ケース1:ファーフの場合-2
黒主体のモノトーンとなったカジュアル風のスーツにオシャレな中折れハットという、普段では絶対にしないような恰好をしながらテイルは町中で優雅に佇んでいた。
元々細身でありつつそこそこの背もあるテイルは普段とは全く異なった容姿――というよりもギャップのような物で想像以上に様となっており、ユキは頬を赤面させつつテイルを見ていた。
「あんた……意外とそういう恰好似合うわね……」
その言葉にテイルは帽子に手をかけ、ギザめいたポーズを取った。
「探偵みたいで恰好良いだろ? とは言え俺は探偵ではなく博士だからな。この手の恰好はあんまり好きではない」
「そ。せっかく似合ってるのに……。ちょっともったいないわね」
「ま、その分今みたいな探偵ぽい事をする時は着るようにしている。俺がする私服の中で数少ない女性受けが悪くない服装だしな」
そう言ってテイルは苦笑いをした。
ちなみに、女性受けが悪くないだけで、決して高評価というわけではない。
中々に男性受けはするのだが、女性からは少々気障っぽくや疲れるといった意見の方が多かったくらいである。
一方ユキはカツラで黒髪に変え、ミニスカートとチェック柄のシャツにだぼっとしたパーカ-という普段は絶対にしない最も似合う恰好、要するに中学生くらいに見える幼い恰好をしていた。
ユキは幼い容姿である事は確かだが、服装に拘り出してからやたらと目立ちモテるようになっていた……そのほとんどはロリコンからではあったのだったが。
それでも、きちんとした服装をするユキは美しい髪に品のある顔立ちと目立つ要素が非常に多い。
その為今回は敢えて目立たない、全く違和感のない恰好をしていた。
「……うむ。ああ、いや何でもない」
歯切れの悪いテイルにユキはジト目で睨んだ。
「何よ? 思った事があるならはっきり言いなさいよ」
「いや……コンプレックスに苦しんでいるのわかるが……やっぱりそういう恰好似合うなと」
「ふん。わかってるわよ私だって。あーあ同じ遺伝子のユキヒは美人なのになぁ」
「いや……だが確かに可愛いぞ?」
「ふ、ふぇ!?」
斜め上な言葉に素っ頓狂な声をあげるユキ。
「ああ。クラスでこのくらい美人がいたら男子生徒の人気そう取りするだろうな。それくらいは可愛いと思う。ファッションモデル……というのも違うがとにかく可愛い」
「そ、そう? そんなに可愛いかな?」
「ああ。まあセンスのない俺の意見だからあんまり気にしなくて良いさ。普段の恰好もちゃんとして綺麗に見えるしな。ただ、やっぱり似合ってるのは確かだな」
「そ、そか。うん。気に入らないけど似合うならしょうがないよね。うん」
これからは可愛い系のコーデも悪くないかも。
くるっと手の平を返しそう思うユキだった。
そしてもう一人、ファーフはさっきから周囲をきょろきょろと見回していた。
ちなみにファーフは麦わら帽子をかぶせて耳を隠している。
目立つ耳を隠しているだけだが、それだけでも全然印象が異なっていた。
「……にゃ! 来たにゃ。あの人!」
ちなみにファーフは普段語尾に『にゃ』を付けない。
慌てている時ほど『にゃ』と言ってしまうらしい。
おそらく無意識で本能的な部分なのだろう。
テイルとユキはファーフの言葉に反応し、その方角の方を怪しげな態度とならないよう自然な感じで見つめた。
そこは会社の敷地内で、昼休憩らしくゾロゾロと社員達が外に食を求めて移動していた。
その中、ファーフの見つめる方角には一人の男性社員がいた。
皆似たようなスーツのはずなのだがやたらと気品があり、恐ろしいほどに目立っているる。
身長は百九十くらい。
日本人らしからぬ目鼻の整った顔立ちに優しくも穏やかな表情。
まさに出来る男という風貌である。
まるで『僕の考えた理想のエリート社員』じみたその男にテイルはげんなりした表情をする。
「……比べるのも烏滸がましいレベルだな……。ああいう人種を見ると本当に同じ人類なのか不安になるなぁ……俺」
そんなテイルにユキは首を傾げた。
「そう? 大差ないじゃん」
「目大丈夫か? 方や外見ミスター平凡男。方や外見パーフェクト超人だぞ?」
「いや、テイルに平凡って言葉を使いたくないんだけど……かなりの変人だし」
「だから外見の話だ」
「……私、外見の差異とか興味ないから。ぶっちゃけ人間皆下等な虫程度にしか思っていなかったし」
これは若干だが嘘が混じっていた。
厳密には、大多数の人間は今でも下等な虫程度だとユキは思っている。
そうやって常に自分を利用する事しか考えていない存在と触れ合いすぎ、そのように脳が保身の為自己防衛を働かせていた。
そんな期間が余りに長すぎた為、ダメな事だとはわかっていてもユキの脳内はそう錯覚するようになったままである。
ただし、テイルという虫と思っていた存在に負け、服の店でお願いして自分の為の服を選んでもらい、タイヤキのおいしさに目覚め、特撮の世界の魅力に取りつかれと普通の人と同じような行動が出来るようになってきた為、徐々にそれも薄れてきている。
それでも、やはりユキの根本は、やはり人の事が嫌いだった。
テイルや友達、対等に触れ合ってくれた人達と沢山の例外生まれたのだが、それでも『人間という存在は自分を脅かす害虫である」という意識は中々抜けそうになかった。
「ま、何も言わんよ。だが、つらくなったら言ってくれ。下等な虫だが話くらいは聞こう」
「テイルは虫と呼ぶには存在感ありすぎだけどね」
そう言ってユキは小さく微笑んだ。
「それで、アイツがファーフの初恋の相手か。なかなかに難しいな。ほれ」
そうテイルは言いながらその男の方を見た。
その男の周囲には女性社員達が群がるように集い、その男に熱い視線を送っていた。
「うげ」
ユキはついそんな声を出し、心底不快そうな表情を浮かべた。
「な? 世の女性達はああいった男に集まるんだよ。しょうがなくはあるが若干腹立たしい気持ちは消せんな」
「でもテイルってそういう事興味ないでしょ?」
「興味があるかないかと言えばないが、それでもやっぱりモテてみたいという気持ちは多分にある。ま、無理だかな」
そう言ってテイルは苦笑いを浮かべた。
「そ。……そんなに良いものには見えないけどねぇ」
そう言いながらユキは再度その男と周囲の女性達を見ている。
女性達がその男を見るその目は、ユキが最も多く見てきた何かを利用する目だった。
しかも、男の見えないところで女性達は睨み合い、足を踏みあい、バスケやサッカーのようにポジショニングに精を出している。
お互いを出し抜き利用しようとしている女性達を見ると、やはりユキは人間が下等の虫に見え、気持ち悪くててしょうがなかった。
「いえ……あそこまで醜いと虫にも失礼かもね」
誰にも聞かれないようにユキはそうぽつりと呟いた。
「テイル? 私が見てるのその人じゃないよ?」
「は?」
ファーフの言葉にテイルは間抜けな声を出した。
「ほら。そのもっと奥」
ファーフの言われるままに見ると、さきほどまでの男の後ろで背を丸くさせ付いて歩く男がいた。
テイルの目にその男が入っていなかったのは、単純にさきほどまでの男と比べあまりにも存在感が希薄だったからだ。
二人目の男の容姿を一言で例えると、微妙である。
控えめな表現でぽっちゃりしており、背はそこまで高くない。
そんな控えめに言って微妙な外見以上に、常にまゆがハの字となりおどおどとしたその情けない表情と猫背で、さきほどまでの男に着いて歩くその態度は、その男のしょうもなさを露骨なまでに物語っていた。
「……あっちか」
「うん。そっち」
はっきりと答えるファーフを横目に、テイルは小声でユキに尋ねた。
「おい。あれどう見る? 俺の目から見ればザ・外れって感じなんだが」
情けないオーラに微妙な容姿でその上汗かき。
微妙という以外の表現が出来なかった
だが、ユキの目からは違って映っていた。
「ふむふむ……。うん。悪くないわね」
「ま、まじか?」
「少なくとも私は悪くないと思う」
「……そうか……。俺が変なのか。んでユキはどの辺りが良いと思ったんだ?」
「おーしえない」
何故かわざと幼くよう言うユキにテイルは怪訝な表情を浮かべる。
だが、ここで無理に聞くと後から女性達による説教ラッシュが来る事を今までの経験で悟ったテイルは何も言わずにおいた。
「んでファーフや。彼のどこが良かったんだね?」
テイルの言葉にファーフはもじもじとしながら言葉を綴る。
「えっとね……まず優しくて。暖かくて、穏やかで……あと嫌な匂いがしなくて……。それでそれで、とても笑顔が素敵なの!」
「……そうか。まあファーフがそういうならとりあえずソレで良い。だがまずは情報収集からだな」
テイルはそう言って、門から外に出るイケメンと女性の群れ、その後ろに距離を開けて付いて行くファーフの想い人の方に近寄った。
「それでー何食べましょうかー? 私はお寿司とか食べたいですねー」
女性の一人がくねくねとしながらそう言葉にした。
「そか。じゃお寿司にしようか。皆それで良いかい?」
そんな当たり障りない感じで女性全員を誘うイケメンの男。
それに対しキャーキャーと黄色い声で答える八人の女性達。
遠くで見れば羨ましかったテイルだが、近くによれば何故か異質な空気が渦巻いており、羨ましいという感情が何故か微塵も沸いてこなかった。
「というわけで桐山君。私達はランチに行くから君もどこかで食べて来ると良い」
言葉自体はマトモだが、明らかに見下した目線でそう男は言葉にし、微妙な容姿の桐山と呼ばれた男は蚊の鳴くような声で返事をしもたもたとその場から離れた。
「ねぇ部長。どうしてキモや……桐山さんなんて傍においてあげるんですか?」
嫌そうな表情を隠そうともせずに女性は男にそう尋ねた。
「そうだね。ま、彼が多少なりとも使えるからってのもあるけど、一番は可哀想だからだね。僕がいなかったら彼クビになってたし」
「だよねー。部長やさしー」
そんな男の表情は、優越感に浸りきっていた。
そんな悪口と自慢話を繰り返し立ち去っていく集団を見て、テイルは大きく溜息を吐いた。
「……俺が馬鹿だったわ。アレはないな」
「そうね。久々に昔を思い出したわ……。テイル。これが終わったら私のストレス発散に付き合ってもらうから」
「ああ。俺も結構嫌な気持ちになった。ファーフは……なんか気にもしてないな」
耳がピクピクと動いているのか帽子を動かしながらファーフはテイルのそでを引っ張った。
「ほら? あの人言っちゃうから行こ?」
「はいはい。わかったから引っ張るな。さて、探偵業の開始と行こうか」
テイルは帽子を押さえて目元を隠し、何となく探偵っぽい雰囲気を作って桐山と呼ばれた男の後を追跡した。
桐山はまずコンビニに入ってパンとカフェオレを購入し、公園に移動しベンチに腰掛け一人でパンとカフェオレを取る。
食事中の間は無言で何とも辛そうな泣きそうな表情のまま。
そしてスマホ等も一切いじらない。
ただただ何もせず、悲しそうな表情のまま食事を取るその姿は見ているこちらが悲しくなるような状況だった。
そしてその後残りの休憩時間、男はベンチに座ったまま、茫然とした様子でそのまま硬直していた。
まばたきくらいしか稼働しないその様子は……若干以上に辛い何かがこみあげて来る。
「……おい。見ている方が辛くなってきたのだが……」
テイルはそう呟いた。
「……軽度の鬱ね。薬もいらないでしょう。状況改善だけで治るけど……」
ユキは冷静に桐山を見てそう評価した。
「……ファーフ。どうして彼を好きになったんだ。見る限り好きになる要素一切ないんだが……」
「えっとね……笑顔が優しかったから」
「いや……悲しそうな瞳で固定されてて笑顔どころか普通の表情すら見てないぞ。俺には彼がドナドナされる子牛に見えて来たくらいだ……」
「あ、ほらほら見て見て。たぶん笑うよ」
ファーフがそう言うと、テイルは再度桐山の方に目を向けた。
そしてファーフの言っていた通り、桐山はさっきまでの泣きそうな表情から一変させ優しく素晴らしい笑顔を浮かべた。
その表情は別にイケメンになるとかいった劇的な変化があるわけではなく、本当にあまりにも穏やかで、まるで菩薩のようだった。
さっきまで自殺しそうな表情を浮かべていた男と同一人物とはとても思えない。
ちなみに男が微笑みかけている方角には、犬の散歩をする男性の姿があった。
当然桐山の視線は、その犬の方を向いていた。
「なるほど……。動物好きのようね」
ユキはそう呟いた。
「うん。凄く動物好きみたいなの。ああ、でも、それだけじゃないよ?」
「ファーフちゃんは他にあの人の何が気になったの?」
「えとね。にゃんかね……こう……助けてあげたいというか……癒してあげたいって気持ちになるの」
「なるほど……その気持ちちょっとだけ理解出来るわ」
ユキの言葉にテイルは首を傾げた。
「ユキも桐山君にお世話したいと思ったのか?」
「違うわよ馬鹿。駄目男」
「……そこまで言わなくても」
しょんぼりするテイルにユキは苦笑いを浮かべた。
「ごめん。言い過ぎたわ。ま、とりあえずこんな物ね。テイル。どうするの?」
「うむ。最初はな、情報を掴み、その情報を整理して告白をし両想いとなる。みたいな事を考えていたのだが……」
「だが?」
「ユキ。お前恋愛とかそういった経験あるか?」
「……テイルは?」
二人はそっとお互いから目を反らした。
二人に恋愛経験があるわけがない事くらい、お互い完全に理解済みである。
要するにこの作戦、完璧なる人選ミスと言えた。
「それでテイル。どうするの? 何も思い浮かばないなら天才の私が作戦を提案するけど」
「とりあえず聞こうか」
「まず、血を見る作戦と血を見ない作戦が」
「血を見ないのでお願いします」
「それなら一気に絞られるわね……例えば……こう睡眠薬を用意して」
「うむ。普段なら頼りになる我らがARバレットの頭脳もこういう時に頼れない事が良くわかった」
その言葉にユキはむっとした表情を浮かべる。
「そう言うならテイルは何か作戦あるの?」
「うむ」
「ほほぅ。言ってみなさいよ。悪い部分あれば駄目だししてあげるから」
「うむ。まず、桐山の情報を纏めある程度プロファイルする」
「ふむふむ。それで?」
「んで、次にそれをスマホに打ち込む」
「ほうほう」
「最後に、十和子にそれを送ってどうすべきか尋ねる」
「……完璧な作戦ね。文句の付け所もないわ」
ユキはそう言って何度も頷いて感心してみせた。
「といわけでさっそく返信が来たぞ」
「早いわね。それで、どうしろって?」
「まあ待て。えっとな……『仕事終わりに自宅突き止めて、その場でファーフちゃんが告白。後は流れで。周りの人間がどうこうよりも、本人達の相性の方が大切だからファーフちゃんの思うようにやらせてみてあげて』だってさ」
「なるほど。それが正解か……奥が深いわね」
「ああ……そうだな」
ちなみに、十和子は二人が恋愛に関して糞雑魚な事を理解している為極力二人が何もしなくても良い方法を提示しただけである。
流石に自宅をストーキングして突き止めるのは犯罪じみている。
そう思った為ユキが天才の持ち味を生かして会社の情報を探り男の情報を入手した。
こっちの方がよりサイバー的なだけで犯罪じみているが、敢えてきにしないことにしておいた。
男の名前は桐山宗太。
歳は二十三で身長百六十三。
業務内容は会社内で重要度の低いデータの処理。
要するにデータの照合・分類・集計である。
紙媒体の物をPCに打ち込むのが一番多い仕事のようだ。
それなりに能力は高いようだが対人のコミュニケーションが低く、また最近は仕事の功績も妙に少ない為会社内での評価は悪い。
社員寮ではなくアパートに住んでおり、毎日電車での通勤となっている。
「……これ。やらかしてるわね」
ユキがテイルの持っていたノートパソコンを見ながらそう呟いた。
「何だ? やはりユキ何か悪い事でもやらかしてたのか?」
「んーん。それはない。私は絶対バレない事しかしないから。そうじゃなくてさ……。仕事が出来た人が突然仕事が出来なくなるってどう思う?」
「調子が悪いんだろ。彼相当メンタル弱そうだったし」
「うん。それでさ、評価が悪くなったのが半年前なのよ」
「んで?」
「半年前にさ、部長が変わったみたいなのよね」
「ふむふむ……ん?」
「新しい部長さん。顔の割に仕事は並だったみたいなんだけどさ、最近やけに仕事が出来るようになったみたいで評価が高いのよねぇ」
「…………」
「ちなみにその部長の仕事が評価されだしたのは半年前。そして業務はデータ処理よ」
桐山と部長であるその男の仕事が同一種の物で、片方が突然評価が悪くなり片方が突然良くなる。
偶然というには出来すぎていた。
「ああ……。俺も社会人時代そういった事覚えがあるぞ……」
「ちなみにその部長さんと女共。昼食の休憩が終わっても戻ってこない事が多いのよね。……一体何時仕事をしているのでしょうかねぇ」
「ああもう良い。知ればしるほど悲しくなってきた……」
「ま、どうにかしたいとも思わないしどうでも良いわ。とりあえず、今は出来る事から。夕食後に桐山の家に行きましょう」
ユキの言葉に頷き、三人は一旦アジトに戻った。
ありがとうございました。