ケース1:ファーフの場合-1
理解不能なあらぶり方をするファーフを必死に連れ出し、何とか個室に誘導する事には成功したが……何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。
「にゃーは本当はテイルの子供を産むのに他の人を好きになっちゃった! テイルの子供産むの今まで嫌じゃなかったのに何か凄く嫌になっちゃった! というかもうわけがわかんないの! の!」
わけがわからないのはこちらの方である。
ファーフの言葉を聞き口から洩れそうになる本音をテイルは必死に押しとどめた。
「それで……この猫耳のお嬢さんとどういう関係なの。子供を産んでもらうらしき予定のDr.テイルさん?」
目は口ほどに物を言うといった言葉の通り、ユキは怒りを込めた眼差しでテイルの方を見つめていた。
「ご、誤解……とかではなく、まずは冷静に話し合おう。な? 既に状況がいっぱいいっぱいでこっちも事態が把握出来ないんだ」
「……ま、そりゃそうか。というかテイルがそんな事するわけないか」
溜息を吐いてユキはそう言葉にした。
「そ、そんな事って?」
テイルの言葉にユキはにっこりと笑顔だけで返す。
その笑顔は、今まで見たどの顔よりも恐ろしい表情だった。
「んで、良くわからない言葉を発し続けているこの子とテイルの関係は? というかこの子何?」
一目でわかる人らしからぬ特徴である猫の耳。
それを見てユキはそう言葉にした。
「あ、ああ。第零怪人ファーフ。つまり、俺の試作機みたいなものだ。ちょいと特殊で人と違う理の中で生きているから、心の底から理解するのは難しいぞ」
「ほほぅ。つまり合成怪人系か。テイルにしては随分珍しい事をしたわね」
クアンやファントムなど元の姿は人と変わらない為ユキはそう言葉にした。
「いや……合成系というわけでもないんだ。そも、俺はこの時怪人製造のノウハウがなかったから思い通りになったわけではなく、ある意味ありのままの姿がコレなんだ」
「どゆこと?」
「……本来なら誰にも見せたくないんだが……ちょっと混乱が収まらなそうだから見せよう。紙じゃなくて悪いが」
そう言いながら、テイルはユキにタブレットを手渡した。
それにユキが目を通すと、開幕十秒で言葉を失い顔をしかめた。
その資料は、ファーフが生まれた事情と理由、そしてその結果が事細かに、そして妙に自虐的に書かれていた。
途中観察と今度への反省点が書かれている事を考えると、それは資料と呼ぶよりも人体実験の研究結果と呼ぶ方が適切であるようにもユキは感じた。
ただの猫と言えばそれまでだが、それは確かにテイルの友だった。
友達の、せめて命だけでも救いたいと願い、禁忌の身体変化に手を出し猫を怪人化させたテイル。
それは怪人製造という意味で言えば花丸を付けても良いほどの成功だったが、救うという意味で言えば最悪の失敗だった。
何故ならば、元々あった猫と、違う感性を持った存在が新たに生まれたからである。
要するに、テイルは友が死に際に残した生きたいという意思を生贄に、新しい生物を作り上げてしまったのだ。
絶句しながらも何百枚という資料を読みこむユキ。
恐ろしいほどに自虐的で、そして痛々しいほど後悔が感じられる資料。
そして、その後悔は今でもくすぶり続けている事がわかる。
もう二度と失敗をしない。
そんな強い気持ちが資料からは現れているからだ。
だからこそ、ユキはこれについてテイルを責める事もないし、もっと言えば触れる気もなかった。
対人経験が希薄な自分が安易に触れて良い部分ではないと理解出来るからだ。
「はいありがと。んでテイル、ちょっとファーフと二人っきりにしてくれない?」
「あ、ああ。それは良いがどうした?」
「ぶっちゃけると当事者がいるとより混乱する気がするし女相手の方がファーフも話しやすいかなと思って」
「なるほど。一理あるな。だが、さっきも言ったがファーフは人の常識とは異なる存在だ。理解するのは無謀と――」
「人の常識から外れて今まで一人でいた私にそれを言う?」
「……ああ、愚問だったな。謝罪しよう。そしてすまんが任せるぞ。外で待っているから終わったら呼んでくれ」
そう言ってテイルはそっとドアを開け外に出て行った。
その瞬間、ユキは気合を入れるよう自分の両頬をピシャリと叩いた。
ファーフという存在とテイルの関係性は理解した。
だが、それと今回の騒動は正直関係ないだろう。
その為、ユキが知らなければならないのはファーフの現状である。
理解し、ファーフの現状を解決しなければならない。
そうしなければテイルがこど……ファーフがとっても可哀想じゃないか。
ユキは自分にそう言い聞かせ、生まれて初めて全力で、己の脳細胞を活性化させ本気を出した。
「お待たせ……とりあえず暴走原因は理解出来たわ……」
三十分ほど経過した後、ユキはげっそりとした表情でているにそう声をかけた。
何を言っているのかわからない相手の本意を探るというのは天才であってもよほど苦しかったらしい。
「あ、ああ。すまんな。何かわかったか?」
「ええ……どうすれば良いかもわかったけど……まだファーフちゃんが混乱したままになっているから落ち着かせるところからね」
「ああ。それとすまんが……あっちも結構大変な事になっている。もしかしたらそっちも力を借りるかもしれん」
「あっちって……ナナの方?」
「ああ。さっきクアンからメールが来たけど……うん。あっちもあっちで色々とな……」
ユキはげっそりとしながらテイルの方を見た。
「二件とも問題が解決したら、それなりにわがまま言う。絶対に言う……」
「あ、ああ。俺に出来る事なら何でもする」
「その言葉、忘れないでよ。とりあえず中入って、まずはこの子を落ち着かせる事からよ」
ユキの言葉に頷きテイルは再び部屋に入室した。
「まず、前提知識としてテイルはミケであった元々の猫を零にしてファーフを作ったと……そう思ってるわね?」
パニックになってオロオロしているファーフの横で、ユキは冷静にそう言葉にした。
「ああ。記憶は受け継いでいるが、逆に言えば記憶以外は全く受け継がれていないな。性別すら違う」
「そうね、でも、違うのよ。他に受け継いでいる物があるわ」
「何だ?」
「――遺伝子よ。要するに、ファーフはミケと肉親の関係に当たるわ。実際亡くなる寸前のミケもファーフも、お互いを親子だと認識しているみたいね」
「ふむ……。それは重要な事なのか?」
「重要よ。自分でファーフちゃんが人と違う理を持ってるって言ったでしょ? 要するに野生的な考え方が基準となってのよ。遺伝子を残す事が最優先って言うね。またミケも同じだったみたいね」
「ふむふむ。続けてくれ」
どうしてミケの気持ちがわかるのかテイルにはわからなかったが、天才だからだろうと思い聞き流しておいた。
「ええ。資料にあったけどミケは去勢されていた。そして賢い猫だったから自分が子を残せない事を理解していた。ここまでは良い?」
「ああ。大丈夫だ」
「そこで偶然で、しかも自分の死に際とは言え跡継ぎが生まれた、そりゃ本能も理性もそろって総動員で歓喜の雨よ。諦めていた最大の欲求が叶ったんだから。そうすると、ミケの中で次の欲求が生まれて来たの」
「それは?」
「子供の子供よ。つまりファーフに子を残して欲しい。それが二つあるファーフに伝えられた遺言の一つ」
「……遺言なんてあったのか。そして、そのもう一つの遺言は?」
「あんたに気にするなってさ。……ずっと自分を責めていたからファーフちゃん、貴方に伝えられなかったんだって」
「――――」
テイルは何も言う事が出来なかった。
ファーフはもっと気楽に、そして好き放題生きていると思っていた。
だが実際は遺言に縛られ、ずっと自分の様子を見ていた事にテイルは気が付いた。
一言だけ言って良いのならが……どうせならもっと普通に接してほしかった。
ベッドの中に扇情的な恰好で潜り込むファームの事を思い出しながらテイルはそう考えた。
「まあシリアスな話は問題が解決して二人で話してちょうだい。今は直接の問題対処からよ。ここまでが、ファーフちゃんの事を知る野生的本能についての前提知識。そして、どうして今ファーフちゃんがパニックになっているのかはこれに起因しているわ」
「起因という事は直接的因果ではないのか?」
「ええ。今ファーフちゃんの中で二つの考え方が生まれている。本来なら在りえない二つの異なる理から生まれる考え方。それに対処しきれず混乱してこうなってるの」
「ふむ。……話の流れから察するに、片方は恋心だな」
「ええそうよ。野生の本能からの劣情ではなく、怪人になる事で生まれた人としての理の中から生まれる恋心。それに対処出来ずこうなってるわ」
「じゃあもう一つは何だ?」
ユキは非常に言い辛そうに、というよりも言いたくなさそうに呟いた。
「恋愛感情関係なく、最も手近でかつ可能性の高い相手との子を残そうとする直接的本能。要するにテイルとそういう事を考えている野生的動物の理よ」
「……どうして俺が可能性高いんだ?」
「ミケの遺言で子を残せって言われているんだけど、貴方いざという時断れる?」
「…………無理だな」
テイルはぽつりとそう呟いた。
「という訳で、しなければならない事は一つだけです」
「何だ?」
「ファーフちゃんの恋心を早急に成就させ、その上でとっととファーフちゃんを送り出す事。……それとも、他人に恋心を抱いたままのファーフちゃんとそういう事したかった?」
「いや、考えるだけで胃がキリキリしてきて吐きそうになる」
テイルは正直な感想を述べた。
相手が苦しむのも嫌だし、その相手が共の忘れ形見なのもまた嫌だった。
「じゃ、とりあえずファーフちゃんを冷静にさせてね? まだ恋の相手の事とか全然聞けてないし」
「え? 俺がか?」
「うん。悪いけど私じゃ無理だったわ」
「そ、そうか。わかった……自信ないがやってみる」
そう言った後、テイルはこほんと咳払いをしてファーフの方を見据えた。
「ファーフ。お前はこの先どうしたい?」
テイルは挙動不審な様子でそう言葉にした。
「わかんない! わかんないよ!? 自分が一番わかんないよ!」
本来なら在りえない苦しみを抱え、しかもそう言う事考えた事もなかったファーフはそう言葉にする事しか出来なかった。
それはまるで泣きじゃくる子供のようで、テイルはファーフの頭をそっと優しく撫でた。
「うむ。そうだろうなぁ。じゃあ、こう考えるんだ。一番好きな相手と子供を残した方が楽しいと」
「一番……好きな相手って?」
「頭の中にずっと誰かの顔が出て来るだろう? 俺にはそういう経験がないがそういう物だって聞いているぞ」
「……うん。出て来る。思い出すと嬉しくなって、微笑ましくなって……そんな人がいる」
「その人と子供を残せたらと考えると、嬉しいだろう?」
「……うん。とっても嬉しい」
「じゃあそうしよう」
「でも……名前も知らないしすぐには無理だよ。確証ない相手よりもやっぱり――」
「俺達が協力するから! な! ARバレットトップの俺と我が組織一の頭脳を持つユキがいる。な! うまく行く気がしてくるだろう!」
強引に、ごり押すように叫ぶテイル。
それでも効果があったらしくファーフはいつものような冷静さを取り戻していた。
「わかった! そうだね……がんばってみる!」
そう答えるファーフに、テイルとユキはほっと安堵の息を漏らした。
「無理ならテイルを襲うからまずやってみてから考えよう!」
ただし、冷静になったファーフはなお性質が悪かった。
「……ユキ、お前だけが頼りだ」
縋るような目をするテイルに、ユキは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「ええ……最善を尽くすよう全力を出すわ」
自分でも良くわからないもやもやを解消する為と、ファーフの幸せな未来の為にユキはそう決意した。
ありがとうございました。




