ユキの恐ろしき謀略
「うむ……。そろそろ実行に移すべきだと考えていたところだ。ちょうど良いのは確かである」
テイルはしみじみと、そしてやたらと偉そうにそう言葉を放った。
真っ暗な部屋に銀色に輝くドクロが飾られた、もう見てもわかるほど悪人らしい部屋の中で、テイルは一段高いところから二人を見下ろしていた。
そこに跪いている二人の怪人ファントムとクアン。
テイルの作り出した第五怪人と第八怪人である。
「一体何を実行するのでしょうか? 無知なる私に教えていただけないでしょうかDr.テイル様!」
やけにねちっこく、それでいて甲高い声で話すファントム。
これがファントムの怪人としての顔である。
敬愛すべき主にしてその為にどんな残虐な事でも喜んで行う狡猾な男――という設定である。
とはいえ、あながち全部が演技というわけではない。
実際のファントムはテイルの事を敬愛しつつ懐きまくっている子犬のような男である。
「……やる気があるファントムがやれば良いね。ああ……めんど」
そう言いながら欠伸をかみ殺すクアン。
これも当然演技だ。
何でもめんどくさがるという設定だが、実際はなんにでも真剣に取り込む真面目な良い子。
それがクアンである。
「うむ。ファントムには悪いがクアン。今回の主役はお前だ」
そう答えると、クアンは非常に嫌な顔をした。
汚らしいフードを被っている為顔はわからないが、おそらくファントムも同じような表情を浮かべているだろう。
「……クアン。Dr.テイルの命令だ。いつもみたいに手を抜くなよ」
「はいはい。ああめんど」
ファントムの嫌味を聞くのも面倒といった態度で手をぱたぱたと動かすクアン。
それを見てほくそ笑むテイル。
「仕事さえこなせば手を抜こうと犠牲を出そうと構わん。好きにするといい。ふふふ……」
そんな大物ムーブをしているテイル。
ちなみにこの時、三人の気持ちは完全に一致していた。
『悪役ロールプレイ楽しい!』
普段の性格と違う自分を演じるという好意に一種の高揚感を覚えている三人は、ノリノリで演技を続けていった。
「まあタイミング今というのもだ……こんなものが届いたからだ」
そう言いながらテイルはばさっと紙の束を手前のテーブルの上に投げ散らかした。
「……Dr.テイル。それは?」
ファントムの質問にテイルは不愉快そうな表情で答えた。
「我が怪人クアンの階級証明書だ。」
その言葉に二人は少しだけ、素で驚いた。
新入りの為今まで決まっていなかったクアンの評価だが、今回それがようやく決定した。
階級というものは簡単に言えば評価そのものである。
当然行動内容によって上下するので生涯の絶対的評価というものではない。
努力をすれば上がるし手を抜けば下がる。
成績のようなものだ。
逆に言えば……最初に付けられる階級評価というものは、その怪人の期待値を現しているといっても過言ではなかった。
「それで、どうでも良いけど私の評価は?」
クアンの言葉にテイルは頷き、口を開いた――。
「まず、共通事項である戦闘力だが、これはなんと『A+』に認定された。新人評価では間違いなく最高峰だ」
そう言って微笑むテイル。
「……凄いですね」
ファントムは演技する事も忘れ素で驚いていた。
現在のファントムの戦闘能力評価は『A-』で、同じAであっても二段階も差が付いていた。
「……正直わからないわね。どうしてかしら?」
「ダム崩壊時に使用した能力を上限として計算し戦闘力に加算して評価したからだそうだ」
暴走した人狼から逃げる事が出来る程度の身体能力とダム崩壊を抑えられるほどの特殊能力。
これによりクアンの戦闘力評価は『A+』と決定された。
とはいえ、実際に『A-』のファントムと戦った場合『A+』であってもクアンが勝つ可能性は限りなく零に近いだろう。
階級差というものは非常に大きいのだが……今回の場合は単純に過剰評価である。
「うむ。その評価は誇らしい事だ。……だが、もう一つの脅威度は……うん。すまんがこれちょっと演技しながらは言えないわ。戦闘力『A+』に脅威度『B』で、総合して階級『A-』に決まった」
テイルはさらっとした感じで軽くそう言葉にした。
「あれ? どうして私の脅威度そんなに低いんですか?」
「……うん。『悪い事しそうには見えない』ってのが一番の理由だ。良かったな、クアンが善良である事をKOHOは良く知ってくれているぞ」
テイルの言葉にクアンは喜んで良いのか悲しんで良いのかわからず困惑した表情を見せた。
「さて、ここからまた悪役ムーブをもう一度戻そう。ごほん……。俺はこの評価をARバレットの、強いては我が怪人への侮辱と受け取った」
正直正当な評価をされているとしか思えないが、テイルはそう言葉にした。
ファントムの総合評価が『A』の事を考えると、クアンが『A-』なら全くもって妥当である。
「……そうね。流石にめんどいなんて言えないわね。私が良い子ちゃんなんて思われていたなんて……」
そうクアンがきりっとした表情で言葉にする。
ファントムもテイルも突っ込みたい気持ちを必死で堪えた。
「うむ……そう言うわけで今回はクアン、貴様の恐ろしさを世界に知らしめようではないか」
「めんどいけど、良いよ」
そう言いながら悪そうな笑みを浮かべるクアン。
それはなかなか様になっている悪役ムーブだった。
「そういうわけで……聞いてたな、局長」
テイルが呟いた瞬間部屋の隅にスポットライトが当たった。
そこにはこちらを背にして椅子に白衣を着た女性が座っていた。
その女性はくるーっと椅子をゆっくり回しながら、こちらに顔を見せた――。
ARバレット兵器開発局長ユキ。
彼女もまた、演技に参加させられていた。
とは言え苦手な事がほとんどないユキはこの状況をあっさりと受け入れ混ざっていたが。
「ええ。聞いていましたわテイル様。それで……何をご所望かしら?」
明らかに年若そうな見た目とは相反し妖艶な笑みを見せるユキ。
それにテイルはニヤリと笑った。
「ああ。そうだな。今回は知恵を借りたい」
「ふふふ……私のものでよろしければ……どうぞご随意に」
若干怪しいほどに艶の出るユキの様子に、なんとなくあかん雰囲気になりそうな、具体的にいえばR-元服的な予感がしたテイルは流れを変えるように声を荒げた。
「はい演技ここまでー! 十分取れ高も出たと思うしこっから普通に話すよー!」
手をパンパンと叩いて監督のように切り替え誤魔化すテイル。
それを見て、ファントムとクアンはすっと立ち上がった。
「はい。お疲れ様でした」
ファントムはフードを取って綺麗な顔を見せながらニコニコとそう言葉にした。
「はいお疲れ様でした皆様! ユキさんすっごいかっこよかったですよ」
そうクアンが声をかけると、ユキは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「あ、ありがとう。……うん。演技をするのも意外と悪くないわね」
演技をする事には慣れていたが、演技をして慣れ合う事に慣れていなかったユキは初めてなりきりごっこの楽しさを知り、その魅力に取りつかれそうになっていた。
そこまでするつもりなかったのになぜかくねくねと色気を放つ自分の事を考えると、後から羞恥に悶えそうだと考えたユキはさっきまでの自分を忘れる事にした。
「んでさ、真面目な話クアンの希望通りしてやろうと思うとちょっとアイディアが思い浮かばなくてなぁ……。何か意見が欲しいんだ」
テイルの言葉にユキは頷いた。
「良いわよテイル。それでクアン。貴方はどんな事がやりたいの?」
そう尋ねられたクアンは、申し訳なさそうに口を開いた。
「えっとですね。相手の人が驚いたり悔しがったりする様子が見たいです」
そう言って恥ずかしそうにするクアンに、ユキは少しだけ驚いた。
「……なかなかに良い趣味してるのね」
「あ、でもでも誰かに不幸にはなって欲しくないんですよ。一般の方は当然正義の人も。こう……『やられた!』って気持ちなって欲しいというか。悪戯された笑うような気持ちというか」
「……なるほど。なかなかに難しいわね」
「……やはりユキでも難しいか」
テイルがそう呟くとユキは頷いた。
「ええ。今すぐには二つくらいしか思いつかないわ」
「――思いついてるのかよ!? んでどんな作戦だ?」
「簡単な作戦と難しい作戦。どっちが聞きたい?」
「じゃ簡単な方で」
「法律ギリギリのとこで悪さしてる悪の組織に嫌がらせの限りを尽くしてバラエティ風に放送する。相手は悔しがる。一般人は喜ぶ。KOHOの覚えも良くなる。一石三鳥ね」
「……面白いが今回はパスだ。性質の悪い奴らとはもう少しクアンに実戦を積ませてからにしたい。
不安そうな顔のクアンはテイルのその言葉に安堵の息を漏らした。
「そ。んじゃ難しい方ね。ある程度長期的な作戦になるけど良い?」
「ああ。構わんぞ。それで、どんな作戦だ?」
「そうね……簡単に言えば、正義の仕事を奪ってしまう作戦かしらね」
満面の笑みでそう答えるユキに、全員が首を傾げた。
ありがとうございました。