09 結局分からない
「例の鏡の話を私の方でも調べてみました。具体的には叔母様が買われた『アンリアル』というお店に行ってきましたの。店主によると出入りの商人から買われたようで、鏡の謂れについてはその商人が言ってたままを叔母様に伝えたようですね」
「そうなんですか、じゃ店主の作り話ってわけじゃなかったんですね」
「そうなります。……ただ、その商人が作った話の可能性は否定できないみたいですね。その商人に話を聞こうにも今は外国へ仕入れに出かけていて、戻るのは半年以上先になるようです」
ビアンカ様はそこで話を切ると、ゆっくりと紅茶に口をつけました。
「では、結局確かな事はわからない、という事なんでしょうか?」
「まぁ、そうなりますね」
と言う事は鏡の謂れみたいな調査はそこで打ち切りという事みたいです。
「あの鏡は一時的に布に包んで箱の中に仕舞っておくことにしました。本当は最初からそうしておくべきだったのですが――」
ビアンカ様はそこで私の顔をじっとみつめる。
「な、なんでしょう?」
「――どうしても夢の中であった出来事を知りたかったのです。どうしてあのようなやるせないような感じになるのかを。でも、それもアルマ様の姿と声を見聞きする事でどうでも良くなりました」
「ど、どうして……」
「アルマ様が私の夢に出てきた方なのを確信できたからです」
そして突然に私の手をそっと取りました。
「えっ!?と、突然どうされたのですか?」
突然の行動にびっくりしてしまう。
「アルマ様にはとてもとても感謝しております。本来は自身の役目ではないのに、シスターとして私の告白に対し親身になって対応して頂いきました」
握られた手が少しずつ熱を帯びてきたのが分かる。
「そ、それは――」
実際には興味本位で告解室を見物していた都合上、怒られるのが嫌で対応しただけなんですが、今更そんな事をいえる雰囲気ではありません。
「そしてあの模擬試合の日、偶然アルマ様の姿をお見かけし声を聞いた瞬間、全てがわかりました」
あの時の私は少ししか声をあげていないはず。
あのような一言二言で私の声が分かるなんて……。
「私はケイトの陰に隠れるようにしていましたし、声だって少ししか……。それに突然の中断で、周囲はかなりざわめきがありましたよね。それなのに私の声がお分かりになったのですか?」
「ありえない、そうお思いですか?でもあの人込みの中でもアルマ様のお姿だけはハッキリと目に留まりました。そして一言でも発された声が私の耳に届いた時、あのシスタールナだと確信したのです」
「そう、なんですか……」
ビアンカ様の捲し立てるように話すその姿に私は少し面食らってしまいました。
そしてビアンカ様の言葉はまだまだ続くようです。
「あの激しい雨でしたでしょ?皆が急いで帰り支度をしていましたし、本当は私も知り合いにあっても会話などせずスグにでも屋敷へ戻るつもりだったのです。しかしアルマ様のお姿と声を見聞きした瞬間、自然と足がそちらへとむかってしまいました。まるで引き寄せられるようにです。これは何かの運命だと思いませんか?」
「は、はぁ……」
普通に考えればあの喧噪の中、私の発した小さな声が遠くまで届くわけないですし、ケイトの陰に隠れるようにしていた私の姿もハッキリ見えたとは思えません。
それを考えると運命かどうかは兎も角、不思議な事である事は確かです。
ただ私は、自身が前世の記憶をもっている事を承知しています。
そして目の前のビアンカ様が前世で愛した人に姿が似ている事も。
でもビアンカ様には前世の記憶など無さそうですし、「実は私とビアンカ様は前世では恋人同士だったんです!」
なーんて言えるはずもないですよね。
なので私は何も言えずに押し黙ってしまいました。
沈黙が辺りを包みます。
そして、その間もビアンカ様は私の手を握ったままです。
私の鼓動がドンドン大きくなってきているのがわかる。
このままだとマズイ!
そう思ったその時、コンコンとドアが叩かれました。
私は慌てて手をひっこめると「どうぞ」と返事をします。
丁度良いタイミングでウェイトレスが来てくれたようです。
お茶で気持ちを落ち着かせないと。
ウェイトレスは私達の目の前に注文したお茶とスィーツを置くと、お辞儀をしながら退出して行きました。
私の前に置かれた紅茶を手に取り、口をつける。
よし、落ち着いた!
チラリと正面に座るビアンカ様に視線を落とすと、同じように自身で頼まれたミルクティーに口をつけていました。
そしてまた目が合ってしまう、
「そういえばアルマ様にお渡ししたいものがあったのです。『ルナ』として私の相談に乗ってくださったお礼にぜひ受け取ってください」
えっと、そんなお礼なんて要らないんですけど。
と、喉元まで言いかけたのですが、なぜか言葉にする事が出来ませんでした。
「鏡の件で伺った『アンリアル』で購入した品です。店主に話を聞くだけ聞いてそのまま退店する訳にもいかないでしょ?なのでアルマ様に似合うと思った小物を購入したのです」
そう言ってビアンカ様は丁寧に梱包された紙袋を取り出すと、私の目の前に置かれました。
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます」
そうお礼を言ってから受け取る。
思ったよりも軽いですね。
「さ、開けてみてください。気に入ってくださるとうれしいのですが」
その言葉で恐る恐る袋から取り出してみると、蒼を基調としたアクセサリーが出てきました。
「サファイアをあしらった環形彷徨の石と呼ばれるブローチです。模擬試合でアルマ様が蒼い色のドレスを着ているのを思いだしたので、お似合いになると思いまして」
こ、これはかなり高価な代物なのでは?
値段を想像して思わず顔が引きつってしまう。
「こ、こんな高価な物を受け取る様な事はしていません!」
「これは見た目ほど高価な物ではありませんでしたよ?なので遠慮なさらずに受け取ってください」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、そうなんです。なので遠慮なさることはありません」
私は改めて頂いたブローチをじっとみつめました。
とてもとても澄んだ色をした蒼いサファイアで、亀裂や不純物が全く無いようにみえます。
私は宝石の専門家では無いのですがこれが高価ではない、と言われてもにわかには信じられませんでした。
「や、やっぱりうけとれません!」
と、つい大きめの声が出てしまいました。
個室で無かったら、確実に周囲の目を引いていたでしょう。
しかし、ビアンカ様はニッコリと微笑むとブローチを持った私の手を両手で包み込みました。
「私からアルマ様に対するせめてもの気持ちなのです。どうか受け取って頂けませんか?」
優し気な顔でそんな事を言われてしまって、私はそれ以上言い返す事は出来ませんでした。
「は、はい……」
その時の私の顔はきっと引きつっていたに違いありません。
もうこれ以上一緒にいたらまずい事になる、本能的にそう感じました。
「ご用事は以上でしょうか、では私はこの辺で――」
私はそう言って立ち上がりかけましたが……。
「いえ、まだお話は終わっておりません」
そう言ってビアンカ様は私の手を離そうとしませんでした。
「それにケーキもまだ口をつけていないようですよ?」
そう言われてしまって仕方なく席に座り直しケーキを口に運びます。
「それで鏡についてなのですがアルマ様になにかお考えはありませんか?」
「えっと、うーんと、そうですね……」
顎に手を当て少し考えこむ。
あ、そうだ、この手の逸話に詳しい人を思いだしました。
「ホーリートリニティ教会の主教様に相談してみるのはどうでしょうか?」
「ホーリートリニティ教会の主教様というとバクスター主教の事ですか?」
「はい、シスターエノーラから主教様は祓魔師の資格を持っていてこの手の不可思議な事象に詳しい、と聞いたことがあります」
「そうですか、確かにバクスター主教なら何らかの答えを持っているのかもしれませんね。ではいつご相談に行きましょうか?」
「えっ!?」
「出来れば早い方が良いと思うのですが、アルマ様のご予定に合わせたいと思います」
「ちょ、ちょっとまってください!私も一緒に行くのですか?」
「あたりまえではありませんか、だってアルマ様も関係者なのですよ?何と言っても鏡に映るのはアルマ様なのですから」
その言葉で、私はそうだったと思いだした。
「で、ですけど私達が連れ立って出歩くのは不味いのではないでしょうか?両家に諍いがあるのは周知の事実ですし、一緒にいる所をみられたら私は兎も角としてビアンカ様にとって大きな影響が出てしまうのでないかと思うのです」
「……それは、そうかもしれませんが」
そう言ってビアンカ様は考え込みます。
「その辺りの事はこれから考えます。ですが一緒にバクスター主教へ会いに行くことを約束してください」
私は頷く事しか出来ませんでした。
最後にそっと私の手を握ると名残惜しそうに離した。
そしてバラバラお店から退出すると、それぞれ帰路についたのでした。
★★★★★
帰宅してからも私の頭の中を占めてたのはビアンカ様のばかりでした。
このまま行動を供にすればするほど、ビアンカ様の事が心に占める割合がドンドン大きくなってしまう。
そして待っているのは前世のような破局だ。
だからもう会わないほうがよいのに。
ベットに寝ころびながら何度も自分に言い書かせているのに、おそらくはまた会ってしまうだろう。
『まったく貴女は何をしているのかしら?』
ルナがベッドに飛び乗ってくると、ついでとばかりに私のお腹に乗ってきました。
「ちょ、ルナ、お、重い」
『あら、失礼しちゃうわね。私はそんなに重くなくってよ?』
怒ったような口調をしながら前足で私のお腹をトントンと叩く。
『どうせお腹一杯食事を取った後だからお腹が苦しいだけじゃなくって?』
「そ、そんな事ないわよ!」
ルナは私の身体を歩いて顔に近づくとペロリと口元を舐める。
「きゃっ!」
私は驚いてベッドから身体を起こす。
その拍子にルナはベッドから転がり落ちました。
『いたた、もう何をするのよ』
「それはこっちの台詞よ!突然何するのよ!」
『貴女から甘い匂いがしたから少し確かめてみたのよ。口元からケーキの味がしたわよ?やっぱり食べてたじゃない』
「そ、それは――、す、少しだけよ。お腹一杯食べたわけじゃないわ」
『どうかしら?貴女って嘘つきだから分からないわ』
「嘘つきなんてひ、ひどい」
私は怒って枕をルナに投げつけます。
勿論本気で投げたわけではないですよ?
それでも当てるつもりで投げた枕をルナはヒョイっと避ける。
『だってそうじゃない、近づけば不幸になると分かっている相手に「いや、ダメ」とか言いながら近づいていくでしょ?貴女は言ってることと違う事をする意志の弱い女性なのよ』
その言葉は私の胸にグサリと深く突き刺さった。
ただでさえあまり良くなかった気持ちがドン底まで落ち込んだ気分になった。
「……ねぇルナ、私はそういう……嘘つきな酷い女に見える?」
『いいえ、全然。……私もちょっと言い過ぎたみたいだわ。人の気持ちなんてそんな物だからあまり自身の行動で気落ちする事はないと思うわよ?』
「……そうなの?」
『そうよ、人の気持ちは常に相反する心が同居してる物なのよ。それのどっちが強くでるかによって行動なんて簡単に左右されるわ。でもそれを第三者からみると日によって矛盾した行動にみえるだけよ』
そのルナの言葉で、私の中でもやもやと渦巻いていた気持ちが、スゥーっと消えていったような気がした。
「そう……なんだ」
『そうよ、だからあまり気を落とさないで。ところで、自分だけケーキを食べて、私へのお土産は無いわけ?』
そう言ってジト目で私をじっとみつめてくる。
「ご、ごめんなさい。ちょっとそれどころじゃ無かったのよ。でもじゃおやつにしましょうか」
『あらそれは良い提案ね。今回はソレで許してあげるわ』
私はベルを鳴らして侍女のレニーを呼ぶと、お茶と共にケーキを二人分持ってくるようにお願いするとレニーは眉をひそめて「二人分ですか、お太りになりますよ」と言いながら出て行こうとします。
「ちょ、ちがっ、まって」
私は慌てて言い訳しようとしますが、レニーは私の言葉も聞かずお辞儀をすると出て行ってしまいました。
「もぅ、ルナのせいで誤解されちゃったじゃない!」
そう言ってルナを睨みつけますが、ルナは微笑んだ表情をして「にゃぁ」と嬉しそうに鳴いたのでした。




