テイル先生のスタンス講座-ゲスト付き-
「さて……今日は各勢力の価値観や考え方の違い、一言でいうならスタンスの説明をしようと思う。大丈夫か?」
相も変わらず教室のような部屋でテイルは教壇から机に座るクアンにそう尋ねた。
いきなり『教室に行くぞ生徒クアン』とテイルが叫び引っ張った事に対して『お前が大丈夫か?』という突っ込みを入れたかったが、クアンはぐっとその言葉を飲み込んだ。
「はい。『スタンス』と言えばトゥイリーズさんの時にちらっと話していたのですね。授業形式にしたという事は重要な事なのですか?」
そんなクアンの質問にテイルは大真面目に頷いた。
「ああ。ぶっちゃけプロレスみたいだと思っただろ? 正義と悪の戦いについて」
そんなテイルの言葉にクアンは苦笑いを浮かべつつ頷いた。
「まあそれは間違いではない。というのもアーブ、つまりウチはそういうスタンスでやっている。何となく理解したと思うが俺は世界征服を掲げてはいるが本気ではない。いや本気で動く時があるかもしれんが……少なくとも今は楽しむ事を重要視している」
「という事はハカセ。他の悪の組織さんはそうではないという事ですか?」
「んー何とも言えん。組織の目的は本当にバラバラだからな。ただし、スタンスによって大まかな対応を取る事は出来るな。だからこそ相手との摩擦、考え方の差異を理解する為にスタンスの授業をするんだ」
そう言いながらテイルは黒板にカッカッとチョークを走らせる。
そこには『穏健派』『中立派』『過激派』の文字が書かれた。
「コレはあくまで大まかに分けての呼び方だが……正義、悪共にこの三種類に分類される。派閥が一緒だから仲が良いというわけではなく派閥が違うから絶対に仲が悪いというわけではない。あくまで目安程度だ。そして……まずはココだ」
そう言いながらテイルは指示棒を『穏健派』という文字に重ねた。
「穏健派。悪ならウチ、正義ならトゥイリーズの方針で相手陣営であっても戦いあわない限りは手を取り合いましょうって考え方だ」
「……どこもそうというわけではないのですね」
「ああ。全体で二割、三割くらいか。まあ戦い自体は本気の命がけなのに慣れ合うってのも変と言われたら確かに変だな。それでも……ウチはこういう方針だ」
「……良いんじゃないですか。私は嫌いではありませんよ」
そう囁くクアンにテイルは小さく笑みをこぼした。
「それで次は中立派、大多数がココに所属する。相手陣営と慣れ合うのもアレだが殺伐としすぎるのも微妙。そういったほどほどの距離でほどほどに接しようって感じだ。これは分母が大きすぎる為か穏健寄り、過激寄りと言った広い範囲でも適応される。ただ、中立派に属している限りは多少過激派でも問題はないだろう」
「ははあ。要するに普通なんですね。ハカセの言葉からは穏健派とも特に問題なく付き合えるニュアンスに聞こえますし」
「ああ。全くその通りだ。ただ何度も言うが、中立だろうと穏健だろうと戦うべき場さえ準備された場合は容赦なく襲い掛かってくるのでそこは勘違いしたらダメだ」
「はーい」
クアンは大きく手を挙げて返事をした。
「んであらゆる意味で最大の問題児、過激派だ。全体の一割にも満たない人口なのだが……正直危険としか言えん。正義は悪を、悪は正義を滅ぼすというような発想が根本にある。例え正義でなく悪の過激派であっても穏健派で慣れ合っている俺達を見かけたら襲ってくる可能性もあるくらいにな」
「え? 悪陣営が悪陣営を襲うのって有りなんです?」
「有りだ。過激派が絡むとよく起きるし絡まなくても領地争いや主義主張で対立することもある。過去には押しのアイドル論争から正義同士の対決が起きたという事件もあったくらいだ。……それとコレは余り言いたくないのだが」
「……なんですか?」
「ぶっちゃけ正義、悪といった存在を認めた法律ってのはかなり無茶をして作ったので、穴塗れなんだ。具体的に言えば一般人を巻き込む事以外はめちゃくちゃ緩い。正義、悪共に殺人罪に適応されない可能性も十分ありえる」
「……思ったよりも殺伐としてるんですねぇ」
「うむ。というわけで今日のまとめはこんな感じだ」
そう言ってテイルはチョークを走らせる。
スタンス。
穏健派:ウチのスタンス。なれ合い上等正義悪関係なく仲良くして過激派から身を護ろう。
中立派:ほどほどの距離感。個人では良いが組織としてはきっちり距離を置く。一番多い。
過激派:殺伐。大体が別陣営を滅ぼす事に集中している。宗教関係の組織が多かったりする。
「以上。簡単に言えば穏健派とは連絡を取る。中立は相手の状況に合わせる。過激派からは距離を取ると覚えてくれたら良い」
「諒解です。にしてもハカセ、今日はえらく短いですね。いや大切な授業というのはわかりますが」
「んー。ああ。この後はゲストで実際に体験をしてもらおうかと思ってな」
「ゲストですか?」
「うむ。まあ少しここで待ってくれ。まだ準備が終わっていない」
そう言ってテイルはそっとペットボトルの麦茶をクアンのテーブルに置き、ガラガラと戸を開け去っていった。
「……?」
クアンは首を傾げながらペットボトルを開けてお茶を飲んだ。
初めてペットボトルでお茶を飲んだが、意外と美味しくて少しだけクアンは驚いた。
そのまま五分ほど戸の前でガタガタと物音がと話声が流れ続けた後、テイルは勢いよく扉を開けて入ってきた。
「待たせたな! カモン!『人誅鬼』」
そう叫びながらテイルが指をパチンと鳴らすと、妙なBGMが流れ始めた。
おどろおどろしい和風チックな曲調ながらもアップテンポて軽快、それでいて耳に残る素晴らしいメロディ。
――あ、これ必殺〇事人曲テーマ曲のパク……オマージュだ。
クアンはそう気づいたらが、敢えて黙っておいた。
「例え天が許そうとも……地が許そうとも、人が許せぬ罪がある。その時は……我が名を呼べ! 我が名は――ダンザイシャーエーックス!」
そんな事を叫びながら、鎧の男が戸の前で決めポーズを取っていた。
黒くゴツイ西洋風ながらどことなく未来チックな全身鎧に身を纏い、大きな直刃の両手剣を背負った男。
男は決めポーズを止めた後テイルの方を向いた。
「……これで良いか?」
その言葉にテイルは親指を立てて返事の代わりとした。
「というわけでゲストの階級oAヒーロー『人誅鬼』の二つ名を持つ『ダンザイシャーX』さんです。遠方からわざわざ来ていただきました。拍手ー」
テイルの言葉に合わせてクアンはパチパチと小さな拍手をし、以前習った階級について思い出してみた。
「oAという事は……ほぼほぼ頂点という事ですね。そんな凄い人呼んで何の説明が始まるのでしょうか?」
そうクアンが尋ねると、黒い鎧はくっくっと小さく笑みをこぼした。
「んー。彼は俺の知古でな。彼だけなんだよ……。俺と伝手があってきてくれる人が」
「……正義の味方さんがですか?」
「いいや。過激派側の人間がだよ」
その言葉に黒い鎧はガシャンと音を立て頷いた。
「と言ってもだ、俺は俺だけで陣営としてもスタンスとしても完結している。だから他の過激派とは一切かかわりを持っていない。それでも、他者から過激派と呼ばれているから過激派で間違いはないがな」
「という事で、ダンザイシャーX先生にしっかりと質問をすると良い。絶対に分かり合えないと理解出来るから」
そんな不穏な言葉をテイルから言われ、クアンは小さく唾を飲みこみ頷いた。
「えっと、どうして過激派と認知されているのでしょうか? ハカセ――Dr.テイルから聞いたスタンス説明の割には……ダンザイシャーX先生は話が通じると思えるのですが」
「別に先生は付けなくて良いし下手に出る必要もない。……俺が過激派だと言われてるのは俺の存在意義にかかわる事だ」
「存在意義……ですか?」
「ああ。俺の存在意義はその名の通り『断罪』となる。その為に生きてその為にヒーローをしていると言っても過言ではないな。ダンザイシャーXなんて名前を名乗ってるのもその為だ」
「――断罪……ですか?」
「ああ。他の過激派……というか他の奴らと違い、俺は正義とか悪とかそういった者に一切興味がない。ただ、断罪すべき人間かそうでないかの二種類しか俺にはないんだ」
「断罪ってどうするのですか?」
そうクアンが尋ねると黒い鎧はテイルの方を見て、テイルはこくんと頷いて見せた。
「――殺す以外に何かあると思うか?」
黒き鎧の断罪者(ダンザイシャーX)ははっきりとそう告げた――。
「あの、それがもし正義陣営だった場合――」
「殺す」
「では禁止されている一般人だった――」
「殺す」
「……それは問題にならないのですか?」
「問題になろうがなるまいが、俺が殺すべきと思った者は何があっても絶対に殺す。それが俺の存在意義だからな。人が息をするのと同じ事だ」
クアンは悲しそうな諦めを帯びた表情でテイルの方を見た。
「コレは大丈夫なのですか?」
テイルはそれに苦笑を浮かべた。
「精神的な意味合いでの質問なら大丈夫だ。法律的な問題なら大丈夫ではないのだが……ま、何とかなってるよ今のところは」
「正直に申しますと、どうして正義の味方を除籍になっていないのか私にはわかりません」
黒い男は小さく「俺もだ」と呟いた。
テイルは赤いチョークを持って黒板を走らせた。
・最初の決めポーズを含めた登場シーン、客受けを意識した戦い方。
・断罪対象者以外には真っ当な対応をし、笑ってインタビューに受けてファンサービスに余念がなく、子供にも優しく接する。
・断罪は必ずテレビ撮影外でかつ人が少ない場面でしか行わない。
・断罪対象者は大体社会から見ても断罪すべき相手で、被害者を含むかなりの人数が彼を庇っている。
・ほぼ全ての財産を寄付している。
結論:表面だけは理想のヒーロー。
「こんな理由で何とななってる。ちなみに、記述したものは全て断罪の為の手段であり、所謂確信犯という奴だ」
「俺は目的の為なら手段は何だって構わん。客寄せパンダになろうとも恥を掻こうとも、目的が達成できるのならどうでも良い」
「もう一つ裏側とも言える理由があってな。コイツから正義のヒーローという楔が抜けた状況を考えてみろ。ヤバいだろ?」
テイルの言葉にクアンはこくんとはっきり首を縦に動かした。
「という事情でかなりヤバいけどギリギリでヒーローをやってる。事情が事情だからレジェンドヒーローになる事は絶対にありえないけどな」
「……怖い人なんですね」
ついぽろっと漏れたクアンの本音を聞き、黒い鎧はぴくっと反応してクアンの方を向いた。
「――そう思ったのなら、出きるだけ罪を犯さないように人として普通に生き、俺に怯え続けてくれ」
その言葉には一切の感情が感じられなかった。
それでも、その言葉こそがこの人物の主軸である言葉のようであり、クアンはまるで彼が舞台装置の一つであるような印象を覚えた。
「あの……もう一つ質問なのですが、もしどうしても罪を犯さなければならない状況になった人が罪を犯した場合はどうするのでしょうか?」
そう言葉を発した瞬間、クアンはテイルが悲しそうな表情を浮かべたような気がした。
「――俺は弱者を断罪しない。俺が断罪するのは己の意思で、利己の目的の為に他者を殺した者となる。俺は意思と結果、両方を重視する」
そう言った後、ダンザイシャーXはテイルの方を見据えた。
「俺は死ぬまで俺だ。断罪するかどうかは俺が判断する。いつか俺自信が断罪される日まで。……もう良いだろうか?」
その言葉にテイルが頷くと、ダンザイシャーXは一言も話さずに去っていった。
「……それなりに付き合いがあるが、俺はあいつの顔を見た事がない。機械だったとしても俺は驚かん」
「過激派ってあんな感じですか?」
「正義陣営の過激派にとっての悪の組織が、ダンザイシャーXにとっての罪人だ。分かり合えるわけないだろ?」
「――ですね。やばいという事は良くわかりました」
「うむ。呼んだかいがあった。俺にとっても恩人であるし嫌いではないのだが、あいつとは必ずわかりあえない」
テイルは小さな声でそう呟いた。
「それと……何があったかわかりませんがハカセは罪人じゃないですからね」
それだけ言ってクアンは空気を読み、それ以上深く追求しなかった。
「――お前にまで気を使わせたか。使わせるか。全く度し難い存在だな俺という奴は」
そう言ってテイルは苦笑いを浮かべた。
『自分の都合の為に、俺は生き物の命を殺した! 存在を弄んだ! これを罪と言わず何と呼ぶ!』
数年前、ファーフ騒動の時にテイルは断罪される為彼にそう叫ぶ。
その時ダンザイシャーXは首を横に振り、何時もと違い優しい声色で返事をした。。
「……俺は弱者を断罪しない。お前の罪はお前だけのものだ。お前は贖罪の為に受け入れ生き続けろ」
そう言ってダンザイシャーXはテイルの肩をぽんと叩き、去っていった。
殺されるつもりで会いに行ったのに気遣われた上に見逃された自分の度し難さにテイルは笑う事しか出来なかった。
そして、言われた通り自分の罪と向き続ける為、捨てようと思っていたファーフ成功例で得られた研究成果を残し、研究を続けてきたからこそ……今のテイルが――仲間と家族を得られたテイルがそこにあった。
ありがとうございました。