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番外編-テイルの両親-


 空気を読まないというのは決して悪い事だけではない。

 必死に周囲の空気を読み続け気を使い続けた挙句にノイローゼ、となるよりは空気を一切読まずにのびのびとした方が上手く行くこともある。

 ただ、それでも読むべき最低限という空気も存在する。

 あからさまに見えている、触れるべきではない地雷などだ。


 未だ零歳であるクアンですらそれを理解していたのだが……ユキはその地雷を、そのまんま踏み抜いた。

『テイルの御両親って今どうしてるの?』

 その言葉に、クアンは目が飛び出るほど驚いた。

 今いなくて、一切話題に出さない。

 その時点でタブーであると誰でも理解出来る話だろう。


 とはいえ、ユキもある程度察してはいたし悪気があったわけでもない。

 自分が家族に愛された記憶がなく、また誰かと長く一緒にいた事がないから距離感というものが良くわからなくなっているだけである。

 ついでに言えば、最近ではテイルやクアンと良く接しているからかメンタルも改善され、天才特有の強い知的好奇心がいかんなく発揮された結果でもあった。

 ユキは知らなかったのだ。

 人間関係とは恐ろしく、そして予想の遥か斜め上を行く事があるという事を。

 ただ捨てられたユキには、ここまで人という生き物は歪んでしまうのかという事を……。




「そうだな……本来なら家族であるクアンにもっと早く説明するべきだったのだが……もう一人呼ぶべきか迷ってしまってな」

「もう一人ですか?」

 テイルの言葉にクアンは首を傾げた。

「ああ。ヴァルセト。お前の兄である第七怪人なんだが……クアンの教育上悪いしアイツも男の経歴に興味ないだろうし……。という事でとりあえずクアンとユキの二人に伝えておこう」


「……今更だけど、私が聞いても良い話なの? 聞かれたくないならこの場を去るけど」

 今更に嫌われないかという不安が増してきたユキはそう尋ねるが、テイルは微笑み首を横に振った。

「いや。構わんぞ。俺みたいな大した事のない男でも、一応の上司で仕事仲間だからな。気になるのも無理はない」

 そう言った後、テイルは咳払いをして、二人の方を真剣な顔で見つめた。


「ただし……覚悟してくれ。あまり愉快な話じゃな――いや、相当以上に酷い話で、そしてとんでもなく愉快なオチが付く話だからな」

 真剣なテイルの口から洩れた意味のわからない言葉に、二人は首を傾げた。

「二つほど先に言っておこう。あんまり暗い気分になって欲しくないからな。まず『俺はもう両親と会う事はない』それと『この話は悲劇ではあるがむしろ喜劇より』だ」

 二人は傾けていた首を仲良く更に傾けた。


「最初は、元凶である俺の父親について話そう。父の名前は『高橋ブレント』旧姓は知らんが、まあ外国人だ」

「……知らなかった」

 クアンが驚いた口調でそう呟くとテイルは微笑んだ。

「ま、俺は母親似だからな。外見ではハーフだとわからないだろう。話を戻すぞ。父ブレントを一言で言えばドの付くほどの屑だった。とは言え悪人というわけではない。ただ、人の痛みがわからず、愛を知らず、そして上昇志向が人より強いだけだ」

「……成り上がりに憧れたのね」

 ユキの言葉にテイルは頷いた。

「ああ。そしてそんな父が入社する事を選んだ会社の名前が『Gライフ製薬』だ。今はなき会社で、俺の勤めていた会社でもあるな」


「ユキさん。どんな会社か知ってます?」

 クアンの言葉にユキは頷いた。

「ええ。名前くらいは。五年位前にスキャンダルで倒産した国内有数の……というか国内シェアトップの製薬会社ね」

「そう。国内で最高峰の会社だった。だから父はその会社に入り、そして成り上がろうと決めた」

「どこまで?」

 ユキの質問にテイルは手を横に広げた。

「さあな。ただ……上に上がりたいだけでもしかしたら目標なんてなかったかもしれん」

 どことなく自嘲が込められたようにテイルはそう呟いた。


「父は成り上がる為にあらゆる手段を使った。それこそ非合法なものも含めてな。そして順調にゆっくりとだが会社の地位を上げている途中、父にとって一気に上に行くような大きな転機が訪れた」

「転機?」

 ユキの言葉に頷き、そしてテイルは写真を見せた。

 そこには、明らかに西洋風な男が微笑んでいる姿と、能面のような無表情の女性の姿が映っていた。

「女性の名前は高橋(ヒカル)。Gライフ製薬重役の娘で……俺の母だ。つまりはそういう事だな」

 政略結婚と言えばまだ聞こえは良いだろう。

 親から見ればブレントを繋ぎとめる為の生贄、ブレントから見れば更に駆け上がる為の踏み台。

 燿の価値はその程度としか思われていなかった。


「父はそれ相応のポジションを用意してもらった。ただ、それで満足する父ではなかったのだが……その会社は何気に腐っていてなぁ。父は屑ではあったが邪悪ではなかった。故に、父程度では派閥争いでも謀略に勝てなかった。それこそ、何年かかってもこれ以上に上は無理だろうと父が思うくらいはズタボロだったそうだ」

「……それでお父様はどうしたんですか?」

 クアンの言葉にテイルは微笑み、自分を指差した。

「もう狂っていたのか、それとも強い勝算があったのか。父は気の長いプランを立ててなぁ。俺を道具として用意し会社で成り上がるなんて頭の悪いプランを立てた」

 Dr.テイル。

 本名高橋タクト。

 ブラントにとって会社を駆けあがる為の道具として生まれたテイルは指揮棒タクトという名が与えられた。


「……本当に頭が悪いわね」

 ユキが不愉快を隠そうともしない表情でそうぼやいた。


「ま、それしか考えていない人だったからね」

 テイルはそう呟いた後、自分の幼少時代を話し出した。


 それは英才教育とすらいえないようなただの虐待でしかなかった。

 言葉が話せた瞬間にアルファベットと原子記号を暗記させられ、家の中には算数と数学の参考書だらけ。

 そしてテレビは常に科学と物理の話題のみ。

 蹴られ殴られながら毎日夜遅くまで勉強を強要され、『お前は私の会社に入って私の為に働く義務がある』と言われ続ける日々。


 そんな状況を、母親は黙ったままでいた。

 生まれながらに政治の道具扱いさせ続けた燿には、どうしたら良いかわからなかった。

 燿も所詮ブレントの道具の一つだった。


 そんな阿呆みたいな虐待だが、その成果は確かにあった。

 元々エリート思考が強いだけでなく自力である程度会社を登れるだけの頭脳を持つ優秀なブレントが、湯水のように金をつぎ込み家にいる時間を全て使い教育を続けたからだろう。

 テイルは中学卒業の段階で薬剤に携わる能力は院卒レベルになっており、同時にレポート作成や礼儀作法といったものも大人顔負けで、製薬会社にそのまま入社しても問題ない能力を全て身に着けていた。

 これはテイルが天才だからではなく、それほどまでに必死に勉強をしないと食事すら満足に食べられなかったからだ。

 実際、小学校の段階ではテイルの常にやせ細っていた。




 そんな話を聞いて、クアンもユキも言葉を失っていた。

 最悪の更に下である。

 家族に捨てられたユキは、自分の方がまだマシだったという現状に何とも言えない申し訳なさを感じていた。


「……そして俺が高校にあがった時、全てが終わったんだ」

 テイルはそう言って、すっと椅子から立ち上がった。

「終わった?」

 何やら意味深なフレーズにクアンは尋ねる。


「ああ。終わったんだ。二人共、ちょっと付いてきてくれ」

 そう言ってテイルは歩き出し、二人は後に続いた。

 ちょっとと言うから近場かと思えばそんな事はなく、基地を出てタクシーに乗り、そこから更に地下鉄に乗って移動してまたタクシーに乗って移動した。


「……ずいぶん遠くに来たわね」

 ユキの言葉にテイルは申し訳なさそうに微笑んだ。

「紹介したい人がいるからな。……ここだ」

 そう言ってテイルが二人の前に紹介した店は、二人が入った事がないタイプ……というか入ってはいけないタイプの店だった。

 そこは大人の女性が男性を持て成すお酒をふるまうという接待飲食店、所謂キャバレーやバーといったタイプの店だった。


「……ねぇ。私はともかくクアンは入ったら駄目なんじゃ」

「大丈夫だ。ここはある意味ケンゼンだからな。それに酒を飲むわけじゃない。ちょっと挨拶するだけだ」

 そう言ってテイルが開店前の店を堂々と開け入ると、中から黄色い歓声が響いた――ただしその声は野太かった。


「キャー! テイルちゃん久しぶりー。元気してたー。相変わらずいい男ねー」

 そう言いながら頬を赤らめるのは、テイルよりはるかに背が高く、はるかに肩幅がある男性だった。

 わざとらしく髭の剃り跡を残したうえでの女装姿、それは古来よりあるニューハーフの典型的イメージと見事に合致している。

 ここはニューハーフバーだった。


「ええ。テツさん。お久しぶりです」

「やだー、本名禁止ー。みっちゃんって呼んでよー」

 そう言いながらニコニコクネクネとする自称みっちゃん。


「はは。すいませんがマスター呼んでもらえますか?」

「はーい。良いわよ。って事は、後ろの二人が新しい家族?」

「いえ。片方は同僚です。ただ、筋は通しておこうかと」

「やだー。男前ー! もう惚れちゃいそう! じゃ、ママを呼んでくるわねー」

 そう言ってその大男はくねくねと優雅な歩きをして奥に去っていった。


「……なんか、凄い人ね」

 ユキがそう言葉にするとテイルは難しい表情をした。

「……アレ、全部演技な」

「へ?」

「あの人ああやって自分がニューハーフの悪いイメージを一身に引き受けて笑いを取って場を盛り上げつつ、他の人を持ち上げてるんだよ。周りを見てみろ。テツさんみたいに一目で男性だとわかる人はいるか?」

 その言葉を聞ききょろきょろと周囲を見ると、ほぼ全員が女性にしか見えなかった。


「他の店員が性質の悪い客で苦しまないようにわざとああやって極端な演技をして避雷針代わりになっているんだよテツさんは。あの人女装に興味ない生粋のゲイだから」

「……凄く男前な人なんですね」

「クアン。それは店の中では言わないで上げてくれ。でも喜ぶだろうな」

 そう言ってテイルは微笑んだ。


「……ああ。そうか。ここは駆け込み寺のようなものなのね」

 ユキがそう呟くと、テイルは少しだけ驚いた表情を浮かべ笑みを浮かべた。

「良くわかったな」

「そりゃわかるわよ」

 誰にも理解されなかったのは自分も同じだったから……とは言えずにユキはそれだけ言葉にした。


「ああ。ここのマスターは行き場を失った、またはこういった事情で心が傷付いた人を癒す為に、同時にまっすぐ生きて良い事を教える為にこのバーを開いたんだ」

「……立派な人なんですね――」

「――いいえ。そんな事ないわ」

 クアンの言葉を遮るように、一人の女性……のような男性が姿を現した。

 メイク途中だったらしく美しいのは確かだが男性的特徴が顔に残り若干の違和感が混在していた。


「すいません。忙しい時に来てしまい」

 テイルがそう言って深く頭を下げると、相手も深く頭を下げた。

「いいえ。来ていただき感謝します」

 やたら仰々しい二人の関係は、それこそ違和感の塊だった。


「テイル。そろそろ説明してくれない。どうしてここに連れて来たのか。どうしてこの人達とこんなに親しいのか」

 若干テイルがニューハーフ好きなのかと考え恐れながらユキはそう尋ねた。


「……そうだな。紹介しよう。この人がニューハーフバーのマスター。そして……俺の元父親だ」

 二人は目を丸くして驚いた。

「……あ。ほんとだ。写真と同じ顔してます」

 クアンがブレントの写真を思い出しながらそう呟いた。


「そうね。込み入った話になるし……奥に行きましょう」

 マスターと呼ばれたブレントは、複雑そうな表情でそう呟いた。




「それで、どこまで話しました?」

 マスターはテイルにそう尋ね、テイルは中学の頃とだけ答えた。


「そう。じゃ、ここからは加害者である私から説明するわね。その前にクアンちゃん。貴方はテイルの家族だから、恨みや怒りがあれば私を殺しても良いわ。そう出来るだけの準備はしてあるから」

 そう言われても、クアンは脳の処理が追い付かず混乱していた。

「……とりあえず、私は貴方の事をなんと呼べば良いでしょうか? おじいちゃん? おばあちゃん? ママ?」

 その言葉にマスターは泣きそうな表情をした。

「それだけはやめて頂戴。私は貴方達に家族と呼んでもらう資格なんかないから。マスターとだけ呼んで頂戴。またはリーゼルと呼んで」

「リーゼルはマスターの源氏名な」

 テイルがそう補足を入れた。


「はい。わかりましたマスター。これからよろしくです」

 クアンの言葉にマスターは微笑みつつ頷いた。


「さて、私が家族を苦しめていた後の話なんだけど。何てことないわ。私は過ちに気づいてしまっただけなの」

 そう呟き、懐かしい過去を思い出すような意味深な表情でマスターは言葉を綴った。


 テイルの伸びしろが思ったよりも良く、大学に行かせる必要もないから高校卒業させたら即入社させられる。

 そうしてテイルの成した功績を自分の物にしつつ自分は裏で派閥を作って今の派閥を蹴散らし会社を牛耳る。

 そう、あとたった三年待てば自分はまた上に上がれるのだ。

 その事にほくそ笑んでいたブレントは、運命的と出会ってしまった。


 お互い、一目見た瞬間で相手と自分が一目惚れをしたと理解出来た。

 今日この時の為にお互いは生きていたのだと錯覚するような、そんな運命。

 ただし、相手は男だった。


 ブレントは成り上がりたいという感情よりも強い感情を初めて知った。

 それはブレントの初恋だった。


 そしてブレントの恋はあっという間で愛に成り上がり、そしてブレントは己の罪深さを自覚した。


 ブレントはその相手の男性と別れた。

 自分に愛を語る資格はないと知ったからだ。


 そしてその足で燿とタクトに土下座をし、全てを明らかにして自分の持っていた全てを、会社も辞めて退職金も含めて全てを二人に差し出した。


「……そして、私は一生贖罪の為に生きると誓い、そして私に出来る事を探していたら、こんな店を開く事になったの」

 そうマスターは流れるような艶っぽい息を漏らしながら言葉を発した。

 妙に色っぽいのが何だか無性に困る。

 クアンとユキはそう思った。


「だからいい加減これを受け取って貰えないでしょうか」

 そう言いながらマスターはテイルに通帳を差し出そうとし、テイルはそれを拒否した。

「いや。正直貴方の気持ちも、貴方の謝罪ももう十分だと思っています。十分に色々頂きましただからこれ以上は受け取れません」

 テイルは本気で拒絶するようにそう言ってマスターはしょんぼりとしていた。


 テイルは知っていた。

 愛に目覚めた瞬間、テイルの事を愛おしいと思う気持ちが生まれ心の底から抱きしめたいという欲求をマスターが持った事を。

 それでも、マスターは一度もテイルを抱きしめないし、家族として接しない。

 

 それこそがマスターにとって何よりも重たい贖罪となっている。

 テイルはそれを知っているからこそ、これ以上の謝罪は自分にはいらないと思っていた。




「……なんだが、人間関係が複雑骨折したみたいになってるわね」

 ユキがぽつりとそう呟くと、テイルは納得したように頷いた。

「言い得て妙だな。これ以上奇妙な事にはならんぞ」

 うんうんと頷くテイルに、クアンがそっと手を挙げた。


「あの……この流れで聞くのが恐ろしいのですが……お母様は――」

 テイルとマスターの二人は一瞬で表情を険しくした。


「……うん。マスターが死ぬ時はきっと母に殺されるだろうな」

「……毎日覚悟はしてるわ」

 マスターの表情は覚悟を決めた者特有の苦悶の表情となっていた。


「うむ。父は成り上がりエリートから愛に目覚め、ニューハーフを護る守護者に超絶進化を果たし、完全に別人へとメタモルフォーゼしたのだが……実は同じように母もちょっと普通ではない事が起きてな」

 そう呟いた後、テイルは端的に事情を説明した。


 前提にあるのは、ブレントと燿の間に愛はなかった。

 ただの政略結婚な上に、ブレントは自分の事しか考えていない屑だったからだ。

 また燿も、愛どころか碌な自我もないほど意思が希薄な人間だったのも要因である。


 そんな燿が強烈な自我を生み出したきっかけもまた、ブレントだった。

 確かに愛情は一滴もなかった。

 だが、それでも自分の旦那が『男に寝取られました』と知り何も思わないわけがなかった。

 むしろ、愛がなかった分より明確に怒りが生まれた。

『なんで相手男やねん!』というブレントと自分に対する怒りが……。


 それは怒りというよりは、屈辱だった。

 理屈の上ではそういう性的趣向だったと理解出来るのだが、それでも燿は自分が女としての魅力がその男に負けているのだと突きつけられたような気がしていた。


 だから、ブレントの賠償金を使って豪遊しまくった。


 最初はエステや化粧品を使い、自分の魅力をとにかく引き延ばそうとした。

 それほどまでに、燿の男に負けたという傷は深かった。


 それでも燿は満足せず、今度はヨガを習った。


 ちなみに、テイルは燿似である。

 それは見た目という問題だけでなく、性格も含めてだ。

 そう、燿は偏屈なほどの凝り性だった。


 テイルが怪人に愛を注ぐように、この時燿は、己の体を鍛える事に全てを注いでいた。


 ブレントもテイルも今まで苦しんだ母が美容健康に取り組むのは良い事だと思いそれを放置した。

 だが、その段階で燿が行っていたのは健康のヨガではなく、悟りを開く宗教行事としての本当のヨガだった。

 父が愛の守護者に変身したように、母もまたスーパー良くわからないナマモノと化していた。


 更に悪い事に、どうやら燿は良くわからない方向に才能があったらしく、燿は水の上を裸足で走り、ジャンプをすれば数十メートルを越え、指一本で逆立ちしたまま眠る事が出来るびっくり人間に進化していた。

 

 その後燿は、テイルが十八となった段階で外国に移住する事を決めた。

 理由は当然、修行の為である。

 テイルには二択が付きつけられた。


 お金は全てどうにかなっており、はなからほぼ一人暮らしで今までと全く変わらず何不自由なく暮らせるこの国にとどまるか。

 母と共に良くわからない山岳地方奥地に移住し電気も水道もない場所で共に謎の修行に明け暮れるか。

 それはもはや選択肢ですらなかった。


「それで……燿様は……現在どのような状況でしょうか?」

 マスターが恐る恐る尋ねるとテイルは何やら物悲し気な微笑を浮かべた。

「この前の手紙では胡坐のまま三時間宙に浮く事が出来るようになったと書いてありました」

 その言葉に、マスターは何も言わず無言のままだった。

「いつかあの男の前に魅力的になった私を見せて後悔させてやる。なんて言葉も残しております」

「……もう後悔はしてるけど、それよりもその魅力的というのは女性的にではなく後光が差す的な魅力な気がしてなりませんね」

「同感です」


 そんな二人の掛け合いに、クアンもユキも何も言えずにいた。




 父親はエリートの成り上がり外国人で、男との愛に目覚めてゲイを護るセーフハウスを作り経営をしている。

 母親は製薬会社幹部の娘で、男に夫を取られた恥ずかしさから修行に目覚め、外国で宙に浮きながら瞑想をしている。

 ユキは短くそう纏めた紙を見て、全くもって仮定も結果も理解できずくしゃくしゃにして捨てた。


ありがとうございました。

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