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後悔と贖罪にほんのわずかな救いの道を


「お帰りなさい。ほんと……酷い顔」

 ユキは一週間ぶりに合ったテイルに対し、そう言葉にした。


 本当は笑って出迎えたかったユキなのだが、そんな事すら出来そうにないほどテイルの様子は酷いとしか言えない有様で、笑う事すら出来なかった。

 髪はボサボサで服もヨレヨレ。

『息子、娘に恥じない父でいる為に多少の身だしなみはな』

 なんて言って、センスがないなりに頑張って身だしなみに気を使っていたテイルだが、今はそんな事まで考える余裕がないのか浮浪者のようになっている。


 また、目の隈も相当酷い。

 二人で貫徹した時でもこんなに酷くはならなかった。

 だが、何よりも酷いのは服の乱れや隈などではなく、その瞳である。

 深淵を除いたかのようなほどその瞳は暗く、テイルを知らない人ですらその目を見れば心配するようなほど酷い。

 その瞳は、まるで死者のようだった。


「ああ。……ただいま。一週間も任せてすまなかったな」

 ARバレットの業務全てを丸投げしたテイルはユキに対しそう呟いた。

「良いのよ。私は天才だから、その程度余裕よ余裕……。ごめん嘘。ちょっとしんどかった。やっぱりトップはテイルじゃないとね」

 そう言ってユキは、頑張って微笑んでみた。

 無理やりで、恰好悪い作り笑いだが、それでも笑えないよりはきっとマシだと思ったからだ。


「助かった。俺がやらないといけないのに、ちょっとやる事があってな」

 テイルは一切表情を変えず、そう言葉にする。

「……そのやらないといけない事は終わったの?」

「――ああ。もう終わった。もしかしたら後でまだ何かあるかもしれんが、少なくともしばらくは俺の仕事はないな」

「そ。んじゃ、ちょっとこっち来て」

 ユキの言葉に不思議に思いながらテイルは部屋の奥にのらりのらりとフラフラした様子で移動する。

 そんなテイルを、ユキはその小さい体をテイルにぶつけ、そのままぎゅっと抱きしめた。

「……どうした?」

「別に……。ただ、そうしてあげたかっただけ」


『このまま消えてしまいそうだったから』

 そうとは言えず、ユキはただテイルを強く、きつく抱きしめるだけだった。


「……悪い。いつも迷惑かけて、甘えてばかりだったな」

「……そんな事ない。私の方こそ、いつも助けてもらってたし」

「そか。……少し恥ずかしいな」

「言わないでよ。私はもっと恥ずかしいんだから」

 その言葉に、テイルはほんのわずかに微笑を浮かべた。

「……すまん。もう少しだけ、甘えて良いか?」

 遠慮しがちなテイルに対し、ユキは微笑んだ。

「良いわよ。何をして欲しいの? 頭でも撫でようか?」

 そうユキが尋ねると、テイルは無言のままユキを強く抱き返した。


 少しだけ驚くユキだが……成すがままとなりそっとテイルに身をゆだねた。


 今更、本当に今頃の話だが、ユキは自分がテイルに恋をしていると、今はっきりと自覚出来た。

 そうだろうとは思っていてもなかなか受け入れられず、じたばたと抵抗していたが、今、弱り切ったテイルを目の当たりにして……。

『この人を幸せにしてあげたい』

 そう強く思った時、恋心という自分の素直な感情に始めて気づき、すとんと何かが胸に落ちたような気がした。


 そこから数分。何も言わず、動かず、強く抱きしめ続けるテイル。

 ほんの少しだけ痛いけれど、それもまたユキは求められているようで嬉しかった。

「……もう良い?」

 その言葉に、テイルは抵抗するように更に強く抱きしめた。

「もう少し、このままで」

 心が悲鳴を上げ、常人でしかないテイルの精神はとうに限界を超えている。

 それがわかるからこそ、ユキも恥ずかしがるような事もせずただなすがままとなっていた。




 KOHOが最優先殲滅対象指定の終了を宣言してから、一週間が経過した。

 最優先殲滅対象に指定された者で、これまで生き残った者はおらず、今回も例外は一切起きていない。

 つまり、指定が終了されたという事はそういう事である。




 この一週間で一番大きく変わったのは、今回の事件発生場所でもあるジェネシスという会社だろう。

 会社内で人体実験に武器の密売が行われていると皆に知られ、最優先殲滅対象の指定という祭り騒ぎに巻き込まれる。

 しかも、ネット上で商品の評判が良くなかった事が原因で急速に話題が広まって噂に尾びれが付き、会社のイメージはテロリストと同等レベルにまで落ち込んでしまった。


 そんな多くの者に見放されたジェネシスだが、幸いな事に救おうと動いた人達もいた。

 政府や警察等繋がりの深かった陣営と、ジェネシス商品購買者に多いご高齢の方々である。

 料金は高く、品物はさほど良くない。

 それでもジェネシスが一定層に人気があった理由は、そのサービスにあった。

 修理や交換は当然として、ちょっとした以上や操作がわからないなど、そういった時でも従業員がすぐにかけつけてくれる為、家電に詳しくないご高齢の方々には多少高くともなかなかに好評だった。


 しかも、彼らジェネシス社員は業務上の都合でご高齢の方々の家にこまめに訪問していた。

 その過程で、振り込め詐欺や押し売りなどに対応し、また購入者と良く会話をする為アルツハイマーの初期症状など何等かの異常にも察知し病院にも運んだ。

 それは一件や二件ではなく、ジェネシス社製品を買った独り身の老人は孤独死しないと政府が呟いた事すらあるほどで、これがあったからこそ、政府や警察はジェネシスの好意的な目で見ていた。


 そんなわけで、ネット上の評判とは逆に購入者と政府、警察の評判は下がる事はなかった。

 とは言え、流石にその名前をそのまま使うのはあまりに喜ばしくない。

 ではどうしようか考えた結果、幸か不幸か会社から膿は全て摘出されたから会社の従業員や方針自体に変更は加えず、むしろ前よりも警察と深いつながりを維持して自浄作用を持たせてから名前などを変えて一から再出発する事になった。




 そして今回の騒動を引き起こした主犯とも言えるARバレットだが、その日常に大きな変化はなかった。

 騒動に参加した見た目が少々怖い第一怪人フューリーとやけに美形で吸血鬼っぽい第七怪人ヴァルセトはいつの間にかその姿をくらませ、ARバレットはまるで何事もなかったかのように、元通りの平穏な日常に戻っていた。

 唯一違う点と言えば、テイルがいない事。

 ただそれだけである。

『やらなければならない事があるから後は任せた』

 最優先殲滅対象指定終了の後に、テイルはそれだけ言い残し何も説明せずどこかに消えた。

 テイルというワンマンの組織からトップが抜けてしまい、残された怪人達とユキという幹部達はほぼ同列。

 だからユキは誰が代行になるのか相談しようとしたのだが、相談するまでもなく多数決満場一致でユキとなった。

 能力的にも立場的にもそれが正解であると皆がわかっていた事でもあり、更に言えば怪人達は皆上に付く事を極端に嫌がった。

 そのような結果からユキがARバレットトップ代行となり、ちょっとした業務やいつもの悪の組織っぽい仕事に、最優先殲滅対象指定についてKOHOや警察との相談を受け持った。

 ユキは代行となった初日に文句を言おうと、テイルが何をしているのか調べみていた。

 その結果、テイルがいる場所は地獄の方がましなほどの場所だと知った。

 テイルの為に、何も知らない振りをして帰ってくる場所を残しておく。

 ユキはそれが正解であると理解した。


 今回の騒動で色々な人が不幸になった。

 ジェネシス社員は当然として、その周辺のお祭りに巻き込まれた人達。

 他にも、ジェネシス社商品を購入していた人も多少なりとも不便を強いる事にもなるだろう。

 だが、そんな細かい事以上に不幸になった人がいる。

 それが、エイレーンのような人体実験を受けた被害者だ。


 死亡を想定したデータ取りという過酷な実験の為多くの者が亡くなっていたが、その中には生き残っている者もいた。

 計、四十五人。

 全員怪人化を含む非人道的な実験を受け、心も体もマトモではなくなっていた。


 それを、誰かが治療をしなければならなかった。


 別にテイルでないといけない理由はない。

 少なくとも、テイルが行う義理も義務もない。

 ただ、怪人を製造できるほどの知識に長けた人はそれほど多くなく、更にその技術を実際に治療に転用した者は国内で十人もいない。

 そんな十人の中でこの騒動にかかわった者はテイル一人だけで、テイルが治療を行う事が最も効率が良いのもまた確かである。

 だが、そんな事と関係なく、テイルは皆を治療するつもりでいた。

 元々善良で、誰かの為に何かをする性質なのもそうだが、それ以上に、テイルは被害者に何かをしてあげたかった。

 少しでも多くの人を救いたかった。


 救世主だとか、善行を積むとか、そういう高潔な考えではない。

 ただ……この血に染まった手を少しでも綺麗にしたい。

 そんな自己満足でもあった。


 そのような理由でテイルが治療を行う事になったのが、実はこんな事があるだろうと思って手伝いの準備をしていた者がいた。

 雅人である。

 元第三怪人ザースト、現在古賀雅人は、過去の経験からいつか何らかの理由でテイルが複雑な事情を持った人を救う事になるだろうと予感していた。

 だからこそ、雅人はテイルが足りない部分、治療後の心と体のリハビリを担当する為に今日まで二足の草鞋を履いて生きてきた。

 全ては、テイルに恩返しをする為である。


 人体実験された者を見るというのは、本当に地獄である。

 だからこそテイルは雅人に参加させたくなかったのだが……雅人の覚悟は恐ろしいほどに強く、また有用なのも事実である為断れなかった為、共に地獄に落ちる事となった。


 それは本当に、比喩でも何でもなく地獄だった。

 嘆き悲しむ声、傷む声は常に耳に響き、恨みと怒声は胸に残り続ける。

 怨恨と憎悪の世界に生きていた、光の差さない世界で生きていた者達は、その肉体だけでなく、心もまた光差す世界にいる人とは違うといってもいいほどで、しかもテイルの技術だけでは、治しきれない者も少なくなかったため、その声を止める事は難しかった。


 二種類ほど、どうしようもない状態の者がいた。


 一つ目は、怪人化と関係しない部分で悪化が進んだ者。

 呪いか魔法かわからないが、原因不明で半分スライム状となった老人など、テイルにはどうする事も出来なかった。


 もう一つは、当たり前の話だが、その精神性である。

 これがエイレーンのように、貧困の世界から売られてきた者はまだマシだろう。

 その強いバイタリティを持って生きる強い意思を持っているからだ。


 だが、皆がそうというわけではない。

 例えば、幸せな世界からこの地獄に連れてこられた者はどうだろうか。

 家族から、恋人から離され、己の身はみるも無残な姿にさせられた。

 例え見た目だけは治せてももう元には戻れず、しかも長い年月が経過している為時間を取り戻す事も出来ない。

 そういう人達は端的に言えば、生きる理由がないのだ。

 そんな彼らに対して、テイルは何もしれやれなかった。


 それでも、テイルは生きて欲しくて、雅人と共に出来る事を全て行って来た。

 生きる目的を作る為に、楽しい明日を迎える為に、ありとあらゆる知識、技術を動員して救おうと努力した。

 その甲斐は確かにあり、意識が前向きになった者もいた。


 人体実験の犠牲者四十五人。

 その人数はテイルが治療を終えた時には三十五人が生き残り、二十八人は前を向いて歩けるようになった。

 それはまさしく、テイルにとって地獄でしかなかった。




「……明日のご飯が楽しみって言った子供が、翌日死んでいた。少しだけ頑張ろうって思ったおじいちゃんが、翌日首を吊っていた。ああ、わかっていたんだ。ユキを呼んだらもっと多く救えただろう。クアンならきっともっと多く救えただろう。だが、それでも……お前たちにはかかわってほしくなかった。ただの俺のエゴが、あの子達、あの人達を殺したんだ」

 ぽつりぽつりと絞り出すように呟く声。

 言う予定でなかったのだろうテイルの心の声に、ユキは苦笑いを浮かべた。

「何言ってるのよ。クアンならともかく私には無理よ」

「ああ。辛いもんな……」

「いや、そうじゃなくて私テイルみたいに熱心に人助け出来ないもん。そりゃ、私だって人が不幸より幸せな方が良いよ? でも、自分を犠牲にしてまで知らない人を助けたりは絶対しない。基本私ヒトデナシだし」

「そうか? 俺はいつも助けてもらってるぞ? 現に今も、恥ずかしいし嫌だろうに俺を抱きしめてくれて」

「言わないで恥ずかしくなってくるから。嫌じゃないけど恥ずかしいのはその通りだし……」

 我に返って来たのか、ユキは少々頬を赤らめそう呟いた。

「……そうか。……いや、そうだな。普通じゃないよな」

「うん。私がテイルの傍にいたら、テイルを無理やり昏睡させて強制的に休ませていたよ。私はそこまで知らない人の為に苦しまない。同情はするけど、死にたいなら死ねとしか言えないわね。だから……テイル、お疲れ様。貴方は頑張ったわ。他の誰が認めなくとも天才である私がテイルがとっても頑張ったんだって認褒めてあげる」

 そう言いながら、ユキは抱きしめられたままテイルの頭を撫でた。


「……ありがとな。そうだな、俺は褒められたかったのかもしれん。少しだけ心が楽になったよ」

「良いのよ。人なんて自己承認欲求を満たしてなんぼでしょ? 他にして欲しい事はない? ご褒美として今日くらいは出来る限り何でも聞いてあげるよ?」

 ユキは優しく、まるで母親のようにそう言葉にした。


「……そうだな。うん。今日のでわかった。俺は誰かが傍にいないと保たん。雅人がいれてくれたから何とかやっていけたが、それでもギリギリだった。だからさ……ユキ、恥ずかしいが頼みがある」

「何? ぎゅってするのは恥ずかしいから……時々なら良いよ?」

 そう言いながら頬を染めるユキに、テイルは微笑んだ。

「俺と子供を作ってくれ」

 ユキの時間が凍った瞬間だった。




 ――わ、わかってるわよ。()()()()()だもん。何かの言い間違いとか気のせいだって……。うん。きっとそうよ! ……そうよね?

「前々から思ってたんだ。お前と子供を作ったら、きっと可愛い子供が出来るだろうって。中々言い出せなくて……」

 その言葉と同時に真剣な表情のテイルを見て、ユキの脳は湯沸かし器の如く瞬時に耳まで真っ赤となった。

「ちょ、ちょちょちょちょちょ! いや、まだ、まだ早いってそういうのは……ね?」

「……そうかもしれないな。だが、早いと言ってたら何時まで経っても進まない。後回しにしても遅くなるだけだし……何より、俺は今欲しいんだ」

「か、覚悟が……私にもその……」

「――駄目か? 嫌なら、諦めよう」

「駄目とかそうじゃなくて……でも……辛いのわかるけど、慰めの為にってのは……でも……」

 色々と悩んだ後ユキは大きく息を吸い、覚悟を決めるかのようにテイルに強く抱き着いた。

「優しく、してね?」

「ああ。優しく教えよう。ユキも興味あったはずだし、きっと楽しいはずだ」

「そんな興味だなんて……ないとはいわないけど……その……」

 そうごにょごにょと呟くユキ。

「いや、ユキは天才だからな。きっと怪人製造も経験をすればすぐ覚えるだろう。楽しみだ」

 再度、ユキの時間が凍った瞬間だった。


「……ああ、うん。そうよね。()()()()()だもんね。そりゃそうか」

「どうしたユキ?」


 ユキは露骨なまでにながーい溜息を吐いた。

「……何でもないわよ。テイルが元気になるならそれで良いわ」

 最後に一回、強くぎゅっと抱き着いた後、ユキはテイルから離れて、優しい笑みをテイルに向けた。


ありがとうございました。

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