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リベンジマッチ


 ――復讐は大っ嫌いだが……うむ。こういうのは悪くない。むしろ俺好みだ。

 そう思いながらテイルはドローンからリベンジマッチに燃えるクアンの姿を観戦する。

 今回のテイルはドローン操作すらしておらず完全に部外者であり、ただ見つめるだけとなっていた。


 その相手とは、前回はマトモに戦う事すら出来ないほどの戦力差であり、クアンがかなり強くなった今ですら、相手に追いつけたとは微塵も思えないほど差は残っている。

 そんなかなりの格上であるのだが、それでも前回とは状況は異なり、十分以上に勝機が残っていた。


 格上相手でも勝機が残っている理由は複数あり。

 まず、クアンは状況を理解した上で自分から戦う事を決めた事。

 クアンはこの勝負に勝つ事に、強い拘りを持っている。

 だからこそ、気持ちだけは負けていなかった。


 続いて、前回と違い今のクアンはファントムと雅人に戦い方をしっかりと教わっている事。

 戦いに、しかも格上との戦いに慣れている事は非常に大きな武器である。


 最後に、現在クアンのオペレーターを務めているのはいつものテイルではなく、ユキである。

 情報分析に優れている事は当然であり、それ以外でも天才から直接アドバイスがもらえるという今の状況は、ちょっとしたズルに近いくらいだ。


 この状況なら勝てる。

 そう思えるだけの実力を、経験を、そして絆を深めて来たという自負が今のクアンにはあった。


 一方の対戦相手、重厚感のある重機にも似たスーツを着た正義の味方、強装甲ダーツは誰が見てもわかるほどに戸惑っていた。

 スーツ姿の上からでもわかるほどの慌てっぷりは早々にないだろう。


 強装甲ダーツ、中の人赤羽にとって最も戦いたくない相手が本来の対戦相手の代わりに目の前にいる赤羽は、あたふたする事しか出来なかった。


 クアンは何も言わず、気だるげな表情の演技をしながらダーツに攻撃をしかけていく。

 本来の武器である水は上に飛ばしたまま、拳でぶん殴る。

 身体スペックを使っただけでの、力任せの雑な攻撃。

 それは本来のクアンでは絶対にしないような攻撃である。


 だがそんな攻撃であっても、戦闘能力に差がありすぎてダーツはそれを盾で防ぐのが精いっぱいだった。

 クアンの身体能力をランクとするならAプラス。

 一方ダーツはBである。

 その差は決して小さいものではなく、車で言えば乗用車とレースカーくらいの差が出てくる。

 クアンの攻撃を何とかでもダーツが止められているのは、クアンがある程度空気を呼んでいるからに過ぎなかった。


「あの……クアンさん。一体どういう事でしょうか?」

 クアンの拳を盾で防ぎ密着した状態で、周囲に漏れないよう小声でそう尋ねるダーツ。

 ちなみに盾はボコボコになっておりそろそろ壊れそうである。


「リベンジに来ました」

 そう言いながら、スーツを壊さんばかりの勢いで殴りつけるクアン。

「いえ! あの! 壊れたら……やばいのが……」

「そのやばいのにリベンジに来たんで」

 その言葉に、スーツによって顔は見えないが、赤羽が辛そうな顔を浮かべているとクアンは理解出来た。


「出来たら見て欲しくないし、出したくないです。あれは俺にとって疫病神で悪夢そのものでしかないので……貴女に見らえるのは……」

 誰だって、自分の醜い部分を人に見られたくないだろう。

 それが好きな相手であればなおさらだ。

 しかも、出したら確実に怪我をさせる。

 それがわかっているからこそ……赤羽はクアンとだけは戦いたくなかった。


「でも、それも赤羽さんですよね?」

 その言葉に、ダーツは何も言えなかった。


「私、赤羽さんが一生懸命正義の味方をやってる事を知っています。あの姿を恐れて、怯えて、忌み嫌っている事も知っています。でも、それでもあれもまた赤羽さんそのものですよね」

 その事実に、ダーツは何も言い返せなかった。


 自分の中に破壊衝動がある。

 だが、それを赤羽は己の意思で引き出した事はない。

 引き出せばあの姿になってしまうとわかっているからだ。


 何時からか、あの醜い姿は自分の中に宿ったおぞましい存在だと考えるようになっていた。

 だが、そうではない。

 獣のような姿と野生を秘めた、暴れる事しか出来ない化け物。

 そんなおぞましい存在でも、それは赤羽の一つ、切り離せない自分の、側面の一つでしかなかった。


「――だから、だから私が教えてあげます。もう、傷つける事に怯えなくて良いんだって。赤羽さんが暴れても、私程度ですら止められるって……今から証明しますね」

 そう言って、クアンは微笑んだ。


 男として、絶対にそれを許してはならない。

 これは赤羽の問題であって、惚れてる女に託して良い事ではない。

 実力で、自分だけであの野獣を制御する。

 それが赤羽の本来すべき事である。


 だけど、赤羽はクアンに任せる事にした。

 そこに深い理由はない。

 ただ……その笑顔が綺麗だったから。

 ただそれだけしか理由はなく、そして託すには十分な理由であった。


「ああ……俺は弱いなぁ。クアンさん。情けないですが、俺の代わりにわんころのしつけ頼んで良いですか?」

 その言葉にクアンはくすっと笑った。

「はい。動物をしつけるのは初めてですが、まあ任せて下さい。後で恥ずかしくなるくらい徹底的にしつけをしちゃいましょう」

「ああ。それはとても悔しいですね。俺がどうしようもなかった獣が従順になるなんて……」

「ふふ。悔しくて辛いその時は、私がよしよしして慰めてあげます」

「――ああ。そいつは素敵な提案だ」

 そんな冗談めいたやり取りを行った後、ダーツは距離を取りスーツを解除し赤羽の姿に戻った。


 ――さて俺の中の獣よ、もう一人の俺よ。クアンちゃんには絶対に勝てないぞ。だから情けない俺のようにとっとと負けを認めろ。


 そう思いながら、赤羽は己の意思でその身を獣に変質させた。

 色々あった人生だが、自分の意思で、しかも負ける為にこの姿に変わったのは初めての事だった。


 赤羽には一つ、確信があった。

 この獣の姿も自分の側面であるなら、彼女に勝てるわけがないという……そんな妄想にも似た確信。

 その理由は単純明快な事であり、たとえどんな強い正義の味方であっても、悪の大首領であっても、惚れた女には絶対に勝てないからだ。




 逆立つ毛に覆われた二足で立つ狼が、赤い目を輝かせる。

 その目にクアンは映っていない。

 目に映す価値すらないと思っているからだ。

 世界は自分が中心で、それ以外は全て壊すべき物。

 その傍若無人なまでの孤高さこそが、赤羽の――凶津牙ゲイルという存在だった。


 そんなゲイルを見て、クアンは笑っていた。

 その姿となった時、力関係はさきほどと完全に逆転する。

 以前ボコボコにされた事も、ナナの腕が切断された事も、トラウマのように残りクアンの恐怖を刺激していく。

 ただ相対するだけで、体が竦みそうになる。

 だけど、それでも笑えていた。


 どれだけ恐ろしくても、無理やりであっても笑える程度には気持ちにゆとりが持てている。

 それこそが、クアンの成長した証であった。


『クアン。いけるよね?』

 耳の中からユキの声が聞こえ、クアンは頷いた。

「はい。協力お願いしますね」

『もちろんよ。腕が鳴るわ……。とりあえず、戦う準備を整えるわよ』

 その言葉に従い、クアンは自分の上に浮かべていた水を全て集め、ゲイルに飛ばしてその体に叩きつけた。

 それに直撃してふっ飛ぶゲイル。

 硬質化すらしていないただの水をぶつけただけだが、それでも数百キロくらいの重量が高速で突撃する為その威力は相当なものであった。


 だが、この程度で怪我をするような弱い存在でない事くらいクアンは良く理解していた。

 さっきの行動は時間稼ぎのついでに水を捨てただけで、ダメージを与えられるとすら思っていない。

 凶悪なまでに高い身体能力だけでなく、驚異的な再生能力を持つゲイル。

 その為、攻撃は無意味であると言っても全く過言ではなかった。


 その隙にクアンは傍にあるドラム缶……に偽装した衛生管理を徹底した液体タンク傍に移動し、上についた蓋を開け、中に入っているただの水を見つめる。

 そう、中に入っているのは、正しい意味でただの水だった。


『電気抵抗率18(メガオーム)超えという極めて理論値に近い状態。当然、微粒子、菌等あらゆる水以外の物は限界まで減らしているわ。これ以上貴女の操作に負担がかからない水はこの世に存在しないはずよ』

 クアンは限りなく真水(H2O)に近いソレ――超純水を操作し、タンクから己の頭上に移動させた。

「……ぬるぬる動いて怖いですね……。それに、全然疲れません」

 クアンはドラム缶一つ分の水を全て細かいビー玉サイズにし、空中にランダムに、ぶつからないように操作してみせた。


『当然だけど、時間経過と共に大気中の気体を取り入れて純度が下がっていくわ。制限時間は……三十分と位と思って』

 ユキの言葉にクアンは頷いた。

 三十分あれば十分だった。

 というよりも、マトモに一撃喰らえば即死する相手と三十分も対峙している状況なんてまずないだろう。

 

 そんな会話をした直後に、遠方から獣の方向が響いた。

 ビリビリと肌に感じる空気の振動と同時に、大量のガラスが割れる音が響く。

 そしてその直後に……おぞましい殺気をクアンは感じた。

 ここにいる全てを無価値と決めつけていたゲイルはそれを変え、今初めてクアンを明確な敵と認識した。


「来ます!」

『はいはい後ろよ。急がずゆっくりで良いわ』

 正面の方から咆哮が響いた後にユキがまったりとした口調でそう言葉にする。

 クアンはそれを疑いもせず後ろを向いて、水を細長くしてロープ状にしながら待ち受けた。


 そしてその直後、そのユキの予言通りゲイルはどこからか周り込み、クアンがさっきまで背を向けていた位置に強襲してくる。

 前足による鋭い爪を振り下ろし、クアンを八つ裂きにしようとするゲイル。

 それをクアンは水で作ったロープを縦横と何度も交差させ網のようにして受け止めた。

 粒子レベルでの操作が可能な超純水とファントムに教わったロープ技術により作られたその網は、一撃でビルを崩壊させるほどの力を持つゲイルですら断ち切るのは容易ではなかった。


『はい今のうちに用意しましょ』

 ユキの言葉を聞いたクアンは網をゲイルに巻きつけて動きを止めた後、直径二メートルほどの球体を作り始めた。

 中が空洞になった、シャボン玉のような形状の球体。

 それをクアンは真っ二つにして、地面に転がす。

 カチャンとガラスと陶器の間くらいの音が響き、地面に転がる半球二つ。

 それはまるでガチャポンのカプセルのようであった。


 更にクアンはそれをもう一つ作り地面に転がす。

 今度は地面に触れても音がしないほど柔らかかった。


 更にもう一つ……。

 次はごとっと重たい物が落ちたような音がカプセルから響いた。

 そしてクアンは見た目が似てるが厚みや重さ、触れた感触の違う三種類のカプセルを幾つも作り地面に転がし続けた。


「あるあるべーべーあるがんあるある……えっと。……ユキさん。このくらいで数足りますかね?」

『んー……。そうね。β三つとγ一つ追加で』

「はーい」

 クアンは言われた通り、柔らかいカプセルと三つ、重たいカプセルを一つ追加で作り地面に転がした。


 その頃にはゲイルも網を切り裂き拘束を抜けていたのだが、不気味な様子のクアンに近寄る事が出来なかった。


 今までほとんど経験のない完全なる攻撃の無力化を受け慎重となっていたゲイルは、足元に転がる変なカプセル群を見て嫌な予感を覚えていた。

 何かわからないがそれを危険な道具であると判断したゲイルは近寄らず悩む事しか出来ていなかった。


『あら。ネックだった戦闘中での準備も終わってしまったわね。もう負けはないわ。お疲れクアン』

「まだ終わってませんよ」

 クアンは小さく呟き苦笑いを浮かべた。

『私が指揮した作戦よ? 失敗するわけないじゃない』

 ふふんと自信満々にそう言葉にするユキ。

 ただし、その自信が軽くない事をクアンは知っていた。


 この作戦の為に何日も徹夜して、この水を用意するのに相当苦労した事を……。

 この作戦の為にゲイルのデータを全てそう洗いし、身体データと行動パターンを全て調べた事をクアンは知っていた。


 苦労という下地により生まれたユキの自信だからこそ、クアンもまたユキと同じように勝利を確信していた。




『来るわクアン。左手をもう少し右に動かして……うん。その辺』

 言われるがままに手を動かし、痺れを切らして突っ込んでくるゲイルの迎撃準備をするクアン。

 そしてタイミングを合わせて壁を作り、そのまま盾の要領でゲイルの爪を斜め下に受け流した。


 今回の作戦で失敗する可能性があったのは二点。

 一つは、複数のカプセルを準備。

 時間にして二分ほどだが、その二分という時間はは格上相手に稼ぐには少々厳しい部分であった。

 それはゲイルが転がるカプセルに怯えてくれたおかげで間に合った。


 もう一つは、ゲイルが慎重になりすぎて攻撃を止めてしまう可能性だ。

 今のクアンでゲイルに致命的なダメージを与える手段はなく、しかもカウンターに全神経を集中させている。

 つまり、クアンに攻撃する手段はなかったのだ。

 ゲイルが待ちの姿勢で戦うか、カウンターの対応を覚えていた場合クアンは今頃屍となっている。

 その辺りは、ゲイル唯一の欠点のおかげで乗り切る事が出来た。


 oAクラスの破壊力を持った暴虐の獣。

 そんなおぞましい異形に残された欠点は、知性が低い事であった。

 本来の頭脳である赤羽の意思が反映していないからか、それとも意思以上に強い漆黒の殺意の所為か、ゲイルの知性は乏しく、思考は基本的に野生の本能である。

 それは戦い方が常に同じという事であり、分析に非常に弱いという事だった。


 爪を受け流されたゲイルは体制を崩し、その隙にクアンは水で作った縄を差し向け足に引っ掛けて転ばせた。

 そして倒れ転げたゲイルに……周囲に転がった半球全てが襲い掛かる。

 転がっていた半球全てはゲイルを中心に元の球体に戻っていき、三十を超える球体は全て一つに重なった。

 ガチャンガチャンと音を立て重なっていく多重カプセル。

 それに閉じ込められたとゲイルが気づいたのは全てのカプセルが重なった後だった。




 閉じ込められたゲイルは必死に暴れまわった。

 だが、全く手応えはなかった。

 それに気づいたゲイルは今までと違って抉るようにかつ全力で爪をカプセルに突き刺し、カプセルの一点に孔を開けようとする。

 街を壊すほどの力を一点に凝縮したその全力攻撃により、カプセルは音を立て破壊される。

 ただし、その数は……一つだけ。

 確かにカプセルは壊れたが、外見では全く変化がなかった。

「残り二十九のカプセルを壊すのにどのくらい時間かかるかな? ちなみに、カプセルは種類によって壊し方も違うよ? と言っても、聞こえないよね」

 そうクアンは呟きながら、ゲイルの入ったカプセルをふわふわと浮かせ、そのまま上空に飛ばせる。

『そのまま作戦行動外まで運べば場外で貴方の勝ちよ。お疲れ』

「はい。ユキさんもお疲れ様でした」

 緊張からか演技も忘れ、クアンはニコニコ顔のままゆっくり足を進めた。

 その上では球体の中でごろごろと転がされ、諦めたのか暴れず不貞腐れたような顔をした狼の姿があった。



ありがとうございました。

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