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わがままなアリス2


 ――私は何をやっているのだろうか。

 別に戦うのもメカを作るのも好きじゃない。

 そもそも、テレビを見るのも好きじゃないし善悪の戦いとか恰好付けて戦うとか自体全く興味がない。

 それなのに、何でこんな事をしているのだろうか。

 アリスなんて名前を名乗って、全部しっちゃかめっちゃにして、一体何になるというのだろうか。


 そう思いながらも、アリスはメカを操作する手が止められずにいた。

 まるで自分の体が自分の体ではないような虚無感を覚える。

 しかも、その動いている理由がただの惰性だというのだから――空しい以外の言葉は出てこない。


 本当に久しぶりに、数年ぶりに希望を感じた。

 世界中で仲間を探そうとした時以来の熱。

 それは……ただの勘違いだった。


 テイルという男を調べた時には目を疑った。

 八体の怪人を独りで作り上げるという偉業。

 しかも八体共に高スペックでかつ特殊能力を持ち、しかも高度な自我を持っている。

 それは人類創造に等しいほどで、神の仕事と呼べるに相応しいほどの偉業であり、天才以外にでは絶対に出来ない功績だとアリスは思った。


 更に調べると、過去製薬会社に勤めていた事がわかった。

 入社してとんとん拍子に出世、プロジェクトリーダーとなり幾つもの薬を作り世に送り出してきた。

 その中には難病にも効果的な薬だったり、今でも病院でごく一般的に処方されるような薬も含まれている。

 つまり、テイルは薬の歴史を塗り替えたという事だ。

 しかもその特許の数は、十や二十では利かないほどだ。


 ここまでくれば、テイルという存在が天才であると勘違いしても仕方がないだろう。

 アリスは今でもそう思っている。


 しかも、その後はコネ入社の愚か者に嫉妬でリーダーを辞めさせられ、平社員に降格されられていたぶられ、ボロボロにされて会社を辞めさせられている。

 愚か者に足を引っ張られ苦しんだテイルを、アリスは同情し憐れんだ。

 だがそれ以上に――シンパシーを感じた。

 天才とは孤高である。

 だからこそ凡人とは相いれず凡人に苦しめられてしまうのだ。


 そう――自分のように。

 だからこそ! 愚かで無知な凡人にどちらが上かわからせなければならない!

 アリスはそう強く思っていた。

 自分が上だと思わなければ……生きていけなかった。


 テイルは確かに素晴らしい才能を持っていた。

 だが、非常に残念な事に天才(同類)ではなかった。

 むしろ、優秀ではあるが凡人の極地にいるような人間であり、絶対に相いれない存在である。

 今のアリスはそう感じた。

 自分とは違う。

 そう……違うからだ。


 親に捨てられて十年ほどたったある日、アリスは一度だけ、何故かわからないが無性に気になって……こっそりと自分を捨てた両親の様子を見に行った事がある。

 その時に見た光景を、アリスは決して忘れない。

 両親の手に繋がれた雪陽ゆきひと呼ばれた少女。

 三人で笑いながら歩くその姿を見て、アリスは理解した。

 住む世界が違うのだと――。

 そこは凡人で完結した世界で、アリスの入り込める世界ではない――。

 アリスはそんな答えを見つけ、小さく微笑んだ。

 



 メカに乗り、怪人と戦っている今、アリスの感情を一言で表すと『退屈』である。

 ファントムという怪人が足元で距離を取りつつうろちょろしているだけで、特に攻撃らしい攻撃をしてこない。

 してこないというよりは、決定打がなく何もできずにいるのだろう。


 そもそもの話、一度圧倒的に勝っているだけでなく、この荒野のように視界を遮り身を隠す障害物がない場所で、短距離テレポート能力者に何が出来るというのだろうか。

 テイルが同族でないとわかった一瞬……その一瞬だけアリスは怒り狂い、この場の二体を壊し、テイルを苦しめようなんて考えたが……今はどうでも良い、何もかもどうでも良くなってきた。

 ――ファントムだけ潰してさっさと帰ろう。

 ハエに纏われるような苛立ちからアリスはそう決め、ファントムの動く未来を予測する。


 道具制限がある上に、短距離しか移動できないテレポート能力。

 それは今回のように建物一つない平面フィールドでは詰みに等しかった。

 それこそ背後に直接移動するしかないが、道具制限がネックになる上にアリスは動きを完全に予測できる為背後に来られたとしても全く脅威ではない。

 そうなると、ファントムのしようとする事は簡単に見えてくる。

 テレポートではないもう一つの武器、ワイヤー。

 そしてこっちがメカである事を考えた結果、答えは一つとなった。


 アリスはファントムが腕の隙間にワイヤーを通そうとする未来を予知に近いレベルで推測し、その行動に対して腕を叩きつけるという選択肢を選んだ。


 ドゴッ。


 鈍い激突音と同時に、骨の砕ける音が響いた。

 それでもアリスは攻撃の手を緩めず、そのままファントムの胴体を手でつかみ上げる。

『無駄よ。間接の隙間から動きを塞ごうとしてもその辺りは当然対策済み。その百倍くらいは太いワイヤーでも用意しない限り動きは止まらないわ』

 左腕をプラプラさせ、足から血を流すファントムにアリスはそう言った。

 そもそも、腕パーツを切り離す事も出来るので完全な徒労である。

 そうアリスは思った。


「ええ。そのようですね。全く、全てが手の平の上でしたか……」

 そう呟くファントムに、アリスは少しだけ気分を良くした。

『諦めが良いのは美徳よ。じゃ、さよ――』

「ええ全く。自分の未熟を恥じるばかりです。――全部ハカセの予想通りなんですから」

 そうファントムが呟いた瞬間、コックピット内全ての電源が消失した。

「な!? そんなはずは」

 小さく叫ぶアリス。

 外部から電気を遮断など不可能であり、万が一の機械的トラブルだとしても予備電力も用意していた。

 そして何かあった場合は自爆装置と脱出装置も起動するはずなのに、そっちも完全に止まっているのだ。

 それは自分の設計に完全なる自信を持ったアリスにとって、絶対にありえない事だった。

「全く。遊びが足りないと言われても意味が全くわかりませんでしたが、他人事になると良くわかりますね。遊びがないというのは確かに明確な欠点です」

 どこからかファントムの声が聞こえた瞬間、コックピットの電源が落ちたままメカが移動を始めた。

 当然、アリスが操作しているわけではない。


 種や仕掛けという類で言えば、とても簡単な話である。

 小型に分類される巨大メカを作るという事は重量的にも非常に厳しく、それこそ階級を一つ変えようとするボクサーも真っ青になるような減量が必要となる。

 そう考えると、重量という意味でもエネルギーという意味でも効率的に設計しなければならない。

 効率を重視しなければ動かすどころか自重を支える事すらできない。

 その結果、巨大メカの操作方法は最も効率が良くなる、綺麗に制御されたネットワーク構築に頼る以外に方法はなかった。


 重要な点は二点。


 一つは、アリスと機械の設計、共に遊びという名の余裕、ゆとりが一切ない事。

 その結果、セキュリティ対策ゼロで全て繋がった内部ネットワークという状況になる。

 つまり、ファントムにとってのカモである。


 もう一つは、天才であるという驕りを持ち続けている事。

 それはつまり、過去の反省を振り返らないという意味である。

 自分が正しいという思い込みが天才であるという誇りにより助長され、『ファントムの能力は短距離テレポート』だと思い込み、多少怪しかろうともソレに違和感や疑問を一切挟まない。


 故にテイルはファントムに『短距離テレポート能力使いのフリをしてワイヤーを隙間に突っ込め』という非常にシンプルな命令を下した。

 確かにファントムとアリスの実力差は酷い。

 だが、ミスを振り返らず間違いを認めない相手というのは、失敗だらけの人生であるテイルにとっては御しやすい相手で、相手が天才であったとしても手玉に取る事は容易だった。


 ファントムのワイヤーは十本あるわけではない。

 二本のワイヤーを持ちグリップにより五等分にしているだけである。

 そのワイヤーを持ち手の能力で一本に戻し、メカの奥に突っ込み適当に暴れさせる。

 別に壊す訳ではないから力はいらない。

 ワイヤーがどこでも良いからネットワーク回路にわずかでも接触すれば、それで勝負のケリがつくからだ。

 そして全てテイルの計算通りの結果となり、巨大メカ『ティータイム』のネットワーク内にファントムは潜り込み――制御下に置いた。




 操作レバーを乱暴に動かし、モニターを蹴り飛ばし、脱出装置のスイッチを叩くアリス。

 だが、一切の反応がない。

「動いて! 動いてよ! 私が作ったのよ! どうして動かないのよ!?」

 まるで小さい子がわめくように暴れ、叫ぶように怒鳴るアリス。

 冷静になればメカがなくても戦う手段はまだまだある上に、手動で脱出すれば良いだけであるのだが、今のアリスにそんな冷静さはない。

 アリスが内心では最も恐れていた事、凡人に負けるという絶対に認めたくない事実が目前に迫ってきた事により、アリスはパニック状態になっていた。


 自分の両親と妹の親子三人が仲良くしている姿を見た時、アリスは笑った。

 笑う事しか出来なかった。

 ――自分には素晴らしい能力があるんだ。


 自分の隣には誰もいない。

 にこやかに笑い合える家族がいない。

 自分が泣いても、手を握ってくる他人もいない。

 文字通り、誰一人自分の傍にはいてくれないのだ。


 親に捨てられ、捨てた方が幸せそうにしているという現実がアリスを絶望に近い孤独感を与え、子供に耐えきれない惨めさを与えた。

 それで……アリスは仮面を被った。

 ――自分は天才だから独りで大丈夫。自分は天才だから独りで生きていける。

 その天才という名の仮面だけを頼りに生きてアリスにとって、負けるという事は自分の生涯が否定されるのと同異議となる。


 だからこそ、今のアリスは叫ぶように暴れる。

 それだけは嫌だ。

 そうなれば……自分には何一つ残らないじゃないか。

 だから、お願いから天才という自分だけは、一番凄いから独りでも大丈夫なんだという言い訳だけは潰さないで……。


 そんなアリスの願いもむなしく、メカは止まりコックピットのハッチは開かれた。

 そこにいたのはクアンとファントムを両隣に待機させ、こちらを見下ろすテイル。

 誰が見ても、勝敗は明らかだった。


 自分が本当に欲しかった物を全て持つ天才ではない相手。

 楽しそうに話せる家族を持ち己のしたい事を成し遂げているテイルに敗北したアリスは、自分を偽る為に作った……心の拠り所である偽りの仮面を失った。


 妹が憎かった。

 母が恋しかった。

 父に甘えたかった。

 たったそれだけ。

 本当に欲しかったのは、たったそれだけだった。

 一緒に笑ってくれる、家族が欲しかった。

 家族じゃなくても良い。

 誰でも良いから、自分を見て欲しかった。


 そんな事さえ自分は叶わないのに、目の前の自分に勝った男は共に笑える家族を自らの手で作り上げている。

 それがより惨めで、我慢出来ず……アリスの涙腺が崩壊した。


ありがとうございました。

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