1.間抜けものひなた
気持ち朗らかなお天道のもとで、僕は日常の脆さ儚さを思い知った。
なんてあっけなく瓦解する代物を、無自覚に信じてこられたのだろう、崩れていく。ゴロゴロと音を立てて。
ゴブリンだ。
なんと近所のバス停にゴブリンだ。
平穏無事な田舎町。寂れたバス停。時刻標識はボロボロに朽ちかかっている。
利用者なんてついぞ見たことがない、そんなバス停の。座る気にもなれないうす汚れたベンチに、ゴブリンは腰掛けていた。
何度でもいう。ゴブリンだ。
異世界物のアニメやゲームなんかで頻出する、もはや食傷気味なモンスターのアイコンだ。
けれど実態は腰を抜かしてしまうほど恐ろしく、醜悪な生命だった。
だらしなくたるんだドテ腹、皮膚は亀の手のように苔色に汚れ、イボイボが目立つ。
黄色くにじんだ瞳は焦点があっておらず、不揃いな牙を剥き出しに、よだれを滴り落としている。
頭の形は凸凹に不格好で、膝丈の頭身に似つかわしくない巨大なとんがり耳。
特に奇妙なのは陰茎部だ。恥ずかしげもなく開けっぴろげにされたソレは、意識があるみたくウネウネと蠢いていた。
一目でゴブリンだとわかる外観なのに、姿はイメージの数倍グロテスクで、馴染みの雑魚キャラという印象など抱けるはずもなかった。
なんて、悠長に眺めている場合ではないというのに——。
ギョロリ。
「ひぃっ」
ゴブリンが僕をみた。ニヤリと卑しく口角が持ち上がったのを確かめた。
その笑みは、獲物を見定めた者の——。
「ガァルダァ!!」
襲いかかってくる。喰われるのか、犯されるのか。どちらにせよ命が脅かされるのは明白だった。
「ひゃーーー」
話は変わって、ここで一つ『木洩日ひなた』という男の正体を、端的に表す言葉を記そう。
『間抜け者』だ。
とんちきなエピソードをあげはじめればキリがない──。
・パジャマ姿のまま登校してしまった。
・考え事をしていると息の吸い方を忘れてむせこむ。
・小6なのにいまだ靴の左右を履き間違える。
ちゃんちゃらド間抜けな僕ですが、この日は特にひどかった。
逃げだすつもりだったのだ。
駆け出すつもりだったのだ。
なのにどうしてだろう。
僕はとっさに、ハサミをランドセルから取り出していた。あまつさえゴブリンのウネウネをちょんぎってしまった。
ついうっかりだ。やるつもりなんてなかったのに。
でもね、さっきから気になってしかたがなかったのです。なにせウネウネ、ウネウネ、動くのだ。
だからつい、切っちゃいたくなったのです。
間抜け。
辞書で索引するとこのような意味があるらしい。
『気がつかないうちにばかげた事をしてしまう』
・クラスメイトと喧嘩して、つい前歯をへし折ってしまった。
・ヤンキーにカツアゲされ、つい金的をしてしまった。
・不審者にわざと声をかけて、つい鬼ごっこをしてしまった。
とっても優しい両親のもとに産まれ、何不自由なくすくすく育ち。これといってほの暗い過去もない、基本的に善良であるはずの僕はけれど。
唯一の欠点──。
悪意に対して、ついぶん殴ってしまう間抜けな性分を持つ。
だからほら。
「あっは!」
つい喉笛をチョッキン──。




