25 リルローズは知らない、セルジオの成れの果て
訪れる人もない、鬱蒼とした森の最奥。かろうじて雨露を凌げる程度の、廃墟も同然の小さな小さな屋敷。そこに、セルジオはいた。それは事実上の幽閉だった。
本来であれば過去二度と同じように、残りの三人共々、明日への確証などどこにもない最前線へと揃って放り込まれる筈だったのだが、三度目にして『初めて』リルローズの『死』に立ち会ってしまった事で完全に壊れ、発狂し使い物にならなくなった為に、こうしてここで独りきり死を待つ身となったのだ。
本人に逃げ出すという発想がない上、世が代わる程の歳月を経た今、最早この場所には監視の目すら設置されていない。
「……リル……リル……ああ、君は今日も美しい……」
熱が絡み付く声で囁くと、大事そうに両手に抱えたそれに、慣れた様子で唇を落とした。
それは白く乾いた、例えるのならばそう……女性の頭蓋骨程の大きさの塊。
「リル……私の愛しいリルローズ……やっと、やっと私を見てくれたんだね……」
瑠璃色の瞳の中で狂気にも似た熱と光が混ざり合い、どろりと溶けて、濁っていく。その狂った眼差しは、がらんどうとした窪み──あの美しかった紫水晶の双眸が納められていた場所へと一途に注がれている。
「リル、僕頑張るから……君に似合う男になるから、だから僕のお嫁さんになって……」
口ずさむのは、幼い頃に彼女に誓った言葉。譫言のように繰り返し呟き、両手にすっぽりと収まる小さな白骨に頬擦りすれば、セルジオに浮かぶのは極上の愉悦。やっと手に入れた、そして唯一つ手元に残った愛しい少女の残骸に荒れた唇を再び落としてから、そっと腕の中に閉じ込める。そのままごろんと寝転んで身体を丸めれば、彼はまた幸せな幻を見続けられるのだ。
それは一番最初の彼女との出会い。幼い心を一欠片も残さず染め上げた、拙くも真摯たる想い。
その切実な胸の内にあるのは『あの日』からずっと、一日足りとも欠かさずに彼女へと捧げた、今はもう壊れてしまったセルジオの、真実の心。
未だ死ぬ事さえ赦されない彼にたった一つ許された、リルローズへの贖罪。
『──だなんて、知らない方が良いわよね?』
頬に手を当て、悩ましげに呟くレオノアの眉間に刻まれた皺が、一層深くなる。
まさかセルジオにこんな結末が待っていただなんて──
『リルが知ったらきっと、死ぬ事を躊躇っちゃうもの』
それでは困る……と、レオノアは思案に耽る。
アンネラによって組み立てられた悲劇的な結末を回避する為には、リルローズの、その都度その都度変化する行動が必要だ。それが小さな、だけど確かな綻びとなり、アンネラの計画を狂わせるのだから。
『リルには酷な話よね。どう足掻いても死からは逃れられないとしても、こっちは本来ならあの子の役目じゃなかったのに』
だがこのレオノアの思いは、間違ってもリルローズの心中を慮ったものではない。
何故なら、どう足掻いても、最初から存在しない心は砕きようがないのだから。だから、どれだけの言葉を尽くしてもそれは、口先だけのもの。
『だって分からないわよ。人間を学べって、言った限りはちゃんと最後まで面倒見てよ! さっさと居なくなっちゃうなんて、狡いわ……酷いわよ……ねぇ、ロザリンデ……』
項垂れて、愚痴を溢しても、その名の人はもう、今では何処を探しても居ない。だからレオノアの願いは、二度と叶わないのだ。
父親である侯爵が、実は過去三度共、リルローズの死後に絶望し自ら命を絶っていた事。
結局、今回、残りの三人もリルローズの死を受け入れられず壊れ、狂い死んだ事。
セルジオの安寧なる死を決して赦さないマリエッタが、第二王子の協力を得て、彼に永遠の呪いを掛けた事。
『そんな事、リルは知る必要ないわよね……?』
虚空へと切にそう問い掛けても、もう誰も答えてはくれなかった。




