A Mad Tea-Party2
正義陣営と悪陣営。
それらは一括りでそう称されているが考え方は皆違うと言っていいほど多様性に満ちており、多種多様で細かく分けられている。
スタンスや階級による分類もその一つだ。
では他にどのように分けられているかと言えば、実は体格差でも分けられている。
身長と体重、更には武装と能力を加味して大型と分類されたならそれより下の体格と戦う事が出来ない。
『つまり、何が言いたいかと言えば、あのメカには悪としての美学がない!』
テイルはファントムの耳に付けた受信機にスマホを介してそう伝えた。
「美学?」
その言葉の意味が読み取れずファントムはそう尋ねた。
『ああ。あれだけの物を作るんだ。きっとメカ愛はあるだろう。ただし……問題はそのセコいと言えるコンセプトだ。大型にならないようギリギリの大きさ、重量、能力で設計し作り上げているそれは小型の格下特化型でしかない』
「なるほど。つまりあの体格で生身の相手と戦っても全く問題ないという事ですか」
『ああそうだ。全くもって才能の無駄遣いだな。望むがままに大型を作り暴れさせた方がよほど楽しいだろうに何故わざわざ小型にしたのか』
テイルはそう言った後、ぶつくさと小さく愚痴を零した。
「僕としては納得出来ますけどね。美学とかあんま興味ないですし、生身の相手を倒すという意味では相当効率的かと思いますし」
そう呟くファントムだが、テイルは納得していなかった。
大型メカを小型に分類させるというのは非常に難しい。
何故ならそれを定めるKOHOも正式な判断基準を外部に洩らしていないからだ。
何メートルまでで重量どのくらいまで。
そしてどの程度の火力まで許容できるのか。
更に、他の何が判断材料にあるのか。
何一つわからない為、それを推測するだけでも常人では不可能だった。
更に付け足すなら、厳しい条件を乗り越えた時にはメカの中身はスカスカで武装は恐ろしく乏しい状態となってしまう。
そんなハリボテに近いような状態にさせられながら体格差のある相手に正確な攻撃が出来るような能力が要求される。
そんな事が出来る技量があるのなら、間違いなく大型で活躍できるのだ。
テイルはそんな相手に手段と目的がごっちゃごちゃになっているような印象を覚えた。
『あれー。沢山人がいなくなってる……残念だな、お茶会の参加者が減っちゃった。まあいっか。貴方は参加してくれるよね?』
機械から無邪気な子供の声が響いた後、メカはその場で車輪を急速に回しファントムの方角に体を向けた。
「あー。ハカセ。演技関連の仕事をしてる身で二つほどわかった事があります」
ファントムは小さな声でそう呟いた。
『ああ。なんだ?』
「一つは声の主が中に乗っているという事です。反響音と環境音で判断してるので間違いないですね」
『ほぅ。そうか女――ああいやボイスチェンジャーの可能性もあるか』
「いいえ。確実に女性ですね。声は作ってますがボイスチェンジャーは使ってません。それでもう一つわかった事ですが、あの無邪気な声は演技の声です。なので……実際にあんな性格ではなく……おそらく性悪と呼ばれる類の性格かと」
『……戦いにくいか?』
「いえ別に。私男女平等主義者ですし」
ファントムはそう呟いた。
ファントムは本当の意味で男女平等主義である。
テイルを最頂点として家族に愛情を注ぐファントムにとって、それ以外の人間は全て等しくどうでも良いと考えているからだ。
男であろうと女であろうと能力で判断し、戦う必要があるならぶん殴る。
ある意味では平等の極地であり、ある意味では最大級の贔屓主義者でもあった。
「接敵しますので離れて!」
ファントムは通話の為に自分に寄り添っていたドローンを押しのけ巨大メカに突撃していった。
「……ハカセはカッコいいって言ってましたが、僕には理解出来ない感性ですね」
正方形にずんぐりした手足が生えただけのようなメカを見ながら呟き、ファントムはメカによってボロボロにされたビルの上に移動して、その辺りに散らばっていた大きなコンクリの塊をメカに投げつけた。
『いらっしゃい! アリスのお茶会にようこそ』
ご機嫌な声で反応した後太く短く人とかけ離れた奇怪な腕を高速で動かしコンクリを払いのけた。
「……その図体で早いってのは反則でしょうに。おっと失礼。私の名前はファントム。ただの怪しき人でございます。そちらのお名前を教えていただいても?」
紳士っぽい動作で深く頭を下げながらファントムがそう言うと、声は嬉しそうに反応した。
『こんにちはファントムさん! アリスの名前はアリスだよ!』
「こんにちは。アリス。それで、あなたのその大きな乗り物のお名前は何でしょうか?」
『えっ。うーん。考えてなかった』
メカに対してどうでも良さそうな様子から、テイルのいう美学がないという言葉の意味をファントムは少しだけ理解した。
むしろこの様子では愛すらないのではないだろうか。
「おや。それは困りましたね。何と呼びましょう」
『せっかく来てくれたお客さんが困るなんて主催者としてダメだなー。うん! じゃこの子の名前は『ティータイム』で! そんなわけで、一緒にお茶会しましょう』
そう言いながらアリスはティータイムの腕を操作し、ファントムに向けて叩き潰すように振るう。
だが既にファントムはワイヤーを張った後で、隣のビルにテレポートで移動していた。
ファントムがさきほどいたボロボロのビルが轟音と共に崩壊していく。
短い腕は圧倒的に早いだけでなく攻撃力も相当高いらしい。
「そうですね。お茶会を楽しみましょうか。不思議のアリス」
ファントムは隣のビルの屋上でそう言った後に階段を下りて姿を隠した。
その直後にファントムのいた位置を機械の腕が貫通しファントムの脇をかする。
ファントムは背中にひやっとした物を感じながら、再度テレポートを行い別のビルに移動して距離を取った。
そして発見されない隙に持ち手のバッテリーを交換しテレポートの回数を回復させる。
その間わずか二十秒程度。
だが、アリスはファントムを見逃さなかったらしく、ビルを壊しながら一直線に近づいてきていた。
「ちっ」
ファントムは珍しく感情的になり舌打ちをする。
テレポート能力くらいしか実戦向きの行動が出来ないファントムはそのテレポートと対策には特に気を付けている。
身に纏ったボロ布のローブもその一環であり、テレポートをサポートする能力をテイルに付与してもらっていた。
具体的に言えば、グリップのバッテリーを消費してテレポート後に目視以外で確認出来なくするという能力をローブは持っていた。
つまり、音波からサーモグラフィーまで多くのレーダーから反応を十数秒ほど消失される事が出来るという能力である。
が、アリスはファントムが消えてから迷いなく一直線にこちらに向かってきている。
それはつまり、ファントムが理解出来ない方法でこちらの居所を掴んだという事に他ならない。
テレポートで所在を隠すという数少ないアドバンテージが消えた事により、ファントムはイラ立ちを覚えながらビルを走って移動した。
小さな人を相手する為に作られた専用メカと、隠れる事が出来ない上に使用回数に制限のあるテレポート使い。
その差は語るまでもないほどに大きく……あっという間に勝敗は決した。
相手は効率的にこちらを処理する為だけにメカを用意してきた。
そこに美学や拘りは一切なく、機能性のみに特化しているのだ。
そんな当然の事を忘れ、ファントムは相手の腕による攻撃を短距離テレポートで掻い潜り、メカの胸元に移動した瞬間――ティーパーティーと名付けられたメカの胴部より隠されたワイヤーにより捕縛された。
『あはははははは!』
アリスの大きな笑い声が周囲に響く。
それは今までのような少女の演技ではなく、強い感情が込められている。
ファントムは確かに、自分を嘲るアリスの存在を確認した。
ファントムは油断をしていた。
嘗めてかかっていたわけではないが、テレポートに自信を持ってしまっていたのだ。
その為すぐに捕縛されたワイヤーから逃げ出そうとせず、ギリギリまで引き付けて相手が情報を吐き出すのを待とう。
なんて悠長な事を考えている間に、アリスはワイヤーに電流を放出する。
といってもその電気は人には有害であるだろうが怪人であるファントムには全くダメージは入らず、精々ビリッと体に来るくらいでむしろ健康に良いくらいだ。
一体相手の目的は何なのか……ファントムがその目的に気が付いた時には、全て手遅れになっていた。
電流には指向性があり、ファントムを覆っていた電流は徐々に移動して両手に集中し、手の平辺りの温度が急激に上がっていく。
その電流の狙いはファントムではなく……持ち手だった。
パチン。
何かがはじける音がした後、持ち手に繋がっているワイヤーが零れ落ち外れる。
それは持ち手が完全に破損した証拠であり、ファントムが脱出する方法を失った瞬間でもあった。
『ねぇ? どんな気分? ワイヤー使いがワイヤーに捕まって、しかも逃げる手段を失ったのはどんな気分?』
アリスは音量を小さくし、周囲に聞こえずファントムにだけ聞こえるようにして嘲った。
「完敗だね。どうやって僕の居場所を突き止めたか教えて欲しいよ」
『ふふ。私が天才だから……って理由じゃダメかな?』
「出来たらもう少し詳しく教えてくれない? 天才さん」
その言葉に若干不機嫌さを出しながらアリスは溜息を吐いた。
『はぁ。めんどいけどまあ良いや。私お話好きじゃないんだから感謝してよね。貴方私の前で一度能力使って隣のビルに移動して、しかもその後顔出したでしょ。アレを見たら誰でもテレポート能力を持ってるって推測出来るわ。んで移動先が隣のビルだった事と火力の低いワイヤーを使っているという事実を組み合わせれば、そのワイヤーがテレポート能力のキーだって判断出来たという訳』
「……それでどうしてテレポート先がわかったのでしょうか? アンチレーダーは働いていたと思いますが」
『……めんど。ぶっちゃけて言えばただの統計よ。短距離でかつ道具のいるタイプのテレポート使いって逃げ方から能力の使い方まで大体みーんな同じ。あんたも含めてね』
アリスのめんどそうな言葉を聞き、ファントムは自分の失敗を理解した。
そりゃあそうだ。
ファントムも目の前のアリスほどではないが効率を求めるタイプであり、最も効率の良い能力の使い方を研究しそれを実行しているに過ぎない。
つまり、効率を考えた場合皆同じ答えになるという事である。
効率的な行動である事が足枷になるなんてファントムは考えた事すらなかった。
「……いつもハカセに言われる『お前には遊びが足りない』という言葉の意味が始めて理解出来ました」
ファントムは苦笑いを浮かべながらそう呟き、諦めて目を閉じた。
例え乱入者であっても、KOHOが止めていない以上これは正式な戦いの場である。
命を奪われても文句を言う事が出来ない。
しかも悪い条件を加えるなら、自分は怪人である。
人であるなら何等かの救済処置により命の保証はされる可能性もあるが、悪の怪人にはそんな物ない。
人権という言葉の範囲に、悪の怪人は当てはまっていなかった。
だが……しばらく待ってもトドメを刺すような雰囲気にならず、アリスは小さな声でうなるような声をあげていた。
『うーん。さっきの電撃反応を見る限り、貴方怪人よね?』
アリスの言葉にファントムは素直に頷いた。
「そうだけど」
『しかもさ。貴方のテレポート能力、持ってたのバッテリー内蔵の機械だったし科学寄りって事は、怪人として作られた特性よね?』
「……それは黙秘する」
『まあ黙ってても答えわかってるんだけどね。さっきの貴方の武器もショートして壊れたし、貴方の能力は霊や魔法と違う純粋なテクノロジー依存という事になるわね』
「……だから?」
そうファントムは呟くと、アリスは笑った。
嬉しそうに、楽しそうに。
今までの演技や嘲り笑いと違い、本当に心から幼子のように笑った。
『しかも今は八体もいるなんて。ふふ。私でも作れないレベルでの怪人を八体も、しかも特殊なテクノロジーまで積んでなんて……作った人はまるで天才みたいね』
幸せそうにそう呟いた後、アリスはワイヤーを解き放ちファントムを開放した。
「……殺すつもりだったんじゃないのか?」
『いえ別に。そんなつもりはなからなかったわよ? 貴方とかどうでも良いし。でも今はどうでも良いわけじゃなくなっちゃったし』
そう言いながら嬉しそうに妖艶に微笑むアリスの声は少々以上に不気味なものがあった。
『じゃあ私は帰るわ。テイルによろしく』
会った事もない人物を親し気に呼び、アリスはティータイムを操作し街を破壊しながら帰っていった。
良くわからないままぽつんと取り残されたファントムは眉をひそめた。
「……一人で自己完結している人って面倒ですね」
そうぼやき、小さく溜息を吐く。
一つだけ、非常に残念な事だが、重大な事実が判明した。
それは自分の愛する創造主が変な女の興味を引いてしまったという事だ。
「……はぁ」
ファントムは再度小さく溜息を吐き、とぼとぼと主の元に帰っていった。
ありがとうございました。