地中海のマグロ
私たちは翌日、準備を整え、王都まで馬車で行き、パレモ島経由で、その北のナプリへ行く船に乗った。
船に乗って二日目。例によって前世風解説。地中海に出た船はエーゲ海を超えつつあった。夏季ということもあって、マグロに脂身がのっているとは思えないが、赤身でも新鮮なものが食べたい。
というか、生魚は、あまり食べる機会がないし。魔法での捕獲を予定しているのだが、とにかく、見えるくらい海面に近づいてくれなければダメという制約がある。
船の見張りの人には近くを泳ぐ群れを発見したら、教えてくれるようには言っておいた。と、夕刻。回遊するマグロが見えたと、船室への連絡があった。
船室は、三人と二人でそれぞれ贅沢に専用室を使っていた。ギルドマスターからの直接依頼ミッションなのだから当然。かな? まぁ、豪勢にやってるわ。
透明度の高い海。確かに魚影が見える。少し遠いが、これなら大丈夫だろう。まず、解体できる大きさを考えないといけない。数メートルもあるような大物では、処理しきれないはず。小さめ。三十キロ内外の獲物を選ぶ。お、これかな? 早々にグラウス! 例によって腹を上にして海面に浮いてきた。
これからが問題だ。私の時空間操作の魔法は、原則というか、直感的に自らにのみ使ってきた。自分の体を浮かせたり飛行したり、あるいは加速させるのは簡単、というか、魔法が発現した時点で私とともにあった。
だけど、意識的、この「意識的」というのが難関だ。自分以外の物をPKのように動かすのは、かなり難しい。原理的には可能なはずだが、どうも上手くいかなかった。リリスと既存魔法の改善点を話し合った際、この魔法を自分以外にも使えるようにし、訓練もしているのだが。
まだまだ「習得した」とは言い難い。対象物を動かすにはかなりの集中力が必要だし、力加減が分からない。実戦の中での使用は、控えた方がよいと思われた。でも、これなら何とかなるはず。相手はマグロだし。狙ったマグロが海面から空中十メートルほどに上がり、船に向かって飛んでくる。よし! ここだ。
ドン!!!
大きな音をたてて、中型のマグロが甲板の上に落ちた。船が少し揺れた気もしたが、魔法で活け締めしているので、バタバタ動くことはない。
「こ、これはすごい!」
船のコックは船員に手伝ってもらって、厨房にマグロを運んで行った。
この船の定員は船員も合わせて五十人くらいだと思う。これだけの大きさなら、今夜の夕食として全員に振る舞っても余るはずだ。残りは塩漬けにでもしてもらって、もう一回、食べさせてもらおう。
コックに説明したレシピは、まず、ソイソースベースのタレ作りから。ガーリックを薄切りにしてフライパンで炒め、ソイソースと、みりんはないので、代用品の白ワインを加える。臭み消しのレモン搾って、マグロの切り身を、三十分ほど、漬け込んでもらう。
リベカ、と、エドム、ジャムや他の方には、漬けたマグロをフライパンで焼いたものを出してもらった。で、残念ながら。そうよねぇ〜。丼はないので、パスタ皿に、サラダとともにお上品に盛られている。わさびもないのよね。これは我慢だ。私、マグロは赤みのところの方が好きかも。脂身独特の臭みがなく、さっぱりしていて食べやすい。
私とミチコは少し上級。生のお刺身を漬けたものと、ご飯はビネガーを混ぜた酢飯にしてもらった。久々の日本食という感じだ。
「これは。美味しいわ。レモンとガーリックやな。うまい具合に臭みが消えてる。そやけど。お二人さんのは生やろ。そんな生臭いモン、よう食べるわ」
「ああ。フヨウ、日本の伝統だからね。どう? ミチコは?」
「もちろん。生のお魚も食べていたわ。でも、どちらかといえば白身魚が多かったかな。それに、ここまで新鮮なのは相当な贅沢品だったと思う。私の暮らしていた都は内陸にあるから」
ああ、そうか。ミチコの生国・美濃は岐阜、海なし県だ。こちらに来る前、彼女は故郷から京都に移り住んでいただろうけれど、首都である京都市も海までは、かなり距離がある。海の魚は若狭湾あたりから運んで来ていた、というところか。
以前にも記したが、地中海、この世界でも呼び名は同じMediterranean、は波もおだやかで、爽やかな海風が心地よい。私以外の四人は早々に甲板にビーチ用のリクライニングチェアを出して水着になっている。
私? いくらUV吸収のピアスがあっても、この日差しはヤバイ。朝夕、日傘をさして海を眺めるくらいにしておいた。
もう一回、塩漬けにしたマグロをいただいた後、船はパレモ島の港に入った。パレモ島は火山を中央にいただく大きな島だ。日本との比較でいえば四国より大きい。
山の山麓には石造りの家が多数立ち並ぶ。防寒はあるが、防暑魔法の衣類は存在せず、ここの夏は私にとっては暑すぎる気候だ。だけど、人族にとっては問題ないのだろう。レモンが名産で、これを使ったリキュールもあるらしい。火山の影響で冬でも比較的暖かく、人には住みやすい島のようだ。
こちらは前世の嗜好を引き継いでいるのかしら、生魚は全然大丈夫。というか、大好きよ。このあたりは、ミチコと気が合っていて嬉しいわ。
夏季ですし、トロにこだわるより、むしろ赤身。ヨーロッパ風文化ですから、準備できる素材に限界があるという前提。赤身をガーリック醤油&白ワインに漬け、レモンで臭み消し。お酢もないので、ビネガー酢飯というパターン。生臭いという人のために、フライパンで焼く……というメニューにしてみました。




