Hello, World!
真っ白の空間にふたり、人間の男とエルフの女が相対していた。
「はじめまして。私の名はイノメノ・ベルーオン。今しがた君が壊した結界を創った天才さ」
エルフが名乗ったその名前に、ユハの体は硬直する。
「イノメノって……!?」
(イズの母親で、シケリさんを造った人……!)
「おや、私の事を知っているのかな?ふふ、嬉しいね。やはり私は後世でも高名な魔法使いだという事かぁ♡」
「……まだ、生きていたんですね」
その言葉を聞いて、イノメノは微笑んだ。
「いや?もう死んでるよ?」
「……へ???」
ありえない返答にユハの口から間抜けな声が漏れた。
「え?でも、今、俺の目の前にいますよね?」
「私は本物のイノメノ・ベルーオンじゃないよ。私は本物が死ぬ前にここに置いていった残滓さ」
「ざ、残滓?」
「うん、残滓。つまりは残りカスってこと。だから私の力も記憶もほんの少ししか無いよ」
「そ、そうなんですか……それで、何でイノメノさんの残滓であるあなたが俺をここに呼んだんですか?」
「あーなんか本物からの伝言?的なやつを伝えるため、的な?」
「伝言、ですか?」
「そう、伝言。じゃ、伝えるね」
「もう!?」
「まあ、この空間を維持できる時間は限られてるからね。パパっと伝えるよ~」
「じゃ、じゃあお願いします」
「ではでは……ゔぇっほん」
(咳払いきったな)
そうユハが感じたと同時に、イノメノの橙色の目が虹色に輝き出した。
(目が……!?)
「『私の結界を破った君へ。まずはこの天才の結界を破壊したことを褒めてあげよう。はい拍手。』」
そう言った直後、周囲に人がいないにも関わらず周囲から拍手喝采が巻き起こった。
「『それじゃ時間もないし、本題にいくとしよう!さて、君はこの天才が創った結界を破ったワケだ。邪法でね』」
(邪法って……何のことだ?)
「『あぁ、邪法というのは君が今手に持っているその刀の力の事さ。君は知らないだろうけど、その刀の力は邪なものだよ。そして、今から伝える事はその刀のことについてだ』」
(俺の思考を読んでる!ってか、この伝言ってこの刀の事!?この人、すごい!)
「『ありがとう。では、すごい私からやばい事を君に伝えよう。その刀の力はね、強大なんだ。君が思っている以上にね。まぁこんなこと言わなくても身をもって体験してると思う』」
「ッ……!」
ユハはその言葉により、イズとセイユの苦しむ姿を思い出した。
「『あぁ、別に君は悪くないよ?だれだって最初は初心者さ。でも、いつまでもそんな状態なのは君も嫌だろう?だから、君にはその刀の呪いを制御できるようになってもらう』」
「制御……?」
「『この大陸の東端の国、そこに巨大な図書館がある。名をイルクシーデリー大図書館。そこにあるとある本を探しなよ。タイトルは"童雲”。その刀の銘と同じだから分かりやすいね。じゃ、頑張れ~』」
そう言い終わった後、イノメノの目が橙色に戻った。
「ふう、終わった。じゃ、後は頑張れ~」
イノメノがそう言った途端に彼女の体が透け、空間の白色が徐々に強くなっていく。
「ちょっ、ちょっと待ってください!俺が情報を整理する時間とか設けてほしいんですけど!?」
「う~ん、どうやらそういう時間は本物は取っていないらしいね?まぁー……別にこの空間から出た後でいいんじゃない?」
「じゃ、じゃあせめて一つ…いや二つ聞いていいですか!」
「うん、いいよ。手短にね?」
「何でイズとシケリさんをこの森に閉じ込めていたんですか?」
「ごめん、誰と誰?」
「は?」
「あーまぁ、推察するに本物の私の知り合いだろうね。申し訳ないけど今の私には何も分からないよ」
「自分の娘と従者のことですら!?」
「えっ娘?私結婚して子供こさえてたの!?」
「……イノメノさん、それはさすがに無責任が過ぎません?」
「そうかもね。まぁ、君の怒りは理解できるよ。でも、その怒りは私に対して吐き出しても意味はないということは理解してほしいな」
「それは……そうなんですけど……」
「で、あともう一つの質問は何かな?」
「いや……その質問はあなたがイズたちの事を覚えていなければ答えれないので、もう大丈夫です」
「え~でも気になるんだけど!」
そう言いながらイノメノはユハにずいと近づいた。
「いや、今のあなたに言っても意味ないんで!」
「本物の無責任さに怒ってるなら、私が代わりに謝るからさ、ね?」
「いや、あなたが謝ってもどうにもならないですから!」
「え~……まぁ、君の言う事にも一理あるし……君がいいならいっか!」
イノメノがそう言った直後、空間の白色がさらに強くなり、ユハが目を開けられないほどになった。
「ッ!」
「おっもう限界か。じゃ、元の空間に戻ったら私の娘?と従者?によろしくね!」
「は、はい―うわっ!?」
(なんだこれ!?目を閉じていても光が入って―というか、なんか、眠く、なって……)
そして、ユハの意識はそこで途切れた。
◇ ◇ ◇
「んん……ぁ?」
「!ウブレジェーさん、聞こえますか?」
「リージンさん!ウブレジェーさんが目を覚ましたっス!」
「本当か!」
そう言ってオディスはバトラの傍へと駆け寄る。
「……あー、えっと、アタシたち死んだのか?」
「言ってくれるな……ここは樹海の外だ。おそらく、ジェント町の近くだな。今、正確な場所を割り出すためにネイデオを周囲の探索に宛がっているところだ」
「青空が見えるんだが、今何時だ?」
「7時5分だ」
「……アタシ、どんぐらい気絶してた?」
「それは私にも分からん。私たちもついさっき起きたばかりだからな」
「……なるほどな」
バトラがそう言って起き上がったその時、彼女は自身の足の違和感に気が付いた。
「……足が動かねえ」
「魔力を使いすぎたんだ。しばらくはまともに動けないだろうな」
そう言われたバトラは大きくため息を吐き、ゆっくりと空を見上げた。
「ターゲットとクソ獣人はどうなった?」
「私たちとは違う場所に転送されたんだろうな。辺りを4人で手分けして探してみたが、どこにもいなかった」
「ってことはあれか、アタシたち、初めて任務失敗したってことか」
「……そうなるな」
「……」
オディスのその肯定の言葉の直後、少しの静寂が5人の間に流れた。
誰もしゃべらず、誰も動かない。聞こえるのは、辺りの草木が風によって揺れる音のみ。そんな静寂。
その静寂を打ち破るように、遠くから一人の足音が聞こえた。
「リージンさん!正確な位置がつかめました!」
「よくやったネイデオ!それで、ここはどのあたりだ?」
「はい、ここはジェント町から北東の方にある草原です。なので、おれ達の拠点があるイテシ市の入り口から大体160キロ離れていることになります」
「分かった。とりあえずジェント町に移動するぞ。マルル、オルア、バトラに肩を貸してやれ」
「うっす」
「了解っス」
「ネイデオは町までの道案内を頼む」
「了解です!」
「バトラもそれで問題ないな?」
「ああ。……なあ、オディス」
「……なんだ」
「アタシ……喧嘩強いよな……?」
「……もちろんだ。お前はこの国で指折りの強者だ。だが、今回は相手が悪かった。まさか、樹海にあのような奴らが潜んでいたとは誰も想定していなかった。それに、今回は私にも非が―」
「だとしても、悔しい」
「……そうか、奇遇だな。私もだ」
◇ ◇ ◇
地表よりも寒く、生物の影はない高空にそれらはあった。
それは、肉。
細かく、角切りにされた肉が朝焼けの中、高空から落下していた。
その光景は、まさしく異様であった。
すでに不可解な状況ではあるが、ここからさらに不可解なことが起こる。
肉がまるで意思を持っているかのように、集まり始めたのである。
肉同士がまるで磁石と磁石が引かれあうかのように集まっていく。
二つの肉が一つの肉に。その肉と別の肉が一つに。
その繰り返しによって、たくさんあった肉は一つの肉塊に成った。
その直後、その肉塊は縮み始め、ある程度小さくなったところで肉塊は変形し始めた。
誰の手も加えられることなく、ひとりでに変形を始めた肉塊は、人型に成った時点でその変形を停止した。
その瞬間、肉塊の体に皮膚が生成される。
その次に毛が。その次に目が。その次に口が。
全てのパーツが揃った時には、薄ら笑いを浮かべているゴーニャがそこにいた。
「ッふははははは!こんなトラップを仕掛けていたとは!さすがはイノメノ・ベルーオンといったところか!」
落下しながらゴーニャは大きな声で今は亡きイノメノへ賛辞を送った。
「まさか、結界が破れたと同時に僕をバラバラに分割する魔術を仕掛けていたとは!そのうえ、僕を高空に転送までするとは!さすがは天才、2000年前から僕にダメージを与えるとは―」
ゴーニャは途中で言葉を切り上げ、笑みをその顔から消した。
「不愉快極まりないな。やはり、あの時にこの森ごと消し炭にすべきだったか……!」
そう言うゴーニャの顔には、怒りの色が滲んでいた。
「……まあ、過ぎたことに怒っても仕方がないな。とりあえず、王を捜しに……」
そこでゴーニャは気づいた。自分の魔法が使えないことに。
「は?……まさか、あの女ッ!俺の魔法を封印する魔術も仕込んでたのかッ!クソっやられたな!」
さらに、ゴーニャはハッとして自分の耳がある位置に手を遣った。
「変装の為の犬耳も解けてしまっている……全く、この角を隠すのも大変だというのに……」
しかし、その呟きの直後にゴーニャはまた笑みを浮かべた。
「……だが、器の無事も確認できた……あとは我が王を迎える準備だけだ!ああ……2000年も眠っていた甲斐があった!王よ!そのご尊顔を僕は―」
その言葉は最後まで樹海に響くことはなく、ゴーニャは地面に叩きつけられ、再び肉塊となった。
◇ ◇ ◇
私はいつも、夢を見ていた。
いつかこの森を抜け出して、広い世界をこの目で見るという夢。
でも、その夢を叶えるには顔も見たことのない母の結界があって。
その結界のせいで、私の夢は叶えることはできない。
一生シケリとあの家で暮らしていくのだと、そう思ってた。
……でも、違った。
私の傍で眠っている彼が現れてから、状況は目まぐるしく変わっていって。
結界は、壊された。
……あの忌々しい結界は壊れて、私は自由になった。
私が夢見た広い世界はもうすぐそこにある。
でも、なぜか今の私の心には不安と恐怖がある。
いや、本当は分かってる。なぜこの感情たちがあるかなんて分かってるじゃない、私。
不安は私が生まれ、育ち、住み慣れてしまったこの土地から離れることから来る不安。
恐怖は未知の世界への恐怖。
今の私の心には、この二つの感情が居座ってる。
でも、私はそれが嬉しい。
この森に閉じ込められていたら、そんな感情を感じることはなかったから。
私はこの二つの感情を抱えて前に進みたい。
多分、この感情こそが私がこの世界で生きている証明になるから。
「んぅぁぁぁぁ..........」
「ユハ?起きたの?」
「んー……ぅぉあ眩しっ!」
「もう朝よ。おはよう」
「うん……おはよう……あれ、シケリさんは?」
「シケリなら、周囲の状況を確認しに行ってるわ」
「そうなんだ……なんか、シケリさんに任せっきりでなんか申し訳ないな」
「いえいえ~私はメイドですので、どんなことでも私にお申し付けください~」
「シケリ!早かったわね!?」
「ありがとうございます~……それで、お嬢様」
「なに?」
「ご出発は、何時になさいますか?」
ああ、遂にか。
長かったなあ、ここまで。
でも、最後に一つだけ。
「シケリ……」
「……はい、なんでしょう。お嬢様」
「服、着替えたいのだけど……ほら私今、部屋着だし」
「あっ……」
「そういえばあいつら、突然襲ってきたもんな……」
「そうですね~しかしお嬢様、まだ付近にあの連中が潜んでる可能性もあります。なので、少し歩いてからにしませんか~?」
「……まあ、確かにそうね。じゃあ少し歩いてここから離れましょう。ユハも行くわよ!」
「えっ?俺もついて行っていいのか?」
「?別にいいわよ。アンタのこと嫌いじゃないし、行く当てもないんでしょ?」
「いや……実は、そうでもなくて……」
「どういうこと?」
「……夢の中でイズのお母さんに会ったんだ」
「は?ちょっと、どういうこと?そんな冗談、面白くもなんともないわよ……」
「い、いやホントにそうなんだよ!イノメノさんが夢の中に出てきてこう言ったんだ……『イルクシーデリー大図書館へ行け』って!」
「なんでよ!?」
「この刀の力を制御できるようにって、あの人は言ってた」
「……ッ!シケリ!ユハが言ってることは本当なの!?」
「は、はい!本当にイノメノ様に会ったようです!間違いありません!」
なんで?普通、娘の私にも言う事があるんじゃないの?
なんでユハにしか会わないの?なんで?
「なんでッ……」
「……えっと……ごめん……」
「……いや、アンタに当たってもしょうがないわ。大方、結界を壊した者に助言を与える魔術でも仕込んでいたんでしょうね」
「うん……本人もそう言ってた」
「なら猶更アンタに当たっても意味がないわね。じゃあこの話はここで終わり!あのイノメノの事なんて忘れるに限るわ。……それで、イルクシーデリー大図書館って確か……」
「イルクシーデリー大図書館は、このハウイア大陸の東に位置するオズピエ王国にある世界最大にして最古、最高の図書館です~」
「なにそれ!私そこ行きたい!よし決めたわ、ユハ!私たちも一緒にそこへ行くわ!いいかしら!」
「もちろん!俺も一人じゃ心細かったから願ったり叶ったりさ!」
「ありがとう、ユハ!シケリもいいかしら!」
「はい~!それがお嬢様の決断なら、私はどこまでもついていきます!」
「よし、決まりね!じゃあ、イルクシーデリー大図書館へ向けて出発するわよー!」
「おー!」
「お~!」
流れるように決めちゃったけど、いいわよね。
この世界を見るためには、このぐらいの軽さも大事だと思う。
私の従者。私の友達。
この二人との旅はどうなるんだろう。この旅の果てに私は何を感じるのだろう。
私はそれが、とても楽しみ。
だからつい浮かれて、普段は言わないことだって言っちゃうの。
「はじめまして、世界!」
読んでくださりありがとうございます。これにて『シヒリ樹海編』はおしまいです。次回から新章である『イルクシーデリー大図書館編』が始まります。ユハたちはこの先何を見て、何を感じるのでしょうか。楽しみですね。




