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異端の白球使い  作者: R.D
Prelude

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始動

「…静寂。君の卓球は…」


 顧問の先生は、しばらく黙って私を見ていたが、やがて口を開いた。


「…興味深い。非常に興味深い」


 顧問の言葉は、部内に広がったざわめきを鎮めるのに十分だった。


 練習試合の相手だった先輩は、まだ戸惑いの色を隠せない表情で私を見ている。


 他の部員たちも、驚きや好奇心、そしてかすかな畏怖のような眼差しを私に向けていた。


 私の異質なスタイルは、中学卓球部の「常識」に、小さな波紋を投げかけたようだった。


 練習試合の後、顧問の先生は私にいくつかの質問をした。


 ラバーについて、いつからこのスタイルで練習しているのか、なぜこのスタイルを選んだのか。


 私は、簡潔に、そして論理的に答えた。


 体躯の不利を補うため、勝利への最も合理的だと判断した手段であること。


 小学三年生から独力で練習してきたこと。


 顧問は、私の言葉に黙って耳を傾けていた。


 時折、難しい顔をしながらも、否定的な言葉は口にしなかった。


 部内の雰囲気は、練習試合の前と後で明らかに変わった。


 それまで「おとなしい新入生」「卓球経験者らしい」程度の認識だった部員たちの間に、明確な「静寂しおり」という一個人が、その存在を刻み込んだようだった。


 休憩時間には、私のラケットやラバーについて、部員たちが小声で話し合っているのが聞こえる。


 彼らの視線が、私の手元や、練習中の持ち替えの動きに集中していることも感じられた。


 先輩たちは、私に対する態度が様々だった。


 一部の先輩は、私の実力に刺激を受けたのか、練習試合を申し込んでくることが増えた。


 しかし、私の異質なスタイルに慣れていないため、やはり苦戦する。


 私のプレイに、苛立ちを見せる先輩もいた。


 一方、私とは距離を置こうとする先輩もいた。


 私の異質さが、彼らにとって理解できない、あるいは「面倒な」存在に映っているのかもしれない。


 同級生の部員とは、必要最低限の会話しかしない。


 練習メニューについて確認したり、ボールを拾ったりする時だけだ。


 彼らは、私をどう見ているのだろうか。



 興味、それとも畏怖?


 どちらでも構わない。


 彼らが私にどう思おうと、私の目的には影響しない。


 部活動の練習は、基本的なメニューが中心だった。


 素振り、多球練習、フットワーク練習、そして練習試合。


 私は、全てのメニューを、冷静に、そして正確にこなした。


 私の持ち替え技術も、基礎があってのものだ。


 顧問や先輩から指導を受けることもあったが、それは一般的な卓球理論に基づいたものだ。


 私の異質なスタイルに、顧問も明確な指導法を見出せずにいるようだった。



 部活動の練習が終わると、私は誰よりも早く体育館を出た。


 家に帰り、一人で夕食を済ませると、迷わず卓球台のある部屋へ向かう。


 ここからが、私の本当の練習時間だ。


 部活動の練習は、基礎体力の維持や、様々な相手との打ち合いの感覚を掴むためには有効だ。


 だが、私の異質なスタイルをさらに高めるためには、独力での、そして秘密裏の練習が不可欠だった。


 高性能なマシンを使い、持ち替えからの予測不能な打球をひたすら反復する。


 裏ソフトでの攻撃的な打球、アンチラバーでの予測不能なブロック。


 それぞれのラバーの特性を最大限に引き出すための、体の使い方、ラケットの角度。


 数ミリの調整が、打球の質を決定的に変える。


 それを、体に叩き込む。


 無意識のうちに、部員たちのプレイ、顧問の指導、そして自身の練習内容を分析している。


 全ては、勝利のために。そして、自己肯定感を埋めるための、自身の価値証明のために。


 卓球に没頭している時間だけが、過去の影や、一人暮らしの孤独を忘れさせてくれた。


 やがて、市町村大会の日程が発表された。


 中学校卓球部にとって、全国大会へと繋がる最初の予選だ。


 部内には、市町村大会に向けた緊張感が高まってきた。


 練習試合の相手も、市町村大会で当たる可能性のある他校の選手との練習が増えていく。


 私は、市町村大会を、全国優勝という大きな目標への最初のステップとして明確に捉えていた。


 この大会で勝ち上がり、自分の異質なスタイルが、中学卓球界のレベルでどこまで通用するのかを試す。


 そして、さらなる高みへと進む。


 部内での市町村大会に向けた意気込みとは別に、私自身の内側では、静かな、しかし揺るぎない闘志が燃え上がっていた。


 市町村大会の日が近づいてくる。


 私の異質なスタイルは、まだ部内の一部の人間しか知らない秘密兵器だ。


 それが、予選の舞台で、どのような波紋を呼ぶことになるのか。


 私の物語は、ここから本格的に動き出す。

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