、全ての動きをピタリと止め、そして、音もなくバックサイドへとステップする。


 そして、スーパーアンチの面で、彼女が完全にがら空きにしていたフォアサイドネット際へと、ボールを流し込んだ。


 ボールは、ほとんど音もなく、彼女の予測とは全く逆のコースへと、吸い込まれるように飛んでいき、コートの端に静かに落ちた。


 高橋選手は、その場から一歩も動けなかった。何が起こったのか理解できない、という表情で、ただボールの行方を目で追っている。


 静寂 9 - 8 高橋


 体育館が、一瞬、完全に静まり返った。


 そして、次の瞬間、今日一番の大きなどよめきと、驚嘆の声が、私たちのコートに集中した。


 …成功した。だが、今のプレーは、私の体力の消耗も、精神的な集中力も、極限まで要求する。


 私の胸の奥で、あの名状しがたい「影」が、ほんの少しだけ、その存在を主張したような気がした。

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