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異端の白球使い  作者: R.D
前哨戦

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第30話 異端者の独白

 卓球部の練習が終わり、体育館の喧騒も今は遠い。


 部長の「また明日な、静寂!次は負けんぞ!」という、相変わらずの熱量の高い声と、あかねさんの「お疲れ様、しおりさん!」という、純粋な称賛と期待に満ちた笑顔。


 それらが、私の記憶領域に新しいデータとして記録された。


 家路を一人たどる。夕闇が街を包み込み、家々の窓に明かりが灯り始める。


 私の思考は、最近の出来事――特に昼休みの「部長」という名字に関する一件と彼との練習試合――を繰り返し再生し、分析していた。


 ……昨日の、あの練習試合。42-40というスコア。私の体力の限界。


 そして、土壇場で繰り出した、まだ不確かな新しい技の数々。


 だが、今日の昼休み…彼の名字が「部長」であるという事実は、私の予測モデルにない、イレギュラーな情報だった。


 そして、それに対する私の、普段とは異なる動揺…。


 自宅のドアを開け、冷たい静寂が支配する部屋に入る。


 いつものように制服から部屋着に着替え、簡単な夕食を済ませる。


 その間も、私の脳は、今日の出来事の断片を繋ぎ合わせ、意味を解読しようと試みていた。


 しかし、それはいつものようなクリアな分析ではなく、どこか霧がかかったような、まとまりのない思考だった。


 夕食を終え、自室の電気もつけず、ベッドの端に腰掛ける。窓の外は、もう完全な夜の闇。


 部屋の中には、遮光カーテンの隙間から差し込む月明かりと、遠い街の灯りがぼんやりとした陰影を作り出している。


 この薄暗さが、今の私の心象風景と奇妙にシンクロしているように感じられた。


 ラケットケースから、昨日、部長との激戦を共にしたラケットを取り出す。


 そのグリップを、そっと握りしめる。アンチラバーの鈍い感触、裏ソフトの粘る感触。そして、それらを繋ぐ、瞬時の持ち替え。


 ……昨日の勝利は、私の分析と技術、そして何よりも新しい技の奇策の効果によるものだ。


 だが、今日の昼間の私はどうだ?


 単なる「名前」という情報一つで、あれほど思考が乱れた。あれがもし、試合中の重要な局面であったなら…。


 私の冷静さは、予測可能な変数と、論理的な思考の上に成り立っている。


 しかし、人間の感情や、予期せぬ偶然、そして私自身の内面にある「何か」は、その論理を時として容易に揺るがす。


 ……他者との関わり。純粋な好奇心。あの理解不能なほどの熱量と、人間臭さ。


 それらは、私の制御可能な世界の外部にあるノイズだ。


 だが、そのノイズが、私の卓球に、そして私自身に、何らかの影響を与え始めていることも否定できない。


 昨日の試合で感じた、あの極限状態での高揚感。


 それは、マシン相手の孤独な練習では決して得られないものだった。


 数年振りに感じた、熱く1点手繰り寄せるあの感覚。


 あの瞬間だけ胸が熱くなった、得点を作業と感じずに、勝ちたいと、心の底から思った。


 ……楽しいと、思った。


 そして、今日の昼休み、部長の名字に動揺した私を心配そうに見つめていたあかねさんの眼差し。


 あれは……不快ではなかった。まるで数年前に戻ったかのような錯覚を、一瞬覚えた。


 ……彼らとの関わりは、私の卓球を強化するのか、それとも弱体化させるのか。


 勝利への道筋をより確かにするのか、それとも、私を鈍らせ、迷いを生じさせるのか。


 薄暗い部屋の中で、私は一人、答えの出ない問いを繰り返す。


 窓の外の月は、何も語らず、ただ静かに私を見下ろしている。


 この出来事は、私の思い描く勝利へのルートに、新たな、そして非常に扱いにくい変数を加えた。


 それは、論理だけでは解き明かせない、人間という存在の複雑さ。そして、私自身の内側にも存在する、まだ名前のない、揺らぎやすい何か。


 …この揺らぎは、私の「静寂な世界」の壁に生じた、ほんの小さな亀裂なのかもしれない。


 そして、その亀裂から、何が入り込んでくるのだろうか。あるいは、何が流れ出していくのだろうか。


 その予感は、明確な「悪夢」の形はとらない。


 しかし、それは私の知る安定した世界が、少しずつ変容していくことへの、漠然とした不安と、そしてほんのわずかな…期待のようなものが混じり合った、名状しがたい感覚だった。


 私は、ラケットを静かにケースに戻し、ベッドに横たわる。目を閉じても、今日の出来事の断片が、薄暗い部屋の闇の中で、思考の海を漂い続けていた。


 県大会は、もうすぐそこまで迫っている。


 私の「異端」は、この新たな内面の揺らぎの中で、どのような進化を、あるいは変質を遂げるのだろうか。


 答えは、まだ、この静かな闇の中に見つけることはできなかった。

 ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。 


 まだまだ長い道のりとなる本作ですが、もしよろしければ【ブックマーク】や、画面下の星マーク【☆☆☆☆☆】で応援していただけませんか?


 皆様からの反応が、次の一話を書き上げる最高のエネルギーになります。引き続き、ご自身のペースでゆっくり楽しんでいってください。

 

                   R・D

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