月日は流れてもその面影は
ARバレットのトップであるDr.テイル。
彼の食事風景は何時だって自由である。
マナーや作法は後回しで、とりあえず楽しく飲み食いする。
そのように考えているからだ。
その為、食べながらの雑談も許可されるし、食事メニューの変更もテイルに報告すれば普通に用意する。
誰を急に連れて来て食事をしても嫌な顔一つせず、、偶に戦闘員やARバレット直属の喫茶店等の従業員が金欠で飯をたかりに来る事さえあった。
そんな自由な場であるから、当然テレビも普通に付ける。
『俺達は悪の組織だし偶には悪い事もしないとな!』
そう言って笑いながら、テイルは良くテレビを付けていた。
そしてテイルが見たい番組が始まる時は必ず、テイルは一番テレビの見やすい位置に移動する。
この日も、そんな理由でテイルはテレビを見ながら家族達で食事をしていた。
参加しているのはテイルとユキにクアン、ファントム。
雅人は仕事もある上に彼女もいるので食事に毎回参加するわけではない。
ちなみに今日は泊りがけの仕事である。
ちなみに、席は自由だがいつもユキは決まった席に着くようにしていた。
テーブルを台所から見て左手側の席、そこがユキの指定席である。
理由は言わないユキだが、いつもそこに座る為他の怪人もいつしかその席は開けるように暗黙のルールが生まれていた。
そしてもう一つ、台所から見て右側の壁に壁掛けテレビが掛けられている為、食事をしながらテレビを見るのに最も適した席はユキの指摘席である。
その為テイルは好きな番組が見たい時はユキに席の交代を頼む。
だが、ユキはそこを頑なに譲らない。
『ここは私の席だから。……少しだけ場所を空けてあげるくらいは良いわよ』
その結果、ユキとテイルは時々肩を並べて食事をする。
どうしてユキがその席に固執するのかテイルにはわからないが、テイルは見たいテレビが見れる為気にしない事にした。
ユキもそれはそれで満足そうだった。
そして本日、テイルが見たかった番組『恐竜戦鬼ダイノキング』が終わり、自分が他の人より遅れている事に気づいたテイルは少し急いで食事を再開する。
夢中になりすぎて手が疎かになり慌てふためいたテイルをユキは何とも言えない優しい瞳で見つめる。
そんな二人をファントムとクアンは微笑ましい目で見ている時、テレビはニュース番組の時間となった。
あまり興味のないニュース番組だが、最初の映像は少々予想外でユキは興味を持った。
『最初のニュースです。本日もまた、国会での議論が進まず現状維持となっている符李蛇鵡についてです』
そんな意味のわかない名前がテロップにフリガナ付きで表示された後、場面が切り替わった。
そこにはパンチパーマやアフロ、リーゼントなどと多種多様な髪型をした男達が、学ランや特攻服などを着て集団で歩いていた。
俗に言う不良という存在で間違いないだろう。
その集団は男だけではなく、それどころか老若男女構わずガラの悪い恰好して集まり――何故か町内でごみ拾いをしていた。
『ああん? おいてめぇら! 撮るのは勝手だけどもっと後ろ見ろよ! ガキが通りにくそうにしているだろうが! ちゃんと道くらいあけろや!』
リーゼントの男がカメラの方にそう怒鳴り、子供が通りやすいようにカメラマンを横にどけるよう指示している。
「……テイル。彼らはその……一体……何?」
どう聞けば良いかわからずそう尋ねる事しか出来なかった。
「ん? ああ。Bクラス悪の組織で『符李蛇鵡』言う名だ」
「ああ……悪の組織なんだ。んで、彼らは何をしているの?」
「ボランティアの町内清掃だと思うが」
「うん。そうじゃなくて、悪い事した罰? 社会更生とか?」
「いいや。あいつらは自分の意思で掃除をしているぞ。自分達の為に」
「……さっぱりわからないわ」
「まあ色々とややこしいからな。少し説明しようか」
テイルは食事をしながら、符李蛇鵡について詳しく話し出した。
それをわかりやすく言えば、制度の悪用となるだろう。
不良である事が問題のないよう悪の組織としただけの不良チーム、それが符李蛇鵡である。
そんな彼らは未成年が混じっている事も合わさりちょっとした社会問題になっているのだが、ニュースにある通り国も容易に手が出せなくなっていた。
国家そのものが対処しようと動き、それが困難であると言わざるを得ない程、この問題は根が深いという側面でもあった。
不良チームであるその組織を解散出来ない理由は幾つか理由はあるが、一番シンプルな理由は悪い事をしていないからである。
見た目こそ威圧的であるが、誰かを傷つける事もなく……むしろ迷惑をかけないよう人前に出る事すら極端に裂ける。
それこそ、ボランティア活動以外では人前に現れないくらいだ。
そして、どうして悪い事をせずにただ集まって悪の組織となっているかと言えば、わかりやすく言えば放っておいて欲しいからである。
符李蛇鵡とは両親の虐待やいじめ、または社会の重圧に耐えきれなくなった物達が向かう場所。
居場所がなくなった人達の最後の拠り所となっていた。
『社会の為になってやるから、居所がなくなった俺達の居場所を奪うな。俺達の存在を放っておいてくれ』
それが符李蛇鵡の主張である。
ボランティアなどの善行はそういうアピールとも言えた。
国会で何度も、若者の社会復帰と更正の為に符李蛇鵡を潰すべきだという案も出たが、それは毎回否決されてきていた。
間違った事をしていないというのが大きな武器となっていたからだ。
ルールに乗っ取り、しかも善行を重ねている組織を潰す事は公的な組織では不可能である。
更に言えば、彼らのような存在から最後の拠り所を奪う事がどれだけ非道な事かも国は理解していた。
だからこそ、社会問題となりつつも現状維持せざるを得ず、誰もどうにも出来ないアンタッチャブルな組織となっていた。
「……くだらない……って昔の私なら言うでしょうね」
ユキは自嘲するようにそう呟いた。
何もかもを穿った目で見てやさぐれていた頃と違い、今は多少なりとも心に余裕が生まれている為違った見方が出来るようになっていた。
「天才の目から見て、彼らはどう映った?」
テイルの言葉にユキは溜息を吐いた。
「まっすぐにひねくれてとても素晴らしいと思うわ。これは嫌味抜きよ。ひねくれた事にすら気づかず根性がねじり切れるほど曲がっている駄目な私と違ってああやって出来る事を探してまっすぐに生きているんだもの」
それはユキの、心からの本心だった。
正義と悪の戦いを、特撮の楽しさを知った今だからこそユキは過去自分がしてきた事がどれほど彼らに迷惑を与えていたか理解した。
そんな自分が、八つ当たりの為に多くの人に苦労をかけた自分が悪い事をしていない彼らに何かを言う資格などあるわけがなかった。
「すまん。気が利かなかったな」
テイルの言葉にユキは小さく微笑んだ。
「あら? まるで普段気が利いているような言い方ね?」
その言葉にテイルは何とも言えない渋い表情を浮かべ、ユキはその顔を見てまた笑った。
そしてテレビはさきほどテイルの言ったような内容を説明し、続いて彼らへのインタビューの時間となった。
レポーターが彼らの内未成年に質問をしていく。
どうしてここにいるのか。
ここでの生活はどうなのか。
何が一番辛かったか。
本当はどうしたかったのか。
そんな聞きにくい質問をレポーターは真剣に、慎重に尋ね、見た目はとにかくガラの悪い彼らはそれに対し真摯に答えた。
親に殴られて逃げ出した。
学校で先生に酷い事を追い詰められた。
助けてくれたのがこの符李蛇鵡だけだった。
本当は愛されたかった。
誰かに認めて欲しかった。
そんな事を彼らは順に口にしていった。
それがいかに根深い社会問題で、そしていかに解決が難しいかを見ている人は誰でも理解出来るような内容だった。
そして六人目くらいになって、少々風変りな相手が出て来た。
それは、パンクロックの恰好をした、いかつい目つきをの女の子だった。
その女の子を見て、最初に気づいたのはクアンだった。
クアンは飲んでいた水を吹き出し、盛大に咽た。
「おい! クアン大丈夫か!?」
テイルがそう尋ね、ファントムが背をさすり続けている中でも、クアンは咽ながらテレビの方をずっと指差し続けた。
次に気づいたのは、ユキだった。
「……あ、ああ。ああああああああああああ!」
割れるような絶叫を上げ、テレビを指差すユキ。
パンクロック風メイクな上に、最後に出会ったのは十年以上前である。
それでもユキは今テレビの前にいる人物を直接見た事があった。
そしてそれは、見間違える相手では決してなかった。
「……顔、げほっごほっ! 同じ……」
クアンは咽ながらも苦しそうにそう呟いた。
『えー何何っと。あー私の名前はユキヒ。ここに来た理由は、糞みたいにいかれた両親と縁を切る為でーす』
パンク風のメイクをした女の子は、さも当たり前のように笑顔でそう言葉にした。
立花雪陽。
それはARバレット兵器開発局長ユキこと立花雪来の妹だった。
『どう糞だったかって? まず、姉を捨てた。次に、姉の代用品として私を捨てた。続いて、毎日私に姉の悪口を聞かせた。最後に、私が何をしても叱らなかった。確かに私は屑だよ? だけどさ、あそこにいるともっと屑になりそうだったし、何より実の親が屑すぎて耐えきれなかったわ。すげーわあの屑具合。大会があれば上位入賞間違いなしの屑っぷりだぜ? 私がこんなになっても、未だに私を褒めちぎって姉の悪口を言うんだぜ? 小さな頃に捨てて、姉がどうなってるかもどう生きたのかも知らない癖に』
テレビの中でユキヒはそう言葉にした。
「……なあ。この子って」
テイルの言葉にユキは頷いた。
「うん。私の妹」
幼い頃、両親と手を繋いで幸せそうに笑っていた妹。
自分がいない中で、幸せに生きていると思っていたがのだが、どうもそうではなかったらしい。
その後も、ユキヒは両親の悪口で延々とヒートアップしていた。
それこそ、聞いている方が顔をしかめるような汚い言葉でユキヒは悪口を綴っていく。
ユキは少しだけその様子が嬉しそうで、そして酷く悲しそうだった。
『娘を捨てた家族が今度は私に捨てられるってのはホントざまぁって感じだよな。私のした事で唯一の善行ってそれくらいだぜ』
そう言ってユキヒはけらけらと笑った。
『え? 今したい事? そりゃ……姉に謝りたいよ。は? どうしてかって? いくら糞の屑のロクデナシであっても、あいつらが私の親だもん。んであいつら絶対謝らないじゃん? だから私が謝らなきゃ……会えるかわからないし私も嫌われてるかもしれないけど、それでもいつか謝れたら良いなって』
そう言葉を残し、次の人にインタビューが切り替わった。
「――凄く良い子じゃないか」
テイルの言葉にユキは頷いた。
「そうね。私と違ってまっすぐに育ってるし」
そうユキが呟くと、ようやく復帰したクアンが首を横に振った。
「ユキさんもまっすぐで良い子ですよ! あれ? 良い子? 良い大人? なんて言えば良いんでしょう?」
クアンは首を傾げながらそう言うとユキは微笑んだ。
「良いのよ。ひねくれてる自覚も性格が悪い自覚もあるし。わかっていてもなかなか直らないし」
「えー。でもでも……ユキさんハカセと隣通りで食べたいから席をむぐっ!」
ファントムが慌ててクアンの口を塞ぎ愛想笑いを浮かべた。
「いえ、何でもないですよーなんでもーあははー」
そうファントムが若干慌てた様子で言葉にし、テイルは首を傾げユキは顔を赤らめぷるぷると震えていた。
「……良くわからないが、とりあえずユキ。あの子をどうしたい? 当然、お前の人生だから俺は何も言わないしどんな選択でもそれを否定する事はしないぞ」
「とりあえず会ってみようと思うわ。謝罪はいらないけど」
「……良いのか?」
テイルはユキがどのくらい苦しんでいたのか、どのくらいユキヒを羨んでいたが知っている為そう言葉にした。
「良いわよ。というか……私が苦しんでる時助けてもらったように私も助けたいというか……」
ユキはごにょごにょと小さな声でそう呟くが、その言葉がテイルの耳に入る事はなかった。
「え? 何だって?」
「何でもないわ。ただ助けたいと思っただけよ。あの子は良い子だし私の所為でああなった部分も十分あるし。……二点ほど気に食わない点があるけど」
「ほぅ。せっかくだし今の内に毒は吐くべきだ。俺で良ければ聞こう」
テイルの言葉にユキは頷き、そして指を一本立てた。
「まず、私と似たような顔であのメイクは止めて欲しい事! 星のタトゥーシールとかやたら目の周りを黒くしたりとか唇が紫とか。……あ、テイルはああいうメイクどう思う?」
「すまん。パンクロックはわからん……。正直ちょっと怖いなとは思うぞ」
「そか。うん、本人がパンク好きなら認めるけど反発心からのメイクなら止めて欲しいわね」
「まあそれくらいは言って良いわな」
「そしてもう一点!」
ユキは指を二本立て、そして声高らかに叫んだ。
「どうして私の妹なのに私みたいにちんちくりんじゃないのよ! 他はともかく、そこだけは認められるか!」
テレビに映っていたユキヒは、背が百七十後半ほどはあり、そして黒や白、ピンクを基調としたミニスカート一体のアイドル風の衣装を身に着けていた。
そんな可愛らしい恰好をしていても、高い身長と引き締まっているのに出るとこは出ているボディラインの所為で相当大人びて見えていた。
「……ほら。ユキさんも魅力的だから……」
そんなクアンの慰めに、ユキはジト目でクアンの方を見た。
「そんなけしからん体をしているあんたに言われてると凄く惨めな気持ちになるわ」
その言葉の意味がわからずクアンは首を傾げた。
「同じようなもんだろ。ほら、ユキは五歳ほど若く見られる。あっちは五歳ほど上に見られる。な?」
そんなデリカシーの欠片もないテイルの言葉を聞き、ユキは満面の笑みのままテイルの頭頂部にスリッパを振り下ろした。
ありがとうございました。