第一章「辺境デパート、堂々オープン!」
婚約破棄から3分で追放完了。前世の記憶とチートスキル【デパート】が覚醒しました!
「コトネ・シュクル! 貴様との婚約は今日この場をもって破棄させてもらう!」
ルナミス帝国の王城、その絢爛豪華な大広間に、第一王子であるレオンハルトの怒声が響き渡った。
彼の隣には、男爵家の令嬢がこれ見よがしに身を寄せている。
「お、お待ちください、殿下! 私はいったい何を……っ」
「黙れ! 我がルナミス帝国は実力主義。貴様のような地味で無能な女が、未来の国母になれるわけがなかろう! 貴様には、三国が睨み合う最前線の辺境『ポポロ村』への永久追放を命じる!」
――ガァン!!
その宣告を受けた瞬間、私、コトネ・シュクルの頭に信じられないほどの衝撃が走った。
あまりのショックで意識が遠のく中、私の脳裏に『本来の私』の記憶が怒涛の勢いで流れ込んできたのだ。
そうだ。私はコトネ・シュクルであると同時に、現代日本の百貨店――いわゆる『デパ地下』で働く、凄腕パティシエだった。
毎日毎日、美しくて美味しいケーキを作り、ショーケースに並べ、お客様の笑顔を見るのが大好きだった。
それが、過労からの交通事故で命を落とし、このアナステシア世界に転生していたのだ。
(……あ、なんだ。私、ケーキ作れないから地味に生きてて、それでこんなことになったんだ)
前世の記憶を取り戻した瞬間、私の心から第一王子への未練など塵一つ残らず消え去った。
あんなモラハラ男より、ショーケースの中で輝くケーキの方が一万倍価値がある。
「おい、聞いているのかコトネ! 泣いてすがるなら今のうちだぞ!」
「あ、はい。わかりました。今までお世話になりました。それではポポロ村へ行ってまいります」
「……は?」
呆然とする王子と取り巻きたちに優雅なカーテシー(お辞儀)を決め、私はさっさと大広間を後にした。
開始からわずか3分。私の婚約破棄イベントは、最速タイムでRTAを完走した。
* * *
ガタゴトと揺れる粗末な馬車に乗せられ、数日。
私は目的地である『ポポロ村』の入り口に立っていた。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国。
三つの大国が睨み合う緩衝地帯に位置するこの村は、一見すると長閑な農村だが、空には魔導自爆ドローンが飛び交い、畑のあぜ道には魔導地雷が埋まっているという、とんでもなく世紀末な防衛力を誇る場所だった。
「うーん、見事に何もないわね……」
村の外れの空き地で、私はポツリと呟いた。
追放された身なので、手持ちの金貨はわずか数枚。これで生きていかなければならない。
しかし、私には一つきらりと光る希望があった。
前世の記憶を取り戻したのと同時に覚醒した、私だけのユニークスキルだ。
私は深呼吸をし、誰もいない空間に向けて右手をかざした。
「発動――【デパート】」
――パァァァァッ!
空間が歪み、光が弾ける。
次の瞬間、土と草しかなかった辺境の空き地に、大理石調の床と、ガラス張りの美しい冷風ショーケースがドカンと出現した。
その中には、まるで宝石のように輝くケーキたちがズラリと並んでいる。
「ふふっ、大成功!」
私のユニークスキル【デパート】。
それは、日本の百貨店に存在するありとあらゆるモノを取り寄せることができる、という規格外のチートスキルだった。
今の私のレベルではまだ『地下食料品街の一部』しか出せないようだが、それでも十分すぎる。
「うーん、久しぶりの生クリームの香り……。最高だわ」
私はショーケースの中から、秋の味覚をふんだんに使った『極上和栗のモンブラン』を取り出した。
サクサクのメレンゲ土台に、濃厚な生クリーム、そして繊細な糸のように絞り出された栗のペースト。金箔まで乗っている。
「さて、まずは私が味見を――」
「……はら、へった……死ぬ……」
ふと、足元から掠れた声が聞こえた。
視線を落とすと、そこにはボロボロの服を着た獣人族の青年が倒れていた。
頭には三毛猫のような丸い耳、お尻からは長い尻尾がへたりと伸びている。
胸元には、大陸屈指の大企業『ゴルド商会』のシルバー商人を証明する銀のプレートが輝いていたが、今はすっかり土に塗れていた。
「あ、あら嫌だ! 大丈夫ですか!?」
「あかん……ワイはここまでや……金貨の音も……もう聞こえへん……」
「しっかりして! 何か食べ物を……って、これしかない!」
私は慌てて、手に持っていた『極上和栗のモンブラン』を青年の口元に運んだ。
フォークで一口分を切り分け、強引に彼の口に突っ込む。
「ん……? なんやこれ……」
モグ、と青年が口を動かした瞬間。
彼の猫耳が、ピンッ! と真っ直ぐに立ち上がった。
「――――ッ!?」
青年はガバッと跳ね起きると、信じられないものを見るような目で私と、手元のモンブランを凝視した。
「な、なんやこの美味さはァァァッ!?」
彼は私の手からフォークを奪い取ると、あっという間にモンブランを平らげてしまった。
「サクサクの土台から広がる甘味! 口の中で溶けるフワフワの謎の白いクリーム! そして何より、この上に乗っとる茶色いペーストの圧倒的なコクと香り! 美味い、美味すぎる! ワイの人生で食うたどんな高級宮廷料理より美味いで!!」
「ふふ、お粗末様でした。お口に合ったなら良かったです」
「姉ちゃん、この菓子、一体いくらするんや!? 金貨10枚……いや、金貨50枚は下らんはずや! 払う、必ず払うからツケにしといてくれ!」
「え? お金なんていりませんよ。行き倒れの人からお金を取るなんてできません。無償でどうぞ」
「……は?」
私の言葉を聞いた瞬間、青年の動きがピタリと止まった。
そして、彼の猫耳がパタパタと痙攣し、顔面が滝のような汗で覆われていく。
「む、無償……? タダやと? こんな超一級品の菓子を……タダで?」
「はい。困った時はお互い様ですから」
「アカン……アカンアカンアカン!! 計算が合わへん!!」
青年は突然頭を抱え、地面をゴロゴロと転がり始めた。
「打算なき無償の愛やと!? ワイの一番苦手なやつや! 帳簿が真っ赤っかや! ワイの脳内算盤がガシャーンって壊れる音がしたで!? こんなもん、一生かけても借りを返さなアカンやつやないか!!」
「ええっ? 別にそんなに気にしなくても……」
「アホ抜かせ! 金貨の音と匂いは嘘をつかへんのや! 姉ちゃんのその『謎のショーケース』と菓子、とんでもない商機の匂いがプンプンしとるわ!!」
青年は勢いよく立ち上がると、泥を払い、ビシッと私を指さした。
「ワイはゴルド商会ポポロ村支部、財務最高責任者のニャングルや! 姉ちゃん、アンタ名前は!」
「こ、コトネ・シュクルですけど……」
「コトネはん! アンタ、その菓子を売る商売がしたいんやろ!? ワイの狂った算盤の帳尻を合わせるために、ワイがアンタの専属財務担当になったる! ワイの法と経済の知識で、アンタの店をこの大陸一の大繁盛店にしたるわ!!」
コテコテの関西弁でまくしたてる猫耳商人、ニャングル。
私はぽかんとしながらも、彼が差し出してきた手を、思わずぎゅっと握り返していた。
「……はい! よろしくお願いします、ニャングルさん!」
王城から追放されて、わずか数時間。
私は辺境の地でチートスキルと最強(?)の守銭奴相棒を手に入れ、自分だけの『デパート』を開業する第一歩を踏み出したのだった。
(次は、お店を守ってくれる強くて安上が……優秀な護衛を探さなきゃね!)
こうして、三カ国の軍と胃袋を完全に支配することになる伝説のデパートの歴史が、静かに幕を開けたのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついに追放先でチートスキル【デパート】を開業したコトネ!
有能すぎる守銭奴商人・ニャングルを仲間にし、次なる目標は「お店を守る最強の護衛」探しです!
次回、面接にやってくるのは……やる気ゼロだけど圧倒的暴力を持つBランク剣士!?
弁当一つで最強チート剣士を餌付けする第2話、どうぞお楽しみに!
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