Memory20. 嫌われて
仮眠室を出ようとすると「疲れているならお前も休むといい」とジェフリーが言ったが、俺は心配いらないと答えた。
するとジェフリーは「もう少し話を聞かせてくれないか」と言って俺を詰所内のベンチへと連れて行った。
先程まで座っていた2人の男は姿を消し、ベンチには小太り男が座っているだけだった。
「兄さん名前は?」
ベンチに座ると、ジェフリーは取り出したタバコに火を付けながら言った。
「フェイリアだ」
俺が答えると、ジェフリーはいぶかしげな顔で眉間にしわを寄せたが、すぐに薄笑いを浮かべてタバコを深く吸い込んだ。
「フェイリア?変わった名だな……本名か?」
「俺はアンドロイドだ。この名前は世話になっていた技士につけてもらった」
「フェイリア《失敗作》が名前かよ。ヒデェ技士もいたもんだな」
小太り男が笑いながら言った。
「やめろドナルド。――じゃぁ、フェイリア、お前はどこから来たんだ?」
「ここから東の方にある小さな集落からだ」
「あの車は?」
「あれはエリカの父親のものだ」
「エリカ?」
「今、ベッドを借りている子の名前だ」
「なるほど……それで、父親は集落に置いてきたのか?」
「エリカの両親は殺された。俺は父親の友人の頼みでエリカを連れてここまで来た」
「そうか……まだ幼いのに不憫なことだ……」
ジェフリーはうつむくと、かすみのような煙を大きく吐き出した。ドナルドもどこか気まずそうに俺から視線を離していた。
直後に詰所の入り口が騒がしくなると、先程までベンチにいた男達が何事かを話しながら詰所内に戻ってきた。
「おい大将、いいトラックに乗ってるな!」
そう言うなり、右のこめかみ近くに大きな切り傷がある男が俺の隣にどかっと腰を下ろした。それから一緒にいたスキンヘッドの男が「俺もあんな車に乗りたいもんだ」と言って傷の男の正面に座った。
「この町の自治組織は随分しっかりしているようだな。こんな立派な詰所が他にもいくつかあるのか?」
俺は入り口に掲げられていたプレートの文字を思い出し、何気なく聞いてみた。
「まぁな。この町は4つの管理地域に分けられていて、ゼネラルマシンズ本社がある中央地域、それから、ここ東部地域、あとは北部地域と南部地域だな」
スキンヘッドが答えた。すると隣に座っている傷の男が割り込むように口を開いた。
「どの地域もいくつかの地区に別れていてな、その地区ごとに治安維持を管轄する詰所が置かれてんだよ」
「なるほどな」
「もっとも、自衛団と名乗ってはいるが活動資金は全てゼネラルマシンズから提供されているし、治安維持の方針を定めているのもゼネラルマシンズの連中だ。早い話が、俺達はゼネラルマシンズに飼われた番犬みたいなもんさ」
ドナルドが自嘲するように言うと、傷の男は笑いながら「ちげぇねぇ」と言い、スキンヘッドも相槌を打った。
「それで、朝になったらすぐに会社へ向かうのか?」
自らの待遇を嘲笑している3人を無視し、ジェフリーは言った。
俺は「そのつもりだ」と答え、そのままジェフリーと会話を続けていたが、悪乗りした3人の会話は次第にエスカレートしていき、やがてはゼネラルマシンズを声高に罵倒し始めていた。
当初は軽く聞き流していたジェフリーだったが、その内容の下品さと声の大きさに堪忍袋の緒が切れたのか、気が付けば彼ら同様の大声と下品さを以て3人を叱責するに至った。
◇
7時になると仮眠室の扉が開き、中からエリカが恐る恐る顔を出した。
「起きたか?」
俺はベンチから声を掛けた。エリカは座っている俺に気づくと、急ぎ足でこちらへと駆け寄ってきた。
「ここどこ?」
エリカは詰所の中を見回しながら俺に聞いた。室内には俺とエリカの他にジェフリーがいたが、彼は事務机に向かいながら書類仕事を行っているようだった。
「お早うお嬢ちゃん。よく眠れたか?」
突然ジェフリーが俺達の方を向きエリカに声を掛けた。エリカは呆気にとられた顔つきで、言葉も無いままうなずいた。
「昨日の夜、寝辛そうなエリカのためにその人がベッドを貸してくれたんだ。ちゃんとお礼をしなさい」
「――ありがとうございます」
エリカがおずおずと頭を下げながら小声で感謝の言葉を伝えると、ジェフリーは満足そうにうなずいた。
「8時を過ぎれば本社の連中も大体出勤しているはずだ。俺も付いて行ってやるから、もう少しゆっくりしていろ」
そう言うとジェフリーは再び机上の書類に目を通し始めた。
俺はエリカを横に座らせると、車から朝食を取ってくると言い席を立った。
◇
この町は湖の東側に立地するゼネラルマシンズの工場群を中心として、その周囲には富裕層が暮らしていると思われる洗練された邸宅が立ち並んでいた。
そして工場からの距離に比例して住宅の質は目に見えて低下してゆき、最終的には町全体を取り囲むように貧民街が存在しているようだった。
大きな湖に面しているという点を除けば、町の構造自体はエリソンシティと大差ないように思える。しかし、規模という点から見れば、ブルーレイクの方がエリソンシティより少し勝っている感じを受けた。
「ご苦労さん」
ジェフリーはトラックの荷台から飛び降りると、門の前に立つ警備員風の男に声を掛けた。
「どうしたジェフ?」
「本社の客人を連れてきたんだ。受付を呼び出してもらえるか?」
「お前自ら案内とは珍しいな」
「色々訳ありでな。乗りかかった船ってヤツだ」
警備の男は車の中の俺を一瞥すると、門に隣接した待機所に歩いて行った。
警備の男は通信機らしきもので話しをしていたようだが、すぐに顔をこちらに向けると「要件を伝えてもらえるか?」と、俺を手招きした。
俺は車を降りると待機所に向かった。
警備員の男から有線の通信機を受け取ると、挨拶もそこそこに用件を伝えた。
「俺の名はフェイリア。ノア・コールマンという社員の娘を保護している。誰か話の分かる人間を呼んでほしい」
「確認いたしますので少々そちらでお待ちください」
通話相手の女性がそう言うと通信は一旦切断された。
俺は通信機を机の上に置くと、相手からの連絡待ちであることを警備の男に告げた。警備の男は関心無さそうに「おう」と言うと、そのままジェフリーとの会話に興じていた。
しばらくすると通信機から呼び出し音が鳴り響いた。俺は警備の男に目をやったが、男はこちらを気にする素振りも見せず、ジェフリーとの会話に夢中のようだった。
俺は通信機を取り、通話開始ボタンを押した。
「――お待たせいたしましたフェイリア様。生憎、弊社にはノア・コールマンという社員は在籍しておりません。何かの手違いではないでしょうか?」
予想はしていたが、やはり簡単には信用してもらえないようだった。
ここで無駄な問答を繰り返していても仕方がないと考えた俺は、より核心を突いた内容で迫ってみることにした。
「10年ほど前からファインメタルに出向している社員がいるはずだが?」
「……お言葉ですが、弊社がファインメタルインダストリー様へ出向者を出すなどということは――」
「とにかくもう一度調べてみてくれ」
しばらくの間女性は言葉もないまま通信状態を維持していたが、その後唐突に通信は途切れた。
それからいくら待とうとも通信機が鳴ることは無かった。
ジェフリーも気になったのか、警備の男と話し込みながらも頻繁に俺の方へと目を向けていた。
(警備の男に頼んで再度取り次いでもらうべきか?)
巨大な建造物群を眺めながらそんなことを考えていると、ようやく通信機が呼び出し音を発した。
「調べてまいりましたがそのような事実は確認できません。お引き取りください」
女性は素っ気なくそう告げた。
「ちょっと待ってくれ――」
「これ以上の会話は弊社に対する業務妨害行為とみなし、警備の者にしかるべき対応を依頼することになります」
「おい、話しを――」
「お引き取りください」
その言葉を最後に通信は一方的に切断されてしまった。
無言のまま通信機を握っていると、それに気づいたジェフリーが不思議そうに声を掛けてきた。
「どうした?」
「これ以上話しをしたくないそうだ。……随分と嫌われてしまったらしい」
俺は途方に暮れながら、手にした通話機を眺めていた。




