新たなる参謀-兵器開発局長ユキ-2
「……どうして?」
ユキは捨てられた子犬のような目をしながら十和子の方を見つめていた。
同情を誘うようなうるっとした瞳。
それを見ても十和子は動じず、ただにっこりと微笑むだけだった。
「ほら。一石二鳥って言いますし……。がんばってくださいねユキ様」
十和子の言葉に困惑したような表情をしながら、ユキはこちらに歩いてくるテイルの姿を見ていた。
「すまん。遅くなったか?」
そう声をかけるテイルにユキは首を振った。
「別に。私達も今来たとこだし。というか同じ場所から来たんだし電車一本くらいしか差がないでしょ」
そう態度も口調も冷たくして答えるユキ。
ただ照れているだけというのは誰でもわかるだろう……テイル以外は。
十和子はユキとの買い物の為に助っ人を呼んでいた。
おそらく家具を買う事になるだろうと想定して、ファントムと雅人という荷物持ち要因の怪人二人。
ついでにクアンも付いてきたが、クアンは別件で自分も新しい家具が必要になったからの便乗である。
そして最後に本命のテイル。
テイルを連れて来た理由は大きくわけて二つあった。
一つは、怪人達の能力使用の限定解除の為。
製造者である事と悪の組織トップである事。
この二つの特権としてテイルが傍にいる場合に限り、街中でも怪人達の多少の能力使用が許可される。
と言っても、重たい荷物を持ったり少しだけ早く走ったり程度で、本来のスペックを使う事や戦闘、威嚇行為などは当然禁止されている。
もう一つの理由は、ある意味こちらが本題でもあった。
ユキの服装を見て感想を言わせる為である。
「なあ。とりあえず雅人とファントムは連れて来たし、ついでにクアンも付いてきたが……本当に良いのか? 俺に意見を求めても良いのか?」
テイルはユキに不安そうに尋ねた。
「何が?」
「いや……俺の服装センスは……その……うん」
歯切れの悪い言葉に首を傾げながらユキは十和子の方を見た。
「ええまあ。テイル様はとても大胆なファッションセンスをしていらっしゃる方ですので」
「ここまで着物で来てとても注目を集めたあなた以上に?」
基地を出て、町を歩いて電車に乗って、そしてデパート前まで二人で移動したが、その間十和子は恐ろしいほどに目立っていた。
モデル顔負けの黒髪美人が着物姿で歩いていたら注目を浴びない方がおかしいだろう。
奇抜な恰好をした悪の組織やタイツ姿の正義の味方達からも十和子は注目を浴びていたくらいである。
「私のはまあ、ちょっと古典的なだけですので。テイル様は……その……女性に着せる衣装に金属の棘を付けたりドクロのブローチを付けたりしようとするお方ですので……」
完全に古き時代の特撮に汚染されたテイルらしい発想に、ユキは心の底から驚いた。
「そんな……そんな変な人がいるなんて……」
そのユキの言葉にテイルは小さくなり、テイル以外の全員、クアンすらもうんうんと頷いていた。
「そうか。棘付の服は変なのか……首輪にトゲトゲとか恰好良いと思うのに」
その言葉にユキは眉をひそめた。
「変よ変! そんな非合理的で無駄な事をするなんて。効率悪いじゃない」
そのユキの言葉に、テイルとは反対方向だがどことなくやばい雰囲気を感じ取った。
下手すれば……センスはテイル並の可能性もあるのではないだろうか。
そんな危険な雰囲気である。
「おい十和子。俺達を呼んだのはそういう事か?」
雅人の言葉に十和子はこくんと苦笑いをしながら頷いた。
十和子の考えは非常にわかりやすい。
『どうせテイル様に気に入っていただく為の服を買うのでしたら、テイル様に見ていただいたら良いじゃないですか』
ただし、これには一つ問題があった。
それはテイルのファッションセンスである。
その問題点を何とかする為に、十和子はテイルのストッパー兼まともなデザインセンスの持ち主として雅人とファントムを呼んだのだった。
「さて、いい加減デパートの前で立つのもアレだし中に入ろうか。最初はどこに行く?」
テイルは入り口を指差しながらそう言葉にした。
「では、さっそく服の方からお願いします。あ、クアン様の用事は何でしょうか?」
十和子は思い出したようにクアンに尋ねた。
「私は家具ですけど、たぶんユキさんも引っ越ししたばっかですし後で家具を買いますよね?」
クアンの言葉にユキは頷いた。
「じゃあ後で一緒に行きましょう。ついでに私も新しいお出かけ用の服が欲しかったので服屋さんも行きたかったですし」
そう言ってクアンは微笑みながらユキの横に移動した。
「確か、二階が若い人向けのブティックで……五階に少々値段が上がるけど質の良いお店がありますね。普段着なら二階でも良いですが寝間着などは五階の方がよろしいかと」
そう十和子が言葉にした。
「そ。それでどっちに行くの?」
そうユキが尋ねると、十和子とクアンは凄く不思議そうな顔をした。
「え? 両方行くに決まっているじゃないですか」
クアンが当たり前のようにそう言って、十和子はそれに頷いていた。
「……そういうものなのね」
「そういうものです」
ユキの言葉に十和子はそうはっきりと言い切って、デパートの中に進んだ。
「さて、ここからが地獄だ」
テイルはそう呟いた。
ファッションセンスは致命的。
ブティックの中は女性客だらけ。
そして極めつけは、楽しそうに服を選んでいる三人。
その楽しそうな様子を見ると、時間がかかるのは想像に容易い。
テイルでなくとも地獄だと言いたいだろう。
雅人もファントムもある程度諦めの境地に入っていた。
デパート二階にあるブティックはそこそこ値が張る物が多いデパート内であるとは思えないくらいに良心的な値段の店だった。
品揃えも非常に良く、服や下着は当然として小物であるアクセサリーも十分すぎる程に充実していた。
そして悩む女性の為に常に店内は流行に鋭くセンスのある女性従業員が鷹の目をして歩き回っている。
十和子自体センスは悪くない方だが、普段着が和服である為そこまで流行に鋭くない。
クアンは女子高生であるトゥイリーズと良く遊ぶからか流行自体はそれなりに追えているが、生まれたてという事もありセンスはまだ磨かれていない。
その為二人は、獲物を見つけて彷徨っている店員に声をかけた。
「すいません。この方に似合うような服装を探していただけませんか?」
そんな十和子の言葉に眼鏡をかけた店員はギラりと眼鏡とその奥の瞳を輝かせ、ツカツカと靴底を鳴らしユキに近づいた。
「いらっしゃいませお客様。当店ではどのような服をお探しでしょうか? お好みを言っていただけたらそのような服をお持ち致しますが」
早口でそう言って笑顔で微笑む店員に、ユキは若干の恐怖を覚えた。
ギラギラした雰囲気が金目当てであるなら、ユキはほど慣れている。
そんな相手程度なら今までの人生で死ぬほど見て来たからだ。
だが……この店員はそんな奴らとは明らかに違う。
そんな一山いくらの凡夫とは一線を画しており、もっと強く、どろどろとした深い欲望を抱えている。
それがわかるからこそユキは少しだけ怖かった。
『可愛い女の子をより可愛く着飾らせたい』
そんな事に心から情熱を注いでいる人種がいるなんて事を知らないユキには、店員のギラギラしている理由を理解出来なかった。
「愛しのあの人に振り向いてもらえるような感じでお願いします」
十和子が店の外で座っている男三人を見ながらそう言うと店員の目は更にきらっと光り、クアンは首を傾げ、ユキは慌てた様子でその言葉を取り消した。
「アットホームな会社で働く普段着兼用の私服をお願い!」
そうユキが慌てて訂正するが、時は既に遅く店員はゴゴゴと背後で言いそうなオーラを放ちながらユキの方を見ていた。
「ええ、ええ。わかります。わかりますよ。素直になれないからこそふとしたきっかけが欲しい。ええ。そう言う事ですね」
「違うから」
「大丈夫ですよ。相手の方の特徴を言ってくださればそのような衣装を用意いたしましょう」
「だから違うって。私にはそんな相手いないから」
「……なるほど。相手の好みに合わせるのはなく自分の持ち味を生かすという事ですね。お任せ下さい。そう言った事こそが本職であると自負しております」
そう言って自信満々で押しの強い店員にユキは何とも言えない溜息を吐いた。
「別に良いわよ。私自分の見た目が好きじゃないし」
もう二十歳にもなろうというのにその外見はまるで高校生どころか中学生で、まるで自分がいつまでも成長出来ていないように感じる。
そんな外見を、どうやって好きになれと言うのかユキにはわからなかった。
「……ふむ。ではお客様。私と一つ勝負をしましょう」
「はい?」
「私が今から指定する服を着ていただき、それをあなた方のお連れの男性の方に見ていただきます」
「……それで?」
「その結果で、お客様の嫌う『幼い』というイメージを避けつつ好意的に評価をされたら私の勝ち、というのはどうでしょうか?」
ユキは戸惑いながら小さく呟いた。
「……私と貴方、両方にメリットが見られないわ」
「私はお客様からの信頼を得られる。お客様は新しい服の購入先が出来る。互いに十分なメリットかと」
筋が通っているからか断りにくくなったユキは溜息を吐いて頷いた。
「わかった。無駄だと思うけど、やってみて」
「かしこまりました。あ、ご予算はどの程度に致しましょうか?」
「好きにしてちょうだい。それくらいの蓄えはあるから」
そんなユキの言葉に店員は満面の笑みを浮かべ、頷いた。
そこから五分ほどすると、十和子とクアンが男性三人の元に訪れた。
「あれ? 十和子。ユキはどうした?」
テイルはそう尋ねた。
「今試着中です。あ、もうすぐいらっしゃいますのでお三人方は正直な感想をお伝え下さい」
「……良いのか? 女性の服装が良くわからん俺が正直に答えて」
特撮チックであれば褒めて、そうでないなら曖昧にしか答えられない。
そんなテイルだからこそ、不安げにそう言葉にすると十和子は微笑みながら頷いた。
「はい。正直で構いません。そうでなければ意味がありませんので」
その言葉にテイルは心配そうな顔でしぶしぶ頷いた。
「……お待たせ」
そう小さな声で言いながら、ユキはおずおずと物陰から出て来た。
それを見て女性陣はニコニコとし、ファントムと雅人は納得したような表情を浮かべる。
テイルは、驚いた後じっくりとその服装を見て……ユキに笑顔を向け腕を組んで何度も頷いた。
「うむ。良いじゃないか!」
自分でも良いとわかる服装――いや自分だからこそわかる素晴らしい服装だったからこそ、テイルは嬉しそうにそう言葉にした。
「うん。良いと思うよ」
ファントムもそれに続いてそう言葉にし。
「ああ。悪くない」
雅人もそれに続いた。
そんな男性陣の言葉を聞いてユキは少し下を向きながら眉をひそめた。
「あんたらの評価はわかりにくい。百点方式で採点して」
そんなユキの言葉に雅人とファントムは八十点を出し、テイルは百点を出した。
ユキは若干もじもじとした態度を取っているが、嫌そうではなかった。
「ああ。完璧だ。その姿なら俺の相棒と言っても問題はないだろうな。うむ、それを選んだ人は良くわかっている」
そう言ってテイルは嬉しそうにユキを見て、ユキは表情を赤らめそっぽを向いた。
ユキの外見は清潔感のあるワイシャツにミニスカートとレギンス。
そして白衣を羽織っていた。
コスプレのような外見かと思えばそんな事はなく、白衣もちゃちな作り物ではなく実際に研究者が着るようなしっかりしたものである。
そして最後にフレーム部分が少ないオシャレ重視の伊達メガネをかけていた。
可愛らしい容姿に隠れていたユキ本来の知的な部分が際立ち、そこに幼いという印象はなく小柄で頭の良い女性というイメージが出来上がっていた。
ついでに言えば、店員はユキの視線先にいる男性、白衣を着たテイルを観察。
その結果、テイルの職業が正義か悪の集団である事を想定し、一点賭けをしてテイルの横にいても違和感のない衣装を選んだ。
そんな無意味なまでに鋭い店員の観察眼による一点賭けは、見事店員を勝利に導いた。
「うん。良いじゃないか! ……ふむ」
そう言いながら見つめてくるテイルにユキは頬を染めながらジト目で見た。
「何? 言いたい事があるなら言いなさいよ」
「……変な事言っても怒らないか?」
「怒らないわよ。……もしかして本当は似合ってなかった? 変?」
不安そうに尋ねるユキにテイルは首をブンブンと横に大きく振った。
「まさか! 素晴らしいぞ。オーソドックスな科学者スタイルでしかも似合っている。そのチョイスをした人は間違いなく浪漫という意味でも研究業務の防菌という意味でも解っている人だ。それに効率的かつ実用的であるセンスはまさにユキらしいとすら思える」
「そ」
ユキは安堵の息を漏らし、それだけ呟いた。
「それで言いかけた言葉だけど、いや綺麗な目をしているなと」
「……は、はぁ!?」
「いや、普段はそんなに顔を見ないからわからなかったのだが、眼鏡をしているからかその事に気づいてな」
「な、何を言ってるのよ!?」
オロオロとする事しか出来ないユキに、テイルは更に言葉を重ねていく。
「青みかかった白い髪も確かに綺麗だが、その蒼い瞳の方が俺には綺麗に映る。まるで宝石だ」
テイルは決して、口説いているつもりはない。
今まではただの黒い瞳と思っていたがその瞳はわずかに青みがかっており、暗い蒼といった重たい雰囲気の瞳は高価な宝石のように見える。
その程度で思った事をただ口にしただけに過ぎない。
しかし……ユキの目線から見れば、じっと瞳を覗かれながら褒められ慣れていない容姿をとことん褒めちぎられながら口説かれているように感じていた。
その結果、ユキの脳内は昨日ぶりにショートを起こし、ユキは目をつもりながら白衣の袖でテイルをぺしぺし叩きだした。
「……これは怒っている……のか?」
テイルがそう小さな声で呟いたが、皆苦笑いを浮かべるだけで無視をした。
ユキは正気を取り戻した後、そそくさとブティックの中に戻り、ニコニコしているさきほどの店員の元に移動した。
「お客様。どうでしたか?」
そんな店員の言葉に、ユキは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「賭けは貴方の勝ちよ。職場用の服として文句なしだし……褒められたし」
ごにょごにょと小声で話すユキに店員は更にニコニコした。
「ええ。では改めて、本日はどのような物をお求めでしょうか?」
そう店員は尋ねた。
「とりあえずこの一式を。それと、外出用の私服を五着ほどお願い出来るかしら? 出来たら――」
「出来るだけ歳相応に見られる恰好で、ですよね。了解しました。ですが、可愛らしい外見である事も私には十分な武器だと思います。少々お若く見えますがそういった服装も一着程どうでしょう? 意外と男性はそういう恰好を好んだりするものですよ」
「……じゃあそれも別で一着お願い」
「かしこまりました」
そう答える店員の笑顔は恐ろしいほどに良い笑顔だった。
そして二時間という待ち時間を得て、ホクホク顔となった女性陣三人。
それとは裏腹にげっそりとしながら女性三人分の服が入った紙袋を持つ男性陣三人。
そんな中、ユキは笑顔でこう言葉にした。
「さ、五階の服屋にも行きましょう」
それに乗り気な女性陣二人を見て、止める事が出来ないと理解した男性陣三人は苦笑いを浮かべながら後ろを付いて歩いた。
そしてエレベーターに乗ろうとした直後……突如として悲鳴があがった。
ガラスの割れる音と甲高い悲鳴、そして――数発の銃声らしき発砲音。
その音は彼らの日常を謳歌していた表情を切り替えるのに十分なBGMだった。
ありがとうございました。