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異端の白球使い  作者: R.D
黄昏色

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技名?

 数日後。部活動が始まる時間帯。顧問の先生が、部員たちに話しかけている。


「皆に紹介する。新しいマネージャーだ。」


 部員たちの間に、ざわめきが起こった。そして、顧問の先生の隣に立っていたのは、見慣れた顔だった。みしま あかねさんだ。彼女は、少し緊張した様子で、しかし真っ直ぐな視線で私たちを見ていた。


「三島 あかねさんだ。」


 顧問の先生が紹介する。


「卓球経験はないが、卓球に、そして卓球部の活動に興味を持ってくれてね。今日から、マネージャーとして卓球部をサポートしてくれることになった。」


 部員たちの間から、驚きの声と、歓迎の拍手が起こった。まさか、クラスメイトのあかねさんが、卓球部のマネージャーになるとは。


 私の心に、大きな波紋が広がった。見学ではなく、マネージャー。私の「聖域」に、彼女が、部のメンバーとして加わる。


 それは、私の予想を遥かに超えた展開だった。表面上は冷静さを保っていたが、内面では、戸惑いと、そして、悪夢とは異なる種類の、新たな予感がせめぎ合っていた。


 あかねさんは、少し照れたように部員たちに挨拶をした。


「三島 あかねです。卓球は全然できませんが、皆さんの力になれるように頑張ります。よろしくお願いします!」


 部員たちは、あかねさんの挨拶に、温かい拍手で応えた。顧問の先生は、あかねさんに部活動の流れや、マネージャーの仕事について説明を始めた。


 あかねさんのマネージャーとしての活動が始まった。ボール拾い、タオル渡し、練習中の時間管理。


 卓球経験がないあかねさんにとって、最初は戸惑うこともあっただろう。しかし、彼女は一生懸命に、そして楽しそうにマネージャーの仕事に取り組んでいた。


 私の練習を、あかねさんは以前よりも間近で見守るようになった。私の異質なスタイル。持ち替え、ラバーの使い分け、予測不能な打球。


 あかねさんの視線が、私の手元や、体の動きに注がれているのを感じる。彼女の顔には、真剣な表情と、理解しようとする努力が見て取れる。


 ある日の練習後。顧問の先生とあかねさんが話しているのが聞こえてきた。あかねさんが、顧問の先生に何かを提案しているようだった。そして、顧問の先生が、私に声をかけた。


「静寂、少し良いか。」


 私は顧問の先生の元へ歩み寄った。あかねさんも一緒にいる。


 顧問の先生は、あかねさんを見た。


「三島が、良い提案をしてくれたんだ。静寂の技についてなんだが…」


 顧問の先生は、あかねさんの提案を説明した。


「静寂の卓球は、異質で、非常に独特だ。それは皆も分かっていると思う。しかし、その異質さ故に、具体的な技の名前がない。作戦を立てたり、部員同士でアドバイスし合ったりする際に、共通認識として、技の名前があった方が意思の疎通がしやすいのではないか、と三島が言ってくれたんだ。」


 …技の名前…


 私自身、自分の技に名前をつけたことはなかった。私にとって、それらは基礎の積み重ねの結果としてでき、持ち替えきら繰り出される、異端の、しかし私にとっては常識的で、合理的な打球だったからだ。


 しかし、あかねさんの提案は、確かに理に適っている。アドバイスを貰う上で、共通の言葉があることは重要だ。


「どうだ、静寂。君の技に、名前をつけてみないか? みしまも、一緒に考えてくれるそうだ。」


 顧問の先生が尋ねた。


 私は、少し考えた。私の技に、名前をつける。それは、私の「異端」のスタイルを、誰かに理解してもらうための、最初の一歩になるのかもしれない。そして、あかねさんが、その過程に関わる。


「…はい。」


 私は答えた。


 顧問の先生は笑顔になった。


「よし! じゃあ、早速考えてみようか!」


 そこから、私たち3人での「技名考案会議」が始まった。顧問の先生が、私の技の特性や、どのような状況で使うのかを尋ねる。私は、自身の分析に基づき、技の目的や効果を説明する。


 あかねさんは、卓球の素人ならではの視点から、技の印象や、テレビで見た時の感覚などを言葉にした。「あの、回転が消えるブロックは、なんか…びっくりする感じ?」「あの、持ち替えて打つ速い球は、見てて、いつ来るか分からなくて…」


 顧問の先生は、あかねさんの言葉を聞きながら、技術的な観点や、作戦での使いやすさなどを考慮して、名前案を提案していく。


「回転を消すブロックか…うーん、『ファントムブロック』とかどうだ? 幻影のように回転が消える…」

「持ち替えからの攻撃的な打球…速くて予測できない…『フラッシュドライブ』とか…」

 あかねさんは、顧問の先生の案に、自分の感じたイメージを重ね合わせていく。「ファントムブロック…なんか、かっこいい!」「フラッシュドライブ…光みたいに速い感じがするね!」


 私も、顧問の先生やあかねさんの言葉を聞きながら、自身の技にどのような名前がふさわしいか考える。私のスタイルが持つ「異端性」や、「予測不能さ」を表現できる名前が良いかもしれない。そして、それは、私の内面に潜む「影」や「孤独」を、どこかに匂わせるような名前でも良いかもしれない。


 例えば、持ち替えからのナックルブロックは、相手を惑わせる「幽霊」のような球。持ち替えからの裏ソフトでのドライブは、意表を突く「閃光」のような攻撃。顧問の先生とあかねさんの案を参考に、私自身も名前案を考える。


 そんな時、部長が顔を覗かせる。


「ナックルブロックは『イリュージョンブロック』相手に、あるはずのない回転が見えるように」


「ドライブは、『シャドウドライブ』影のように、どこから来るか分からない」


 突然出てきた部長のの案に、顧問の先生とあかねさんは、感心したような表情を見せた。


 私はなぜかわからないが、恥ずかしい感情を覚えた。


 技名考案は、単なる名前付けではなかった。それは、私の異質な卓球スタイルを、言葉という具体的な形に落とし込んでいく作業だった。


 そして、その過程を、あかねさんと顧問の先生が共有してくれる。それは、私の孤独な探求が、少しずつ、誰かと繋がっていくような感覚だった。


 技名が決まっていく。一つ一つの技に、名前が与えられる。それは、私の卓球に、新たなアイデンティティを与えていくようだった。


 技名ができたことで、卓球部の練習風景にも変化が生まれた。部員たちが、私のプレイについて話す際に、技名を使うようになった。


「今の、静寂のイリュージョンブロックだ!」「シャドウドライブ、すごい!」


 技名ができたことで、私の異質なスタイルが、部員たちにとって、少しだけ身近な、理解できるものになっていくようだった。そして、あかねさんは、技名を使って、部員たちにアドバイスしたり、練習をサポートしたりするようになった。


 あかねさんがマネージャーとして加わったこと、そして技名考案という共同作業を通して、私の「聖域」である卓球部に、そして私の孤独な世界に、温かい風が吹き込んできたようだった。それは、悪夢とは異なる種類の、新しい、そして少しだけ温かい、物語の展開だった。


 私の物語は、あかねさんというマネージャーの存在、そして異質な技の名前を得たことで、さらに加速していく。


 異端の白球使いとして、私がこの世界で自身の価値を証明していく物語が。そして、その輝きが、いつか悪夢へと繋がる物語が。


 そして私は、なぜか恥ずかしいという感情を抱いた。


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