ing「現在進行形」 後編
受刑者は、刑務所に入った瞬間から出所する日を夢に描いて生活をして居ます。
出たら一番に甘い物を食べよう。
先ずタバコを吸おう。
何をおいてもビールを一本のもう。
人に依ってその思いはそれぞれですが、出所の日が楽しい人ばかりでは有りません。
依存症と言う病を抱えた受刑者は、一歩自由な世界に飛び出した瞬間から誘惑と闘わなければいけなくなります。
「娑婆」という意言葉は、サンスクリット語で「誘惑の多い所」「自由の無い所」と言う意味もあるそうです。
元々吉原の遊郭の遊女が、憧れの囲いの外を皮肉って、憧れの外の世界を「娑婆」と呼んだそうです。
私は今、東京都内の更生保護施設で依存症と闘いながら、社会復帰を目指して居ます。
2週間前、一緒に仮釈放になった3名のうち、既に一人は塀の中に逆戻りしているようです。
意志の強さだけではどうする事も出来ず、自分独りでは更生する事さえ簡単で名は無い。
犯罪者の身勝手な言い訳かも知れませんが、ing「現在進行形」はそんなお話です。
ing「現在進行形」 後編
今俺の頭を悩ませているのは、目の前にあるこの朝食を喰うべきか喰わざるべきかと言うその一事だ。
俺の予想が正しければ、おそらくあと一時間もすればこの刑務所から釈放となるだろう。
だとしたら、何も無理をしてこの味気ない刑務所の朝食を喰わずとも、駅の立ち食い蕎麦屋で朝定食を食するのも実に魅力的に思える。
しかし、五年の刑務所暮らしの中、一食ずつカレンダーのマス目を潰す様に飯を食い、後何回飯を食えば娑婆に出られると指折り数えて来たのだ。
そうやってこの懲役を乗り越えて来たと言うのに、最後の一食を手つかずでこの場所に残して行く事は、やがていつかこの場所に、食い残したこの一食を片付けに来る事になるかも知れない。
刑務所に忘れ物をしてはいけないと言う迷信も有る。
俺は縁起を担ぐためにも、少しだけ冷えてしまった朝飯を勢いよく腹の中へ詰め込んだ。
満期の釈放は実にあっさりしたものだった。
入所した時、私物検査をした同じ場所で、急き立てられる様に私服に着替えさせられ、次から次と出される書類に指印を押し、領置金(預けて有るお金)と報奨金(中で働いたお金)を合算した金を渡され、前日に用意した荷物を持つと、さあ出て行けと言わんばかりに正面玄関から放り出される。
永い間苦しい思いを抱きながら暮らした場所を振り返り、感傷に浸る暇もない。
厳つい刑務官に尻を蹴飛ばされ、放り出されなかっただけでもマシと言った所だ。
俺はサムソナイトのスーツケースをゴロゴロと押しながら、北府中の駅まで歩いて行った。
北府中の駅に着くと俺は券売機の前に立ち、千円札を紙幣選別機に入れそのまま固まってしまった。
幾ら分の切符を買えばいいのか分からないのだ。
いや、行き先が決まって居ないと言った方が正しい。
人差し指を券売機に向けたまま動けずにいると、ピーッ、ピーッ、ピーッと言いう電子音とともに千円札が吐き出されて来た。
後ろに並んでいたサラリーマン風の男が、苛立たし気に空咳を一つ付いた。
俺はその男に頭を下げ一歩後ろに下がり、改めて電車の路線図を見上げた。
結局行き先は決まらず、俺は入場券を買って上りホームのベンチに腰を下ろした。手持ちの金は三十万円ほど有る。
行こうと思えば何処へでも行ける金だ。
早苗と和美が住む北関東の町に向かう事も考えたが、俺が地元に帰り、昔の仲間との関係が戻る事を早苗が心配するなら、初めからその土地は除外して考えるべきだろう。
だとしたら、東京の何処かで仕事を探し、生活の基盤を築いた後二人を迎えに行くのが一番良いのではないだろうか…。
しかし、東京の何処へ行けばいいのかがまた分からない。
組織の義理掛けで幾度か東京に来た事はあるが、それが何処だったのかも良く覚えていない。
ふと目を上げた視線の先に上野動物園のポスターが有った。
和美が生まれ、初めて家族三人で遠出した場所…。
和美はまだ生まれたばかりで小さく、地元にはサファリパークだって有るじゃないかと早苗は大反対したが、俺はどうしても和美にパンダを見せてやりたかった。
ベビーカーを購入し、新幹線に乗り、無理やり出かけて来たのが上野動物園だった。
ところがどうだ。
いざ動物園に来てみれば、パンダは居ない、和美は動物を怖がり泣きっぱなしで早苗にしがみ付き、散々な家族サービスに終わったが、それでも俺にとっては幸せな思い出だった。
上野の街は早苗と和美が住む北関東の田舎町に新幹線の線路で繋がってる。
何か有ればすぐに飛んでいける場所。
それが決め手だった。
俺は上野に行く事に決め、電車に乗り込んだ。
上野駅の中央改札を抜け駅の外に出ると、そこに懐かしい街並みが有った。
目を細めれば、ベビーカーを押す早苗の姿さえ見えそうな気がした。
涙が浮かんで上野の街が滲んで見えた。
だからと言って泣いている場合ではない。
今日の俺は雨露をしのぐ場所さえないのだ。
先ずは安いビジネスホテルでも探そう。
俺はそう決めると、スーツケースを転がしながら、アメ横へ向かう人混みの中へ歩を進めて行った。
どう歩いたのかはよく覚えていない。
アメ横の中を縦横無尽に歩き回り、やがて一軒のビジネスホテルに辿り着いた。
ホテルの看板に大きく書かれていた「窓からスカイツリーが見えます」と言ううたい文句に引かれた。
シングルで6800円と言う宿泊料金は、明日の収入の見込みもない今の俺には破格の様にも思えた。
しかし、五年も辛い思いをしてやっと刑務所から出て来られたのだ。
今日一日くらいは贅沢をしよう。
運が良いのか、窓からスカイツリーが見えると言う部屋は空いて居た。
ただ、チェックインは三時かららしく、時間を尋ねるとまだ昼にも成って居ないと言う。
俺は荷物をフロントに預け、再びアメ横の雑踏の中へと引き返した。
刑務所を出てまだ幾時間も経って居ないと言うのに、行き交う人の往来や、眼の前を通り過ぎる車のスピードに付いて行けず、俺はぐったりと疲れてしまって居た。
それでも、俺にはやりたい事が有る。
豆腐の角を喰う事。
刑務所から出て来た事で、世間に角が立たない様にと言うテキヤの習慣だ。
誰一人迎える人も無く、寂しい出所となったが、何事も縁起を担ぐと言うのは悪い事では無い。
一人立ち飲み屋に入ると、足場一枚ほどの幅しかない狭いカウンターに通された。
まだ陽も高いと言うのに、店の中は既に赤い顔をした酔客で賑わっている。
「何にしましょう」
この店の大将だろうか、人懐こい顔が語り掛けて来た。
「瓶ビールと焼き鳥の盛り合わせ、それと豆腐は有りますか?」
「奴でいいかい?」
「それでいいんだけど、何も乗せないで豆腐を一丁皿に欲しいんだけど」
「うちの店は奴は半丁なんだけど」
「じゃあ、二皿分を包丁を入れないで皿に一丁そのまま持って来て下さい」
「はいよ、じゃあ980円」
と言って大将が手を出した。
キャッシュオンデリバリーと言えば聞こえはいいが、ホームレスの多いこの街では、酒を扱う店はこんなやりかたでもしなければ取りはぐれてしまう事も多いのかも知れない。
そんなことを考えていると何だか笑えるような気がして、一人ぼっちの淋しさも少しだけ紛らすことが出来た。
ビールと豆腐が直ぐに運ばれて来た。
店の名前がプリントされたTシャツを着た若いお姉ちゃんが「どうぞ」と言って最初の一杯だけビールをグラスに注いでくれた。
昔観た高倉健の映画を思い出した。
あの映画では主人公の健さんは妻に許され、昔暮らした家に帰ることが出来たと言うのに、俺はなんて惨めな放免を迎えているのだろう
割り箸を手に取り、豆腐の角を一つ口に入れてはビールで喉の奥に流し込んだ。
三つ目の角を口に入れた時、目の前に小鉢が出て来た。
見ると塩辛の上に刻みネギが乗って居る。
注文した覚えがないので顔を上げると大将が笑って居た。
「お店からお祝い」
大将はそう言って唇の前で人差し指を立て
「角を全部食べたら、豆腐の上にのせて食べると美味いよ」
と続けて言った。
俺は素直に頭を下げ「ありがとうございます」と礼を言った。
大将の「お祝い」の言葉に無条件で反応した涙腺のゆるみを隠す様に、俺はおしぼりで顔を拭いた。
誰一人祝ってくれる人も居ない筈の俺の放免を、初めて入った店の大将がちゃんと気づいて祝ってくれた。
その事が堪らなく嬉しかった。
上野駅は地方都市の玄関口。
もしかすると、今日の俺の様に刑務所を出所したものの、行き場の無い者が一人で豆腐の角を食べている姿も、この街では珍しくはないのかも知れない。
たった一本のビールで俺はしたたかに酔った。
時計を見るとまだ一時間も経って居ない。
俺は座れる場所を求め、大将にもう一度礼を言って店の外に出た。
目の前に家電量販店が有り、その一階にベンチが見えた。
俺は自動販売機でペットボトルの冷たいお茶を買い、そのベンチに腰掛けた。
今買ったばかりのお茶で頭や首の周りを冷やし、少し気分が落ち着いたところでそのお茶を一気に半分ほど飲んだ。
飛び跳ねて居た心臓の動悸が治まり、深いため息が零れた。
早く三時に成らないかと思いながら周りを見回し、目に止まったのは電気店の一階を占領して居る携帯電話売り場だ。
これから仕事を探すにしても、携帯電話くいらいは必要だろう。
ホテルのチェックインを待つ間に申し込んでみるのも悪く無い。
しかし、考えて見れば今日の俺には身分を証明するものが無かった。
期限の切れた運転免許証は財布の中に入ってはいるが、落ち着く先の住所が無ければ免許の更新さえできない。
つまり、今の俺には携帯電話一台を作る器量すら無いのだ。
手持ちの金が尽きた時、いったい自分はどうなってしまうのだろう。
急に不安と焦燥感に襲われ、胸が苦しく成った。
「早く横に成りたい」
その事ばかりが頭の中を支配している。
ふらつく足でアメ横の商店街を歩き回り、如何にか三時までの時間を潰した。
ホテルの部屋に入ると同時に俺は便所に駆け込み、胃の中の物をすべて吐き出した。
体中の力が抜け、便器を抱いたまま動けなくなった。
どれくらいそうして居たのだろう。
もしかすると少しの間、俺は気を失って居たのかも知れない。
全身に力を入れ「よいしょ」と声を出して立ち上がった。
頭の血が急に下がったのか、痺れを伴う目眩で腰を抜かしそうになった。
鏡の中で蒼白な顔をした俺が、俺の顔を見つめている。
Yシャツの襟が跳ね飛んだ吐瀉物で汚れていた。
まったく…俺はいったい何をやって居るのだろう…。
早苗を責めようとする自分が再び顔を出した。
五年間、刑務所と言う不毛の地で、不自由な生活に耐えながら夢に描いて来た放免の日は、こんな惨めな思いをする事では無かったはずだ。
早苗が心変わりさえしなければ、早苗さえちゃんと俺を迎えてくれて居れば、今頃は…いや、もっともっと前に家族や友人と、笑いながら楽しく幸せな時間を持てて居ただろう。
確かに面会の最後に、普通の社会人に成って自分と和美を迎えに来いと早苗は言った。
しかし、何処に迎えに行けば良いのか、今は引っ越しまでしてしまい何処に迎えに行けばいいのかさえ分からないではないか。
普通の社会人と言ったって、何がどうなれば普通の社会人なのだろう。
それは誰が決めるのだろうか。
幾ら俺が普通だと言っても、早苗がまだ普通じゃないと言えばそれは永遠に堂々巡りじゃ無いか。
刑務所を出所してまだ数えるほどしか時間が過ぎて居ないと言いうのに、今日一日で俺が味わった屈辱と惨めさは既に片手では足りない。
こんな事を続けることに何の意味が有るのだろう。
先の見えない事にこだわり、惨めな思いをするくらいなら、もっと面白おかしく今日を過ごしたって良いのではないだろうか。
ここは東京だ。
路地裏の外国人に声を掛ければ、女だって薬だっていとも簡単に手に入るに違いない。
今日一日俺がハメを外して遊んだからと言って、誰が見て居る訳では無いのだ。
覚醒剤さえ有れば、今抱いている嫌な気分だって跡形もなく吹き飛ばしてくれるだろう。
そう思うと無性に覚醒剤が欲しく成った。
惨めだと思えば思う程、気持ちは破滅的な方向へと転がっていく。
しかし、昼間の酒が効いているのか、怠くて動く事も出来ない。
タバコを咥え火を着けた。
引き寄せた灰皿の中に「無料wifi」のメッセージプレートが乗って居た。
スーツケースの中には捕まる前に使って居たスマートフォンが有る。
契約の切れたスマートフォンでもインターネットにつなぐことが出来るのだろうか。
ふと、そんな事が頭の片隅に浮かんだ。
何か調べたい事が有った訳では無い。
その行動に何か理由を付けるのなら、刑務所では絶対にできない事ばかりを今日は何でもやって見たかったからとでもしておこう。
俺は重い体をベットから引き剥がし、スーツケースの奥から3Gの古いスマートフォンを取り出した。
電源を入れwifiに繋いでみると、どうやらインターネットは覗けるようだ。
先ずはトップページにYahoo japanと打ち込み、トップページを呼び出してみた。
画面が切り替わり、間違いなくインターネットに繋がって居る事が分った。
ログインIDは早苗と初めて見た映画のタイトルとその日付だ。
五年前のYahooのアカウントは無効に成って居た。
スマートフォンの中に有る思い出の写真や、仲の良かった頃の早苗からのメールを読み直していた。
いつか来る別れの事など永遠に無いと言わんばかりに、愛情にあふれたメールばかりがBOXの中に有った。
そう言えば、Gmailのアカウントはどうなっているのだろうか。
俺はyahooのトップ画面からGmailを呼び出し、ログインIDを入れてみた。
どうやらGmailのアカウントは生きて居たようだ。
メールBOXは、この五年間の未読メールが200通以上溜まって居た。
どうせ広告ばかりだろうと思いながら覗いたメールBOXを開いて俺は固まった。
受信メールの最後が早苗の名前に成って居る。
送られて来た時間は今朝の8時30分…。
俺が刑務所を出所した時間だ。
何が書いて有るのだろう…。
もしかすると、帰って来ても良いと言うメッセージが書いて有るかも知れない。
迷わず画面をタップし、受信メールを開いた。
早苗が送ってきたメールの中身には「このメールに本文はありません」と言うメッセージが張り付いて居た。
一瞬でも期待しただけに、俺はがっくりと体中の力が抜け、ベットの上で大の字になって天井を仰いだ。
せめて一言「おめでとう」とでもメッセージが入って居ればまた気持ちも違ったろうが、再び早苗の残酷さ思い知った気がした。
早苗はどんな気持ちでこのメールを送ったのだろうか。
しかし、考え方を変えれば、早苗も俺の出所日を気にかけて居たといういことか。
そう思うと、俺は本文の無いメールから目が離せなかった。
そして俺はハタと気が付く。
メールの本文が入るべきスペースの上にクリップのアイコンが有り、数字とローマ字の羅列が有るのだ。
添付ファイルが付いて居た。
そのクリップのアイコンに触れると画面が変わり、和美の顔が現れ、その顔の上に右向きの三角のマークが有る。
ビデオの再生ボタンだ。
俺は震える指でビデオの再生ボタンに触れた。
直ぐに画面は動き出し、スピーカーから音が流れ出す。
「ほら早く」と言う早苗の声に和美がしきりに照れている。
「ほら早く」ともう一度早苗に急かされ、漸く和美が喋り出した。
「パパおめでとう。早く迎えに来てね、和美ずっと待ってるからね」
そう言って和美が投げキッスし、再生が終わった。
たったそれだけのメッセージ…。
涙があふれた。
声を出して泣いた。
たった今迄、今日くらいは面白おかしくやろうと考えていた自分が許せなかった。
何も終わっては無かった。
早苗も幼い和美さえも、俺たち家族の再生を諦めてなどいなかったのだ。
それなのに、たった数時間惨めな思いをしたからと言って、俺はこの家族を再び捨てようとしていた。
刑務所の中でこれからの事を考える時間は幾らだって有ったはずなのに、今日感じた孤独や惨めな思いなど想定内だったはずなのに、なんて俺は馬鹿なのだろう。
「隼人君は何も変わって居ない」と言った早苗の言葉が身に染みた。
諦めちゃダメなんだ。
まだ何も始まって居ないと言うのに、ダメと決めつけて俺が逃げてどうする。
汚い仕事だっていい。
カッコ悪い仕事だっていい。
どんな仕事だってやってみよう。
俺の大切な家族を迎えに行く為なら、どんな仕事だって出来る筈だ。
窓から見えるスカイツリーの展望台の上を、赤いサーチライトが外周を回りながら照らしている。
赤いサーチライトが向こうへ回り込むと先端は暗い闇の中に溶け込み、こちらへ戻って来ると再び先端を照らし明るく闇に浮かび上がらせる。
まるであの日、和美が何度も繰り返し吹き消したケーキの上のロウソクの様だと思った。
今日一日、朝から起きた事を振り返ってみた。
何処に行こうかと駅のホームで途方に暮れている時、目に飛び込んで来たのは家族で行った上野動物園のポスターだ。
そのポスターに導かれる様にこの街に辿り着き、そしてこのホテルに一泊の宿を得た。
灰皿の中の無料wifiのプレートに気付かなければ、このメールだって永遠に見る事は無かっただろう。
たとえ後に成って見つけることが出来たとしても、その時自分が既に犯罪者の一角に名を連ねていた可能性だって無いとは言えなかったはずだ。
目に見えない何かの力に、俺は導かれてこの街に来のではないだろうか。
薬物を入手することが出来ない刑務所の中では誰もがまともで堅実的だ。
正常な頭で練り込まれた自立計画を胸に抱いて出所する。
しかし、一歩娑婆に出た瞬間から自由と言う名の誘惑は始まる。
二度と薬なんか、二度と酒なんか、二度と盗みなんか、二度とギャンブルなんかと心に決めて出てきたところで、依存症と言う病気に犯された脳ミソへの栄養剤は巷にあふれているのだ。
誰も見て居ないなら今日くらいは…。
そう思った瞬間に病気の芽は発芽してしまう。
負けちゃだめだ。意志の力では如何する事も出来ないこの病気と、俺は闘いながらこの街で仕事を探そう。
俺には俺を必要としている家族がいるのだから。
誰も見て居ないなんて言うのは大きな間違いだ。
世界一大きいと言うあの電波塔の先端で、早苗と和美が見守って居る様な気がした。
この街で頑張ろう。
そして、一日も早く早苗と和美を呼んで、再び家族で暮らすんだ。
俺の頑張りは、あの電波塔が緩やかな波に乗せて、遠くに暮らす俺の家族にきっと届けてくれるはずだ。
まだ終わってないんだ。
そう、俺さえ諦めなければ、俺たち家族は今も現在進行形だ。
「和美まってろよ、必ず迎えに行くからな」
スマートフォンの画面に向かって俺は呟いた。