わがままなアリス1
クアンは次の決戦場に向かうと目を丸くして驚いた。
確かにテレビでは良く見る場所だが、こんな場所が実際、国内にあるとは思わなかったからだ。
建造物が一軒もなく、地平線が見えるほど荒野が延々と続いている。
どう控えめに見ても、国内の風景ではなかった。
ここにピストルを持ったガンマンや馬に乗ったカウボーイが現れても何ら疑問を持たないだろう。
なだらかな平面の世界をタンブルウィード(回転草)が風に乗ってコロコロと転がっていく。
そんな雰囲気の場にいるのはクアンとファントム、そしてテイルである。
この場所をチョイスした理由の五割は、周りに被害を出さない為である。
一応ルール内に則って行動しているとは言え、乱入して暴れまわる輩なのだから何をしてくるかわかったものではない。
その為少しでも被害を減らす為にこの荒野の世界をレンタルした。
残り五割はもっとシンプルだ。
以前の時は唐突にメカと共に現れてきた。
どういう原理でどんな方法なのかわからないが、このように障害物がなく隠れる場所のない状況なら突然現れるという行動も出来ないだろう。
つまり、巨大メカがのしんのしんと遠くから歩いてくるのをニヤニヤしながら見てやろうという考えで、ぶっちゃけただの嫌がらせである。
「一応KOHOが間に入ってるけれども、今回は撮影にそのまま使う事はない。だから演技しなくても良いぞクアン」
ファントムの場合は正体隠しが主だが、クアンはただの演技で、しかもクアンはそんなに演技が上手くない。
その為そうテイルが伝えると、クアンはこくんと首を縦に動かした。
「アリスさんとお茶会という名称で、実際はただのマウントの取り合いですからねぇ。放送するような内容にはなりそうにないです」
苦笑いを浮かべるクアンにテイルは頷いた。
「マウントの取り合いか。そうなのかもな。まあ、俺にはあの子の考えてる事なんか良くわからんがね」
テイルはそう呟いた。
「それでハカセ。後はこのまま主賓を待てば良いんですか?」
クアンの言葉にテイルは首を横に振り、平たく四角い箱のような物を手渡した。
「いや、前座がある」
「……これは?」
クアンはさきほどの箱を指差しテイルにそう尋ねる。
と言っても、何となく予想は出来た。
平たい四角の形状に色は黒。
そしてその上面には赤い円柱形状の突起が飛び出ている。
ここまであからさまなに怪しいスイッチと言えば、答えはほぼ一つに絞られるだろう。
「俺が良いって言った時にボタンと押すと良い」
「は、はぁ」
クアンあ曖昧な返事をしているタイミングで、ジャキン! と言った謎の効果音がどこからともなく聞こえてきた。
「そこまでだ悪党共! 貴様らの野望! 俺達が叩き潰してやる」
そんな声が遠くから響き、それに合わせてこちらに走ってくる五つの影がクアンの目に映った。
「山吹色の輝き! ゴールド!」
そう言いながら目に痛い金色のタイツ男がシャキーンとポーズを取る。
比喩でも何でもなく、本当の意味で全身タイツ。
特にかっこい飾りや顔の模様もないのっぺりした金色オンリーの恰好は、正義の味方にはとても見えない。
はっきり言えばただの変態である。
「ライム色の勇気! グリーン!」
今度は淡い緑色のタイツ男が決めポーズをゴールドの隣で行っている。
色のバランスが悪く何を主張したいのか全くわからくなってきた。
「レモン色のパッション! イエロー!」
それに続いて黄色タイツの女性がゴールドの反対側の隣で決めポーズを取る。
色だけなら某幼児向け日朝魔法少女っぽくなっているが、その光景はそんなファンシーなものではなく、変質者の集いにしか見えない。
「夜天は全てを覆いつくす……ブラック」
どことなく中二っぽい黒タイツが隅の方で恰好付けている。
他のタイツ男と違い、コレだけは違和感がほとんどない。
何故ならば、全身黒タイツ姿はこちら側(悪側)の下っ端にしか見えないからだ。
ただし十四歳病らしきものを患っているが……。
「孔雀の如くレインボー」
五色ぐらいの色がコロコロと変わるタイツ姿にサンバのような衣装を追加した――まごう事なき変質者が決めポーズを取り、ただでさえ異質なメンバーの中でも群を抜いて悪目立ちしていた。
もうどこから突っ込んで良いかわからないその集団は決めポーズを取りながら、微妙に揃わない声で叫びだす。
「わ我ら! ご五人そろ――」
「――クアン。スイッチ」
決めセリフ中にテイルが呟き、クアンは慌てて受け取っていたスイッチの赤いボタンを――押し込んだ。
ぽちっ。
そんなあからさまとしか言いようがない電子音が響いた後――五人組の真下で大きな爆発が起きる。
「ぎゃああああああああ!」
爆音と同時に吹き飛んで行きながら悲鳴を上げ、五人は戦隊名も名乗らず退場していった。
「――なんですアレ?」
クアンはどう表したら良いかわからずアレと称して爆発跡を指差した。
「序盤に出てきて序盤に消えていくというお約束の集団だ。さっさと退場してほしい時とかに非常に便利な存在で、地味に人気のヒーローだ」
「……アレで人気のヒーローなんだ……」
クアンは納得できない表情でそう呟いた。
油断していたわけではない。
さっさと正義(?)のヒーローには退場してもらい、現れるのを集中して待っていた。
三人で分担して視界を確保し、全方位目視していたはずなのだが――それの出現を感知することが出来なかった。
前回同様の巨大メカ『ティータイム』
それはまるで地面から湧いてきたかのように、すぐ傍に突然現れた。
どこからどうやって現れたか、建物が一切なく隠れる場所もないのに発見することが出来なかったのだ。
「……テレポート。いやその前兆もなかった。虚数展開、いや……小型制限を回避した状態でそんな出力が必要な能力は使えないだろう。そもそもo階級でもないのだからそんな能力は使えない……。一体どうやって――」
『どうでしょうね。案外簡単な仕掛けかもしれませんよ』
テイルの呟きに、メカの中にいるアリスが反応しそう答えた。
『それで今日はその二体が相手? もう少し数を増やしても良かったのに』
「いいや。クアンは別枠だ。お茶会と聞いたからね。男ばかりではつまらないだろうと思って連れてきただけだ」
テイルの言葉にアリスから小さく――優しく笑う声が聞こえた。
『そう。紳士的で素敵な気遣いありがとうテイル。じゃあ少しお話しましょうか』
「はい。一応初めましてアリスさん。私の名前は――」
『第八怪人クアン。水の操作能力保持者。最高峰のルーキーで期待の星。言わなくてもわかるわ』
アリスはそう呟き、クアンの方に体を向ける。
クアンはアリスの言葉に大きな違和感を覚え、そしてその違和感の正体にクアンはすぐ思い至った。
「アリスさん。私達の事を道具と思ってるんですか?」
『あら違うの? テイルの作った最高の発明品、それが貴方達でしょ?』
アリスは、そう堂々と言い放った。
クアンの感じた違和感、それは自分達の事を見ていない事だった。
アリスの話し方は『怪人クアン』ではなく『テイルの作った物』としてのバイアスが強くかかっている。
それはクアンもファントムも一個の人格を持つ者として見ておらず、話す機械程度にしか思っていない事でもあった。
「……もう一つ尋ねても良いですか?」
『何かしら? ああ。貴方の事は割と好きよ? 私はテイルの最高傑作だと思ってるわ。きっと過去の失敗が積み重なった結果でしょうね』
その言葉にテイルは小さく笑みを浮かべていた。
その笑みは優しい笑みでは決してなく、嘲笑的な笑みである。
「そうですか。質問は良いです……貴方はハカセとは違うんですね」
クアンは心底残念そうにそう呟いた。
その時のクアンの表情は、怒りでも呆れでも憎しみでもなく、憐憫だった。
それは――アリスが最も他人にされたくない表情で逆鱗でもあった。
『あんたに何がわかるの!? テイルは私と同じ天才よ! だから彼の事がわかるのは私だけなの! 何でも出来て、他者に認めて貰えず下らない存在共に排除される。テイルは凡人に足を引っ張られて会社も辞めさせられた! だから私と同じなのよ!』
激昂し、ヒステリーに叫ぶアリスに、テイルは苦笑いを浮かべた。
「あー。すまん。……俺が会社を辞めたのは俺が無能だったからだ。いや本当に。すまんが俺は天才という器ではないし、そもそも天才だと思った事なんかない」
その言葉に、アリスの中から熱い気持ちが――大切な何かがすーっと抜けていくのを感じた。
アリスにとって天才とは、自尊心であるだけでなく己の柱でもある。
だからこそ、天才は天才である事を否定しない。
アリスはそう考えていた。
『……貴方、怪人製作だけじゃなく製薬会社での特許を山ほど持っているじゃない。……天才じゃないの?』
「ああ、違うな。薬関連はチームでの功績で、怪人製作は……偶然ノウハウが手に入ったに過ぎん。確かに俺は多少優秀かもしれんが……まあ普通だな」
そうテイルが言うと、クアンとファントムは手を横に振った。
「普通ではないです」
二人揃ってそう声を揃えると、テイルはふっと気取った笑みを浮かべる。
そこにいるのは男の姿は天才(孤高の存在)ではなかった。
その光景は仲の良い家族でしかなく……アリスの天才(仲間)がいるという幻想を綺麗にぶち壊した。
何故なら……自分は常に独りだからだ。
独りでないのなら、それは天才ではない。
アリスの中から引いた熱、それは希望だった。
そして希望の抜けたアリスの中には、絶望だけが残った。
『私が間違ってた……。ふふ……そうね。なれ合いごっこしか出来ないつまらない男が私と同じステージにいるわけがないわよね。間違えちゃった。間違いは――消さないとね!』
そう叫びながら、アリスはメカを操作しテイルを轢き殺そうとする。
「クアン」
テイルは慌てずそう言葉にすると、クアンはテイルを抱きかかえメカから距離を取った。
「あれ? 水でこう……かっこよく助けるシーンじゃないか?」
「別に良いですけどハカセ水浸しになりますよ?」
「うむ。助かったぞ怪人クアン」
きりっとした顔でいけしゃあしゃあと言い放つテイルにクアンは苦笑いを浮かべた。
「それで、クアン。俺としては家族を散々馬鹿にされてるしボコって終わってはいサヨナラで良いと思うんだが……」
「ダメです」
クアンは静かに怒っているテイルにそう言った。
「――ほわい?」
「悲しい声をしている女性を、私が放置したくないからです。ハカセはどうです?」
「……知らん。天才の考えている事は俺には理解出来ないからな」
若干拗ねた様子のテイルにクアンは溜息を吐いた。
「だからハカセはモテないんですよ」
クアンの一言にテイルは驚愕し、悲しそうな表情を浮かべる。
「良いですかハカセ。まず、天才である事は忘れてください。その上でアリスさんを見てあげて――」
クアンの言葉にテイルはイライラを隠しきれない様子で後頭部を掻き、大きく溜息を吐いた。
「はぁ……わかった。合ってるか知らんが、俺なりのやり方でやるぞ?」
その言葉にクアンは満面の笑みで頷いた。
「はい! ハカセが自分で考えた事が一番良い方法だと思いますので!」
クアンはそう言って後メカから目視出来ない距離にテイルを下ろし、テイルはマイク付きのヘッドフォンを取り出した。
「あー。ファントム。聞こえるか」
『もちろんですハカセ。現状は暴れているじゃじゃ馬から距離を取っているところです』
「うむ。それで追加オーダーだが……良いか」
『もちろんです。何でもどうぞ』
「あー、うん。チェックメイトの時に俺の前に案内してくれ」
『……大丈夫なんです?』
「ああ。大丈夫だ。その代わり、遠慮はいらないから――徹底的にへし折ってやれ」
『オーダー了解。以降指揮をお願いします』
「任せろ」
そう言ってテイルはタブレットを取り出し、いつものドローンを巨大メカのいる方向に飛ばした。
ありがとうございました。




