作戦行動中の研究者達
正義と悪の戦いは勝手に始まるものではなく、実行される作戦があり、それのカウンターとして相手陣営が動く事で始まる。
基本的に悪側が作戦を立て正義の味方を呼ぶのだが、稀に逆になる事もある。
どちらかの陣営が作戦を組み立て、KOHOに提出して協力を申し込み、協議しながら作戦を調整して、もう片方の陣営をKOHOが選んでから開始となる。
テイルが普段行う作戦は、暴れて、正義の味方を呼び、戦うという非常にシンプルなものだけである。
これのメリットは早く終わる事で、デメリットは単調で撮影映えしない事だ。
今回の場合は、相手を貶める謀略ありきという作戦の為、非常に複雑な作戦仮定が用意されている上に日数も二、三か月くらいを想定したものとなっている。
そんな複雑な作戦を描く場合でも、絶対に避けてはならいあルールというものが存在していた。
それは、終着点についてである。
簡単な作戦でも、複雑な作戦でも、どのような作戦を立てたとしても終着点は必ず正義と悪の戦いとならなければならないという絶対のルールが存在していた。
そうでなければKOHOが許可を出さない。
逆に言えば、争いさえすればどんな形式でも、それこそ格闘ゲームであっても問題はない。
だからこそ、クアンはプロレスみたいであると言ったのだが、テイルの考えは少々違った。
役に入り込んでなりきり、進んでいく展開をお互いで考えながら楽しみ、ラストステージで決着をつける。
結果はある程度定まっていてもお互いの過程での工程次第でいかようにも変化し、最後には予想外の事が起きる可能性も十分にある。
これはプロレスと呼ぶよりは、TRPGの方が近いとテイルは考えていた。
そして今回の作戦をTRPGに例えるならば、GMはいつも通りテイルだが、シナリオ原案はユキである。
ユキの原案は、一言でいえばクーデターだ。
優れた防犯装置を使って都市の防衛を担い、同時に警察と正義のヒーロー達のネガティブキャンペーンを行っていく。
『あいつらは悪の組織よりも役に立たない』
『俺達の税金を使ってるくせに』
そんな自作自演の流言を広め、市民からのARバレットの評判を相対的に上げていき最終的には市民を扇動して都市部の支配権を乗っ取る。
これがユキの最初に作った作戦で、そして没になった作戦である。
どうして没になったのか、うまくいく自信があったユキはわからず首を傾げた。
テイルはそんなユキに『やりすぎ』という至極当たり前の没理由をため息交じりに伝えた。
正義と悪の関係性『仲良く喧嘩する』という発想が、ユキは良くわかっていなかった。
そんなわけでテイルは今回の作戦をかなりマイルドに変更し、同時にKOHOや警察上層部を通じて連携を取る方式に切り替えた。
警察の立場を落とさないように、正義の味方の評判を下げるわけではなく、単純にからかうだけにしつつ防犯装置のテストを行う。
そして終着点を作り出す為に警察上層部とKOHOに協力を頼み、ユキの作った没案の資料を受け取ってもらい、あえて見つかる程度に隠してもらった。
ネットでも実物でも、しっかりと探せば見つかるけれど知らない人が目にする事はない。
その程度の隠し方をしてもらった。
見つけてもらう事が終着点へのキーとなるようにテイルは設定していたからだ。
正義の味方がARバレットの行動を怪しいと思い、その行動を詳しく調べ、その偽のクーデター資料を見つけて書かれた場所にたどり着いた瞬間、最終ステージの戦いに舞台が移る。
そして正義が勝とうがクアンが勝とうが、なあなあな感じで終わる事で作戦は完全終了し、警察に防犯装置の現物と資料、テストデータを引き渡して終わりとなる。
当初の予定であるクーデターとまでは流石にいかないが、それでも今回の事件が長引くほどに正義の味方は不利な状況になっていく。
正義の味方が得られる評価がまるまるクアンに行くからだ。
反対に、悪の怪人であり実際に市民を多く助けたクアンの方はどうあがいても、そして何があっても評価が上がる事こそが、今作戦の最も優れた点と言えるだろう。
この業界はテレビの世界と同じく、知名度と評価が物を言う世界で、他者の評価を受けられるというのはかなり美味しかった。
そんなわけで作戦開始である防犯装置の売り出しから一月が経過した。
テイルはコーヒーを飲みながら、手元の資料を読み漁る。
「……普及率は全体の三割か。なかなかに恐ろしい数字だな」
「流石としか言えないわ。私じゃこうはいかなかったでしょうね」
「いや、一番重要な防犯部分を作ったのがユキなんだ。それをいじっただけの俺を褒められても座りが悪くなる」
そう言ってテイルは苦笑いを浮かべながら、缶コーヒーを口に運んだ。
「それでもねぇ……厭らしい言い方だけど私は確かに普通の人が思いつかないような凄い物を用意出来るわよ? でも、私はその代わり流行るような商品を絶対に作れないわ。わからないもの」
それは人付き合いが極端に苦手で、未だ多くの物をくだらない物だと考えているユキならでは欠点と言えるだろう。
「……ま、それはそのうち何とかなるさ。ただ、思ったよりも普及しすぎたな」
そうテイルが呟くと、ユキは頷いた。
ユキが作った超高性能な防犯装置を、テイルは多少オミットする結果になってしまっても、玩具タイプやアクセサリータイプというバラエティ色豊かな商人を作り上げた。
それは男子小学生から女子高校生まで、一番防犯装置を持って欲しい人ををターゲットにした物であり、テイルの想像通りにプチブームにより多くの未成年がその商品を手に取った。
少しばかり予想外なほどブームは広がり、作戦範囲は予定の倍となり、その新作戦範囲内人口の内三割が防犯装置を手にするという状況となった。
そしてその結果、犯罪を未然に防いだ割合は先月よりも五パーセント増加し、事故救助が間に合った割合に至ってはなんと五割も増加した。
これはテスト結果としても、作戦という意味でも文句なしの結果と言えるだろう。
しかし予定外な事もあった。
防犯装置の広まる速度が速すぎるのだ。
三割の時点でもう十分であるのに、ブームが収束する気配は依然見られない。
実際に救われたという声が少なくない上に、商品としても比較的手に取りやすく魅力的だからだ。
ついでに言えば、子供でも買えるようにと値段を相当以上に抑えたのがブームとなる要因の一つでもあった。
このままだと、もう一週間もせずに正義の味方に発見され最終フェイズに以降する結果となるだろう。
「でも、その位で丁度良いかもね」
「そうか? せっかくの大規模作戦だしもう少し長く楽しんでいたい気持ちはあるのだが」
そうテイルが尋ねると、ユキは手元の資料をテイルに渡した。
「クアンの体力が心配だからよ」
その言葉の通り、手元の資料ではクアンが限界ギリギリまで体を動かしているというデータが出ていた。
どう考えてもオーバーワークであり、無理をすれば人間よりはるかに優れた身体能力を持つ怪人であっても、体調を崩すのは間違いなかった。
ただ、それとは逆に精神面は一切問題を見せず、むしろデータでのメンタル状態がストレス指数最低でかつ穏やかで楽しい状態という最高状態を常に維持し続けていた。
「……クアン。良い空気吸ってんなぁ。ちょっと現場を見てみるか」
そう言ってテイルはドローンを動かし、クアンの現場付近をモニターに映した。
映し出した映像はどうやら火事の現場らしい。
十階ほどのビルから煙が上がり、サイレンの音が鳴り響き救急車から放水を受けている。
そんなサイレンの音こに負けないほど周囲の野次馬達からざわついた声が流れている中、クアンは平然とビルに突っ込んだ。
水の怪人であるクアンは、多少の高温状態であっても水は使い続ける事が出来る為火事現場には比較的強かった。
そしてわずか数秒後に、クアンは倒れている五歳くらいの女の子を抱きかかえビルから出て来た。
ここ最近のクアンを知っている人にとってはありふれた見慣れた光景であり、知らない人には神々しく映るような光景。
青く長い髪の女性がわが身を顧みず肌や服が多少焦げてでも誰かを救うその姿は、まぎれもなく英雄そのものだった。
大勢の拍手に迎えられながら、クアンはその女の子を医者に手渡した。
「この子のお母さんかお父さんはいませんか!?」
その言葉を聞き、野次馬の奥の方で泣き叫ぶような声をあげて手を挙げる女性がいた。
クアンはその女性の傍に移動して抱きかかえ、救急車の傍に運ぶ。
「体調を診る限り大丈夫だとは思います。ですが、それでも救急車の付き添いをしてあげて下さい。起きた時お母さんが見えないと不安ですからね」
そんなクアンの言葉に母親は泣きながら手を握り、そのまま救急車に乗り込み去っていった。
「あ、演技するの忘れてた。まあ良いですね。正義の方いませんでしたし」
ぽつりとそう呟いた後、クアンは別の場所に、大量の拍手を背に受けながら走り去っていった。
「……良い空気吸ってるわね」
「うむ。娘が楽しそうで何よりだ」
テイルは嬉しそうにそう呟いた。
「うーん。悪の組織というか正義のヒーローみたいな子ね」
「だが、クアンも十分悪らしいとこあるんだぞ?」
「え? ちょっとお茶目なところ? その程度ならヒーローでも良くあるじゃない」
ユキが首を傾げると、テイルはパソコンに保存していたデータをモニターに映した。
『本当に最低ですね。生まれるところからやり直した方が良いんじゃないですか?』
『下らない事に人生を費やしましたね』
『はぁ。貴方とは何の言葉も交わしたくありません』
『人ってこんなに愚かになれるんですね』
露出狂や窃盗犯等の犯人に向かって蔑むような目を向けながらクアンが暴言を浴びせているシーンを切り繋げた物を見て、ユキは目を丸くした。
言葉以上に、その他者を見下したような目をクアンがするなんて思いもしなかったからだ。
なお犯人の三割くらいはその目と罵倒に喜んでいるようだった。
「……あの子もこんな冷たい顔も出来るんですね」
「ああ。誰よりも優しい子だからな。自分の都合で他人を害する存在が許せないのだろう。こんなのもあるぞ」
テイルは更に別のデータをモニターに映した。
『あ、今更来たの? ご苦労様』
『も少し早く来てよ……。争う事すら出来ないじゃない……。ついでに言えば少し待ちくたびれたわ。ふぁあ……』
『あのさ、給料ってちゃんと出る? 仕事を奪われて給料減らない? 大丈夫?』
『元気が良いですねぇ。ああ別に嫌味ではないんですよ。おさるさんみたいにキーキー言ってるなって思っただけですので』
そんな、後から来た正義の味方達を煽って挑発するクアンのシーンを繋ぎ合わせた物を見て、ユキは一筋の汗を流した。
「……ほんと良い空気吸ってるわね」
「うむ。しっかり相手の心を折らないように、相手に合わせて腹が立つだけの煽りを重ねるその読心の技術は大したものだ。クアンは俺の作った怪人の中でも特に感情について機敏に察する事が出来るようだ。それにしても、うむ……楽しそうで何よりだ」
テイルは嬉しそうに何度も頷きながらそう呟いた。
「……あんたも十分良い空気吸ってるわ」
テイルに対して呆れながらユキは溜息を吐きそう呟いた。
「体力はともかく精神が安定して高い状態にあるから多少の無茶は効くだろう。それに、これだけ派手に動いたんだ。ヒーローも無能ではないしすぐに俺達の動きを察知してくれるだろう」
テイルの言葉にユキも頷いた。
既存の技術より上の技術が使われた道具が急速に普及し、同時に悪の怪人が活躍しまくり正義のヒーローを貶していく。
どう考えても何かあると言わざるを得ない流れである。
だから――すぐに終わるだろう。
テイルは終わった後にクアンとユキをねぎらう為の打ち上げをどうしようか考え始めていた。
「――って思ってたら全然終わらねーじゃねーか!」
テイルは手元の資料を床にぺしんと叩きつけながらそう声を荒げた。
始動から二月、すぐに終わるだろうと言ってから丁度一月が経過した。
「……おかしいわね。こんな杜撰な方法で隠しきれるほど警察も正義のヒーローも甘くないわよ」
ユキは至極真剣に悩んでいた。
「……という事は原因は一つしかない。理由はわからないが……最終フェイズに移行する事を正義のヒーロー側が拒絶しているという事だ」
「ふむ……。どうしてかしら。こういった事の事情に疎い私にはわからないわ」
「俺にもわからん。ただ……そろそろ終わらせないとマズイという事は理解している」
テイルは手元の、クアンの体調データを見ながらそう呟いた。
「むしろさ、ファントムはどうしてここまできて一切疲れていないの? クアンと同じくらい動き回ってるのにメンタルも体調も全く衰えてないんだけど」
「……役者って、体力仕事なんだとさ。ちなみに昨日遊びに来たぞ。睡眠時間削って」
「……えぇ……」
ユキは何の言葉も出てこなかった。
「だが、ファントムはともかくクアンの方は限界に近い。まだ体力に余裕はあるが、そろそろガタが来るし最終フェイズの事も考えるとそろそろ終わりにしておきたいな」
「……という事は」
「ああ。念の為程度に用意しておいた『あの手』を使う」
そう言った後テイルはどこかに電話を始めた。
ありがとうございました。