バトルの計略
さすが学園長、この種の作戦については心得ている。だけど、ダメだろう。危険過ぎる。こういう時、私が黙っているわけにはいかない。
「待ってください。学園長。私は大丈夫かもしれませんし、確かに、いつも私たちが訓練しているフォーメンション通りの作戦です。ですが、ですが、普通のガーディアン程度なら、万一、ミスがあっても怪我をするくらいで済むはずです。このミッションは、一つ間違えば、死にます。特に、ミチコ、エドム、ジャム兄弟のリスクが高いと思われます」
「その点は理解しております。ですから、私は、断るつもりで……」
もぅ。この期に及んで、言い訳しないで!
「断るのなら、私たちにお話を持ってくる前になさればよいこと。ギルドとの大人の関係で、断り辛いと?」
ちょっと語気が荒くなってしまった。
「もぅ。貴女って人は。その発言、幼い顔に似合いませんよ……。ですが、図星です」
「私に考えがあります。もう少しリスクが低い作戦です。まず、私が、本隊を寝かせるところから入りましょう。この作戦をご許可いただけるなら、トライしてみてもよいかと思います」
前世の記憶が役に立った。RPGのバトルフィールドでよくある作戦だ。せっかく、ドルミを覚えたのだから実戦で使ってみたいとも考えた。言わなかったが、この作戦には保険もある。
万一、私が寝かせに失敗したとしても、その時点でガーディアンのヘイトは私にだけある。
MMORPGに詳しくない人には、馴染みのない言葉かしら? ヘイト= hate。すなわち、魔物が誰にどれくらいムカついたか? ということね。一般的なネトゲだと、魔物は最も「ムカついた」人を襲うわ。この場合、私がガーディアンに敵対行動=魔法を唱えた、だから、彼らのヘイトは私だけにあるってこと。
ついでに解説すると、魔物が攻撃する対象者=targetのことを略してタゲとも言うわ。
どこまで逃げ回ればタゲが切れるかは分からないが、少なくとも他のパーティメンバーに災禍が及ぶことはない。
ちなみに、ドルミを寝かせ技とRPG風に表現しているが、この世界の魔法の鳥は寝ても地に落ちるわけではない。そもそも翼で飛んでいるのでもないようなのだ。前世の物理法則との関係は、未だ不明だが、魔法のある世界はRPGの世界に近い摩訶不思議な魔法法則に包まれている。
私は学園長とみんなに、ドルミを利用した作戦を詳細に解説した。
「私、一人で話しちゃってごめんなさい。みんな、いいかしら?」
「ああ、ええよ。こういう時、作戦参謀としてのルナは、めっちゃ信頼感あるからな。ルナが、私たちを気遣ってくれるのは嬉しいけど、多少の危険は承知の上やし」
「冒険者になれば、もっと危険なミッションだってやらなければならない。学生だからといって躊躇う理由はないと思うわ」
「もちろん、僕たちも同意見です!」
「ドルミを使える人はリリスさんと貴女だけ。有効性についての知見が私にはありませんでした。聞いている限り、かなりリスクが低減できるようですね。恐れ入りました」
「とんでもない。私も言い過ぎました。いつものことですが失礼お許しください」
「いえいえ。貴女はとても優しい子。仲間を思うあまりということでしょう。率直な提言、私も救われました」
ミッションといっても往復の旅程を合わせて一週間くらいだろう。ノルデンラードへは、その後、ゆっくり帰ればいい。と、この時点では考えていた。もぅ! 後日の成り行きをみれば、これもフラグを立てていた。
五人は学園長室を出て、私たちの部屋に集合した。
「ねぇ。このミッション、何か裏がある気がするわ。裏と言っても、私たちにとってマイナスとは限らないけれど」
「そうね。私たちは学生としては、確かに、それなりの技量を持っているのかもしれない。でも、全世界的な冒険者ギルドの精鋭が、私たち以下だなんて、考え辛いものね」
「そらそうや。もっと好適者がいるに違いないわ」
「なるほど、そういうことなのですね。学園長さんも悪い人でないけれど。まぁ、大人というのは、そういうものなのでしょう」
とジャム。
「もし、お偉い人が、パーティのお手並み拝見というような裏なら、むしろ、僕たちには好都合かもしれないです」
エドムが付け足す。
「二人とも私たちに感化されたのかしら。可愛くないわ」
「まぁ、まぁ、僕たちも、もうすぐ二十歳ですから」
あまり深く考えてもしょうがない。学園長だってどこまで聞かされているのかも分からない。ただ、裏といっても悪意が含まれることはないだろう。そこは学園長を信頼してよいはずだ。
私たちは荷物をまとめて、夏休みが始まった翌々日、港から船でパレモ島に旅立った。港からは週二回、パレモ経由でロルムまで行く船が出ている。中型の高速船で、五日の航海でパレモ、六日目にロルム南部の大都市ナプリに入港する。
ミッションがあるとはいえ、せっかくの夏休みだ。ちょっとしたイベントも考えている。ミチコにはフヨウからのソイソースとライスを多めに持ち込んでもらうことにしていた。私がフヨウ、日本の食べ物を欲しがるから、彼女も気を利かせて、いろいろ取り寄せてくれている。この間、ソイソースの一升瓶が二本届いていた。
目的は。そう。そうよ。地中海には黒マグロがいるのだ!
もちろん、ハーピィなど翼で羽ばたいて「本当」に飛んでいる魔法生物もいるわ。だけど、特にガーディアンは、死骸も残さない不思議な魔物なの。あああ、こういうことは、ちゃんと授業で習うのよ。
ネトゲネタのラノベやアニメは多いので、わざわざ、釈迦に説法かなと思いましたが、特にヘイトはMMORPG用語らしく、最近はプレイする方も減ったかなぁ〜と。タゲも含めてルナに解説させました。
五十代くらいのお知り合いが、中の人の作品を読んでくれたのですが、用語問題はかなりあるようです。どこまで解説するか?は、結構、悩ましいです。




