女子会の誘い
「いいえ。違います。学内での無礼打ちなど、学園の信頼失墜の危機でした。結果論かもしれませんが、貴女がたはそれを見事な手際で救ってくれました。私が頭を下げたのは、その見事な機転もさることながら、厄介ごとの処理を学生である貴女がたに押し付けてしまったお詫びです」
学園長は続けた。
「彼には学園も手を焼いていたのです。ゲニスブルク公爵家は大貴族、学園への寄付が五指に入るくらいのです。狡猾な大人の理屈をどうか許してください。そして、貴女がたの正義感からすると許しがたいことかもしれませんが、今回の件『なかったこと』とさせてください。ジェディーは退学処分として然るべきですが、これも大人の……」
「学園長様、どうか、そこまでお気をお使いにならないでください。私達とて貴族の娘。清濁併せ吞むという言葉ももう存じ上げております。彼が、妙な意趣返しを試みなければ、それでいいのです」
「さすがは、お二人とも高い見識、というより、大人の理屈を押し付け、無理に納得させていまったのかもしせんね。彼については『女に負けて命乞いをした』不名誉なわけですから、なかったことにすることに、異はないでしょう。もちろん、ゲニスブルク公爵家全体としても同様です」
女性である学園長は「女に負けて」のところで、アイロニカルな微笑をした。ちなみに、この世界の通信手段も魔法によりかなり進んでいる。学園長や大貴族といった富裕層は魔法の珠を所有しており、相互にオンラインミーティングを開くことができる。あの事件の後、学園長は早々にゲニスブルク家当主と話し合ったのだろう。
「あの手の手合いは、心が潰れ塞ぎ込んでしまうなど、心の病を心配をする必要はないと思います。ま、でも、ルナの悪夢に夜毎うなされるのでしょうけど」
ミチコは、さすが光魔法の使い手。心の問題という点については洞察が深い。
ああ、少し解説が必要ね。RPG的によくあるように、この世界でも光属性魔法は、治癒、防御が主だということに違いはない。でも、もう一つ、「心を操る」魔法もあるといわれている。ミチコも勉強してるらしいけど、詳しいことは知らないわ。
え? 私がミチコを好きなのは、彼女に操られてるって?? えええ!! それはない。ない。ない……ハズ。
「お礼といってはなんですが、こんな物で良ければ、お二人に。ルナさんが甘んじて受けた風評の対価にしては安過ぎるものですが」
学園長が出してきたのは本が二冊。とんでもない魔法の代物だ。この本は普通は真っ白なページしかないが、魔力を込めると蔵書を検索し、好みの本に書き換わってくれる。これ一冊で学園の大図書館、蔵書五百万冊を自由に閲覧できるということだ。もちろん、学園図書館には何冊もの同様の魔導書が存在する。だが、あくまで貸出用だ。個人が所有するなど、普通はあり得ない。
「いえ。私の評判など、事件があろうとなかろうと大差ございません。こうして親友もできました。むしろ、このような学園の宝ともいえる魔導具をいただいていいのでしょうか?」
「ルナはいいとして、私にまでとは」
「黙って受け取ってください。私の気持ちが済まないから」
「ありがとうございます」
私用の本の表紙は深い緑、青漆色。ミチコのものはやや青味を帯びた白、月白色。学園長は気を利かせて私たちのイメージカラーに近い魔導書を選んでくれたようだ。
部屋に戻ると、リベカ、エドム、ジャムの三人がまだ待っていた。心配顔だったが、学園長との話をかいつまんで説明すると安堵したようだ。
「あれだけのことをして、お咎めなしというのは納得いかんけど、まぁ、貴族様なりの理屈も理解せんとな。いずれにしても、新パーティ発足やな。そや、みんなに宿題。明晩までにパーティ名考えといてや」
明日の街への買い物にエドムとジャムも誘ったが、予定があるとのこと。夕刻から連携の練習をした後、パーティ名を決めるとして、買い物は女子会三名となった。彼ら、ああ見えて機転が利くのではないか? 空気を読んで、女の子だけ、にしてくれたのかもしれない。
翌朝、久々によく晴れた小春日和。このあたりも冬季に降雪はあるが、積もるというほどでもない。道端に根雪が残る程度だ。朝食後、三人は連れ立って、学園都市セヘルに出かけた。防寒の魔法があるので、皆、軽装。半袖のワンピにスプリングコートという出立だ。三十分ほども歩けば到着する小さな街だが、立派な洋服屋が一軒だけある。
この世界の衣服には清浄の魔法がかかっていて洗濯いらず。だが、血糊がつくような、激しい汚れが付いてしまうと、さすがに綺麗な状態には戻らない。気に入っていた白ワンピだが、もう捨てるしかないだろう。とはいえ久々に服を買うのも悪くない。
エドムとジャム、ああ見えて、なかなか「大人」だわ。女三人にするよう、気を使ってくれたんだと思う。それにつけても、どの世界でも、大人は大人、穏便によねぇ。敵意を向け合うようなことがないだけ、マシと考えるべきでしょうけど。
この世界は魔法の恩恵で比較的平和です。人も善人が多い。ただ、事なかれ主義的な大人の理屈はあったりします。平和で大きな変化を求めないからという理由もあるかもしれません。




