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異端の白球使い  作者: R.D
前哨戦

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異端の片鱗

 体育館には、ボールが床を跳ねる音、私たちのシューズが床を擦る音、そして時折漏れる部長の気合の入った声だけが響いている。


 他の部員たちはすでに下校し、窓から差し込む西日は床に長い影を落とし始めていた。


「よし、静寂!まずは、お前のそのスーパーアンチとかいうので、俺のドライブをブロックしてみろ!前の試合じゃ、それで何度も煮え湯を飲まされたからな!今度はそうはいかんぞ!」


 部長は、私の正面に立ち、力強いフォアハンドドライブを打ち込んできた。


 ボールは鋭いトップスピンを伴い、私のバックサイドへと唸りを上げて飛んでくる。


 私は、ラケット面を瞬時にスーパーアンチに持ち替え、ボールの勢いを殺すように、しかし確実にコントロールしてブロック。


 ボールは回転を失い、ナックル性の低い弾道で彼のフォア前に短く落ちる。基本中の基本、「ナックルブロック」だ。


「うおっ、やっぱりその球質、いやらしいな!」


 部長は、ネット際のボールを拾い上げるようにして強引にドライブをかけてくる。しかし、回転のないボールを持ち上げるのは容易ではない。


 彼の打球は、わずかにオーバーし、卓球台の向こうへと飛んでいった。


「…今のブロック、もう少しコースを厳しく、そして高さを抑えられれば、次の攻撃をさらに限定できそう」


 私は、独り言のように、しかしあかねさんにも聞こえる程度の声で分析を口にする。彼女は、私の言葉を逃さずノートに書き留めている。


「くそっ、もう一丁だ!」


 部長は、すぐにボールを拾い、再び強烈なドライブを打ち込んでくる。


 私は、今度は同じナックルブロックでも、ラケットの角度をほんの少しだけ変え、ボールにわずかな横回転(に見える変化)を加えて返球した。


「なっ…!?」


 部長は、その微妙な変化に対応できず、今度はラケットのフレームにボールを当ててしまう。


 …成功。スーパーアンチでのブロックにおける、球質の微細な変化。


 相手の予測をわずかに狂わせる効果は確認できた。


 だが、今のインパクトの角度は、コンマ数ミリのズレで全く異なる結果になる。安定性には欠ける。


「静寂!お前、今、何かしただろ!同じブロックに見えて、ボールの軌道が違ったぞ!」


 部長は、さすがと言うべきか、その微細な変化に気づいたようだ。彼の目は、私のラケット面と、私の手首の動きを食い入るように見つめている。


「ラケット面の角度と、インパクトのタイミングを調整しました。」


 私は、事実だけを伝える。


「なるほどな…奥が深けえぜ、卓球は!」


 部長は、悔しがるどころか、むしろ楽しそうに笑っている。


「よし、次は俺のサーブからだ!お前のその『デッドストップ』とやら、打ち砕いてやる!」


 サーブ練習に移る。部長は、様々な回転とコースのサーブを私に打ち込んできた。


 私は、それに対して、スーパーアンチでの「デッドストップ」や「ナックルプッシュ」、あるいは裏ソフトに持ち替えての攻撃的なレシーブ「チキータ」や「ドライブ」を試していく。


 スーパーアンチでの「デッドストップ」は、面白いように決まった。


 彼の強回転サーブの勢いを完全に殺し、ネット際にボールを落とすと、彼は大きな体を折り曲げるようにして拾わなければならず、次の攻撃が甘くなる。


 そこを私が裏ソフトで狙い撃つ。


 しかし、時折、私の集中がほんのわずかに途切れたり、持ち替えのタイミングがほんの少し遅れたりすると、アンチラバーでの返球は単なるチャンスボールとなってしまう。


「もらったぁ!」


 部長は、その甘いボールを見逃さず、容赦なくスマッシュを叩き込んできた。


 …やはり、この戦術は常に極限の集中力と精度を要求される。わずかなミスが命取りになる。


 そして、今の私の体力では、その集中を持続させるのが難しい場面が出てくる。


「しおりさん、今の、少しだけラケットの角度が上を向いた…の?」


 ボール拾いをしていたあかねさんが、おずおずと、しかし的確な指摘をしてくる。彼女の観察眼は、短期間で驚くほど養われている。


「…はい。その通りです、あかねさん。修正します。」


 私は、彼女の指摘を素直に受け入れる。


「静寂!今のミスはいただけねえな!だが、そのチャレンジ精神は買ってやる!もっと色々試してみろ!俺が全部、この胸で…いや、ラケットで受け止めてやるぜ!」


 部長は、相変わらずの調子で私を鼓舞する。


 彼のこの、ある意味で単純で、しかし真っ直ぐな言葉は、私の内にこもりやすい思考に、不思議と風穴を開けるような感覚があった。


 …実験台、か。確かに、これほど適した相手はいないかもしれない。


 私は、ラケットを握り直し、次の「実験」へと意識を集中させた。


 それは、まだ名前も持たない、私の中で形になりつつある、新たな「異端」の片鱗だった。

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