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ケース3:真似の出来ない結婚式-2


 そして数日後、良くわからないままに言われた通りの仕事をやってのけたユキは――盛大に後悔した。

 と言っても、ユキの中にテイルを手伝わないという選択肢は存在しない。

 その程度はテイルにも、ARバレットにも恩を感じているからだ。

 だが、せめて事前にもっと詳しく聞いておけば……心の準備が出来ていた可能性が微粒子レベルだが存在したかもしれない。

 ユキはテイルが白のタキシード姿を着て、花嫁衣裳となった古賀茜の横にいる光景を見ながらそう思った。


「どうだ? 似合うか?」

 そんな事を聞くテイルに何とも表現のし辛い爆発しそうな怒りを覚えながら、ユキは無言を貫いた。

 似合うか似合わないかで言えば、超似合う。

 少なくとも、ユキの目にはそう映っていた。


 白の中折れハットがオシャレで、ほんの軽く着崩した感じがまたいい感じで。

 それとやはり結婚式という重大なイベントだからか、衣装の人も相当がんばったらしく単純に服も恰好良かった。


「……似合わないか。ま、しゃあないか所詮俺だし」

 テイルが残念そうに答えると古賀は横で嬉しそうに微笑んだ。

「そう? 普通に似合うと思うわよ?」

「そうか。ありがとな」

 そんな仲良さげな会話にユキは脳内で、盛大にハンカチを噛みちぎるような勢いで引っ張っていた。


 冷静に考えれば、いや冷静に考えずとも演出であるとわかるはずなのだが……どう見てもユキは気づいていない。

 気づいた上で嫉妬を見せるくらいの可愛らしさでもあれば良いのだが、そんな感じでもなく単純に頭が働いていないようだった。

 そんなポンコツまっしぐらなユキを見て、賑やかしとして付いてきた十和子は微笑ましい目で見ていた。


 今日この場に来たARバレット関係はそれほど多くない。

 ファントムは変装時の姿は不審者で、変装せずに出ればストーカー多発させる芸能人。

 だからこのような目出度い行事の時はトラブル対策で出ないようにしている。

 ナナは周藤、ファーフと桐山共に色々と外せない用事があるらしく参加を辞退。

 ご祝儀だけテイルが代わりに受け取っている。

 その他ARバレット内でも色々と用事が重なり、参加しているのはテイルを除くとユキと十和子、それと震えている赤羽を連れたクアンくらいだった。


 赤羽が震えているのは、自分が暴走して目出度い行事を台無しにしないか恐れてである。

 なので赤羽も最初は参加を断ろうと思ったが、クアンが何とかすると答え強引に連れて来た。

 能力で苦しんでいる赤羽の様子が、見るに堪えなかったらしい。


 ちなみに何とかするという方法だが、現在赤羽は金属の首輪が付けられている。

 これはユキ特製のもので、クアンの持つボタン一つで即意識を失う麻酔針が出る仕組みとなっていた。


「……んー。ユキどうした? 様子が変だぞ? 体調が悪いのか?」

 悔しいような恨めしいような、そんな表情のユキにテイルがそう尋ねる。


 十和子は苦笑いを浮かべ、ユキはテイルをキッと睨んだ。


「自分で言うのもアレだけどさぁ。結構あからさまよね私!? ぶっちゃけ私でも自分でそろそろ認めようって思う程度にはわかりやすさマックスだしさぁ! きっと他人から見たらそうとしか思えない態度しか取ってないような気がするし、たぶんほとんどの人はそう思ってるでしょうね! 特にファントムと雅人! 今考えたら最初から最後まであいつらそういう態度だったわ! 自分では認めたくないけどわかりやすい部類……というか私チョロい部類と思えてきたわ! なのにどうしてあんたは気づきすらしないのよ馬鹿!?」

 自分の事ながら支離滅裂で、そして良くわからない叫びのまま罵倒をするユキ。

 そんなユキにテイルは……良くわからず首を傾げた。


 ――ああ。ユキさんそれだけ叫んでいても、まだ自分で認めてないんですか……。

 十和子は内心でそう呟いた。




 そんなぐぬぬといった態度を取るユキであっても流石に邪魔をする事はなく、進行に影響がないまま結婚式は開かれた。

 それはあれだけの準備をした割に、異常なほど人が少ない結婚式だった。

 小さな教会の中央、レッドカーペットの上を歩くテイルと古賀。

 テイルは尊大な態度で、古賀は悲しそうな表情を作ろうとしているようだが、口角が上がっておりどことなく嬉しそうである。


 そして観客はARバレットの少人数を除くと数人だけ。

 あれだけ壮大な企画した割にはしょぼい。

 そう言わざるを得ない状況だった。


 二人はそのまま神父のいる前まで歩き、それに合わせて神父は言葉を発する。

「新婦はここにいる新郎を、健やかなるときも病めるときも、夫として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか?」

 神父の言葉に古賀は何も答えない。


「誓いますか?」

 再度の神父の言葉。

 それは無言で、淡々とした態度だが、何故か脅迫にしか聞こえなかった。

 その横で、テイルは邪悪な笑みを浮かべている。


「……私は……私はっ……」


 花嫁であり、皆の注目を浴びる古賀が何か言葉を発しようとしたその瞬間――教会に爆音が鳴り響く。

 一瞬だが地震に感じるほど強く揺れ、それと同時に爆音と衝撃波、そして土埃が教会内にいる全員を襲う。

 神父とテイル、古賀の三人は立っている事が出来ず倒れ込み、椅子に座っていた観客達も席から吹き飛ばされ地面に転がっていた。


 その振動と衝撃の理由は誰が見ても一目瞭然だった。

 教会の席、丁度空席でまとまっている辺り、それとその奥の壁と屋根。

 その全てが見事なまでに消滅していたからだ。

 そしてそこにあった物の代わりに、巨大な――怪獣の足がその場に存在していた。


 轟く咆哮。

 唐突な巨大怪獣のエントリーである。

 予定調和であるその流れだが、何も知らないユキだけはついて行けず茫然としたままになっていた。

 そのまま怪獣は更に教会を壊しながら腕を突っ込み、古賀を掴んでそのまま教会を去っていく。


「な? 言わない方が面白かっただろ?」

 テイルがドヤ顔でユキにそう語ると、ユキは茫然としながらテイルの脛を蹴り上げる。

「ぎぇっ」

 小さく悲鳴を上げ、テイルはぴょんぴょんと跳びながら脛をさすった。

「……なるほどねぇ。相手さんのお父様が来ていないのはそういう理由か」

 ユキがそう呟くと、テイルは涙目で首を傾げた。

「え? 古賀パパはいるぞ?

「え?」

 テイルは誰よりも生き生きとした表情でかつ恐ろしい速度で地上を走り怪獣を追いかける一人の中年を指差した。

 七割ほどが白髪となった髪と蓄えられた無精ひげ。

 衣装は上下揃っていないジャージにやたらと巨大な業務用カメラを肩に担いでいるという少々とはとても言えないほど怪しい恰好をした人物。

 それこそが映画監督である花嫁の父でもある古賀監督だった。


「……あの撮影カメラ、業務用だし二十キロくらいあるよね。それで怪獣を追う速度を維持しつつ撮影って、あの人本当に人間?」

「娘の晴れ姿でかつ自分が大好きな怪獣の撮影だからな。テンション上がりまくってるんだろう。気持ちわかるわ」

「……ふーん。あ、今更だけど脛蹴ってごめん。でも正直心臓に悪かったわ」

「いや、こっちもすまん。そうだな、突然怪獣の足ドーンはやっぱびっくりするよな」

 違うのだがそうとは言わず、ユキは曖昧に微笑んでなあなあにして誤魔化した。




「んじゃこっからは映像で楽しもうか。みんなー隣の家に乗り込め―」

 テイルはそう声をかけ、ハーメルンのようにゾロゾロと人を引きつれ隣の電化製品店に移動する。

 そこのテレビは全て、怪獣である雅人を映していた。


「……ああ。私に尋ねたテレビカメラの設置はこれの為か」

 ユキの言葉にテイルは頷く。

「ああ。ついでに言えば終わった後に編集して古賀監督の映画に使われる予定でもある」

「……だから昨日の内に設置した撮影カメラも全部業務用だったのね」

「そういう事だ。さて、話はここまでにして、息子の晴れ舞台を見るか」

 テイルはとても嬉しそうにして、テレビの方に視線を集中させた。




 斜め上、高所ビルから映し出される怪獣の姿は、リアリティがありつつもやはり現実的ではない映像だった。

 日常と非日常、現実と非現実。

 その両方が、その映像に込められていた。


 ただ怪獣が一歩進むだけで壊れていく建物群。

 高僧ビルでも容赦なく破壊しながら、ただひたすらにまっすぐ進むだけの怪獣。

 まさに暴虐的で、人知の外の存在であった。

 人の事など全く気にしない、人より遥か上位の存在……。

 人が蟻を見るかのように、怪獣もまた人を見ているようであった。


 それでも、人は決して無力ではない。

 生態系の頂点であった人は、常に鋭い牙を光らせていたからだ。


 銀色に輝く平たい、まるで西洋凧にも似た形状のソレ――戦闘機はまさしく人類にとって牙だった。


 ビルよりはるかに高い位置に陣取り、そしてミサイルを飛ばす戦闘機。

 射出されたミサイルは怪獣の腕に掴まれた古賀を避け、目にも止まらぬ速度で怪獣の背後に回り込んで怪獣のふくらはぎ辺りに直撃し爆音を響かせる――が、怪獣は無傷だった。


 人類の英知と戦いの歴史により洗練された暴威的な一撃を受けても、血の一滴すら流れないそれはまさに怪獣と呼ぶに相応しかった。


 その後戦闘機は追加で二機現れ、合計三機が連携を取りながらミサイルを撃っていくが当然のように全て無傷で、怪獣の進行すら止められずにいた。

 ミサイルが切れた戦闘機が機関銃で攻撃する為に若干距離を詰めたその瞬間、怪獣は鈍重な様子のままくるっとターンし、巨大な尻尾を振るう。

 動きこそ遅いもののその体格と遠心力から生まれる威力は相当なもので、戦闘機二機は回避すら間に合わず尻尾が直撃して大破、残り一機も直撃は割けたが風圧に巻き込まれて墜落していった。




「中の人大丈夫です?」

 クアンが不安そうに尋ねるとテイルは、微笑みながら「無人機だ」と答えた。




 そこからまた数歩、ただ怪獣が前に進むシーンが流れた後で、壮大なBGMと共に本命が現れた。

 戦闘機という人類の歴史を体現した存在よりも気高く、そして恐ろしい存在。

 人類の守護者であるが、()()の味方というわけではない。

 例え戦闘機であっても太刀打ちできない存在、()()の味方、飛行型のヒーローである。

 その数は、優に百を超えていた。

 そしてその中にはクアンの知っているヒーローも混じっていた。


「…あ、あれジークさんですよね。雅人さん大丈夫なんです!?」

 慌てた口調でそう尋ねるクアン。

 ジークは災害時に出会ったヒーローで、その階級はoBプラス。

 たった一人でも格上なのに、ジークの得意分野は連携と指揮である。

 どう考えても、引退した雅人に勝ち目はないようなのだが……その心配はなかった。


「まあ見てろ。大丈夫だから」

 そうテイルに言われて、クアンは心配そうな表情のままテレビに視線を向ける。

 そしてテイルの言った通り、何の心配もなかった。


 恐ろしいほど綺麗に連携を重ね、映像映えするような美しい動きをして戦う飛行型ヒーロー達。

 その動きはどこか戦闘機のアクロバットショーのようであった。


 だが、そんな見事と呼ぶしかないほど上手に連携を取り戦うヒーロー達だが、怪獣の足を止める事すら敵わずにいた。

 適当に、気まぐれに古賀を握っていない手や尻尾を振るいヒーロー達を攻撃する怪獣。

 その様子は、ただ羽虫を落としていくようにしかみえなかった。

 着々と数を減らし、ジークは苦戦の表情を浮かべていた。


「……どゆ事です?」

 クアンが首を傾げていると、ユキは苦笑いを浮かべた。

「プロレス、八百長、出来レース。好きに呼べば良いと思うわ」

 そうユキが呟くと、テイルはニヤリと笑った。

「いや、こっちは命令なんてしてないぞ。だからこの場合は相手の自主的な行動だ」

「相手が忖度するようにしたんでしょ」

 そんなユキの言葉に、テイルは何も言わずただ微笑んでいた。


「一体何したんです?」

 クアンの質問にテイルは応える。

「本当の事を言うなら、ただ事前にこれが結婚式だと言っただけだ。結婚式で怪獣映画やるから暇なら参加してくれって」

「ああ……忖度というよりもエキストラ募集だったのね」

 ユキの言葉にテイルは頷いた。


「というわけで飛んでいるヒーロー達は目出度い場だからご祝儀替わりに戦ってくれているか……まあまたは映画に出たいから来てるヒーロー達だ」

「なるほどー」

 クアンは納得し、安心した表情で映像に再度目を向ける。


 地響きを立てながら咆哮する無傷の怪獣と対比して、空に飛ぶ飛行ヒーロー達は皆絶望敵な表情を浮かべていり。

 残ったのはわずか十数人のみで、しかも皆ボロボロな様子。

 そこまでしてくれるのかという弱った演技のファンサービスに古賀監督はにこっと満面の笑みのまま、夢中で撮影を行う。


 そのまま怪獣は、自分の頭の上に古賀を置いた。

 囚われの花嫁である古賀だが、その表情は満面の笑みで、そして頭上できゃっきゃっとはしゃいでいる。

 彼女の理想の世界と目線、それは間違いなくこの世界だった。


 両手の開いた怪獣は両手でビルを掴み、ヒーロー達に投げつける。

 ヒーロー達はそのビルを軽々と破壊して反撃に光線や銃弾を当てるが、さきほどまでと同じように怪獣に怪我はない。


 そして怪獣は、今まで以上に盛大に、大きく咆哮をあげる。

 ビリビリと空気が振動し、巨大な音はそれだけで攻撃のようでありヒーロー達は皆耳を塞ぎ顔をしかめる。

 この中で兵器なのは怪獣の声大好きな古賀親子だけ。

 そしてその咆哮の直後に、怪獣の巨大な尻尾は赤く輝きだした。


 それを見る古賀親子は、共に揃って歓声を上げての大はしゃぎとなる。

 あり得ないほどの喜びようだが、二人にはその理由があった。

 それは古賀監督が撮影、雅人は主演した『大怪獣ガイラス』という作品で、ガイラスが使う必殺技だったからだ。


 ただでさえ巨大な尻尾は謎の赤い光に包まれる事でより巨大な質量となる。

 尻尾に纏わりつく熱と質量を持った光。

 その状態で、怪獣は居合斬りのように一瞬でターンし尻尾を振り抜いた――。


 音は、後から訪れた。

 周囲の建造物は全て打撃、切断、衝撃のどれかで破壊され、崩落の音があちこちで広がり砂煙と火柱が上がっていく。

 そしてついでのように、ヒーロー達は一人たりとも残さず姿を消していた。


 怪獣は満足そうに、さっきまでと同じようにまっすぐ、我が道を進みだす。

 古賀監督は泣きながらその映像を撮影していた。




 そこからまたしばらく、五分ほどただ歩くだけの映像が流れた。

 ただし、カメラワークと雅人が演出を重視して歩行する為飽きるような映像ではなかった。

 ただ歩くだけの時間だがその状態こそがラストが近い事をお約束で理解出来、テレビの前の皆がそっと見守る。


 そして最後、この街中央にある天高くまで続くタワーに、怪獣は登りだした。

 怪獣にしてはやたらと器用に、足を鉄骨にひっかけながら一歩一歩、確実に上に登っていく怪獣。

 そして、タワー頂点についた怪獣は頭に置いていた古賀を掴み、自由の女神のように天に掲げ、『end』の文字と同時に映像は終わりテイル達は皆盛大な拍手をEDテロップに送った。


「ああ……ラストシーンはそういう事か」

 どこかで見た事があるその光景にユキは苦笑いを浮かべる。

「そういう事だ。あれも立派な怪獣映画だろ?」

 そんなテイルの言葉に、ユキは微笑みながら頷いた。




 一通り式という名の怪獣映画撮影が終わって皆が賑やかに話している中、ユキは気合を入れ直す。

 皆にとってはこれまでが本番だが、ユキにとってはこれからが本番だからだ。

 映画の撮影終了も兼ねて、これから結婚式の二次会が開かれる。

 そっちは上映会をしながらのごく普通の食事会である。


 だが、そこで行われる最後の行事こそがユキにとって最も重要な事、ユキが最も注目し、意識を傾け気合を入れる行事、それはブーケトスだった。

 ――別に自分はそういう相手がいるわけでもないしそんな結婚に何かあるわけじゃないけど……貰える物は貰いたいし。

 そう自分に弁明しながらユキは決戦に挑んむべく決意を新たにする――。




 それだけ気合を入れたユキだったのだが、二次会ブーケトスをキャッチしたのは何の備えもしてない無欲のクアンだった。


ありがとうございました。

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