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ケース1:ファーフの場合-4


 ARバレットでのいつもの昼食後――穏やかで優しい時間。

 ゆっくりと食休みを取っているユキ、クアン、ファントムに雅人。

 さきほどまでいたテイルは人数分のコーヒーを用意し全員に振舞う。

 家族に何かをしてあげる事が好きな為テイルはお茶やコーヒーの用意などは進んで行う習性があるからだ。

「ありがとうございます」

 クアンは微笑みながらコーヒーを受け取り、砂糖とミルクを足していく。

「貴方って本当に器用ね。ありがと」

 ユキも受け取りそのままカップに口を付け、そして納得したように頷いた。


「と言っても……俺の技量は周藤君ほどではないけどな」

「これだけ出来たら十分でしょ」

 テイルの言葉にユキは被せ気味にそう返し、その様子をファントムと雅人は微笑ましく見守った。


 あの日、周藤が雇われ店長となる事が決まった日から一週間が経過した。

 店長として雇ったは良いのだが、店がまだ建てられていないどころか新しい店の形すらまだ決まっていない。

 決まっているのは立てる場所くらいだった。

 だから彼とナナ――七瀬の最初の仕事は店の内装外装を業者と相談する事である。


 ただし……その前にやらなければならない事があった。

 二人のカウンセリングだ。

 もし周藤が前会社にちょっとした仕返しをしたいのであればそれもセットで考えたが、どうやらそのような事に興味はないらしく、それよりも周藤は現在テイルが経営している喫茶店がどんな感じなのかの方がよほど気になるらしい。

 七瀬と共にカウンセリングを受け、その結果問題なしと判断された場合は幾つか喫茶店に視察にも行ってもらおうと考えた。


「気づいたら……ずいぶん増えたなぁ」

 テイルがそう呟くと、ユキは首を傾げた。

「何が? 怪人?」

「いや。喫茶店の数。別に喫茶店を増やしたかった訳じゃあないんだがなぁ」

「何店舗くらいあるの?」

「三店舗……が、ARバレット基地と繋がってる。それ以外で俺が運営している喫茶店は現在十五店舗だ」

「ほんと多いわね。喫茶店だけでそれでしょ?」

「ああ。そうだな。飲食店で言ったらお洒落なレストランからラーメン屋まで幅広くあるぞ」

「……テイルは経営の才能でもあったの?」

「いや、全部他人任せで上手くいっている。運が良かっただけだな」

 そう言って笑うテイルにユキは心配そうな目を向けた。

「乗っ取られないよう気を付けなさいよ」

「それはそれで楽しそうだ」

 あっけらかんと話すテイルにユキは溜息を吐く事しか出来なかった。


「……さて、現実逃避は止めて……行くか」

 テイルの言葉にユキは渋いような苦いような切ないような表情を浮かべた。

「……私もよね?」

「……どうしても嫌なら来なくて良いが、出来たら来て欲しいかな?」

「どのくらい来て欲しい?」

「この場で土下座した後足に縋りついて懇願するくらい」

「……。私も投げ出す気はないし行くわよ。だから変な事しないで」

 既に土下座の準備をしていたテイルを止め、ユキは空になったカップを置き立ち上がった。


「じゃ……言ってくる……」

 重苦しい声でそうつぶやくテイルにクアンは優しく微笑みながら手を振った。

「骨は拾ってやる」

 苦笑いを浮かべながら雅人がそう呟くのを背で聞きながら、テイルとユキは部屋を出た。


 周藤が雇われ店長となる事が決まって一週間が経過した。

 それはつまり……桐山君の部屋に九日ほどファーフを放置していたという事である。

 最初はすぐに行くつもりだっのだが、そこに起きた惨事の事を考えるとどうしても足が動かず、ずるずると後回しにして今日まで来てしまった。

 だが、テイルとユキは気づいてはいたのだ……。

『これ、後回しにするほどヤバイ事になる……』

 二人は九日目にしてようやく……現場を確認する覚悟を決める事が出来た。




 桐山のアパート前に移動し、テイルは憂鬱な表情で呟いた。

「さて……鬼が出るか蛇が出るか……」

「猫でしょ」

「まあ……猫だな」

「もしかしてサキュバス――」

「止めよう。それは冗談にならんかもしれんしぶっちゃけその心配が一番大きい」

 吸い殺していない事を否定しきれないテイルはユキの言葉を遮り、深呼吸を一つ行いおそるおそるノックをした。


「……はい。少々お待ちください」

 桐山の返事により命があった事に安堵の息を二人が漏らした。

 そしてドアロックが解除され戸が開いた中から出て来たのは――爽やかな好青年だった。

「誰!?」

 テイルとユキはあからさまにキラキラオーラを発している男性に向け同時に叫ぶと男は困惑した表情で後頭部を掻いた。

「えと……桐山です。確かにちょっと痩せてしまいましたが……」

「ちょっと!? というか骨格から違うじゃない!?」

 ユキの言葉にテイルもこくこくと頷いて見せた。


 以前の桐山を一言でいえば、餅、または饅頭だろう。

 背が低くてぽっちゃりしていて、それでいてどことなくとろそうなイメージ。

 顔はお世辞にも良いとは言えなかったが、それ以上に表情が常に暗く下を向いてオドオドしていた為どうしても否定的な目線で見てしまう、そんな容姿だった。


 そして……今の桐山が前の桐山と同じ部分は背の高さくらいだ。

 確かに背は低いのだが……少々小柄な印象があるくらいで別段小さく感じるほどではなかった。

 むしろ小柄な背と優しい笑顔から子犬系と呼ばれるような愛嬌がありそれはそれで非常にモテそうなルックスとなっていた。

 愛嬌ある顔立ちに加えて背筋もまっすぐしており、堂々とした態度を常に取れている。

 その上で、髪型も今風のラフながらオシャレな髪型で、服装は清潔感があるだけでなくファッションモデルのよう。

 控えめに言ってもただの別人である。

 雅人の怪獣化以上に変化の激しい桐山に、二人は一体何があってどうメタモルフォーゼしたのか想像する事すら出来なかった。


「おやテイルとユキじゃん。どしたの? とりあえず中入れば?」

 奥からひょことエプロンを着たファーフが顔を出しそう言葉にした。

「そうですね。外でお話させるのも失礼ですし中にどうぞ」

 桐山はそう言葉にして二人を部屋に誘導する。

 その態度にこの前のような対人恐怖症にも似た態度は一切ない。

「……中身も別物じゃないか……」

 テイルは虚空に向かってそう呟いた。




「粗茶ですが……」

 手際よく全員にお茶を振舞う部屋主の堂々たる態度に違和感を覚えつつ、テイルはまず一番気になる事を尋ねてみた。

「あのさ……えと……桐山君だったよね? 一体何があったの?」

 テイルの言葉に桐山は少し頭を下げ、そして逆に質問を向けて来た。

「その前に、えっと、Dr.テイルさんって、ファーフさんのお義父さんにあたる方なのでしょうか?」

「いや、違うんだが……一応養父という立場には近い。親戚みたいなものか?」

 個人的にはファーフの父にあたる猫を殺した存在であると思っているが……それを口に出すと場の空気が冷え固まるだろうから言わずにおいた。

「そうですか……。いえ、あの……責任を取る場合はどなたに連絡をすれば……」

 桐山は下を向きながら正座をし、ぷるぷると赤く震えながらそう言葉にした。


「は、はい?」

「いえその……わたくし……少々今までの服が全て使えなくなるほど痩せてしまうような運動をしでかしてしまって……その……」

 その言葉にファーフはにへらっととても良い笑顔を浮かべていた。


「あっ」

 テイルは何を察したが、藪に突く趣味はない為察しただけで特に突っ込まない事にした。


「それで……その事後報告となりますが責任を取ろうと思い……」

「いや、孤児みたいなものだし特に何もいらん。書類上の製造者は俺だから法的にも問題ない。むしろ……すまん。地獄だっただろうに……」

 わずか十日たらずでその変化、確実に普通ではなかった。

 場合によっては殺していた可能性すらありえるだろう。


「い、いえ……それだけじゃあないんですよ」

「それだけじゃない?」

 テイルの言葉に桐山は頷き、そして微笑んだ。

「えっとですね……ファーフちゃんはずっと私に自信を持って良いんだって言い続けてくれて……。最初はそんな事ないと否定していたのですが、その……恥ずかしいですがこれだけ想われているのなら……ファーフちゃんの望む自分でありたいなと思って……そして少し努力したらこんな感じに……」

「いや少しの努力じゃないよ! 桐山君自信持って良いよ! というか男として負けた気しかしないよ!」

 今の桐山とテイルを比べたら顔立ちなどは当然として、オシャレ具合ですら負けていた。


「えと……では、テイルさん。あの……事後報告で申し訳ないのですが……ファーフさんと結婚したいと思います。どうかお許しいただけませんか?」

 桐山は正座をし、テイルに深く頭を下げた。

 それに真似に、ファーフも横に座り同じように正座で頭を下げた。

 今まで正座どころかまともに食卓にも着かず、気づけばどこかにいっている自由奔放だったファーフが、おとなしく正座をする。

 その光景だけでファーフがどれだけ本気か、そして桐山とファーフの相性が良いかを知る事が出来た。


 テイルもまた正座をし、桐山に向かって深く頭を下げた。

「ファーフをお願いします。亡き友の代わりだった者として、そして製造者として少しばかり肩の荷が下りました。どうか彼女の今後をよろしくお願いします」

「私こそ……未熟者ですが彼女のおかげで少しだけ前を向けました。共に歩めるよう努力していきたいと思っています」

 そんな深く頭を下げ合う二人を見て、ファーフは自分も何か言わないと、と思いつつ何も浮かばず、オロオロした後元気良く叫んだ。

「こ、子供産んで幸せになります!」

 そんなファーフに苦笑いを浮かべるテイルに対し、桐山は優しい笑みを浮かべていた。

 ただ……その優しい笑みにどこか悟りにも近い諦めの境地があるようにも見えたが、テイルは気にしない事にした。




「さて……一件落着したし帰るか」

 テイルがそう呟くと、ファーフは寂しそうな表情を浮かべた。

「えー。せっかくだしも少し皆で一緒にいよ? いやこれから皆で遊びに行こ? ゲーセンいこゲーセン」

 駄々っ子のようなファーフにテイルは微笑んだ。

「――お前の口からそんな言葉が出るとは思わなったな。ま、それはまた今度だ」

「ちぇー。ま用事があるなら仕方ないね」

「ああ。……ユキ? さっきから静かだがどうした?」

 深刻な表情を浮かべるユキにテイルは首を傾げ、そしてユキはテイルの方をそっと見つめた。

「ねぇテイル。ファーフちゃんの資料、桐山君に見せて良い?」

「……ああ。今の彼には知る権利はあるな。そして恨みを言う権利も」

 テイルは頷いた後、タブレットを取り出しファーフの生まれと今後についてのデータを移して桐山に手渡した。

「これがファーフ生まれのデータだ」

 そう言われて桐山はその資料を見て、目を丸くした。


「……なるほど。これで父親がいないと言っていた理由ですね」

「ああ。残酷で、残虐な事をしでかした。失敗したなんて言葉で済ませてはならない……取返しの付かない事だ。いくらでもなじってくれて構わん」

「いえ、成功してたらファーフちゃんと会えませんでしたから私からは何とも。それにしても……初めて怪人製造の情報を見ましたが……凄いですね。まるでパズルのようにバラバラな要素なのに……最後には一つの個体となる……。ああ、忘れた方が良いです? どう見ても極秘資料ですし」

「いや、構わんぞ。というか……これ見て怪人製造の資料だと読み取れただけでも相当だぞ? 生物学も薬物学も経験ないだろ?」

「ええ。大学もコンピューター関係でしたし。それでもこれが緻密なデータの重ね合わせで作られた事くらいはわかりましたね」

 テイルは感心した様子を浮かべているが、ユキは難しい表情……というよりもしかめっ面をしていた。


「……あのさ桐山君。ちょっと尋ねるんだけど」

「あ、はい。何でしょう?」

 ユキの怒っているような様子を見て若干怯えつつ桐山は頷いた。

「最近さ、何か万能感みたいな物感じない? 何でも出来る。自分はもっと羽ばたける。そんな感じの」

「……そうですね。ファーフちゃんに褒められて、慰められて……その……色々とあって……彼女と一緒なら何でも出来てしまうように錯覚する時はありますね」

 その言葉に、ユキは盛大に溜息を吐いた。

「ああ……人生って一体なんだろう……」

「ど、どしたユキ? 何か気に触る事でもあったか?」

 おろおろするテイルにユキは首を振った。

「いいえ。自分がとても矮小に感じただけよ。何でもないわ。行きましょう」

「お……おう。何でもないなら良いんだが」

 心配そうな表情を浮かべるテイルを見てユキは微笑みながら立ち上がり、そのまま玄関に移動した。


「ああそうそう。桐山君。会社はどうするつもり?」

「え? どうとは? 今は有給取ってますけど」

「もうわかってるでしょ? 会社にそのまま戻るつもりかって話?」

「……いえ。あの会社は――私の事を想ってくれるファーフちゃんの事を考えて辞めるつもりではいます」

「そ。じゃあこれ上げるわ。二人共またね」

 そう言ってユキは小さなUSBメモリーを投げた。

 桐山とファーフが首を傾げながら手の中にあるメモリーを見つめている中、ユキはそのまま部屋を後にしテイルは慌ててその背を追った。




「なあ。さっきのあれはどういう事だ? それと何を渡したんだ?」

 帰り道、今にもスキップしそうなほど機嫌の言いユキを見てそう尋ねた。

「んー? あの女侍らしてた桐山君の上司が桐山君の功績奪っていた証拠」

「――ああ。なるほど。辞める時用の手土産か」

「そこまで考えていないわ。彼がアレをどう使うか知らないけど……まあ今の彼なら上手く使えるでしょう」

「――やけに桐山君を買ってるな」

「あら? 事実を述べただけよ」

 そう言ってユキはご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら前に出る。

 テイルはそんなユキに一息吐いて苦笑いを浮かべながら後ろに付いて歩いた。


「ねぇテイル」

 突然ユキはくるっと後ろを振り向いてテイルの傍に近づき、下から見上げた。

「……何だ?」

「ずっとね……ずっと探していた大切なものが見つかったの……」

「――ふむ。そうか。それはおめでとうで良いのか?」

「だけどね。ずっと探していた大切なものよりも、もっと大切なものを私はもう知ってたの。ふふ……そんな話あったよね」

 何を言ってるのかわからないが、それが大切な事であるくらいはテイルにも何となく理解出来た。

「ああ。幸せの青い鳥って奴か」

「そう。そういう事」

 そう言った後ユキはテイルの胸に軽く頭を当てそのままくるっと回り前を進んだ。


「ほらテイル。早く行こ」

「あ……ああ」

 テイルは振り向きながら急かすユキの嬉しそうな表情に、何故か目が離せなかった。


ありがとうございました。

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