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終末は二人で  作者: 一二三 五六七
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Memory19. いつ? ……もう泊まれ

 ナイーシャのいる集落を離れた俺達は、集落の南側を流れる川に沿って再び西へと向かっていた。


 ナイーシャの話では、ここから川沿いに西へ半日ほど歩いてくと、北西と南西に分かれる分岐路が存在するらしい。そこは取り立てて目印も無い場所なのだが、大きな道が二股に分かれているので行けば分かるだろうと言われた。


 その分かれ道を北西に向かい、あとはひたすら道なりに進んでいけば大きな湖に面した“ブルーレイク”という町に到着し、ゼネラルマシンズはその町に本社工場を構えているとのことだった。



 集落を離れると、川辺に繁茂した林を避けて道は大きく北側へと迂回していた。


 それからしばらくは立ち並ぶ樹木と、削り上げられた山の斜面に圧迫されながら車を走らせていたが、しばらくすると木々の密度が徐々に薄れてゆき、やがて左側の視界が大きく広がると、俺は窓の外に広がる雄大な景色に目を奪われていた。


 低地を流れる川は透けるような天色あまいろの空を水面に映しつつ連綿と続いており、あまりに穏やかなその様相は、川というよりは風になびく湖を想像させた。


 対岸には背の低い雑草が深緑の絨毯じゅうたんのように敷かれ、無遠慮に生える樹木を飲み込みながら奥に連なる小高い岩山の裾へと広がっている。


 岩山の頂きのはるか先には乱暴に敷き固められた羽毛のような白雲が悠然と浮遊し、それは天上に広がる青く深遠な世界に至るための最後の足場のようにも見えた。


 柔らかな色彩に描かれた風景は俺のAIに不可解な平穏をもたらし、同時に、理屈では説明のつかない純然とした美しさを感じ取らせていた。



 30分ほどすると車はナイーシャの言っていた分岐点へと到着した。


 俺はハンドルを北西に切り、前方に見える小高いはげ山に向かって車を走らせた。



 結果的にブルーレイクと思しき町に到着したのは、最初にナイーシャと別れてから4日後の夜だった。


 目印となる分岐点からブルーレイクまでは車で半日ほどの距離なのだが、あの日、分岐点を通過してしばらく経ったころ、急にエリカが腹痛を訴えた。


 そのときはブルーレイクまでの具体的な距離も分からず、当然進路上に集落が存在するかどうかなど知る由も無かった。


 俺は止む無くナイーシャがいる集落まで引き返すと、悪いと思いながらも再び彼女の家へと向かった。


 ナイーシャは驚きながらも俺達を快く迎え入れてくれ、集落に住む医者のもとへと案内してくれた。



 軽薄そうな青年風のその医者は、俺からエリカの症状を聞くなり大した検査をすることなく「恐らく細菌性の胃腸炎だね」と言った。


 俺は「恐らくでは困るからきちんと検査をしてくれ」と頼んだが、その医者は「大丈夫、大丈夫」と、俺の訴えに耳を貸す様子もなく、薬棚の中から2種類のビンを取り出した。


 「水分補給だけは欠かさないでね~」と言いながら手にしたビンの蓋を開けると、中に入っていた錠剤をザラザラと机の上に転げ落とした。


 「こっちが抗菌剤だから食後に飲ませてあげて。それでこっちは痛み止めだから痛がったら、ね」と言うと、机上に転がる錠剤を鷲掴わしづかみにし、俺の手の平に置いた。


 彼は呆然とする俺を尻目に「心配しなくても水と薬飲んで2、3日安静にしてれば良くなるよ。そんじゃお大事に~」と言い放つと、何事も無かったかのように机に向かいペンを走らせ始めた。



 俺は医者のもとを去ったあと、ナイーシャの家のそばに比較的損壊の少ない廃屋を見つけ、そこでエリカを休ませた。


 ナイーシャは自分の家を使ってくれと言ったが、彼女の商売への影響と細菌の感染を懸念し、申し出は丁重に断った。


 結果的に3日ほどでエリカは快復したのだが、その間、俺のAIは思考障害を疑うほどに安定性を欠いていた。


(これが人間が言うところの“生きた心地がしない”というものかも知れないな……)


 エリカに寄り添い看病を続けながら、俺はあの軽薄そうな医者の見立てが外れていないことを祈り続けていた。



 その後、俺は念のためにもう1日だけエリカに安静をとらせると、ナイーシャと軽薄そうな医者に謝意を述べ、その日の昼前には集落をあとにした。

 

 その後の道中は何の問題もなく事が運び、夜遅くにはブルーレイクと思しき町のそばまで到着することができた。


 俺は町に至る坂道を下りながら、眼下に浮かぶ町の明かりを眺めた。


(この時間に会社を訪ねたところで相手にはしてもらえないだろう)


 そう考えた俺は町の手前で車を止めると、車内で一夜を明かしてからゼネラルマシンズの本社に向かうことにした。


 病み上がりのためか、助手席のエリカはドアに寄りかかったままぐっすりと眠っている。


 俺は運転席に座ったまま、静かに夜明けを待った。



 車を止めて1時間ほど過ぎたころ、俺は闇夜に揺れる2つの小さな明かりに気がついた。


 恐らくハンドライトの光だろうと思いながら呆然とその明かりを眺めていると、連なる2つの明かりは俺の乗る車のすぐ側にまで近づいてきた。


 俺が相手の動向に注意を巡らせていると、2人は運転席のすぐ横に立ち、軽く窓をノックしてきた。


 俺は窓を少し下ろして「何か用か?」と答えた。するとノックをしてきた背の高い男が、少しかがみながら喋りだした。


「俺達はブルーレイク自衛団の者だ。いつからここに?」


 男の口から目的地の名を聞き、俺は少し安堵しながら答えた。


「1時間ほど前に到着したばかりだが」


「見慣れない車がここに止まっていると住人から連絡を受けてな。それで、この町にどんな用だ?」


 男は落ち着いた口調で静かに質問を投げかけてきたが、背後に控える小太りの男はこれ見よがしに、右手に握られたショットガンの砲身を手の平に打ちつけていた。


 小太り男は口を開くことなく「妙なことをすればぶっ放す」と雄弁に語っているつもりのようだったが、俺は気にすることもなくノッポ男の質問に答えた。


「ゼネラルマシンズ本社に用事があって来た」


「誰か知り合いが?」


「俺は知らないが、向こうはこっちを知っているはずだ」


「なぜすぐに向かわない?」


「こんな時間に訪ねても迷惑がかかると思ってな。夜明けを待ってから出向こうと思っていた」


「……用事とは?」


「すまないがそれは言えない。場合によってはゼネラルマシンズの極秘事項に引っかかる恐れがあるからな」


 ノッポ男は怪訝な顔をしたまま黙って車を見渡していたが、今度は小太り男が砲身を更に強く打ち付けながら口を開いた。


「おい、下らんウソで俺達を煙に巻こうってんなら全身で鉛玉を味わうことになるぞ!」


「ウソじゃない。どうしても目障りだというなら町から離れた場所で夜を明かすよ」


「……その子は?」


 ノッポ男が聞いた。


「俺が保護している子だ。まだ病み上がりで疲れて眠ってしまった」


「保護? その子もゼネラルマシンズに何か関係があるのか?」


「まぁ、そんなところだ」


「――そんな姿勢のままじゃ疲れも取れんだろ。俺達の詰所に来い、ベッドを貸してやる」


 小太り男はショットガンを動かす手を止め、驚いたように「ジェフリーさん!」と声を上げた。


「子どもが可哀想だろ。それに町の周辺でウロチョロされるよりも、俺達の管理下に置いた方が住民も安心すると思わないか?」


「いや、でも……」


「で、どうする?」


 小太り男はまだ何か言いたそうだったが、ジェフリーは気にすることなく俺に聞いた。


 まさかいきなり投獄されることも無いだろうと思った俺は、エリカをベッドで休ませることができるならと、ひとまずその申し入れを受け入れた。



 俺はジェフリーの案内で車を町の中へと進ませた。


 自衛団の詰所はバラック街の中にあった。


 少し広めの通りに面したその建物は、飾り気のないコンクリート造りの平屋建てであり、開けっ放しの入り口には“ブルーレイク自衛団・東部地域第三詰所”と書かれたプレートが掲げられていた。


 詰所の脇に車を止めると、荷台に乗っていたジェフリーと小太り男は車から飛び降りた。


 俺も車を降り、助手席からエリカを抱き上げたが、よほど眠気が溜まっていたのか起きる様子は全く見られなかった。


 エリカを抱えながら詰所に入ると、俺は部屋の奥から鋭い視線を投げかける2人の男に気づいた。


 2人はいかにも荒事慣れしたといった風体で、向かい合わせに置かれたベンチに座りながら、突然の来訪者の品定めをしているようであった。


 小太り男はベンチの脇にショットガンを立てかけると、そのままベンチに座りながら2人に向かって何かを話し出した。どうやら俺達の説明をしているらしかった。


 ジェフリーは事務机の奥に見えるドアを開けながら「こっちだ」と、俺に声を掛けた。


 部屋に入るとそこは詰所の仮眠室らしく、正面と右の壁際にはパイプで組まれた2段ベッドが窓を塞ぐように1台づつ置かれ、ドアの脇には団員のためのロッカーが並べられていた。


「ちょっと汗臭いかもしれんが、座って寝るよりはマシだろ」


「十分だ。感謝する」


 俺はエリカの靴を脱がせてベッドに寝かせると、黄色く変色した薄い掛布団を掛けてやった。


 するとエリカはすぐに顔をしかめ、布団の中でモゾモゾと体をうねらせていた。

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