ナオミの告白
そして、季節は巡り六月。日本なら梅雨の鬱陶しい季節なのだが、こちらは晴天が続き、結構暑い。窓辺に置いた白百合が、一つ二つと咲き始めている。
冒険者になってミュルムバードへ行っても、この鉢植えは運んでもらおう。こちらに比べれば、寒い地となるが、魔法の力のこもった球根のようだから、多分、大丈夫だろう。
とはいえ、暑い季節は私にとって、とてもきつい。少々、グダっていたある日。学園の廊下を歩いていると、リベカが突然、私の袖を引く。
「ちょっと。ちょっと、アレ」
二階の窓際から中庭が、微妙な角度だが見える。ああ、こちらから見えるということには、気付いていないのだろう。ルツとあの子、ナオミが、いかにもぉ〜な感じで立っている。ここから見ると百合カップルのように見えてしまうが、間違いない、学園定番のアレだろう。
ルツが頭を下げたので、どうやら彼は「ごめんなさい」をしたようだ。なんだよ! ルツぅぅ。
これは、前世も今も変わらぬ私の信念みたいなものだが、私にとって、相思相愛ではない、片想いの二択なら、自分が好きな人より、自分を好きな人を優先したいと思ってしまう。
ミチコとのことでさえ、もし、ずっと私だけの片想いが続いていたら、どうなっていたかは分からない。かな? ミチコについては、前世からの未練が加味されるので、事は複雑と言えばそうなのだが。仮に未練がないのなら、全く違った今があった可能性すら、あるだろう。
というか。そもそも今生の私は、友達いない歴が長かったことも起因しているのかもしれない。他人にちょっと好意を持たれただけで、欣喜雀躍してしまうきらいがある。
だから。なのでぇぇぇ〜。ルツの行為は理解しがたい。彼から弁明が来るのかなと思っていたら、その夕刻、予想外な人が私の部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
ナオミが立っていた。ブロンドのストレートロングにトパーズブルーの瞳。典型的な西洋美人。フランス人形のような可憐な少女だ。
「ルナさん、いろいろ、ありがとうございました。思い切ってルツさんに告白しましたが、予想通り、というかフラレちゃいました」
「そんなぁ〜。わざわざ報告する必要もないのに。彼も人を見る目がないなぁと」
「いえ。違うんです。彼、卒業したら冒険者になるとのことで、今は、まだ、女性とお付き合いするつもりはないと」
うーーん。私を諦めないとか何とか言った彼の言は何? と思ったが黙っておいた。彼女、聞いてみると、なんと、ユーロ連邦の経済の中心地、ドルム領の領主の一人娘らしい。世が世ならお姫様じゃん! 逆玉を袖にするなんて、凄いのか。バカなのか、ルツ。
でも、彼が冒険者の未来を大事にするのなら、その選択は、彼にとっても彼女にとっても正解なのかもしれない。この世界で、この歳になれば、お付き合いが即結婚に結びつく。前世の女子高生の告白とは、わけが違うのだ。告るのは、限りなくプロポーズに近い。
さらに。まだまだ男尊女卑なこの世界。告白を受け入れるということは、ロルム領の領主の娘婿、婿養子になり、いずれはドルム領主となる未来を選ぶことになる。
「この世界ではどうか分からないけれど、貴女が領主を継いで、彼は冒険者という選択肢だってあると思う。私のいた前世では、女性の元首も珍しくなかったわ」
このところ、だんだん、前世のこと、転生者であることを話す抵抗はなくなってきている。というか、私の特殊性を、みんなが認識しだしたと思われる。私の頭がどうにかなったのか? と思われる心配が少なくなってきたということだ。
「そうなのですね! そういうこと考えもしませんでした。もう少し、彼のこと、諦めないでいたいと思います。ルナさんとは、あまり、お話ししたことがないのですが、いつも、何だが勇気をもらえるようです」
「そう言ってくれると嬉しいわ。彼とのことは、気長に考えてみて」
「はい! それはそうと、お二人は卒業後、ミュルムバードに行かれるのですよね?」
「情報が、早いのねぇ〜」
ミチコが口を挟んだ。
「お二人のことを知らぬ学園生はいませんよ。ルナさんへのお礼といっては、なんですが、私にできることなら、何でも言ってください。お力になりたいのです」
「って。私、貴女に何もしていないし」
「そんなぁ〜。勇気をもらったと言ってるじゃないですか。考えておいてください。では」
さっと頭を下げて、行ってしまった。気立てのいい子じゃん。ルツ、もったいな過ぎるぞ。だけど、この話をルツにするほど、私たちはKYではない。ま、彼らの問題なのだから。
数少ない友人以外からは、怖がられたり、疎まれたりする私だけど、ナオミって子、只者じゃないと思うの。人を見る目が鋭いというか。長いお付き合いでもなかったけど、とても、いい子に巡り会えたと思っているわ。ルツともお似合いだと思うのだけど……。この先のことは、な・い・しょ。
ルナ自身、人を遠ざけてしまうようところもありますが、実は、とても優しく誠実な子。ナオミのように勇気を持って近づける人には、それが見えるのでしょう。ナオミは、冒険者を始めるにあたり、ルナたちに、便宜を図ってくれます。




